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あけましておめでとうございます。
昨年は途切れがちの弊Blogに来て下さった皆さま、大変ありがとうございました。
本年もよろしくお願い申し上げますm(_ _)m
サテ、Myrthaはここ数年、ほぼ日刊イトイ新聞から発売されているほぼ日手帳を愛用している。左側のつばき(紅色)が2014年の手帳で、右側のマリーゴールド(黄色)が2015年の手帳なわけだが、一年間使うとかなりの厚味が増えるなぁと感慨深いものがある。

厚味としては大体このくらいの変化がある。

一年間使うと、1.5~2倍程度にふくらんでる様に見えるが、これはMyrthaのリア充っぷりを発揮…しているのではなく、メモ魔っぷりを表しているだけだったりする。
事の発端は、最近は文字を書くことがめっきり少なくなり、結果として文字忘れが悪化するという、社会人のみなさまにも身に覚えのある現象(名付けて「社会人忘字症」としようw)に襲われたことに対する、一種の危機感から生まれた産物であったりする。
仕事で書かないならば、プライベートではめいっぱい書けばいいじゃない♪ということで、社会人忘字症の治療として、思いついたことや気に入ったことなどを書く「何でも帳」を思いついたのである。
「何でも書く」とはいっても、ある程度の決まり事=myルールは決めてあり、これは不愉快なことや憂鬱なことは極力書かないといった具合だ。
あとはこんな感じで書いている。
・1日1ページの所の場合
・タイムテーブルにはその日のおおまかな行動や食事内容など。
・右側の余白にはタイムテーブルには書ききれない行動日記。
・体調記録(含体重など)。
・読書記録。+購入を検討する書籍のメモ&購入書籍。
・入ったレストランの詳細(店名、住所、電話番号、営業時間、定休日など)。
・面白い、または気に入った情報(KFCオリジナルチキンの炊き込みご飯など)。
・その日に行ったチケットの半券、入った店のショップカード、知人から送られてきた葉書、
おみくじなど、貼れる物は何でも貼ってしまう(ばらばらに保管しても紛失するだけだからねw)。
つまり、手帳兼読書記録兼体調管理帳兼レストランや店の情報記録兼ネタ帳兼スクラップ・ブック(一体いくつ「兼」がつくのだ!w)として自由に沢山書ける、持ち歩きに手頃な手帳として使っているのだ。手帳がメタボ化するのは、手帳のカバーに様々な小物を収納していることや切り貼りが原因だろう。そして、年の瀬が近づくにつれて持ち歩くにも重くなってくる、と^^;
なにはともあれ、さようなら2014年。こんにちは2015年。
手帳さん、一年間またよろしくね。
余談ですが、弊Blogに毎年「恭頌新禧 読み」または「恭頌新禧 意味」などで検索してくる方がいらっしゃるので、メモ程度に書き加えておきます。
恭頌新禧(きょうしょうしんき)とは、新年を祝う言葉の一つ。 頌は「たたえる」の意で、漢文訓読調で読むならば「恭しく新禧を頌す」、現代語ならば「恭しく新年の喜びをお讃え申し上げます」といった意味になる。似た意味の言葉として、「恭賀新禧(=恭しく新禧を賀す)」もある。
昨年は途切れがちの弊Blogに来て下さった皆さま、大変ありがとうございました。
本年もよろしくお願い申し上げますm(_ _)m
サテ、Myrthaはここ数年、ほぼ日刊イトイ新聞から発売されているほぼ日手帳を愛用している。左側のつばき(紅色)が2014年の手帳で、右側のマリーゴールド(黄色)が2015年の手帳なわけだが、一年間使うとかなりの厚味が増えるなぁと感慨深いものがある。
厚味としては大体このくらいの変化がある。
一年間使うと、1.5~2倍程度にふくらんでる様に見えるが、これはMyrthaのリア充っぷりを発揮…しているのではなく、メモ魔っぷりを表しているだけだったりする。
事の発端は、最近は文字を書くことがめっきり少なくなり、結果として文字忘れが悪化するという、社会人のみなさまにも身に覚えのある現象(名付けて「社会人忘字症」としようw)に襲われたことに対する、一種の危機感から生まれた産物であったりする。
仕事で書かないならば、プライベートではめいっぱい書けばいいじゃない♪ということで、社会人忘字症の治療として、思いついたことや気に入ったことなどを書く「何でも帳」を思いついたのである。
「何でも書く」とはいっても、ある程度の決まり事=myルールは決めてあり、これは不愉快なことや憂鬱なことは極力書かないといった具合だ。
あとはこんな感じで書いている。
・1日1ページの所の場合
・タイムテーブルにはその日のおおまかな行動や食事内容など。
・右側の余白にはタイムテーブルには書ききれない行動日記。
・体調記録(含体重など)。
・読書記録。+購入を検討する書籍のメモ&購入書籍。
・入ったレストランの詳細(店名、住所、電話番号、営業時間、定休日など)。
・面白い、または気に入った情報(KFCオリジナルチキンの炊き込みご飯など)。
・その日に行ったチケットの半券、入った店のショップカード、知人から送られてきた葉書、
おみくじなど、貼れる物は何でも貼ってしまう(ばらばらに保管しても紛失するだけだからねw)。
つまり、手帳兼読書記録兼体調管理帳兼レストランや店の情報記録兼ネタ帳兼スクラップ・ブック(一体いくつ「兼」がつくのだ!w)として自由に沢山書ける、持ち歩きに手頃な手帳として使っているのだ。手帳がメタボ化するのは、手帳のカバーに様々な小物を収納していることや切り貼りが原因だろう。そして、年の瀬が近づくにつれて持ち歩くにも重くなってくる、と^^;
なにはともあれ、さようなら2014年。こんにちは2015年。
手帳さん、一年間またよろしくね。
余談ですが、弊Blogに毎年「恭頌新禧 読み」または「恭頌新禧 意味」などで検索してくる方がいらっしゃるので、メモ程度に書き加えておきます。
恭頌新禧(きょうしょうしんき)とは、新年を祝う言葉の一つ。 頌は「たたえる」の意で、漢文訓読調で読むならば「恭しく新禧を頌す」、現代語ならば「恭しく新年の喜びをお讃え申し上げます」といった意味になる。似た意味の言葉として、「恭賀新禧(=恭しく新禧を賀す)」もある。
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本日9月9日は、2014年最後の「スーパームーン」[魚拓]が、今夜(9月9日午後10時38分)見られる日らしい。これを逃すと、2015年9月28日まで待たなければならなくなるのだとか。はやく、おっ月様にお願いをしなきゃねw
さて、Myrthaの趣味の一つに、「料理レシピを見ること」というのがある。これはサイトでも書籍でもまったく問題なし!どちらでもOK~!という無節操状態の趣味なのだが、ポイントは「あくまで見ることであって、作ることではない」ということ。よく誤解されることだが、Myrthaは決して料理上手というわけではないのだ。レシピを見ても料理上手にはなれないからね♪
そんなこんなで、気がついたらブラウザのブックマークにレシピサイトが多数登録されていたので、整理を兼ねて御紹介しよう。一人暮らしの人にも、「毎日こまっちゃうな~」という家族を持つご婦人にも、一助となれば幸いである。もっともこれはあくまでも「見ているサイト」であって、「実際に料理をつくって味を試したわけではない=味については不明」であるということにご注意されたし、である。
では行ってみよう♪
◇◇◆◆テレビ局系◆◆◇◇
■上沼恵美子のおしゃべりクッキング
「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」の公式サイト
■キューピー・3分クッキング
1963年から続く料理番組。日本テレビ系列「キユーピー3分クッキング」の公式サイト
■絶品まかない飯
NHK総合の「ゆうどき」の公式サイト。一流の料理人による誰でもできる絶品のまかない料理を紹介。
■みんなの今日の料理
NHKの番組「きょうの料理」のレシピを検索できるサイト(参考;日本の料理人 - Wikipedia -)
◆陳健一さんのレシピ
◆ナイル善己さんのレシピ(銀座ナイルレストラン3代目)
◆高山 なおみさんのレシピ(公式サイトはふくろう食堂)
■男子ごはん: テレビ東京
国分太一&栗原心平出演の料理番組公式サイト。
■おかずのクッキング|テレビ朝日
土井善晴が作る家庭のおかず。「おかずのクッキング」公式サイト
■ためしてガッテン
NHKの生活科学番組「ためしてガッテン」の公式サイト
■グレーテルのかまど
NHK教育Eテレのお菓子料理番組「グレーテルのかまど」公式サイト
■FOODIES レシピ
フーディーズTVの番組で紹介されたコウケンテツ、浜内千波、寺田真二郎、こうちゃんなど、
有名料理家や料理研究家のレシピを紹介。
◇◇◆◆各企業・料理店系◆◆◇◇
■オレンジページnet
生活情報誌でおなじみの株式会社オレンジページの公式サイト
■ネスレ・バランスレシピ
ネスレが提供する料理の基本サイト
■ホームクッキング
キッコーマンが1997年から開設している料理レシピを中心とした食の総合サイト
■おいしいレシピ
カツオパックでお馴染みのヤマキのサイト。簡単レシピやだしの旨味が引き立つ本格和風レシピ。
■おかめレシピ
「おかめ納豆」「おかめ豆腐」でお馴染みのタカノフーズのレシピ集。
■体脂肪計タニタの社員食堂:からだカルテ
タニタ社員食堂レシピを紹介。
■レシピ大百科【AJINOMOTO PARK】
味の素KKのレシピ サイト
■永谷園生姜部|生姜レシピ129+43
簡単、おいしい生姜レシピに永谷園社員がチャレンジ&紹介。
■リンナイのSmile Cookin'
リンナイが提供するプロが教える楽々レシピを紹介。
■Meijiのレシピ
乳製品や、チョコレート、カレー・スープ・ココアなどを使った料理やスイーツのレシピを紹介。
■ステラおばさんのレシピ
「ステラおばさんのクッキー」のお菓子レシピ紹介サイト。クッキーだけではないゾ☆
■カルピスのレシピ
乳酸菌飲料「カルピス」を使ったレシピを紹介。
■お茶百科
お茶に関する情報からお茶を使った料理レシピまでお茶に関する事を紹介。
■海上自衛隊のレシピ
海上自衛隊各隊のレシピを紹介。我が国の防衛機密が漏れてしまってもよいのか?w
■ヨーグルトレシピ|明治ブルガリアヨーグルト倶楽部
ブルガリアヨーグルトでお馴染みの明治のレシピ集。
■しあわせレシピ
小岩井乳業のレシピを紹介。
■みんなのiレシピ
スパイス&ハーブを使ったS&B エスビー食品のレシピサイト。
■KIRIN・おつまみ道場
ビールやワイン、ウイスキー、焼酎などにぴったりなおつまみを紹介。
■アサヒビール・ズバうま!おつまみレシピ
アサヒビールがおすすめするお酒に合う「ズバリうまい!」つまみレシピを紹介。
■レシピッタ de Cooking!サントリー
サントリーが提供するお酒に合う献立や料理レシピの紹介。
■カクテルレシピ - Liqueur&Cocktail -
サントリーのリキュールとカクテルの情報サイト。
■シェフのこだわりレシピ
ホテルオークラ東京のシェフが同ホテルの料理を紹介。
■おいしいカレーの作り方
新宿中村屋のシェフ直伝!の本格的なカリーの作り方を紹介。
■デリーレシピ
インド・パキスタン料理レストラン ・デリーのレシピを紹介。
◇◇◆◆料理人・料理研究家・栄養士等専門家系◆◆◇◇
■E・recipe
プロが紹介する毎日の献立から酒肴、お菓子、パンや旬の食材を使ったレシピまで。
■ぐるなびレシピ
シェフが教える簡単家庭料理集。
■家カレー向上プロジェクト
家で作れるおいしいカレーのレシピが満載。
■シェフごはん
プロから学ぶ簡単家庭料理。
■郷土料理百選
料理人が伝える日本各地の郷土料理のレシピを紹介。
■ぱくぱく献立くん/料理レシピ
管理栄養士おすすめの栄養バランスを考えた献立・料理レシピサイト。
■ボブとアンジー
管理栄養士のレシピでヘルシー料理。
■白ごはん.com
冨田ただすけさんによる和食専門レシピサイト。
■ レシピ|栗原はるみオフィシャルサイト|ゆとりの空間
さまざまなメディアや企業で活躍する栗原はるみさんのレシピ集。
■ ほぼ日刊イトイ新聞 - LIFE - IIJIMA Nami’s homemade taste
フードスタイリスト・飯島奈美さんのレシピを紹介。
■ 魚柄仁之助の食文化情報局/「上柳昌彦 ごごばん!」レシピ
ラジオ番組「上柳昌彦 ごごばん!」で食生活研究家&エッセイストの魚柄仁之助さんが紹介したレシピ。
■ kusudama ● レシピ
雑誌や「きょうの料理」「おかずのクッキング」などの番組でおなじみの小田真規子さんのサイト。
■ KATSUYOレシピ - 小林カツ代のNo.1家庭料理サイト
2014年1月に亡くなった小林カツ代さんのサイト。
■ケンタロウさんのサイトいろいろ。
ケンタロウハウス
ケンタロウの「THE ROCKIN'COOKIN'」
■レミレミ通信
シャンソン歌手にして料理愛好家平野レミさんのサイト。平野レミtwitterでもレシピをつぶやき中。
■フードソムリエ
プロが提案するレシピ、ショッピング。食とくらしのポータルサイト。
■おいしい台所
「自休自足」的な暮らしを営む人々が自然の恵みをふんだんに使ったレシピを紹介。
■女子栄養大学レシピサイト
女子栄養大学が運営するレシピサイト。
◇◇◆◆web業界系◆◆◇◇
■All About(料理レシピ)
料理の基本から本格料理まで専門家が作るレシピを紹介。
■節約レシピ
一人分400円以下の晩御飯の献立&レシピが一週間分。
■nanapiのレシピ
nanapi - 生活の知恵があつまる情報サイトの料理レシピ集。
◇◇◆◆一般投稿系◆◆◇◇
■cookpad
美味レシピから素人の怪しげなレシピまで玉石混合の投稿数No.1のレシピサイト。
◆銀座びいどろのキッチン(スペイン料理)
◆英国大使館のキッチン(イギリス料理)
◆hisosari のキッチン(トルコ料理)
◆サラームのキッチン(ペルシャ料理)
◆プラバールのキッチン(インド料理)
◆スパイスボード山椒魚のキッチン(諷刺料理?)
■NAVER・レシピ
話題のいろいろをまとめて投稿出来るまとめサイト。料理・グルメも多数アリ。
◇◇◆◆各国料理系◆◆◇◇
■世界の料理レシピ集|e-food
世界206ヶ国・地域の国民食・郷土料理を網羅したレシピ大全。
■世界の食べ物
世界の食べ物、美味しい物、伝統料理を写真とエピソードを添えて紹介。
■中華料理大全
中華料理のレシピ(作り方)と知識を紹介。
■ほぼ日刊イトイ新聞 - イタリアンマンマの直伝レシピ
イタリア人と結婚した木戸愛さんがご近所のマンマたちに教わったイタリアの家庭料理のレシピ。
■タイ料理セラドンのレシピ[至福の一品]
タイ料理セラドン(タイ国商務省認定レストラン=Thai Select Restaurant)のレシピを紹介。
■スペイン料理 簡単レシピ集|おうちで楽しくスペイン料理
日本の家庭でも簡単に作れるスペイン料理レシピ集。
■はじめて作るロシア料理
ロシアの食文化からレシピまでを紹介。
■トルコ料理レシピ
大正15年(1926年)に「日土協会」として創設された民間の団体「日本・トルコ協会」の紹介するレシピ。
■ドイツのお菓子
ドイツの代表的なケーキやお菓子について紹介。
◇◇◆◆個人サイト&Blog系◆◆◇◇
■あさこ食堂
シラサカ アサコ (白坂 麻子)さん の簡単料理サイト。
■大変!!この料理簡単すぎかも... ☆★ 3STEP COOKING ★☆
料理嫌いから料理好きに転向したヤミーさんの3ステップで出来る料理Blog。
■特選男の料理
釣りと自然と料理をこよなく愛するJUNさんのレシピ集。
■料理勉強家ヤスナリオのブログ
料理勉強家にしてメタラーのヤスナリオさんのBlog。
■高野俊一おっさんひとり飯 | ・・・酒と肴、ときどき恋
バツイチ独身ひとり暮らしのおっさん・高野俊一さんが気ままに作る自作料理とうんちくのBlog。
■料理男子は厨房がお好き
料理大好き男子・赤い万願寺唐辛子さんのアラフォー料理Blog。
■料理初心者ブログ|男の料理レシピ
レシピやキッチンツールを中心に"料理初心者男子"の視点から紹介。
まだまだあるけれど、とりあえずこんなところで^^;
さて、Myrthaの趣味の一つに、「料理レシピを見ること」というのがある。これはサイトでも書籍でもまったく問題なし!どちらでもOK~!という無節操状態の趣味なのだが、ポイントは「あくまで見ることであって、作ることではない」ということ。よく誤解されることだが、Myrthaは決して料理上手というわけではないのだ。レシピを見ても料理上手にはなれないからね♪
そんなこんなで、気がついたらブラウザのブックマークにレシピサイトが多数登録されていたので、整理を兼ねて御紹介しよう。一人暮らしの人にも、「毎日こまっちゃうな~」という家族を持つご婦人にも、一助となれば幸いである。もっともこれはあくまでも「見ているサイト」であって、「実際に料理をつくって味を試したわけではない=味については不明」であるということにご注意されたし、である。
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タイ料理セラドン(タイ国商務省認定レストラン=Thai Select Restaurant)のレシピを紹介。
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大正15年(1926年)に「日土協会」として創設された民間の団体「日本・トルコ協会」の紹介するレシピ。
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日頃、懇意にしていた写真屋さんが閉店してしまった。
デジカメ全盛時代では、パソコンの中にデータで保存すればよいという人が増えて、紙ベースで保存しようとする人が減っているのだとか。
確かにパソコンで画像を見られればそれほど困ることはなく、場所も取らないと言う意味では便利な時代になったと思う。その反面、フィルム時代の写真には自分が撮影した物をすぐに見られない代わりに、どのような画像が撮れただろうかという、ある種のわくわく感があったが、デジカメにはそれがない。Myrthaもフィルムの写真時代は「写真は特別な日に記念に撮影する物」という固定観念があったが、デジカメ購入後では、「とりあえず記録するための媒体」になってしまっている。昭和の時代は去りにけり、である。
さて、懇意にしていた写真屋さんが店終いをした後、しばらくデジカメで取ったデータの現像(という言葉を使うのも抵抗があるね。印刷?プリントアウト?)をせずにいたのだが、少し前にまた写真屋さんを見つけた。時々顧客に優しい割引をしてくれる店だ。店頭の広告によると、50枚、100枚、300枚、500枚というように、一度に大量の枚数を依頼すると大幅に値引きをするという。
どれほどの値引きをするかというと、一度に500枚以上出すと半額にしてくれるというので、先日ついにその写真屋さんに行ってきた。
そして出来上がった写真がこれ。↓

