村上さんの本を読んでいる時、いつも心から幸せを感じます。本当にありがとうございます!!
村上さんに質問です。
自分に正直に生きる、というのはどういうことでしょうか。たとえば、私は会社勤めの雑誌編集者なのですが、職業上、初めて会った人たちと調子よく話したり、興味ないことにも興味あるように振舞ったり、自分の思うことと雑誌の方向性の違いを飲み込んだり、自分に正直に生きている気がしないんです。ただの世慣れた人みたいな。自分に正直に生きるとは、どんな職業でも可能なことなのでしょうか。
(ぴよこ、女性、42歳、編集者)
人はみんな、それぞれに役柄を与えられて生きています。その役柄をこなすことと、自らに正直であることは必ずしも一致しません。というか、一致しないことのほうが多いかもしれません。人は多かれ少なかれ、その不一致をうまくすり合わせながら生きています。でもときどき、そのすり合わせに疲れてしまいます。それはよくわかります。
じゃあ、自分に他にどんな役柄の選択肢があるのか? 普通の場合、あまりないですよね、たぶん。だとしたら、与えられた役柄を不足なくこなしている自分をできるだけ客観的にテクニカルに評価し、愛する(あるいはいとおしむ)ようにつとめるしかないんじゃないでしょうか。それを一つの個人的達成として捉えるというか。自らに正直な自分だけを愛していると、人生はいささか薄く、一面的になっていくんじゃないかという気がしなくもない。僕に言えるのはそれくらいです。いや、私はそんなすり合わせに終始する生き方はいやだ、もっと自分に正直に生きたいと言われたら、僕にもなんとも言いようはありません。それはまったくの正論ですから。
村上春樹拝