テレビ朝日系ドラマ「相棒」のシーズン13が2015年3月18日に最終回を迎えたが、その内容が3年続いた今回のシリーズをぶち壊すものだったとして批判が溢れている。水谷豊さん演じる杉下右京警部の3代目の相棒、成宮寛貴さん演じる甲斐享巡査部長が実は有名な暴行犯だったことがわかり逮捕される、という結末だったからだ。
相棒 シーズン13 最終回「ダークナイト」が、かなりひどかった。
色々とひどい理由はある。
ただ、それは「これまでをぶち壊し」という理由より根本的に「ダークナイト」という回のシナリオが、とても雑だったからダメだと感じた。
最終回にシリーズキャラが実は犯人だった、という話自体がダメなわけではない。
某古典の有名ミステリでも、探偵役がシリーズ最終回で犯人ということを匂わせて終わるという作品もある(紐の結び目、といえば解る人はわかる)
順を追って考える。
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冒頭の演出
まず最初、エレベーターでダークナイトが半グレと繋がりを持つ深山を襲う。
急いで逃げるダークナイト。
赤いブルゾンを裏返し、公園で手を洗う中、合間にフラッシュバックで暴行のシーン。
そして顔を晒すと甲斐享。
冒頭、この演出がどうしようもない。
この演出だと「ダークナイトの正体は甲斐享」以外の答えがない。
もし全ての犯行を行っていなくても甲斐享が犯行に加わっているのは間違いない。
だとしたら、このスペシャル2時間は、倒述ミステリ的に犯行を犯す甲斐とそれを見破ろうとする杉下の駆け引きしかない。
真犯人ではない、はあり得ないわけですから。
もし「甲斐は関わってはいても暴行していないかもしれない」と余裕を持たすためにフラッシュバックは入れない、ビルから出てくるところだけにする、あるいは甲斐の顔を見せないなどやり方はあるのにここで「手を洗い血を流し顔をみせる」時点で暴行犯は確定してしまうし刑事としては終わり。
冒頭5分〜10分で甲斐が破滅する話ってのがわかってしまうどうしようもない演出。
謎のない話
ちょっとここからの流れを単純化する。
ダークナイト(もしくは共犯者)は甲斐享
↓
ダークナイト(偽)が殺人を犯す
↓
逮捕された男がダークナイトを名乗る
↓
ダークナイト(偽)が甲斐の手引きで脱出
↓
ダークナイト(偽)が暴行を受ける
↓
杉下が甲斐を問い詰め真相が明らかに
上の流れを見ればわかるように、全体を通じてどこにも謎がない。
ミステリとかサスペンスってのは裏切りがある。
今回の話であれば「ダークナイトは誰なのか?」
ところが「ダークナイト(もしくは共犯者)は甲斐享」は一番最初に提示されてる。
そして最後に「杉下さんと一緒にいれば」とアリバイを話すんだけれど、視聴者に甲斐がダークナイトであると見せ、しかも延々「あれは本物のダークナイトじゃないですよ」と言わせ続けておいて「え?甲斐がダークナイトじゃないの!!」なんて誰も思うわけがない。
もし義賊ダークナイトに対してプライドを持っているにしろ、逃がしてリンチして偽物と言わせようとする、そのやり方は全然義賊でもなんでもないしそこに正義が無い。
だってダークナイトは法の手が及ばない悪を襲うはずなのに警察に捕まってる(つまり法の手が及んでる)偽物を逃がして暴行するんじゃあどこにも正義が無い。
ここで行動が破綻してる。
しかも甲斐のアリバイを守るだとか小細工を入れるんだけどそこにも正義がない。
この偽ダークナイト。
ダークナイトのファンなんだかダークナイトマニアとかいうことでコピーキャットなんだけど、偽物が本物を名乗っても気にせずに本物が犯行を続ければそれで展開があったろうに。
甲斐バカじゃね?
暴力と正義
やっぱり一番の問題はダークナイトが単に暴力しか振るわないっていうところ。
The Dark Knight (2008) Official Trailer #1 ...