一箱に100枚入っているので、100枚×5箱=500枚
さらに箱に入っていない写真が58枚。
合計で558枚だ。
全て箱から出して積み重ねるとこんな感じ。

これからこれらの写真の裏全てに日付と場所などの簡単なメモを記入するのかと考えると、少なからずウンザリしてしまう。
写真屋での大幅な値引きのために、整理に長時間費やすか?はたまた時間の節約のために、現像に高額を支払うか?
To be, or not to be, that is the question.
デジカメ全盛時代では、パソコンの中にデータで保存すればよいという人が増えて、紙ベースで保存しようとする人が減っているのだとか。
確かにパソコンで画像を見られればそれほど困ることはなく、場所も取らないと言う意味では便利な時代になったと思う。その反面、フィルム時代の写真には自分が撮影した物をすぐに見られない代わりに、どのような画像が撮れただろうかという、ある種のわくわく感があったが、デジカメにはそれがない。Myrthaもフィルムの写真時代は「写真は特別な日に記念に撮影する物」という固定観念があったが、デジカメ購入後では、「とりあえず記録するための媒体」になってしまっている。昭和の時代は去りにけり、である。
さて、懇意にしていた写真屋さんが店終いをした後、しばらくデジカメで取ったデータの現像(という言葉を使うのも抵抗があるね。印刷?プリントアウト?)をせずにいたのだが、少し前にまた写真屋さんを見つけた。時々顧客に優しい割引をしてくれる店だ。店頭の広告によると、50枚、100枚、300枚、500枚というように、一度に大量の枚数を依頼すると大幅に値引きをするという。
どれほどの値引きをするかというと、一度に500枚以上出すと半額にしてくれるというので、先日ついにその写真屋さんに行ってきた。
そして出来上がった写真がこれ。↓
一箱に100枚入っているので、100枚×5箱=500枚
さらに箱に入っていない写真が58枚。
合計で558枚だ。
全て箱から出して積み重ねるとこんな感じ。
これからこれらの写真の裏全てに日付と場所などの簡単なメモを記入するのかと考えると、少なからずウンザリしてしまう。
写真屋での大幅な値引きのために、整理に長時間費やすか?はたまた時間の節約のために、現像に高額を支払うか?
To be, or not to be, that is the question.
2014年06月17日に投稿されてから、わずか数日で660000再生数という動画があるので見てみた。
なんでも、195万円ほど出して購入した2階建ての一軒家は、風呂場や洗面スペース、台所などの水回りはボロボロ。リビングや屋根裏部屋などはゴミ(?)が散乱し、夜逃げ物件?事故物件?と思ってしまうほどだ。
配管工事は大工の父親、風呂のリフォームは業者が担当したものの、その他は自分でやったというその全課程を写真に撮って動画としてUpしたものだ。
フローリングの敷き直しから新しい便器の設置、壁の塗り直しや屋根裏部屋へのはしごを階段に掛け替えるなど、プロ顔負けのリフォームにかかった期間は6ヶ月とのこと。
素人の俺が195万円で家を購入してリフォームしてみた ‐ ニコニコ動画:GINZA
木のぬくもり溢れる素敵なお家に大変身したわけですが、シロウト作業ではないですよ、ね?
シロウトの定義がわからなくなったMyrthaでありました、とさ。。。
なんでも、195万円ほど出して購入した2階建ての一軒家は、風呂場や洗面スペース、台所などの水回りはボロボロ。リビングや屋根裏部屋などはゴミ(?)が散乱し、夜逃げ物件?事故物件?と思ってしまうほどだ。
配管工事は大工の父親、風呂のリフォームは業者が担当したものの、その他は自分でやったというその全課程を写真に撮って動画としてUpしたものだ。
フローリングの敷き直しから新しい便器の設置、壁の塗り直しや屋根裏部屋へのはしごを階段に掛け替えるなど、プロ顔負けのリフォームにかかった期間は6ヶ月とのこと。
素人の俺が195万円で家を購入してリフォームしてみた ‐ ニコニコ動画:GINZA
木のぬくもり溢れる素敵なお家に大変身したわけですが、シロウト作業ではないですよ、ね?
シロウトの定義がわからなくなったMyrthaでありました、とさ。。。
本を読んでいると、ごく稀に、最初の数ページを読んだだけで憂鬱になってくる場合がある。久しぶりにそんな本に出会ったので、 そして何故か友人に「Blogに書け」と言われたこともあって 備忘録代わりにメモをしておこう。

書 名: 資料からみる中国法史
版 次: 初版第1刷
著 者: 石岡浩・川村康・七野敏光・中村正人
出版者: 法律文化社
出版地: 京都府
出版年: 2012.07.15
形 態: ⅷ,229p,19cm
I S B N: 978-4-589-03442-7
価 格: ¥2500+税
t1.シリョウ カラ ミル チュウゴク ホウシ
a1.イシオカ ヒロシ,カワムラ ヤスシ,シチノ トシミツ,
ナカムラ マサト
s1.法制史,中国 分類番号322.22
~目次~
はしがき
第0講 本書は何を課題とするのか
1中国法史を学ぶ意味
2中国法史の時代区分
3本書の構成と内容
第一部 法と刑罰
第1講 律令法体系はどのように形成されてきたのか:周から隨へ
1成文法の形成:春秋時代
2法経六篇と九章律:戦国時代から秦漢へ
3睡虎池秦墓竹簡:戦国時代末期の秦の法
4張家山漢墓竹簡「二年律令」:前漢初期の律と令
5基本法典の形成:三国魏の新律十八篇
6「律令」基本法典の形成:西晋の泰始律令
7副次法典の形成:北朝の律令
8唐律の原型:隋の開皇律
コラム①秦漢の出土法史料
第2講 律令法体系はどのように変容していったのか:唐から清へ
1律令法体系の完成:唐前半
2再副次法典の時代:唐後半から五代へ
3編勅から勅令格式へ:北宋から南宋へ
4征服王朝の法:遼から元へ
5律例法体系の形成:明から清へ
コラム②基本法典と副次法典
第3講 五刑の刑罰体系はどのように形成されてきたのか:周から隨へ
1周の五刑
2死刑・労役刑・財産刑:秦の刑罰体系
3前漢の文帝の刑罰制度改革
4秦の刑罰体系への回帰:魏・晋の刑罰体系
5南朝の刑罰体系
6五刑の形成に向けて:北朝の刑罰体系
7唐律の五刑の原型:隋の刑罰体系
コラム③条文の示し方
第4講 五刑の刑罰体系はどのようにして変容していったのか:唐から清へ
1唐律の五刑
2五刑の崩壊
3変容した五刑と追放刑体系の併存:北宋後半から南宋へ
4征服王朝の刑罰
5新たなる五刑:明から清へ
前近代中国法制年表
コラム④十悪
第2部 法と裁判
第5講義 裁判はどのような構造をもったのか
1裁判案件の区別
2裁判機関の審級
コラム⑤官員に対する特別措置
第6講 裁判はどのように進められたのか
1訴えの提起
2取調べと刑の宣告
3拷問
コラム⑧八議
第7講 拷問はなぜ必要とされたのか
1自白の必要性
2拷問の実態
3官箴に見る拷問の戒め
コラム⑦五服
男系男性五服親図
第8講 裁判官はどのように紛争をおさめたのか
1訴えの提起を妨げるもの
2建訴への対処
3裁判官の任務は教化にある
4教論的調停
コラム⑧判語と刑案
第9講 誤判にはどのように対処したのか
1過ちを改めるに憚ることなかれ
2納得ゆくまで調べなおす
3誤判をとがめる体制の行方
第10講 法と道徳の抵触はどのように解決されたのか
1忠たらんとすれば孝ならず
2復讐は孝の最もたるもの
3復讐は違法行為
4妥協の論理構成
第3部 刑事法
第11講 犯罪と刑罰はどのように対応したのか
1相対的法定刑と絶対的法定刑
2絶対的法定刑の欠点の緩和
3前近代中国法と「犯罪の法定」
4前近代中国法に罪刑法定主義は存在したのか
コラム⑨不応為条と坐贓条
第12講 高齢者・年少者や障碍者はどのように扱われたのか
1法規定上の扱い
2現代日本との比較
3実際の対応
4親が高齢者や障碍者の場合
コラム⑩五流
第13講 自首した者はどのように扱われたのか
1唐律における自首
2自首してもゆるされない場合
3前近代中国法が自首に期待していたもの
第14講 正当防衛は認められたのか
1正当防衛とはどのようなものか
2前近代中国における正当防衛
3現代日本の正当防衛との違い
第15講 共同犯罪はどのように扱われたのか
1共同処罰の一般原則
2例外的な共犯処罰
3一般人の感覚になじむ前近代中国法の共犯観念
第16講 殺人はどのように類型化されたのか
1六殺:典型的な六つの殺人類型
2謀殺
3故殺と闘殺
4戯殺
5誤殺
6過失殺
コラム⑪六贓
第4部 家族法
第17講 婚姻はどのように行われたのか
1前近代中国の婚姻
2婚姻成立の段階
3制度のひずみで
コラム⑫宗族と姓
第18講 離婚と再婚はどのように行われたのか
1離婚
2寡婦の再婚
コラム⑬妻と妾
第19講 家産はどのように受け継がれたのか
1家産の管理処分
2家産の分割と戸籍の分割
3家産均分の原則
4家産分割の現実
コラム⑭女子分法の謎
やっと目次が書き終わった。
これだけ長いと目次を見ただけでどのようなことが書かれているのか一発でわかってとても便利なのだが、タイピングするのは大変だw
目次を見ての通り、王朝時代の中国の法律(律・令・格・式)について書かれた本だ。
「アルファベット表記があるわけでもないのに横書きにしたのは何故か?」とか、「法令の文章が現代文のみで原文がないのでは確認が取れないではないか」とか、「過ちを改めるに憚ることなかれは「改むる」ではないか」とか、「『書経』は「しょきょう」と慣用読みをせずに「しょけい」と読んでいるにもかかわらず、「貞観」は「ていかん(ていがん)」と読まずに「じょうがん」と慣用読みをしているのは何故か?」など疑問に思うことはたくさんあるが、逐一取り上げていてはきりがないので、こういった疑問はひとまず横に置いておこう。
さて、問題の憂鬱が始まった箇所とはどこぞや?
9ページの下から三行目の問題の箇所を抜粋してみよう。
問題その1
「盾」という字は、「矛盾(むじゅん)」という言葉があるように、「じゅん」と読んでしまいそうだが、実はもう一つ「とん」という読み方がある。矛と盾の時のような場合は「じゅん」と読むが、人名の場合は「とん」と読むのだ。よって、趙盾は「ちょうとん」と読まねばならない。
ゑ?「現代中国の作家に茅盾なる者がいるが、読み方は「ぼうじゅん」ではないか!」ですって?茅盾の本名は沈德鴻といい、茅盾はペンネームなのだ。これはまたちょっと特殊な例になるのだが、中文研究者の中には「ぼうとん」と読んでいる人もちゃんといるのだ。尚、現代中国語読みでは「maodun」である。
問題その2
晋の文公(在位・前636-前628)の時代の趙さんは「趙衰(ちょうし)」であり、趙盾(宣子は諡号)は晋の霊公(在位・前620年-前607)の時代の人である。
文公は亡命生活こそ長かったが、春秋五覇の一人に数えられる人物であり、在位は短いものの、無事に天寿を全うしている。一方で晋の霊公は、大臣であった趙盾と対立して殺されている。
主君霊公と大臣趙盾の対立が激化して、遂に趙盾の一族の趙穿という者が霊公を殺害するという事件が起こった時、晋の歴史官の董孤が「趙盾が霊公を弑殺した」と記録した。趙盾は当初、「自分が殺したわけではない」と反論したが、董孤の「主君を殺した者を処罰する役割の大臣であるあなた(趙盾)が処罰せずにいるのは、あなたが殺したようなものだ」という主張し、趙盾がこれを聞き入れたという。これが「権勢を恐れずに真実の歴史を書き記すこと」を意味する「董孤の筆」という故事の出典である。
晋の文公を正しいとすればよいのか?はたまた趙盾を正しいとすればよいのか?
『春秋左氏伝』の文公六年の条を見てみると、
とある。ここには「(趙)宣子」と書かれている。よって、趙衰説は却下となる。
『春秋』は元来魯の歴史書であるのだから、この場合の「文公」とは「晋の文公」ではなく、「魯の文公」を指すのであろう。よって、「魯の文公6年(前621)、晋では霊公の大臣である趙盾(ちょうとん)が」が正しいのではあるまいか?
執筆者はこの文公を「晋の文公」と勘違いをしたのだろうか?
Myrthaは法制史の専門家ではないので、専門的なことはトンとわからないが、コンパクトな入門書としてならば、異なる世界を覗けたという面白さはあった。随所に日本の法律との相違が書かれているのも興味深い。だが、こういった細かいところの記載が誤っていては、自分の知らない他の箇所にも間違いがあるのではないかと考えざるを得ず、したがって、重い気を引きずりつつ読まざるを得なかった。
書 名: 資料からみる中国法史
版 次: 初版第1刷
著 者: 石岡浩・川村康・七野敏光・中村正人
出版者: 法律文化社
出版地: 京都府
出版年: 2012.07.15
形 態: ⅷ,229p,19cm
I S B N: 978-4-589-03442-7
価 格: ¥2500+税
t1.シリョウ カラ ミル チュウゴク ホウシ
a1.イシオカ ヒロシ,カワムラ ヤスシ,シチノ トシミツ,
ナカムラ マサト
s1.法制史,中国 分類番号322.22
~目次~
はしがき
第0講 本書は何を課題とするのか
1中国法史を学ぶ意味
2中国法史の時代区分
3本書の構成と内容
第一部 法と刑罰
第1講 律令法体系はどのように形成されてきたのか:周から隨へ
1成文法の形成:春秋時代
2法経六篇と九章律:戦国時代から秦漢へ
3睡虎池秦墓竹簡:戦国時代末期の秦の法
4張家山漢墓竹簡「二年律令」:前漢初期の律と令
5基本法典の形成:三国魏の新律十八篇
6「律令」基本法典の形成:西晋の泰始律令
7副次法典の形成:北朝の律令
8唐律の原型:隋の開皇律
コラム①秦漢の出土法史料
第2講 律令法体系はどのように変容していったのか:唐から清へ
1律令法体系の完成:唐前半
2再副次法典の時代:唐後半から五代へ
3編勅から勅令格式へ:北宋から南宋へ
4征服王朝の法:遼から元へ
5律例法体系の形成:明から清へ
コラム②基本法典と副次法典
第3講 五刑の刑罰体系はどのように形成されてきたのか:周から隨へ
1周の五刑
2死刑・労役刑・財産刑:秦の刑罰体系
3前漢の文帝の刑罰制度改革
4秦の刑罰体系への回帰:魏・晋の刑罰体系
5南朝の刑罰体系
6五刑の形成に向けて:北朝の刑罰体系
7唐律の五刑の原型:隋の刑罰体系
コラム③条文の示し方
第4講 五刑の刑罰体系はどのようにして変容していったのか:唐から清へ
1唐律の五刑
2五刑の崩壊
3変容した五刑と追放刑体系の併存:北宋後半から南宋へ
4征服王朝の刑罰
5新たなる五刑:明から清へ
前近代中国法制年表
コラム④十悪
第2部 法と裁判
第5講義 裁判はどのような構造をもったのか
1裁判案件の区別
2裁判機関の審級
コラム⑤官員に対する特別措置
第6講 裁判はどのように進められたのか
1訴えの提起
2取調べと刑の宣告
3拷問
コラム⑧八議
第7講 拷問はなぜ必要とされたのか
1自白の必要性
2拷問の実態
3官箴に見る拷問の戒め
コラム⑦五服
男系男性五服親図
第8講 裁判官はどのように紛争をおさめたのか
1訴えの提起を妨げるもの
2建訴への対処
3裁判官の任務は教化にある
4教論的調停
コラム⑧判語と刑案
第9講 誤判にはどのように対処したのか
1過ちを改めるに憚ることなかれ
2納得ゆくまで調べなおす
3誤判をとがめる体制の行方
第10講 法と道徳の抵触はどのように解決されたのか
1忠たらんとすれば孝ならず
2復讐は孝の最もたるもの
3復讐は違法行為
4妥協の論理構成
第3部 刑事法
第11講 犯罪と刑罰はどのように対応したのか
1相対的法定刑と絶対的法定刑
2絶対的法定刑の欠点の緩和
3前近代中国法と「犯罪の法定」
4前近代中国法に罪刑法定主義は存在したのか
コラム⑨不応為条と坐贓条
第12講 高齢者・年少者や障碍者はどのように扱われたのか
1法規定上の扱い
2現代日本との比較
3実際の対応
4親が高齢者や障碍者の場合
コラム⑩五流
第13講 自首した者はどのように扱われたのか
1唐律における自首
2自首してもゆるされない場合
3前近代中国法が自首に期待していたもの
第14講 正当防衛は認められたのか
1正当防衛とはどのようなものか
2前近代中国における正当防衛
3現代日本の正当防衛との違い
第15講 共同犯罪はどのように扱われたのか
1共同処罰の一般原則
2例外的な共犯処罰
3一般人の感覚になじむ前近代中国法の共犯観念
第16講 殺人はどのように類型化されたのか
1六殺:典型的な六つの殺人類型
2謀殺
3故殺と闘殺
4戯殺
5誤殺
6過失殺
コラム⑪六贓
第4部 家族法
第17講 婚姻はどのように行われたのか
1前近代中国の婚姻
2婚姻成立の段階
3制度のひずみで
コラム⑫宗族と姓
第18講 離婚と再婚はどのように行われたのか
1離婚
2寡婦の再婚
コラム⑬妻と妾
第19講 家産はどのように受け継がれたのか
1家産の管理処分
2家産の分割と戸籍の分割
3家産均分の原則
4家産分割の現実
コラム⑭女子分法の謎
やっと目次が書き終わった。
これだけ長いと目次を見ただけでどのようなことが書かれているのか一発でわかってとても便利なのだが、タイピングするのは大変だw
目次を見ての通り、王朝時代の中国の法律(律・令・格・式)について書かれた本だ。
「アルファベット表記があるわけでもないのに横書きにしたのは何故か?」とか、「法令の文章が現代文のみで原文がないのでは確認が取れないではないか」とか、「過ちを改めるに憚ることなかれは「改むる」ではないか」とか、「『書経』は「しょきょう」と慣用読みをせずに「しょけい」と読んでいるにもかかわらず、「貞観」は「ていかん(ていがん)」と読まずに「じょうがん」と慣用読みをしているのは何故か?」など疑問に思うことはたくさんあるが、逐一取り上げていてはきりがないので、こういった疑問はひとまず横に置いておこう。
さて、問題の憂鬱が始まった箇所とはどこぞや?
9ページの下から三行目の問題の箇所を抜粋してみよう。
春秋時代の晋(しん)では、文公(ぶんこう,在位・前636-前628)のときに、趙宣子(ちょうせんし,趙盾(ちょうじゅん))が国政改革を行い、刑書を作成しました。この改革について『春秋左氏伝』文公(ぶんこう)六年(前621)条は、「法制を定め、法が罪の軽重に応じるように修訂し、裁判を処理して……、晋の国内に配布して常法とした」と記しています。 |
---|
問題その1
「盾」という字は、「矛盾(むじゅん)」という言葉があるように、「じゅん」と読んでしまいそうだが、実はもう一つ「とん」という読み方がある。矛と盾の時のような場合は「じゅん」と読むが、人名の場合は「とん」と読むのだ。よって、趙盾は「ちょうとん」と読まねばならない。
ゑ?「現代中国の作家に茅盾なる者がいるが、読み方は「ぼうじゅん」ではないか!」ですって?茅盾の本名は沈德鴻といい、茅盾はペンネームなのだ。これはまたちょっと特殊な例になるのだが、中文研究者の中には「ぼうとん」と読んでいる人もちゃんといるのだ。尚、現代中国語読みでは「maodun」である。
問題その2
晋の文公(在位・前636-前628)の時代の趙さんは「趙衰(ちょうし)」であり、趙盾(宣子は諡号)は晋の霊公(在位・前620年-前607)の時代の人である。
文公は亡命生活こそ長かったが、春秋五覇の一人に数えられる人物であり、在位は短いものの、無事に天寿を全うしている。一方で晋の霊公は、大臣であった趙盾と対立して殺されている。
主君霊公と大臣趙盾の対立が激化して、遂に趙盾の一族の趙穿という者が霊公を殺害するという事件が起こった時、晋の歴史官の董孤が「趙盾が霊公を弑殺した」と記録した。趙盾は当初、「自分が殺したわけではない」と反論したが、董孤の「主君を殺した者を処罰する役割の大臣であるあなた(趙盾)が処罰せずにいるのは、あなたが殺したようなものだ」という主張し、趙盾がこれを聞き入れたという。これが「権勢を恐れずに真実の歴史を書き記すこと」を意味する「董孤の筆」という故事の出典である。
晋の文公を正しいとすればよいのか?はたまた趙盾を正しいとすればよいのか?
『春秋左氏伝』の文公六年の条を見てみると、
六年、春、晉蒐于夷、舍二軍。使狐射姑將中軍、趙盾佐之。陽處父至自溫、改蒐于董、易中軍。陽子、成季之屬也、故黨於趙氏、且謂趙盾能、曰:「使能,國之利也。」是以上之。宣子於是乎始為國政、制事典、正法罪、辟獄刑、董逋逃、由質要、治舊洿、本秩禮、續常職、出滯淹。既成、以授太傅陽子與大師賈佗、使行諸晉國、以為常法。 |
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とある。ここには「(趙)宣子」と書かれている。よって、趙衰説は却下となる。
『春秋』は元来魯の歴史書であるのだから、この場合の「文公」とは「晋の文公」ではなく、「魯の文公」を指すのであろう。よって、「魯の文公6年(前621)、晋では霊公の大臣である趙盾(ちょうとん)が」が正しいのではあるまいか?
執筆者はこの文公を「晋の文公」と勘違いをしたのだろうか?
Myrthaは法制史の専門家ではないので、専門的なことはトンとわからないが、コンパクトな入門書としてならば、異なる世界を覗けたという面白さはあった。随所に日本の法律との相違が書かれているのも興味深い。だが、こういった細かいところの記載が誤っていては、自分の知らない他の箇所にも間違いがあるのではないかと考えざるを得ず、したがって、重い気を引きずりつつ読まざるを得なかった。
街を歩いていると、音楽が流れているということを昔ほど感じなくなったが、先日、街を歩いていると、フト、聞き覚えのある歌が流れているので耳を欹ててみると、
ジン、ジン、ジンギスカーン♪
ヘー ライター ホー ライター ヘー ライター インマーワイター
ジン、ジン、ジンギスカーン♪
と、懐かしい歌が流れている。
小学校や地域の団体などのキャンプファイヤーなどで踊った、あのジンギスカンだ。
そういえば、そんな歌もあったなぁということで、ネットで検索してみると、さすがにYoutubeにUpされていた。
しかも、日本語訳の字幕付きとはありがたい。
ジンギスカン(1979) 歌詞付き - Youtube -
へぇ、へぇ、へぇ(これもちょっと古いゾ)。
こういう意味の歌詞だったのかぁ。チョット意外な気がする。
ジンギスカンはモンゴル帝国の皇帝の方を言っていたのか。てっきり料理のことを言っているのかと思ったゾ。「ジンギスカンは美味しい~♪」というように、褒め称えているのかと思っていた(おいおい。。。)。
と言う歌詞は、「来た、壊した、焼いた、殺した、奪った、去った」と表現されるモンゴル帝国軍の戦闘を元にし、
というのは、「男たる者の最大の快楽は敵を撃滅し、これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、その馬に跨り、その女と妻達を犯すことにある」 という、当時の遊牧民族ではごく普通の習慣だったことを指しているのだろうが(なにせジンギス・カン自身がそう言っているし、彼の妻も攫われたことがある)、改めて日本語に訳すとすごい言葉だ。
疾風怒濤のように押し寄せたモンゴル軍の恐怖を「押し寄せられた側」から見るとこうなるのかぁ。。。ではなくって、よくもまぁ、このような歌詞の歌が日本でも受け入れられたものだ(ホラ、某団体とかは、チョット馬鹿げたことや下品なことを放送すると目を三角にして厳しいことを言うデショ?)。
それにしても、
は、さすがにモンゴル軍なのか?と疑問符が付かざるを得ないネw
因みに、樹木年輪調査という調査方法によって、
のように、温暖な気候と時期を同じくして、チンギス・ハーンという力強い指導者が権力の座に着き、民族統一に動き出したのだろうという仮説がでてきたそうな。
被侵略者から見れば野蛮で残虐なイメージが強いが、「号令無くして敵の財物を掠奪し、分捕り品を占有した物は死刑」とか、「強姦及び私通する者は死刑」、「拾得した財物をひそかに隠匿する者は死刑」というように、ジンギス・カンのジャザ(大法令)で定められているところを見ると、「来た、壊した、焼いた、殺した、奪った、去った」ばかりとは言えないだろう。
なお、元のドイツ語歌詞で歌ってみたいという方は、こちらを参考にどうぞ
2014.06.20追記
せっかくなので、空耳ver.も貼り付けておきますw
【空耳】 ジンギスカン / ジンギスカン - YouTube -
ジン、ジン、ジンギスカーン♪
ヘー ライター ホー ライター ヘー ライター インマーワイター
ジン、ジン、ジンギスカーン♪
と、懐かしい歌が流れている。
小学校や地域の団体などのキャンプファイヤーなどで踊った、あのジンギスカンだ。
そういえば、そんな歌もあったなぁということで、ネットで検索してみると、さすがにYoutubeにUpされていた。
しかも、日本語訳の字幕付きとはありがたい。
ジンギスカン(1979) 歌詞付き - Youtube -
へぇ、へぇ、へぇ(これもちょっと古いゾ)。
こういう意味の歌詞だったのかぁ。チョット意外な気がする。
ジンギスカンはモンゴル帝国の皇帝の方を言っていたのか。てっきり料理のことを言っているのかと思ったゾ。「ジンギスカンは美味しい~♪」というように、褒め称えているのかと思っていた(おいおい。。。)。
草原の風にように馬を走らせる幾千もの兵 地面を打ち鳴らす馬蹄の音とともに あらゆる場所に不安と恐怖を運んでくる 稲妻と雷鳴も彼らを阻むことはできなかった |
---|
と言う歌詞は、「来た、壊した、焼いた、殺した、奪った、去った」と表現されるモンゴル帝国軍の戦闘を元にし、
気に入ったモノは全てテントの中に奪い取る 奴を嫌える女など、この世にいなかった 一晩で七人の子供を仕込み 仇に対してはあざ笑うだけ |
---|
というのは、「男たる者の最大の快楽は敵を撃滅し、これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、その馬に跨り、その女と妻達を犯すことにある」 という、当時の遊牧民族ではごく普通の習慣だったことを指しているのだろうが(なにせジンギス・カン自身がそう言っているし、彼の妻も攫われたことがある)、改めて日本語に訳すとすごい言葉だ。
疾風怒濤のように押し寄せたモンゴル軍の恐怖を「押し寄せられた側」から見るとこうなるのかぁ。。。ではなくって、よくもまぁ、このような歌詞の歌が日本でも受け入れられたものだ(ホラ、某団体とかは、チョット馬鹿げたことや下品なことを放送すると目を三角にして厳しいことを言うデショ?)。
それにしても、
もっと、ウォッカを盛ってこい、hohohoho~ |
---|
は、さすがにモンゴル軍なのか?と疑問符が付かざるを得ないネw
因みに、樹木年輪調査という調査方法によって、
普段は寒冷で乾燥した大草原地帯に、15年間にわたる豊富な雨と温暖な気候がもたらされていたのだ。これほど長期にわたる雨は、モンゴルがそれまで経験したことがなく、それ以降も例のない、この時期だけに限定された気象現象だった。 チンギス・ハーンとモンゴル帝国の台頭は、1211〜1225年の間、少なくとも過去1100年かそれ以上の間経験したことのない長期間の好気候に恵まれ、草が増えれば馬も増え、軍事力が増強したことも一因。全く対照的なのは、1180〜1190年代にこの土地を襲った未曾有の長期干ばつで、それが内乱や分裂を引き起こしていた。 |
---|
のように、温暖な気候と時期を同じくして、チンギス・ハーンという力強い指導者が権力の座に着き、民族統一に動き出したのだろうという仮説がでてきたそうな。
被侵略者から見れば野蛮で残虐なイメージが強いが、「号令無くして敵の財物を掠奪し、分捕り品を占有した物は死刑」とか、「強姦及び私通する者は死刑」、「拾得した財物をひそかに隠匿する者は死刑」というように、ジンギス・カンのジャザ(大法令)で定められているところを見ると、「来た、壊した、焼いた、殺した、奪った、去った」ばかりとは言えないだろう。
なお、元のドイツ語歌詞で歌ってみたいという方は、こちらを参考にどうぞ
2014.06.20追記
せっかくなので、空耳ver.も貼り付けておきますw
【空耳】 ジンギスカン / ジンギスカン - YouTube -
20歳前後を指す「アラハタ」という言葉や、30歳前後を指す「アラサー」という言葉、40歳前後を指す「アラフォー」という言葉が世に出回り始めたと思ったら、あっという間に50歳前後を指す「アラフィフ」が生まれ、あれよあれよという間に「アラ還」という言葉が生まれた。
そしてとうとうネット界隈(だけなのか?)では、70歳前後を指す「アラ古希」という言葉も登場している。
ここで、60歳周辺と70歳周辺が突然漢字表記になるのは、何故なのだろうという疑問が生じる。
60年という年月は干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支に戻ることをいうのだから、還暦というのはあっている。また、古希(古稀)というのは、中国の大詩人である杜甫が曲江と言う詩の中で、「人生七十(しちじゅう)古来稀(まれ)なり」と詠っていることに由来するので、間違ってはいない。しかし何故、「アラシク」「アラセブ」ではダメなのか?
いやいや「アラハタ」という言葉が「around二十歳」の略語であるならば、アラサーは「アラ而立(じりつ,略してアラジリ?)」や「アラ壮」、アラフォーは「アラ不惑(略してアラフワ?」」や「アラ強(アラキョー)」、アラフィフは「アラ知命」や「アラ杖家」ではダメなのか?
ところで、こうなってくると、登場も時間の問題である「80歳周辺」は何と言われるようになるのだろうか?
「アラ傘寿」?「アラ杖朝」?いずれ、名コピーライターが何らかのネーミングを生み出すのだろうが、90歳周辺を「アラ卒(アラソツ,90歳=卒寿)」と言うのだけはカンベンしてもらいたい。
ちょっと歴史物の漢文を読んだことのある人ならすぐに分かることだろうが、「卒」とは「死ぬ」という意味なのだ。昔の中国では「死」を表現する言葉はいろいろとあり、天子が死ぬことを「崩(ほう)」、諸侯が死ぬことを「薨(こう)」、大夫が死ぬことを「卒(そつ)」、士が死ぬことを「不禄(ふろく)」、庶人が死ぬことを「死」というように言葉を使い分けていた。日本でも天皇の死を崩御といい、親王の死を薨去というのはこの辺りに由来するのだろう。
そのようなわけで、「90歳前後」を指す言葉を「アラ卒」としては、「90歳前後はそろそろ死ぬ(死ね?)」という意味になりかねないのだ。いくら90代も珍しくなくなってきた長寿大国ニッポンといえども、これではあまりにもヒドイというものだろう。
ちなみにMyrthaは「古希」よりも「古稀」という表記の方が好き♡
そしてとうとうネット界隈(だけなのか?)では、70歳前後を指す「アラ古希」という言葉も登場している。
ここで、60歳周辺と70歳周辺が突然漢字表記になるのは、何故なのだろうという疑問が生じる。
60年という年月は干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支に戻ることをいうのだから、還暦というのはあっている。また、古希(古稀)というのは、中国の大詩人である杜甫が曲江と言う詩の中で、「人生七十(しちじゅう)古来稀(まれ)なり」と詠っていることに由来するので、間違ってはいない。しかし何故、「アラシク」「アラセブ」ではダメなのか?
いやいや「アラハタ」という言葉が「around二十歳」の略語であるならば、アラサーは「アラ而立(じりつ,略してアラジリ?)」や「アラ壮」、アラフォーは「アラ不惑(略してアラフワ?」」や「アラ強(アラキョー)」、アラフィフは「アラ知命」や「アラ杖家」ではダメなのか?
ところで、こうなってくると、登場も時間の問題である「80歳周辺」は何と言われるようになるのだろうか?
「アラ傘寿」?「アラ杖朝」?いずれ、名コピーライターが何らかのネーミングを生み出すのだろうが、90歳周辺を「アラ卒(アラソツ,90歳=卒寿)」と言うのだけはカンベンしてもらいたい。
ちょっと歴史物の漢文を読んだことのある人ならすぐに分かることだろうが、「卒」とは「死ぬ」という意味なのだ。昔の中国では「死」を表現する言葉はいろいろとあり、天子が死ぬことを「崩(ほう)」、諸侯が死ぬことを「薨(こう)」、大夫が死ぬことを「卒(そつ)」、士が死ぬことを「不禄(ふろく)」、庶人が死ぬことを「死」というように言葉を使い分けていた。日本でも天皇の死を崩御といい、親王の死を薨去というのはこの辺りに由来するのだろう。
そのようなわけで、「90歳前後」を指す言葉を「アラ卒」としては、「90歳前後はそろそろ死ぬ(死ね?)」という意味になりかねないのだ。いくら90代も珍しくなくなってきた長寿大国ニッポンといえども、これではあまりにもヒドイというものだろう。
ちなみにMyrthaは「古希」よりも「古稀」という表記の方が好き♡
バラが咲いた バラが咲いた 真赤なバラが
淋しかった ぼくの庭にバラが咲いた♪
ドラマ等でもお馴染みの旧古河庭園(map)では、約90種180株もの華やかな薔薇たちが今を盛りにと咲き誇っています。
うっすらピンク色の薔薇や、