「ダークナイト」といえばバットマン。
バットマンは法を超越して私刑を行う「正義」として登場し、だからこそ悩み警察に追われる影の存在。
バットマンは確かに法の手続きを踏まずに悪を裁くんだけれどその方法は暴力ではなく最終的には司直の手に委ねる。
・悪がバットマンに捕まる→警察→刑務所という流れでゴッサムが平和に
勝手に私刑して終わるのは「キックアス」なんすよ。
「キックアス」は、私刑を正当化してともかく殺す。
法の元の正義が果たせない悪だから殺して終わらせる。
実にアメリカらしい。
相棒の「ダークナイト」は悪を殴る、蹴る。それだけ。
・悪をダークナイトが襲う→病院→退院して普段通り
通り魔かよ。
「悪いことしてたらダークナイトがやってきてボコるぞー!」
これじゃラノベ天狗と変わらんのです。
シナリオに視聴者を騙す気が一切ない。
そして視聴者が迷うための赤鰊(red herring:ミステリで読者の注意を逸らすための偽の手がかり)もない。
そして杉下を騙すほどのトリックもない。
正義もない。
ちょっと以下に「甲斐がダークナイトに見えない演出」というのを簡単に考えてみました。
ダークナイト改案
雨。
フードをかぶった男がニヤリと笑う。
次々道行く人を襲う。
その中に一人の女性を見つける。
笑いながら襲いかかりナイフを振りかぶる。
(※甲斐の親友の妹が襲われるシーンを冒頭に)
★
エレベーター。
突然襲われる男。
★
翌朝ニュースが流れ踊る「ダークナイト」の文字。
甲斐がテレビを見ていると「暇か?」と言って角田課長が紅茶を飲みに来る。
甲斐「暇すぎて杉下さんは旅行に行っちゃうくらいですから」
特命課の部屋に一人、甲斐はダークナイトのニュースを見ている。
角田「最近話題のダークナイトだろ?」
甲斐「ネットではヒーロー扱いですよ」
角田「俺たち警察が頑張っても誰も褒めてなんかくれないけどな……紅茶もらうぞ」
★
その夜、再び現れるダークナイト。
襲われた男が殺される。
★
現場検証。
捜査一課のいつもの面々が捜査をしていると甲斐が登場する。
伊丹「おやぁ?今日は警部殿はどうした?」
甲斐「ふらっと旅行に行っちゃいましたよ。今日は僕一人です」
伊丹「あぁん?だったら何しに……」
甲斐「あ!米沢さん!」
米沢に話を聞きに行く甲斐。伊丹は舌打ち一つ。
★
警察署玄関。
男が入ってくる。
男「誰か呼んでくれないか。俺がダークナイトだ」
言ってニヤリと笑う男。
★
取調室。
伊丹が聴取を行い、これまでの犯行をすらすらと答える男。
それを見ながら甲斐が怪訝な顔をしている。
芹沢「どうした?」
甲斐「……いや、なんだか、あまりにもスラスラ答えすぎてませんか。まるで新聞記事を丸暗記してるみたいで」
芹沢「そっか?」
甲斐「えぇ……本物なんでしょうか?」
芹沢「(ぼそっと)杉下さんがいれば……あ!今の伊丹さんには内緒で」
★
夜。
何者かが襲われる。
残される「ダークナイトはここにいる」の文字。
★
暴行現場。
イラついている伊丹。
伊丹「ったく!どうなってんだ!どいつもこいつもダークナイトダークナイト!!」
芹沢「まぁまぁ」
独り現れる甲斐を見つける伊丹。
伊丹「……ん?!特命課を呼んだ覚えはないがな!!」
甲斐「本物のダークナイトが現れたって聞いたんですが?」
伊丹「本物かどうかなんか知るか!どれが本物でもどうだっていい!ダークナイトと名乗る奴は全員捕まえてやる!」
甲斐「……」
怪訝な顔で現場を見る甲斐。
(中略)
夜道を歩く甲斐。
その視界に赤いブルゾンがよぎる。
追いかける甲斐。
★
ブルゾンの男を追い詰める。
甲斐「お前、誰だ!」
男「……」
甲斐「また偽物のダークナイトか?!」
男「……偽物?それはキミが本物だからですか?」
フードを取り顔を見せるとそこには杉下が。
★
甲斐「す、杉下さん!どうしたんですか!ビックリさせないでくださいよ!!」
杉下「驚いたのは僕の方ですよ。日本へ帰ってきたらダークナイトで大騒ぎしてるじゃありませんか」
甲斐「帰ったなら帰ったと言ってくれれば」
杉下「えぇ、言おうかと思ったんですがね。米沢さんにお話を聞いているうちに一つ、疑問点が浮かびまして。小さなことが気になる僕の悪いクセ。それはね、君の行動ですよ、カイトくん」
甲斐「……」
といった感じで、最後に登場した杉下が甲斐の行動の疑問点を挙げていきダークナイト説を立証していく、なら演出的に視聴者を騙して「甲斐が捜査してるように見せかける」、いわゆる「映像による叙述トリック」ができる。
まだこういう「犯人を甲斐と思わせない演出で、隅々の伏線が甲斐の真犯人説を立証していく」だったらまだ納得もできたろう。
甲斐がダークナイトを擁護し続ける演出ってどういう意図なんだろうか。
ミステリの新人賞に応募したら予選で間違いなく落選するレベル。
演出も、シナリオも。
本当にひどかった。
もう続編は作らなくていいかもしれない。