清楚な白色の薔薇など、数々の品種改良された薔薇がありますが、みなそれぞれに良い芳香を放っています。

薔薇という花は、クレオパトラやナポレオンの妻ジョゼフィーヌが好み、ペルシャの詩人ウマル・ハイヤームの『ルバイヤート』に登場したり、中国でも六朝時代(魏晋南北朝時代)の詩にも詠まれていたりする、洋の東西を問わず人々に愛されてきた花なのですが、このたくさんの美しい花を見れば、それも頷かずにはいられません。
え?
この写真だけでは、本当に旧古河庭園の薔薇なのかが解らないですって?!
では、この写真を御覧下さい。
どこをどう見ても、旧古河庭園でしょう?

こんなに美しい花々に囲まれて、芳しい香りに包まれて暮らせたならば、豊かで穏やかな心でいられそうですネ♪
尚、5月10日(土)~6月8日(日)までは「春のバラフェスティバル」として園内の薔薇の花々を楽しめますが、5月16日~25日の間は、ライトアップ期間として21時(最終入園は20時30分)まで楽しめるようです。
旧古河庭園についてはこちらから
淋しかった ぼくの庭にバラが咲いた♪
ドラマ等でもお馴染みの旧古河庭園(map)では、約90種180株もの華やかな薔薇たちが今を盛りにと咲き誇っています。
うっすらピンク色の薔薇や、
清楚な白色の薔薇など、数々の品種改良された薔薇がありますが、みなそれぞれに良い芳香を放っています。
薔薇という花は、クレオパトラやナポレオンの妻ジョゼフィーヌが好み、ペルシャの詩人ウマル・ハイヤームの『ルバイヤート』に登場したり、中国でも六朝時代(魏晋南北朝時代)の詩にも詠まれていたりする、洋の東西を問わず人々に愛されてきた花なのですが、このたくさんの美しい花を見れば、それも頷かずにはいられません。
え?
この写真だけでは、本当に旧古河庭園の薔薇なのかが解らないですって?!
では、この写真を御覧下さい。
どこをどう見ても、旧古河庭園でしょう?
こんなに美しい花々に囲まれて、芳しい香りに包まれて暮らせたならば、豊かで穏やかな心でいられそうですネ♪
尚、5月10日(土)~6月8日(日)までは「春のバラフェスティバル」として園内の薔薇の花々を楽しめますが、5月16日~25日の間は、ライトアップ期間として21時(最終入園は20時30分)まで楽しめるようです。
旧古河庭園についてはこちらから
先日、三省堂書店で書籍を購入した。
日本の書店の良いところはブックカバーをしてくれるところだと思う。そしてそのブックカバーも各書店毎に、しかもその時々によって異なるカバーを付けてくれるので、書籍購入時の楽しみの一つとしている。
今回購入時に付けてくれたカバーがこれだ。
「日本の社会人達よ、いまこそ、孔子を見るべし。」と大書されている。

何事かと思って目をやると、大文字の下の写真があり、その隣りの黒地に白字で何事か書かれている。

要するにテレビ番組のCMである。
写真のクレジットが「北京響巣国際伝媒股份有限公司」となっているので、中国で製作されたドラマを日本でも放送すると言うことであろう。日本にも影響を与えている孔子という人物が如何なる生涯を送ったのか、その生き様を放送するのは真に結構なことである。
そして裏面を見るとこのような仕様になっている。

く、くうきをびんかんに??
くうきを?
びんかん??
あまりにも違和感がありすぎる。違和感がありすぎて、しばらく思考が止まってしまった。
そんなわけで、手元にある『論語』ではどのような現代語訳が書かれているのかを見てみた。
なお、原文は
である。
まずは講談社学術文庫の宇野哲人の『論語新釈』
ここでは、敏は「敏捷」、「事」は「知行などの道を求める事」としている。
岩波文庫の金谷治の『論語』
岩波現代文庫の宮崎市定の『現代語訳 論語』。
「居」は「仕事をせずにくつろいでいる」、「敏」は骨おしみせず、こまめに働くこととしている。「事」を「仕事」と訳しているが、「孔子の学園は一種の徒弟制度で内弟子等が交代で雑役の当番であったろうから、そんな時でもごろ寝などしてはならない云々」と別に記している。
講談社学術文庫の加地伸行の『論語』
特に記載なし。ポイントは「君子」を「教養人」と訳していることだろうか。
(´-`).。oO( Amazonでは『論語 増補版』と書かれているが、Myrthaの持っている版に「増補版」の三文字は無いのだよなぁ。。。 )
「親と子の東洋古典教室」と銘打ったMY古典シリーズの村山吉廣の『論語のことば』
以上、手持ちの『論語』の中でも現代語訳のあるもののみをピックアップしてみた。
訳者ごとに微妙に異なるが、どれも「事」は「仕事」や「道を求めること」とし、「敏」は「はやい」「つとめる」などの意味としている。
一体、どこをどう訳したら「空気を敏感に」などという珍訳が出来上がるのだろうか?教えて、WOWOWの中の人・・・
中国歴史ドラマ孔子の詳細はこちらから
日本の書店の良いところはブックカバーをしてくれるところだと思う。そしてそのブックカバーも各書店毎に、しかもその時々によって異なるカバーを付けてくれるので、書籍購入時の楽しみの一つとしている。
今回購入時に付けてくれたカバーがこれだ。
「日本の社会人達よ、いまこそ、孔子を見るべし。」と大書されている。
何事かと思って目をやると、大文字の下の写真があり、その隣りの黒地に白字で何事か書かれている。
中国歴史ドラマ(全38話) 孔子 4/19(土)WOWOWで 放送スタート! 第1話無料放送 BS9 ※4/24(木)第1話再放送(無料) 毎週土曜 午前10:00 |
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要するにテレビ番組のCMである。
写真のクレジットが「北京響巣国際伝媒股份有限公司」となっているので、中国で製作されたドラマを日本でも放送すると言うことであろう。日本にも影響を与えている孔子という人物が如何なる生涯を送ったのか、その生き様を放送するのは真に結構なことである。
そして裏面を見るとこのような仕様になっている。
できる奴は、空気を敏感に感じて 言葉を慎重に選ぶもんだよ。 (事に敏にして言を慎み、) 論語学而第一の十四より |
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く、くうきをびんかんに??
くうきを?
びんかん??
あまりにも違和感がありすぎる。違和感がありすぎて、しばらく思考が止まってしまった。
そんなわけで、手元にある『論語』ではどのような現代語訳が書かれているのかを見てみた。
なお、原文は
子曰、君子食無求飽、居無求安、敏於事而愼於言、就有道而正焉、可謂好學也已矣。 |
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である。
まずは講談社学術文庫の宇野哲人の『論語新釈』
【訓読】 子(し)曰(い)はく、君子は食(しょく)飽く(あ)ことを求むるなく、居(きょ)安(やす)きを求むるなく、事(こと)に敏(びん)にして言(げん)に慎み、有道に就(つ)いて正すを学を好むといふべきのみ。 【訳】 学に志す者が、食物に飽くことを求める暇もなく、安楽な住処(じゅうきょ)を求める暇もない程に一心に学に向い、とかく不足になりがちな知行(ちこう)の方(ほう)をすばやく勉めようとし、とかく過ごし易(やす)い言語の方面はよくよく考えて発するようにし、それでもなお不十分と考えて、親しく知行や言語の標準となる有道者について正すならば、学を好む人であるいうことができる。 |
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ここでは、敏は「敏捷」、「事」は「知行などの道を求める事」としている。
岩波文庫の金谷治の『論語』
【訓読】 子(し)曰(のたま)わく、君子は食(しょく)飽(あ)かんことを求むること無く、居(きょ)安からんことを求むること無し。事に敏(びん)にして言に愼しみ、有道(ゆうどう)に就(つ)きて正す。学を好むと謂うべきのみ。 【訳】 先生がいわれた、「君子(くんし)は腹いっぱい食べることを求めず、安楽な家に住むことを求めない。仕事によくつとめて、ことばを慎重にし、(しかもなお)道義を身につけた人について(善し悪しを)正してもらうというようであれば、学を好むといえるだろうね」 |
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岩波現代文庫の宮崎市定の『現代語訳 論語』。
【訓読】 子曰く、君子は食に飽くを求むることなく、居に安きを求むることなし。事に敏にして言に慎しみ、有道に就いて正す。学を好むと謂うべきのみ。 【訳】 子曰く、諸君は、食事なら是非満腹まで、暇さえあれば安佚(あんいつ)を貪るというのではなく、仕事にはまっ先に手を出し、口に言うことはなるべき控え目にし、徳のある経験者に意見を求めて反省の材料にするがよい。それができたら学問好きだと言ってやろう。 |
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「居」は「仕事をせずにくつろいでいる」、「敏」は骨おしみせず、こまめに働くこととしている。「事」を「仕事」と訳しているが、「孔子の学園は一種の徒弟制度で内弟子等が交代で雑役の当番であったろうから、そんな時でもごろ寝などしてはならない云々」と別に記している。
講談社学術文庫の加地伸行の『論語』
【訓読】 子曰く、君子は食に飽くるを求むること無く、居(お)るに安きを求むること無し。事(こと)に敏(びん)に、言(げん)に慎(つつし)み、有道に就(つ)きて正す。学を好むと謂う可(べ)きのみ。 【訳】 老先生の教え。教養人は腹いっぱいの美食を求めたり、豪華で心地よい邸宅に住みたいなどとは思わない。なすすべき仕事はすばやくこなす。しかし、ことばは少なくして出しゃばらない。もし意見があれば、まず優れた人格者(有道)を訪れ、正していただくようにする。こういう人をこそ〈好学の士〉と言うのだ。 |
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特に記載なし。ポイントは「君子」を「教養人」と訳していることだろうか。
(´-`).。oO( Amazonでは『論語 増補版』と書かれているが、Myrthaの持っている版に「増補版」の三文字は無いのだよなぁ。。。 )
「親と子の東洋古典教室」と銘打ったMY古典シリーズの村山吉廣の『論語のことば』
【訓読】 子曰く、君子は食は飽かんことを求むることなく、居は安からんことを求むることなく、事(こと)に敏(びん)にして言(げん)を慎み、有道に就(つ)いて正さば学を好むと謂うべきのみ。 【訳】 食物は腹一杯、住居はゴージャス、こんなことだけに浮き身をやつすマイホーム男、これはダメである。俗念を斥け、物欲にはとらわれず、自分のなすべきことは敏速に行い、言葉も選んで慎重にし、及ばないところは「有道者」(道徳をわきまえた人)から謙虚に一つ一つ学んでゆく、そういう人こそ真に「学を好む者」といえるのだ。 |
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以上、手持ちの『論語』の中でも現代語訳のあるもののみをピックアップしてみた。
訳者ごとに微妙に異なるが、どれも「事」は「仕事」や「道を求めること」とし、「敏」は「はやい」「つとめる」などの意味としている。
一体、どこをどう訳したら「空気を敏感に」などという珍訳が出来上がるのだろうか?教えて、WOWOWの中の人・・・
中国歴史ドラマ孔子の詳細はこちらから
先日、所用があって池袋に行ったら、偶然にも駅構内でサンシャイン水族館で「へんないきもの」の著者・早川いくを氏とコラボした「サンシャイン水族館×早川いくを へんないきもの展~ナマモノ~」をやっているという看板を目にしたので、もののついでに寄ってみた。
「へんなにんげん」に対しては世間の目は非常に冷たいのに、「へんないきもの」に対する世間の目はやさしいどころか、大いに興味を持って迎えられている(つまり大人気!)。この事に対して、多少の割り切れなさ、もやもや感を持ちつつも、水族館の入場料(結構するするゾ)+300円の別途見物料入場料を支払い、へんないきもの達とご対面。
入口に鎮座するオオサンショウウオをはじめ、サソリモドキや、モンハナシャコ、イガグリガニ、ヤツメウナギ、サカサクラゲ、リュグウノツカイ(標本w)、ウミグモの仲間、ハダカネズミなどなど、そうそうたるメンバーが一堂に会する中で、一生縁がなさそうだと思っていたダイオウグソクムシさんと、まさかのご対面。

待てども暮らせどもこの姿勢からまったく動かない。
その動かなさは、動かない鳥として知られるハシビロコウを遥かに凌ぐ。
うん、これならば絶食を続けることも可能かも知れない。もっとも、五年間絶食を続けた末に死んだ鳥羽水族館のダイオウグソクムシ氏の死因は、餓死ではないらしいが…
とりあえず、水族館の飼育員の方には「動かないならそれでもかまわないから、真っ正面に向けて彼(彼女?)を展示してくれ~!」と思ってしまいました、とさ。
なお、ダイオウグソクムシのiPhoneケースを買おうとしたものの、iPhoneを持っていないことに気づき、買わずじまいだったのは、ここだけのヒミツです☆
(´-`).。oO( ぬいぐるみもよかったなぁ。。。)
開催日;2014.03.15(土)~2014.05.25(日)
サンシャイン水族館についてはこちらから
「へんなにんげん」に対しては世間の目は非常に冷たいのに、「へんないきもの」に対する世間の目はやさしいどころか、大いに興味を持って迎えられている(つまり大人気!)。この事に対して、多少の割り切れなさ、もやもや感を持ちつつも、水族館の入場料(結構するするゾ)+300円の別途
入口に鎮座するオオサンショウウオをはじめ、サソリモドキや、モンハナシャコ、イガグリガニ、ヤツメウナギ、サカサクラゲ、リュグウノツカイ(標本w)、ウミグモの仲間、ハダカネズミなどなど、そうそうたるメンバーが一堂に会する中で、一生縁がなさそうだと思っていたダイオウグソクムシさんと、まさかのご対面。
待てども暮らせどもこの姿勢からまったく動かない。
その動かなさは、動かない鳥として知られるハシビロコウを遥かに凌ぐ。
うん、これならば絶食を続けることも可能かも知れない。もっとも、五年間絶食を続けた末に死んだ鳥羽水族館のダイオウグソクムシ氏の死因は、餓死ではないらしいが…
とりあえず、水族館の飼育員の方には「動かないならそれでもかまわないから、真っ正面に向けて彼(彼女?)を展示してくれ~!」と思ってしまいました、とさ。
なお、ダイオウグソクムシのiPhoneケースを買おうとしたものの、iPhoneを持っていないことに気づき、買わずじまいだったのは、ここだけのヒミツです☆
(´-`).。oO( ぬいぐるみもよかったなぁ。。。)
開催日;2014.03.15(土)~2014.05.25(日)
サンシャイン水族館についてはこちらから
少し前のことですが、友人と共だってお花見に行ってきました。
記念にその時作ったお弁当をUp☆

800ml程度の容量のタッパーなので、それほど大量に作ったわけでもなく、ご飯の量でいうならば、2合強程度です。
お酒を飲みながらの料理は油っぽい物が好まれますが、そんな時に酸味の強いトマトの酢漬けのような箸休め料理があると、口の中の油っぽさを洗い流してくれるのでスッキリします♪
ただし、酒肴としての食べ物として考えると、炊き込みご飯の味付けは、もう少し塩味が効いていても良かったかな?反省。。。
なお、美酒は全て友人に任せました、とさ^^;
記念にその時作ったお弁当をUp☆
◇◆メニュー◆◇ たけのこの炊き込みご飯 野菜の肉巻き アンチョビ・ポテト トマトの酢漬け タコさん&カニさんウインナー キャロットラッペ うさぎさん&蝶々さんリンゴ |
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800ml程度の容量のタッパーなので、それほど大量に作ったわけでもなく、ご飯の量でいうならば、2合強程度です。
お酒を飲みながらの料理は油っぽい物が好まれますが、そんな時に酸味の強いトマトの酢漬けのような箸休め料理があると、口の中の油っぽさを洗い流してくれるのでスッキリします♪
ただし、酒肴としての食べ物として考えると、炊き込みご飯の味付けは、もう少し塩味が効いていても良かったかな?反省。。。
なお、美酒は全て友人に任せました、とさ^^;
1月中にUpしようとして出来ず、その後うち捨ててしまったが、湯島聖堂の紹介を兼ねて書いてみよう。
さて、Myrthaの一年は湯島聖堂の参拝ではなく、毎年行われる「論語素読始め」で始まる。
素読とは、江戸時代に盛んに行われた学習法の一つで、内容の理解は二の次にして、文字を声に出して読んで覚える初学者向け学習方法をいう。
湯島聖堂はJR御茶ノ水駅のホームから見えるほど近くにある。
湯島聖堂内の立て札によると、
寛永9年(1632)に尾張藩主徳川義直 林羅山に上野忍ヶ丘に先聖殿を造営せしめしに始まる。その回禄(火災)の災いに罹るや、元禄3年(1690)、將軍綱吉 之れを今の地に移して大成殿と称せり。後、寛政11年(1799)大成殿及び杏壇・入德・仰高諸門を再建し、明治維新の際、大学を此地に置くに及び、一旦孔子以下の諸像を撤去せしも、後、舊に復せり。
建造物は暫くは東京博物館の一部に充てたりしが、大正12年(1923)9月1日、関東大震災の為、入德門・水屋等を除くの外、悉く焼亡せしを昭和10年(1935)4月4日、鉄筋混凝立(コンクリート)構造に依りて原型に復せり。
とある。隨分と古文調な文章だと思いきや、書かれたのは「昭和11年3月」とある。戦前では、それはそうなりますわナ。。。
湯島聖堂入口にある文化講座の紹介看板。
論語や荘子、十八史略、江戸漢学、日本外史、太極拳や中国古典音楽などが紹介されている。
なお、一番の人気は漢詩作法(かんしさくほう,「さくほう」は「作る方法」の意、「さほう」はマナーの意)だそうな。

看板橫の入口を入ると左奥に斯文会館(しぶんかいかん)がある。

斯文会館ではさまざまな文化講座を受講出来るが、かつては伏見宮博恭王殿下の住居であったという。
その為か中は天上が高く、なかなか古風で洒落た作りになっている。
斯文とは論語の中にある孔子が匡(きょう)の地で災難にあった時に言った「天の將(まさ)に斯(こ)の文を喪ぼさんとするや、後に死する者は斯の文に與(くみ)せざるなり。天の未(いま)だ斯の文を喪ぼさんとするや云云」からの命名であろうか。
孔子の言った「斯文」とは、理想とした周の礼楽(れいがく)制度のことであるが、斯文会館の「斯文」とは、礼楽制度のことなのか、漢学のことなのか、はてな?

仰高門。
論語の中で弟子の顏淵が孔子の事を「之れを仰げば彌(いよ)いよ高く、之れを鑽(き)れば彌いよ堅し」と言ったが、これによる命名だろうか。

孔子像。
唐の呉道子の筆による孔子画像を元に台湾師範大学の教授が作った物で、高さ4.5メートル、重量3トンの世界最大の孔子像であるという。孔子像は一般に片手の平にもう片方の手の甲を重ねたポーズのものが多いが、ここの像は両方の手の平を合わせた所謂「もみ手」のポーズをとっている。何かいわれがあるのだろうか?

楷の木。
楷書はこの楷の木のように角張った書法であることから命名されたそうな。
この辺りは日光が木々に遮られているので、昼間でも暗い写真になってしまった。。。

石畳の通路と石段を登っていくと .

総漆塗りの入德門がある。

入徳門をくぐって左手にあるのは、伏見宮博恭王殿下お手ずからお植えになったという梅。

中央の石段を上っていくと .

杏壇がある。
杏壇は、孔子が学問を講じた壇のまわりに杏(あんず)の木があったという故事により、学問をするところを指すようになったという。

杏壇の奥にあるのが大成殿。
「大成できますように」としっかり願掛けをしようw

大成殿内中央には孔子像が安置され、

その周囲には屋根瓦に乗せられていた魔除けの像や、

これも魔除けの一種かな?

昌平坂学問所で代々大学頭を務めた林家の家系図パネルや

孟子や曾子のブロンズ像(その他に顔回や子思の像もある)や

周敦頤(しゅうとんい)や邵雍(しょうよう)、張栻(ちょうしょく)などの宋代の儒学者の肖像画(これは朱子像)や、

孔子の十大弟子といわれる「孔門の十哲」の位牌や、

四配といわれる顔回と子思の位牌(西には孟子と曾子がある)が安置されている。

また、殿内の一角にはお土産屋さんが設けられており、合格祈願の鉛筆や書籍などが売られている。
書籍は斯文会から出版されたものが多く、コムツカシイと感じられる漢文をその道の大家が平易に解説している内容のものが多いので、一読してみるのもよいだろう。

大成殿外の一角に「論語素読始会場」が設けられており、ここで素読が行われる。
素読に使われるテキストはここに置かれているので、論語を持っていない人でも安心だ。

この写真は素読終了後のものなので、人がまばらに椅子に腰掛けている程度だが、開催時には人で埋め尽くされるのだ。最近は小学生らしい子供も参加しているので、少々驚いた。

素読はまず、湯島聖堂の管理団体である斯文会の理事長石川忠久氏の挨拶から始まり、その後、宇野茂彦氏の朗読及び若干の解説後に皆で唱和する。宇野茂彦氏は宇野哲人氏の孫、宇野精一氏の子に当たる方だ。ということは、宇野直人氏とは従兄弟同士という関係になるのか。。。
今年は「子路(しろ)篇」が行われた。この篇は、孔子と弟子達の政治についての問答を中心に収録されている。子路は孔門の十哲の一人であり、中島敦の小説「弟子」に登場する人物でもある。初めはやくざ者で、勇を好んで正義感が強く、直情径行であったという子路が、孔子の門人となって学問に励んだというのは興味深い。
素読が終わり、ふと、大成殿の方を見てみると、参拝者で長蛇の列が出来ている。
聖堂の後方に神田明神があるので、そこから流れて来た人々だろうか?

素読終了後、神田明神に足を運んでみると、鳥居の中も外も参拝者でごった返していた。
流石は江戸総鎮守だけのことはある。
こんな日に参拝しても神様は私に気づくヒマも無かろうと思い、後日改めて参拝に来ることとして、その場を後にした。

御茶ノ水駅近くの聖橋から水道橋方面を遠望。

湯島聖堂のサイトはこちらから
論語の素読始めは毎年元日に11:00と12:30の二度にわたって行われる。
来年は「憲問(けんもん)篇」が行われるだろう。
さて、Myrthaの一年は湯島聖堂の参拝ではなく、毎年行われる「論語素読始め」で始まる。
素読とは、江戸時代に盛んに行われた学習法の一つで、内容の理解は二の次にして、文字を声に出して読んで覚える初学者向け学習方法をいう。
湯島聖堂はJR御茶ノ水駅のホームから見えるほど近くにある。
湯島聖堂内の立て札によると、
寛永9年(1632)に尾張藩主徳川義直 林羅山に上野忍ヶ丘に先聖殿を造営せしめしに始まる。その回禄(火災)の災いに罹るや、元禄3年(1690)、將軍綱吉 之れを今の地に移して大成殿と称せり。後、寛政11年(1799)大成殿及び杏壇・入德・仰高諸門を再建し、明治維新の際、大学を此地に置くに及び、一旦孔子以下の諸像を撤去せしも、後、舊に復せり。
建造物は暫くは東京博物館の一部に充てたりしが、大正12年(1923)9月1日、関東大震災の為、入德門・水屋等を除くの外、悉く焼亡せしを昭和10年(1935)4月4日、鉄筋混凝立(コンクリート)構造に依りて原型に復せり。
とある。隨分と古文調な文章だと思いきや、書かれたのは「昭和11年3月」とある。戦前では、それはそうなりますわナ。。。
湯島聖堂入口にある文化講座の紹介看板。
論語や荘子、十八史略、江戸漢学、日本外史、太極拳や中国古典音楽などが紹介されている。
なお、一番の人気は漢詩作法(かんしさくほう,「さくほう」は「作る方法」の意、「さほう」はマナーの意)だそうな。
看板橫の入口を入ると左奥に斯文会館(しぶんかいかん)がある。
斯文会館ではさまざまな文化講座を受講出来るが、かつては伏見宮博恭王殿下の住居であったという。
その為か中は天上が高く、なかなか古風で洒落た作りになっている。
斯文とは論語の中にある孔子が匡(きょう)の地で災難にあった時に言った「天の將(まさ)に斯(こ)の文を喪ぼさんとするや、後に死する者は斯の文に與(くみ)せざるなり。天の未(いま)だ斯の文を喪ぼさんとするや云云」からの命名であろうか。
孔子の言った「斯文」とは、理想とした周の礼楽(れいがく)制度のことであるが、斯文会館の「斯文」とは、礼楽制度のことなのか、漢学のことなのか、はてな?
仰高門。
論語の中で弟子の顏淵が孔子の事を「之れを仰げば彌(いよ)いよ高く、之れを鑽(き)れば彌いよ堅し」と言ったが、これによる命名だろうか。
孔子像。
唐の呉道子の筆による孔子画像を元に台湾師範大学の教授が作った物で、高さ4.5メートル、重量3トンの世界最大の孔子像であるという。孔子像は一般に片手の平にもう片方の手の甲を重ねたポーズのものが多いが、ここの像は両方の手の平を合わせた所謂「もみ手」のポーズをとっている。何かいわれがあるのだろうか?
楷の木。
楷書はこの楷の木のように角張った書法であることから命名されたそうな。
この辺りは日光が木々に遮られているので、昼間でも暗い写真になってしまった。。。
石畳の通路と石段を登っていくと
総漆塗りの入德門がある。
入徳門をくぐって左手にあるのは、伏見宮博恭王殿下お手ずからお植えになったという梅。
中央の石段を上っていくと
杏壇がある。
杏壇は、孔子が学問を講じた壇のまわりに杏(あんず)の木があったという故事により、学問をするところを指すようになったという。
杏壇の奥にあるのが大成殿。
「大成できますように」としっかり願掛けをしようw
大成殿内中央には孔子像が安置され、
その周囲には屋根瓦に乗せられていた魔除けの像や、
これも魔除けの一種かな?
昌平坂学問所で代々大学頭を務めた林家の家系図パネルや
孟子や曾子のブロンズ像(その他に顔回や子思の像もある)や
周敦頤(しゅうとんい)や邵雍(しょうよう)、張栻(ちょうしょく)などの宋代の儒学者の肖像画(これは朱子像)や、
孔子の十大弟子といわれる「孔門の十哲」の位牌や、
四配といわれる顔回と子思の位牌(西には孟子と曾子がある)が安置されている。
また、殿内の一角にはお土産屋さんが設けられており、合格祈願の鉛筆や書籍などが売られている。
書籍は斯文会から出版されたものが多く、コムツカシイと感じられる漢文をその道の大家が平易に解説している内容のものが多いので、一読してみるのもよいだろう。
大成殿外の一角に「論語素読始会場」が設けられており、ここで素読が行われる。
素読に使われるテキストはここに置かれているので、論語を持っていない人でも安心だ。
この写真は素読終了後のものなので、人がまばらに椅子に腰掛けている程度だが、開催時には人で埋め尽くされるのだ。最近は小学生らしい子供も参加しているので、少々驚いた。
素読はまず、湯島聖堂の管理団体である斯文会の理事長石川忠久氏の挨拶から始まり、その後、宇野茂彦氏の朗読及び若干の解説後に皆で唱和する。宇野茂彦氏は宇野哲人氏の孫、宇野精一氏の子に当たる方だ。ということは、宇野直人氏とは従兄弟同士という関係になるのか。。。
今年は「子路(しろ)篇」が行われた。この篇は、孔子と弟子達の政治についての問答を中心に収録されている。子路は孔門の十哲の一人であり、中島敦の小説「弟子」に登場する人物でもある。初めはやくざ者で、勇を好んで正義感が強く、直情径行であったという子路が、孔子の門人となって学問に励んだというのは興味深い。
素読が終わり、ふと、大成殿の方を見てみると、参拝者で長蛇の列が出来ている。
聖堂の後方に神田明神があるので、そこから流れて来た人々だろうか?
素読終了後、神田明神に足を運んでみると、鳥居の中も外も参拝者でごった返していた。
流石は江戸総鎮守だけのことはある。
こんな日に参拝しても神様は私に気づくヒマも無かろうと思い、後日改めて参拝に来ることとして、その場を後にした。
御茶ノ水駅近くの聖橋から水道橋方面を遠望。
湯島聖堂のサイトはこちらから
論語の素読始めは毎年元日に11:00と12:30の二度にわたって行われる。
来年は「憲問(けんもん)篇」が行われるだろう。
さ~く~ら~♪ sakura~♪
新宿御苑(Map)では桜の花が満開らしいと聞き、日本人らしく(?)お花見に行ってきた。
とはいっても、新宿御苑は酒類の持ち込みが禁止の為、お酒を飲みながらの正統な(?)花見は出来ない。しかも、驚いたことに入口で酒類持ち込みに対する荷物検査までやっていたのですゼ(-_-;)
また、17:00閉園の為、夜桜見物はできないが、それでも桜の花は人間の都合などは斟酌せずに咲き誇っていた。
そんなわけで、お弁当を持っての花見は後日楽しむこととして、純粋に桜見物のみをして来た。
新宿門近くに咲き誇るちょっぴりピンク色が濃いめの陽光桜(ヨウコウザクラ)。
愛媛県の高岡正明氏によって、「里桜」の天城吉野(アマギヨシノ)と寒緋桜(カンヒザクラ)との交配によって作り出されたのだとか。

飲酒なしでお花見を楽しむ人々。
彼らは酒に酔わず、桜に酔っているようだw
御存知、染井吉野(ソメイヨシノ)。
漢字で書くとイメージが異なると感じるのは戦後教育のなせる業か?何となく「ソメイヨシノ」と書いた方が植物っぽく感じるなぁ。。。

クリスマスローズも満開。
クリスマス時期に咲くわけではないのに「クリスマス」と名前がつくのは何故だろう?

緋木瓜(ヒボケ)も満開。

大温室という名の熱帯植物園もある。

大温室内にはバナナや .

チョウセンアサガオなどが植えられている。
この花は一般住宅の庭でしばしば見かけるけれど、こういう名前の花だったのね^^;

おぉ!これが「沙羅双樹」なのか!と、思わずつぶやいてしまったサラソウジュさん。
「沙羅双樹の花の色、盛者(じょうしゃ)必衰の理(ことわり)をあらわす」なんて平家物語の一文を思い出すなぁ。。。

タコノキ。
どの辺が「タコ」なのだろうか?

ミッキーマウスノキ。
これまたどの辺が「ミッキーマウス」なのか不明(-_-;)むしろこちらの方がタコっぽいのではあるまいか?

トックリヤシ。
これは何となく納得のいく名前、かな?

キンシャチというサボテンの一種。
小さなものは園芸屋さんに売っているけれど、ここまで大きなものはそうそう見ないなぁ。

キッショウテン。
キジカクシ科(リュウゼツラン科)と書かれているということは、テキーラの原料になる?!(←なりません)

ランの一種。
ランはこのように全て鉢植えで展示されている。

スイレン。
この季節に咲くということは、外来種なのだろうか?

名称不明のお花。
室内で壁掛けの花として観賞用にいいかも?

食虫植物。
ウツボカズラの一種だったかな?ここまで大きいと、少々不気味さを感じる。

室内はガラス張りになっており、屋外の桜が見える。

出口右手にある旧植物園の遺構。
特別面白みを感じる物でもないけれど、とりあえずオマケw

これもヨウコウザクラ。

玉藻池のタカトオコヒガンザクラ。
水面に映る桜と石燈にうっとり、ホッとしてしまうのは、日本人だからなのか、万国共通なのか。。。

お腹を空かせている冬眠明けの亀。
鑑賞客の投げ入れたアイス最中の皮にぱくついている。

しだれ桜のシャワーだー!
真下から見ると、本当に桜の花を浴びているように感じる。

夕暮れのドコモタワーを遠望。

道端にひっそりと咲くハナニラ。
ハテ?種が飛んできて増えたようにも見えないのだが・・・

漢方薬でもおなじみのサンシュユ。
花弁よりも蕊の方が目立つ風変わりな花だw

新宿御苑旧御涼亭。台湾閣ともいうらしい。
皇太子(後の昭和天皇)御成婚時に台湾在住邦人の有志から贈られた物で、清朝中期以降で台湾で用いられた閩南(びんなん)建築様式で作られた本格的中国風建築なのだとか。

内部から見れば中国の亭のようであると思えるが、遠くから見ると、中国風なのか、琉球風なのか、今一つわかりにくい。

夕暮れの空と青空の交じる中、のんびりと桜を見つつ苑内整理係の警備員の誘導によって、園外に出ましたとさ♪

新宿御苑の詳細はこちらから
新宿御苑のBlogはこちらから
サテ、青空に映える桜を鑑賞してお腹いっぱい、満足したかというと、そうもいかない。
ここは一つ、夜桜も見たいところだ。
そんなわけで、六義園(りくぎえん,Map)にも足を運んでみた。
六義園は五代将軍徳川綱吉の側用人柳沢吉保が自らの下屋敷として造営した大名庭園であり、六義とは中国最古の漢詩集とされる詩経の六義(風、雅、頌、賦、比、興)を紀貫之が転用した和歌の「六体」に由来するのだとか。
通常は17:00閉園であるが、お花見のこの季節は21:00まで開園しているので、ライトアップされたしだれ桜を楽しむことが出来る。

暗くなるのを待ちつつ中の島を遠望。

宜春亭。
抹茶を楽しめる茶屋となっているが、庭園を見ながら抹茶を楽しんでいると、このように鑑賞客のカメラの格好の餌食となる。しかしここがオープンしているのは初めて見るなぁ。。。

日中は中に入れるが、夜間は通行止めになっていた滝見の茶屋を遠望。
だんだんと暗くなってきた。

園内の半分程は夜間通行禁止となっていたが、半周ほどして戻ってくると、夜空に映えるしだれ桜がライトアップされていた。
これは美しい。
惜しむらくは光の都合によって夜空に白っぽい斑点が浮き出た写真になってしまったが、それでも十分な美しさを感じられる。

これは桜の裏手から見たところ。
枝枝が支柱によって支えられているのがわかるが、この桜は一体どれほどの樹齢を重ねているのだろうか?

今までのしだれ桜の写真には極力人を写すまいと思いつつ撮影をしていたのだが、実はこのしだれ桜の開花時期は下記の写真のように黒山の人だかりが出来ているのだ。
(´-`).。oO( 心霊写真でも撮ったかのように斑点が目立つなぁ・・・ )

入園料を払うにも行列、撮影をするにも行列のこの時期は、六義園が最も混雑する時期だろう。なぜならば、それは、表の通りに目をやれば、観光バスが何台も停まっているほどだからだ。
六義園の詳細はこちらから
おまけ
Sakura "Cherry Blossoms";Traditional Music of Japan, Classical Koto Music 日本の伝統音楽 -YouTube-
新宿御苑(Map)では桜の花が満開らしいと聞き、日本人らしく(?)お花見に行ってきた。
とはいっても、新宿御苑は酒類の持ち込みが禁止の為、お酒を飲みながらの正統な(?)花見は出来ない。しかも、驚いたことに入口で酒類持ち込みに対する荷物検査までやっていたのですゼ(-_-;)
また、17:00閉園の為、夜桜見物はできないが、それでも桜の花は人間の都合などは斟酌せずに咲き誇っていた。
そんなわけで、お弁当を持っての花見は後日楽しむこととして、純粋に桜見物のみをして来た。
新宿門近くに咲き誇るちょっぴりピンク色が濃いめの陽光桜(ヨウコウザクラ)。
愛媛県の高岡正明氏によって、「里桜」の天城吉野(アマギヨシノ)と寒緋桜(カンヒザクラ)との交配によって作り出されたのだとか。
飲酒なしでお花見を楽しむ人々。
彼らは酒に酔わず、桜に酔っているようだw
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御存知、染井吉野(ソメイヨシノ)。
漢字で書くとイメージが異なると感じるのは戦後教育のなせる業か?何となく「ソメイヨシノ」と書いた方が植物っぽく感じるなぁ。。。
クリスマスローズも満開。
クリスマス時期に咲くわけではないのに「クリスマス」と名前がつくのは何故だろう?
緋木瓜(ヒボケ)も満開。
大温室という名の熱帯植物園もある。
大温室内にはバナナや
チョウセンアサガオなどが植えられている。
この花は一般住宅の庭でしばしば見かけるけれど、こういう名前の花だったのね^^;
おぉ!これが「沙羅双樹」なのか!と、思わずつぶやいてしまったサラソウジュさん。
「沙羅双樹の花の色、盛者(じょうしゃ)必衰の理(ことわり)をあらわす」なんて平家物語の一文を思い出すなぁ。。。
タコノキ。
どの辺が「タコ」なのだろうか?
ミッキーマウスノキ。
これまたどの辺が「ミッキーマウス」なのか不明(-_-;)むしろこちらの方がタコっぽいのではあるまいか?
トックリヤシ。
これは何となく納得のいく名前、かな?
キンシャチというサボテンの一種。
小さなものは園芸屋さんに売っているけれど、ここまで大きなものはそうそう見ないなぁ。
キッショウテン。
キジカクシ科(リュウゼツラン科)と書かれているということは、テキーラの原料になる?!(←なりません)
ランの一種。
ランはこのように全て鉢植えで展示されている。
スイレン。
この季節に咲くということは、外来種なのだろうか?
名称不明のお花。
室内で壁掛けの花として観賞用にいいかも?
食虫植物。
ウツボカズラの一種だったかな?ここまで大きいと、少々不気味さを感じる。
室内はガラス張りになっており、屋外の桜が見える。
出口右手にある旧植物園の遺構。
特別面白みを感じる物でもないけれど、とりあえずオマケw
これもヨウコウザクラ。
玉藻池のタカトオコヒガンザクラ。
水面に映る桜と石燈にうっとり、ホッとしてしまうのは、日本人だからなのか、万国共通なのか。。。
お腹を空かせている冬眠明けの亀。
鑑賞客の投げ入れたアイス最中の皮にぱくついている。
しだれ桜のシャワーだー!
真下から見ると、本当に桜の花を浴びているように感じる。
夕暮れのドコモタワーを遠望。
道端にひっそりと咲くハナニラ。
ハテ?種が飛んできて増えたようにも見えないのだが・・・
漢方薬でもおなじみのサンシュユ。
花弁よりも蕊の方が目立つ風変わりな花だw
新宿御苑旧御涼亭。台湾閣ともいうらしい。
皇太子(後の昭和天皇)御成婚時に台湾在住邦人の有志から贈られた物で、清朝中期以降で台湾で用いられた閩南(びんなん)建築様式で作られた本格的中国風建築なのだとか。
内部から見れば中国の亭のようであると思えるが、遠くから見ると、中国風なのか、琉球風なのか、今一つわかりにくい。
夕暮れの空と青空の交じる中、のんびりと桜を見つつ苑内整理係の警備員の誘導によって、園外に出ましたとさ♪
新宿御苑の詳細はこちらから
新宿御苑のBlogはこちらから
サテ、青空に映える桜を鑑賞してお腹いっぱい、満足したかというと、そうもいかない。
ここは一つ、夜桜も見たいところだ。
そんなわけで、六義園(りくぎえん,Map)にも足を運んでみた。
六義園は五代将軍徳川綱吉の側用人柳沢吉保が自らの下屋敷として造営した大名庭園であり、六義とは中国最古の漢詩集とされる詩経の六義(風、雅、頌、賦、比、興)を紀貫之が転用した和歌の「六体」に由来するのだとか。
通常は17:00閉園であるが、お花見のこの季節は21:00まで開園しているので、ライトアップされたしだれ桜を楽しむことが出来る。
暗くなるのを待ちつつ中の島を遠望。
宜春亭。
抹茶を楽しめる茶屋となっているが、庭園を見ながら抹茶を楽しんでいると、このように鑑賞客のカメラの格好の餌食となる。しかしここがオープンしているのは初めて見るなぁ。。。
日中は中に入れるが、夜間は通行止めになっていた滝見の茶屋を遠望。
だんだんと暗くなってきた。
園内の半分程は夜間通行禁止となっていたが、半周ほどして戻ってくると、夜空に映えるしだれ桜がライトアップされていた。
これは美しい。
惜しむらくは光の都合によって夜空に白っぽい斑点が浮き出た写真になってしまったが、それでも十分な美しさを感じられる。
これは桜の裏手から見たところ。
枝枝が支柱によって支えられているのがわかるが、この桜は一体どれほどの樹齢を重ねているのだろうか?
今までのしだれ桜の写真には極力人を写すまいと思いつつ撮影をしていたのだが、実はこのしだれ桜の開花時期は下記の写真のように黒山の人だかりが出来ているのだ。
(´-`).。oO( 心霊写真でも撮ったかのように斑点が目立つなぁ・・・ )
入園料を払うにも行列、撮影をするにも行列のこの時期は、六義園が最も混雑する時期だろう。なぜならば、それは、表の通りに目をやれば、観光バスが何台も停まっているほどだからだ。
六義園の詳細はこちらから
おまけ
Sakura "Cherry Blossoms";Traditional Music of Japan, Classical Koto Music 日本の伝統音楽 -YouTube-
Reine_Myrtha
台湾の国会で現在起きている事のLive。http://t.co/BPCFfAe7gb
03-21 11:29
ちょっくら帰国中に興味深いイベントをやっていたので、行ってきた。
なんでも、パセラ・リゾートで宇宙戦艦ヤマト2199のコラボメニュー[魚拓]を8月24日〜9月23日の間に新宿本店・池袋本店・上野御徒町店・渋谷店・横浜関内店・秋葉原電気街店・秋葉原昭和通り店で限定的に行う、とのこと。
ヤマト好き的には行きたいでしょ♪と言うわけで行ってみた。
通された部屋のテーブルの上にはドドーンとヤマトのメニューが置かれている。

干上がった地球と遊星爆弾をイメージした「遊星爆弾カレー」や、アステロイドベルトをイメージした「アステロイ丼」、ヤマト食堂の「冷製海王星パスタ」なんてものがある。
あれ?ヤマトの食堂に宇宙海軍カレーはあったと記憶しているけれど、海王星パスタなんてあったかしら?
裏はこんな感じ。
おなじみの古代進&森雪のイラストと共に、マゼランパフェとドリルミサイル・ハニトーがかかれている。

ハニトーも捨てがたいが、今回はあのメルダ・ディッツさんをして「宇宙にこんな美味しいものがあったとは!」と言わしめたマゼランパフェを注文してみる。
テキトーに拾ってきたコスモ女子会の画像↓
ひたすらパフェをぱくついているユリーシャさんは、地球滞在中にパフェの味を知ってお気に召したのだろうか?

しばしの時間を待ち、来たものがコレ。
想像していた物より大きいゾ。無事に完食できるのか不安になってくる。。。

一回転してみる。
うーん、何が入っているのだろう?

崩れ落ちないように細心の注意を払って食べた結果、上から順に、イチゴ、ミントの葉、ホイップクリーム、バニラアイス、ブルーベリー風味のヨーグルトホイップクリーム(?)、ホイップクリーム、バニラアイス、ホイップクリーム、アプリコットソース、またホイップクリームにブルーベリージャムの周囲にグレープフルーツ、オレンジ、イチゴ、バナナ、クッキー、が飾られ、ブリーベリーや星形やハート型のゼリー状がちりばめられて、最後にベリー系のソースがかけられている物であるらしい。
なんとか無事に完食。ご馳走様でした(-人-)

これだけで一食分に相当するほど大きく感じられた。
店内にあるメニューの食事を食べた後に、このパフェを完食できる人はいるのだろうか?
なお、ヤマトのコラボメニューだけではなく、逆転裁判とのコラボも行っている模様。
「異議あり!」と叫んでみたい人は、こちらを注文してみると良いだろう。

何年ぶりだか忘れるほど久しぶりにパフェを食べたMyrthaは、「パフェって、こんなに甘かったかしら?血液中のすみずみに糖分が行き渡っている感じがするゾ☆」とオマヌケな感想を抱きましたとさ。
それにしても、パセラって、カラオケ店だったのですねぇ。
生まれて初めてカラオケ店に入りましたよ。。。
ゑ?誰かと一緒に行ったのかですって?!
リア充なんて爆発してしまえっ!
パセラリゾートの宇宙戦艦ヤマト2199のコラボメニューについてはこちら[魚拓]
なんでも、パセラ・リゾートで宇宙戦艦ヤマト2199のコラボメニュー[魚拓]を8月24日〜9月23日の間に新宿本店・池袋本店・上野御徒町店・渋谷店・横浜関内店・秋葉原電気街店・秋葉原昭和通り店で限定的に行う、とのこと。
ヤマト好き的には行きたいでしょ♪と言うわけで行ってみた。
通された部屋のテーブルの上にはドドーンとヤマトのメニューが置かれている。
干上がった地球と遊星爆弾をイメージした「遊星爆弾カレー」や、アステロイドベルトをイメージした「アステロイ丼」、ヤマト食堂の「冷製海王星パスタ」なんてものがある。
あれ?ヤマトの食堂に宇宙海軍カレーはあったと記憶しているけれど、海王星パスタなんてあったかしら?
裏はこんな感じ。
おなじみの古代進&森雪のイラストと共に、マゼランパフェとドリルミサイル・ハニトーがかかれている。
ハニトーも捨てがたいが、今回はあのメルダ・ディッツさんをして「宇宙にこんな美味しいものがあったとは!」と言わしめたマゼランパフェを注文してみる。
テキトーに拾ってきたコスモ女子会の画像↓
ひたすらパフェをぱくついているユリーシャさんは、地球滞在中にパフェの味を知ってお気に召したのだろうか?
しばしの時間を待ち、来たものがコレ。
想像していた物より大きいゾ。無事に完食できるのか不安になってくる。。。
一回転してみる。
うーん、何が入っているのだろう?
崩れ落ちないように細心の注意を払って食べた結果、上から順に、イチゴ、ミントの葉、ホイップクリーム、バニラアイス、ブルーベリー風味のヨーグルトホイップクリーム(?)、ホイップクリーム、バニラアイス、ホイップクリーム、アプリコットソース、またホイップクリームにブルーベリージャムの周囲にグレープフルーツ、オレンジ、イチゴ、バナナ、クッキー、が飾られ、ブリーベリーや星形やハート型のゼリー状がちりばめられて、最後にベリー系のソースがかけられている物であるらしい。
なんとか無事に完食。ご馳走様でした(-人-)
これだけで一食分に相当するほど大きく感じられた。
店内にあるメニューの食事を食べた後に、このパフェを完食できる人はいるのだろうか?
なお、ヤマトのコラボメニューだけではなく、逆転裁判とのコラボも行っている模様。
「異議あり!」と叫んでみたい人は、こちらを注文してみると良いだろう。
何年ぶりだか忘れるほど久しぶりにパフェを食べたMyrthaは、「パフェって、こんなに甘かったかしら?血液中のすみずみに糖分が行き渡っている感じがするゾ☆」とオマヌケな感想を抱きましたとさ。
それにしても、パセラって、カラオケ店だったのですねぇ。
生まれて初めてカラオケ店に入りましたよ。。。
ゑ?誰かと一緒に行ったのかですって?!
リア充なんて爆発してしまえっ!
パセラリゾートの宇宙戦艦ヤマト2199のコラボメニューについてはこちら[魚拓]
Reine_Myrtha
南京の某学会誌に私の詩が載っている・・・まさか本当に載るとは・・・(-_-;)
05-16 23:15
かなり前に世界地図を見て指定された国の場所を当てるゲームというものを紹介したのだが、これの日本国版があったのでやってみた。
やり方はとても簡単で、「START」ボタンをクリックして .

下部の黒帯状の所に何らかの文字が現れるので、当てはまる都道府県をマウスでクリックするだけ。

「神戸のあるのは兵庫県である」とか、「こしひかりは新潟の特産」というように有名どころはわかるのだが .

「火の国」などと言われてもさっぱり見当もつかず .

「皿鉢料理」に到ってはもはや「ナニソレ。植木鉢に料理を盛るの?」状態だ(-_-;)

そんなこんなでも、何とか60点以上(大学で言うところの「可」だね)がとれたので、まあ良しとしておこう。
自国の事って、以外と知らないものだね^^;

「私は日本のことに詳しい『日本オタク』だ」という方は、一度お試しあれ♪
都道府県当てゲームをやってみる
やり方はとても簡単で、「START」ボタンをクリックして
下部の黒帯状の所に何らかの文字が現れるので、当てはまる都道府県をマウスでクリックするだけ。
「神戸のあるのは兵庫県である」とか、「こしひかりは新潟の特産」というように有名どころはわかるのだが
「火の国」などと言われてもさっぱり見当もつかず
「皿鉢料理」に到ってはもはや「ナニソレ。植木鉢に料理を盛るの?」状態だ(-_-;)
そんなこんなでも、何とか60点以上(大学で言うところの「可」だね)がとれたので、まあ良しとしておこう。
自国の事って、以外と知らないものだね^^;
「私は日本のことに詳しい『日本オタク』だ」という方は、一度お試しあれ♪
都道府県当てゲームをやってみる
少しばかり前の話になるが、驚かされた本がある。
それがこちらの本である。
書 名: 此君 日原傳句集
シリーズ :ふらんす堂精鋭俳句叢書. Serie de la lune
版 次: 2008.09.27第1刷
著 者: 日原 傳
出版者: ふらんす堂
出版地: 東京都
出版年: 2008.09.27
形 態: 171p,19cm
I S B N: 978-4-7814-0078-5
価 格: ¥2400+税
t1.シクン t2.ヒハラ ツタエ クシュウ
a1.ヒハラ ツタエ s1.俳句 分類番号911.368
~目次~
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
あとがき
日原傳氏といえば、「ひとりで静かに日本酒を嗜み、侘び・さびの世界を漢詩でもって表現する人」といったイメージが強かったのだが、今回この本を読んでその観察眼の鋭さに驚かされた。試みに「自選十五句」を挙げて見ようか。
俳句のことはトンとわからぬ門外漢でもこれは断言できる。
これはすごい、と。
短歌や俳句は母国語である日本語で作れるが故に、どうしても「俗」に陥りやすいのであるが、この句集にはそういった句は見あたらず、また、題材も日本の風景のみならず、日々の我が子とのふれあいや、イスラム世界や中国の風景などの多岐にわたり、飽きることがない。
今回の句集は「重華」「江湖」につづいて3冊目になるらしい。以前刊行された2冊は読めずじまいであるが、第32回俳人協会新人賞を受賞されたというこの「此君」を読めたことは幸いである。
なお、「此君」とは竹をこよなく愛する王徽之(おうきし・書聖王羲之の子)が竹を指さして「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」と言ったという故事による。興味のある方は六朝貴族の小話を集めた『世説新語』の任誕篇をご一読あれ♪
それがこちらの本である。
書 名: 此君 日原傳句集
シリーズ :ふらんす堂精鋭俳句叢書. Serie de la lune
版 次: 2008.09.27第1刷
著 者: 日原 傳
出版者: ふらんす堂
出版地: 東京都
出版年: 2008.09.27
形 態: 171p,19cm
I S B N: 978-4-7814-0078-5
価 格: ¥2400+税
t1.シクン t2.ヒハラ ツタエ クシュウ
a1.ヒハラ ツタエ s1.俳句 分類番号911.368
~目次~
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
あとがき
日原傳氏といえば、「ひとりで静かに日本酒を嗜み、侘び・さびの世界を漢詩でもって表現する人」といったイメージが強かったのだが、今回この本を読んでその観察眼の鋭さに驚かされた。試みに「自選十五句」を挙げて見ようか。
まんさくは頬刺す風の中の花 てのひらの集まつてくる踊かな 鹿散つて僧の行列見てをりぬ 外套は神話の如く吊られけり 葉桜のころの奉納相撲かな 難しく幹にとまりて囀れり 長城の切れ端を目に秋耕す 蟋蟀の跳べば親しき黄河かな 空飛んで来たる顔せず浮寝鳥 いきほひの出て真直ぐに蛇泳ぐ 出入口なき虫籠を編む男 ある人は膝を抱へて涼みけり 伝言を巫女は菊師にささやきぬ 青柿のほとりの水の迅さかな 朧夜の冬虫夏草沈む酒 |
---|
俳句のことはトンとわからぬ門外漢でもこれは断言できる。
これはすごい、と。
短歌や俳句は母国語である日本語で作れるが故に、どうしても「俗」に陥りやすいのであるが、この句集にはそういった句は見あたらず、また、題材も日本の風景のみならず、日々の我が子とのふれあいや、イスラム世界や中国の風景などの多岐にわたり、飽きることがない。
今回の句集は「重華」「江湖」につづいて3冊目になるらしい。以前刊行された2冊は読めずじまいであるが、第32回俳人協会新人賞を受賞されたというこの「此君」を読めたことは幸いである。
なお、「此君」とは竹をこよなく愛する王徽之(おうきし・書聖王羲之の子)が竹を指さして「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」と言ったという故事による。興味のある方は六朝貴族の小話を集めた『世説新語』の任誕篇をご一読あれ♪
数日後、ポエ爺からの手紙が届いた。
日付を見ると8月11日とあり、どうやら旅行中に書かれたものらしい。
特に長々とした文章は書かれておらず、漢詩が一首だけ書かれていた。
客 中 即 事 旅先での即興
千 山 萬 水 白 雲 程 千山 万水 白雲の程(てい=みち)
客 旅 應 牽 遊 子 情 客旅 応(まさ)に牽(ひ)くべし 遊子(ゆうし)の情
探 興 東 西 南 北 路 興を探る 東西南北の路(みち)
年 年 連 轡 共 君 行 年年 轡(くつわ)を連ねて君と共に行かん
詩の大意は、「良い旅行だったね。また一緒に旅に出よう!」ということになろうか。
こちらこそ、ポエ爺あってこその、良い旅でした(-人-)
Teşekkür ederim!(テッシェキュル・エデリム,ありがとうの意)
※トルコ旅行ひとくちメモ
海外からパソコンを使ってメール送信などの文字入力をするときに問題になるのが日本語の文字変換だ。適当に日本語サイトにアクセスしてコピー&ペーストによって入力するという方法もあるが、下記のサイトを使ってみるという方法もある。
・Ajax IME: Web-based Japanese Input Method
・Ajax を使った手書き文字認識
・Sumibi.org ローマ字を日本語に変換できる無料サイト
また、可能ならばパソコンに日本語入力可能な方法を教えるという方法ある。それはwindowsXPの場合、以下の設定で出来るハズだ。
・「コントロールパネル」→「地域と言語のオプション」→「詳細設定」→「使うUnicode対応でないプログラムの言語バージョンに一致する言語云々」→「日本語に指定」→(「10001(MAC - 日本語)」「20290(IBM EBCDIC - 日本語 カタカナ拡張)」 にチェック)→「適用」→「OK」
日付を見ると8月11日とあり、どうやら旅行中に書かれたものらしい。
特に長々とした文章は書かれておらず、漢詩が一首だけ書かれていた。
客 中 即 事 旅先での即興
千 山 萬 水 白 雲 程 千山 万水 白雲の程(てい=みち)
客 旅 應 牽 遊 子 情 客旅 応(まさ)に牽(ひ)くべし 遊子(ゆうし)の情
探 興 東 西 南 北 路 興を探る 東西南北の路(みち)
年 年 連 轡 共 君 行 年年 轡(くつわ)を連ねて君と共に行かん
詩の大意は、「良い旅行だったね。また一緒に旅に出よう!」ということになろうか。
こちらこそ、ポエ爺あってこその、良い旅でした(-人-)
Teşekkür ederim!(テッシェキュル・エデリム,ありがとうの意)
※トルコ旅行ひとくちメモ
海外からパソコンを使ってメール送信などの文字入力をするときに問題になるのが日本語の文字変換だ。適当に日本語サイトにアクセスしてコピー&ペーストによって入力するという方法もあるが、下記のサイトを使ってみるという方法もある。
・Ajax IME: Web-based Japanese Input Method
・Ajax を使った手書き文字認識
・Sumibi.org ローマ字を日本語に変換できる無料サイト
また、可能ならばパソコンに日本語入力可能な方法を教えるという方法ある。それはwindowsXPの場合、以下の設定で出来るハズだ。
・「コントロールパネル」→「地域と言語のオプション」→「詳細設定」→「使うUnicode対応でないプログラムの言語バージョンに一致する言語云々」→「日本語に指定」→(「10001(MAC - 日本語)」「20290(IBM EBCDIC - 日本語 カタカナ拡張)」 にチェック)→「適用」→「OK」
15日目。
HOTEL AKÇINARはEmek Hotelに比べると幾分新しいホテルなのか部屋もきれいで、嬉しいことに小さいながらもシャワールームとトイレが分かれていた。それともEmek Hotelはバックパッカー向けのホテルというだけのことだろうか?しかしながら朝食が「エクメック、チーズ、ゆで玉子、オリーブ、サラダ、チャイ」というコンチネンタル・スタイルであることはどこのホテルもそう大差ない。トルコの一般家庭でも毎朝このような朝食を食べているのか、それとも「伝統的な朝食」があるのかはナゾだ。
am10:27
ホテルのチェックアウトをし、けれども相変わらず荷物はフロントに預け、ついでに先日依頼した空港行きのシャトルバスの手配を確認して街へ出る。
夕方までにホテルに戻らなければ帰国できなくなってしまうのだ。今日は慌ただしい一日になりそうだ。
イスタンブール市内のバス停を横目に過ぎり、銀行へ米ドルを両替しに行く。
イスタンブール市内を走るバスのバス停はオトガルのようなバスステーションとは異なり、日本のバス停とはあまり変わらない。とはいっても日本ではこのようにバスが密集したバス停というのは駅前にある程度だが、ここはトルコだ。目の前に電車の姿はないw

ひとまず買い物のメッカ(?)カパル・チャルシュことグランド・バザールへ .

旅行者が「グランド・バザール」と呼ぶカパル・チャルシュ(Kapalı Çarşı)は、メフメット2世の時にイチ・ベデステン(İç Bedesten)とサンダル・ベズステン(Sandal Bedesten)の2つの市場が作られ、その周辺に商館が作られていったのが始まりだ。時代と共に規模が大きくなり、複雑な大バザールに変貌したのだとか。古くは奴隷の取引も行われていたらしいが、現在は専ら土産物屋群となっている。広さとしては東京ドーム3分の2ほどで、金・宝石、絨毯、衣類・革製品、アンティーク、雑貨などと大まかなブロックに分かれているらしいが、あまりにも広すぎて、そして迷路のように入り組んでいるのでさっぱり見当がつかない。しかも観光客が大挙して押し寄せてくるので落ち着いて商品を見るのが難しい・・・グランド・バザールでの買い物を諦めたMyrthaは早々にムスル・チャルシュに向かうのであった・・・
途中でみかけた日本ではもう見られない懐かしき看板。

エジプシャン・バザールことムスル・チャルシュ(Mısır Çarşısı)は、カシム・アーという人物が作り始めたが途中で中断されたものの、イエニ・ジャミィを作ったムスタファ・アーが1660年に完成させ、1943年の大改造で現在のような屋根付きのバザールになったという。元来はイエニ・ジャミィを維持するために建設されたのだとか。イエニ・ジャミィ建設に取り組んだ人々を対象にした露店がきっかけで出来たのだろうか?ここではエジプトのカイロから輸入された香辛料やハーブを主に扱っていたためにヨーロッパ人から「スパイス・バザール」とも呼ばれた。
ムスル・チャルシュ内には香辛料の他にチーズやナッツ、ドライフルーツ、菓子類、チャイなどの食品や小物などの生活感あふれる物がそろっている。グランド・バザールが観光地化された市場なら、こちらのエジプシャン・バザールは地元の人も訪れる市場といえる。きょろきょろと辺りを見てはふらりと店に入り、これはという物があればすぐさま購入する。とはいっても、荷物のカサと相談して買わねばならないのでそうそう簡単ではない。が、ここまで長期に亘る休暇をくれた上司を始めとする職場の人に感謝と留守中御迷惑おかけしましたというお詫びの気持ちを兼ねて何か買っていかねば・・・と考えてしまうのは恐らく私が日本人だからだろう。そんなわけでエジプシャン・バザール内では写真どころではなかったのだ。
「今度トルコに行くことがあったらば、ゆっくりバザール内の写真を撮ろう!」と思うMyrthaであった。
とりあえず購入した物は、ロクム(トルコ版ゆべしのような菓子)、ナザール・ボンジュウ(トルコのお守りの目玉)、エルマ・チャイ(トルコ版アップル・ティー)などなどなど。。。おっと、旅の記念にトルコ石のネックレスも購入しましたゾ。路上に落ちている石を拾っては、「はい、トルコ石♪」などと言ってくるポエ爺は無視して宝石店の店主と電卓を叩き合って価格交渉をするのだ。その間にチャイが振る舞われるのはいうまでもない。
一通り買い物をすませてすぐ隣にあるイエニ・ジャミィでひと休みする。

イエニ・ジャミィ(Yeni Camii)は新市街からバスなどによってガラタ橋を渡ってきた観光客が真っ先に目にする、人目に付きやすいが素通りされるモスクなのではあるまいか?
イエニとはトルコ語で「新しい」を意味する言葉で、イエニ・ジャミィとは「新しいモスク」ということになる。何でも大規模な古典的モスクとしてはこれが最も新しいのだとか。別名を「ヴァーリデ・モスク」という。「ヴァーリデ(Valide)」とは「皇帝の母」を意味する言葉であり、このモスクはその名の通りメフメット3世の母サフィエ・ハトゥンの発願により造営が開始されたという。サフィエ・ハトゥンはスレイマン大帝の孫のムラト3世の妃にあたり、夫の死後に造営を開始されたので皇帝の母になるというわけだ。
「なるほどね」などと納得していたら、完成までにもう少し複雑な事情があったらしい。
何でもサフィエの子のメフメット3世が1603年に他界し、孫のアフメット1世の時代になるとサフィエはハーレムを追われてしまい、工事が中断してしまったのだ。それから半世紀以上たった1660年にイブラヒム1世の妃で時の皇帝メフメット4世の母であったトゥルハンがモスク造営事業の継続を思い立ったという。工事を継続した人も皇帝の母であったので「帝母のモスク」というのだとか。落成は1661年から1663年にかけてといわれているが、現在は中庭や付属の建造物は失われてしまっているので観光コースからは外されてしまっているようだ。ここは地元の人々のためのモスクといえるだろう。
シャドルワンの近くにいたムスリムの女性。

宗教に寛容なトルコはムスリムの女性に「チャドル」と呼ばれる女性が外出の時に身に着けてきた体全体を覆う伝統的な黒系の衣装を強制しないが、イスタンブールの街中を歩いているとちらほらと見かけた。ポエ爺の話によると、数年前までは田舎で見かけることはあっても、イスタンブールのような都市部で見かけることはなかったという。政権分離を徹底させているトルコも年々イスラム色が強くなっているようだと憂慮するポエ爺であった。この国はアタテュルクの方針によって政教分離を徹底させてきたが、時の政権が宗教色を強めるとアタテュルクの後継者を自負する軍部が動き出すというのだ。他国のことはその国の人々が決めればよいとはいえ、お互いのためにも平和であってほしいと思うのであった。
手頃なファストフード屋で遅い昼食兼早めの夕食を済ませてホテルへ戻る。
購入した土産物をリュックサックにしまい、ホテル側の手配してくれたPick Up式のシャトルバスに乗り、小一時間ほど揺られているとアタテュルク国際空港に着いた。出国は驚くほどスムーズに、そしてあくまでもファジーに済み、21:45に無事KE956便はソウルに向かって離陸した。
さようなら、トルコ。
窓の外へ目をやると、天上の星と地上の星が飛行機を包み込むようにして瞬いていた。
星々に包まれながら、飛行機は静かに黒海へ進路を取っていった .
※トルコ旅行ひとくちメモ
飛行機はこの後、ひたすら進路を東に取って進んでいった。夜食としてビビンバやわかめスープ、キュウリのキムチが出された後、食事が終わると機内は消灯時間となり、ひたすら眠り続ける状態に突入した。時折、窓の外を眺めると荒涼とした土地に太陽がさんさんと照りつけている。
am5:30。
朝食としてお粥やキムチが出され、7:36(現地時間13:36)に無事にソウルへ着いた。少々待ち時間が長いような気もするが、成田行きの便に乗って無事に帰国できた。飛行情報を告げる地図にあまりにも小さすぎるが故に記入する必要のない(と思われる)竹島のことを「ドクト」と書いてある辺りは「流石は韓国」といったところだろうか。帰国するのに2日を要したが、機内で眠っていたせいか、復路も往路と共に時差ぼけはせずにすんだ。
HOTEL AKÇINARはEmek Hotelに比べると幾分新しいホテルなのか部屋もきれいで、嬉しいことに小さいながらもシャワールームとトイレが分かれていた。それともEmek Hotelはバックパッカー向けのホテルというだけのことだろうか?しかしながら朝食が「エクメック、チーズ、ゆで玉子、オリーブ、サラダ、チャイ」というコンチネンタル・スタイルであることはどこのホテルもそう大差ない。トルコの一般家庭でも毎朝このような朝食を食べているのか、それとも「伝統的な朝食」があるのかはナゾだ。
am10:27
ホテルのチェックアウトをし、けれども相変わらず荷物はフロントに預け、ついでに先日依頼した空港行きのシャトルバスの手配を確認して街へ出る。
夕方までにホテルに戻らなければ帰国できなくなってしまうのだ。今日は慌ただしい一日になりそうだ。
イスタンブール市内のバス停を横目に過ぎり、銀行へ米ドルを両替しに行く。
イスタンブール市内を走るバスのバス停はオトガルのようなバスステーションとは異なり、日本のバス停とはあまり変わらない。とはいっても日本ではこのようにバスが密集したバス停というのは駅前にある程度だが、ここはトルコだ。目の前に電車の姿はないw
ひとまず買い物のメッカ(?)カパル・チャルシュことグランド・バザールへ
旅行者が「グランド・バザール」と呼ぶカパル・チャルシュ(Kapalı Çarşı)は、メフメット2世の時にイチ・ベデステン(İç Bedesten)とサンダル・ベズステン(Sandal Bedesten)の2つの市場が作られ、その周辺に商館が作られていったのが始まりだ。時代と共に規模が大きくなり、複雑な大バザールに変貌したのだとか。古くは奴隷の取引も行われていたらしいが、現在は専ら土産物屋群となっている。広さとしては東京ドーム3分の2ほどで、金・宝石、絨毯、衣類・革製品、アンティーク、雑貨などと大まかなブロックに分かれているらしいが、あまりにも広すぎて、そして迷路のように入り組んでいるのでさっぱり見当がつかない。しかも観光客が大挙して押し寄せてくるので落ち着いて商品を見るのが難しい・・・グランド・バザールでの買い物を諦めたMyrthaは早々にムスル・チャルシュに向かうのであった・・・
途中でみかけた日本ではもう見られない懐かしき看板。
エジプシャン・バザールことムスル・チャルシュ(Mısır Çarşısı)は、カシム・アーという人物が作り始めたが途中で中断されたものの、イエニ・ジャミィを作ったムスタファ・アーが1660年に完成させ、1943年の大改造で現在のような屋根付きのバザールになったという。元来はイエニ・ジャミィを維持するために建設されたのだとか。イエニ・ジャミィ建設に取り組んだ人々を対象にした露店がきっかけで出来たのだろうか?ここではエジプトのカイロから輸入された香辛料やハーブを主に扱っていたためにヨーロッパ人から「スパイス・バザール」とも呼ばれた。
ムスル・チャルシュ内には香辛料の他にチーズやナッツ、ドライフルーツ、菓子類、チャイなどの食品や小物などの生活感あふれる物がそろっている。グランド・バザールが観光地化された市場なら、こちらのエジプシャン・バザールは地元の人も訪れる市場といえる。きょろきょろと辺りを見てはふらりと店に入り、これはという物があればすぐさま購入する。とはいっても、荷物のカサと相談して買わねばならないのでそうそう簡単ではない。が、ここまで長期に亘る休暇をくれた上司を始めとする職場の人に感謝と留守中御迷惑おかけしましたというお詫びの気持ちを兼ねて何か買っていかねば・・・と考えてしまうのは恐らく私が日本人だからだろう。そんなわけでエジプシャン・バザール内では写真どころではなかったのだ。
「今度トルコに行くことがあったらば、ゆっくりバザール内の写真を撮ろう!」と思うMyrthaであった。
とりあえず購入した物は、ロクム(トルコ版ゆべしのような菓子)、ナザール・ボンジュウ(トルコのお守りの目玉)、エルマ・チャイ(トルコ版アップル・ティー)などなどなど。。。おっと、旅の記念にトルコ石のネックレスも購入しましたゾ。路上に落ちている石を拾っては、「はい、トルコ石♪」などと言ってくるポエ爺は無視して宝石店の店主と電卓を叩き合って価格交渉をするのだ。その間にチャイが振る舞われるのはいうまでもない。
一通り買い物をすませてすぐ隣にあるイエニ・ジャミィでひと休みする。
イエニ・ジャミィ(Yeni Camii)は新市街からバスなどによってガラタ橋を渡ってきた観光客が真っ先に目にする、人目に付きやすいが素通りされるモスクなのではあるまいか?
イエニとはトルコ語で「新しい」を意味する言葉で、イエニ・ジャミィとは「新しいモスク」ということになる。何でも大規模な古典的モスクとしてはこれが最も新しいのだとか。別名を「ヴァーリデ・モスク」という。「ヴァーリデ(Valide)」とは「皇帝の母」を意味する言葉であり、このモスクはその名の通りメフメット3世の母サフィエ・ハトゥンの発願により造営が開始されたという。サフィエ・ハトゥンはスレイマン大帝の孫のムラト3世の妃にあたり、夫の死後に造営を開始されたので皇帝の母になるというわけだ。
「なるほどね」などと納得していたら、完成までにもう少し複雑な事情があったらしい。
何でもサフィエの子のメフメット3世が1603年に他界し、孫のアフメット1世の時代になるとサフィエはハーレムを追われてしまい、工事が中断してしまったのだ。それから半世紀以上たった1660年にイブラヒム1世の妃で時の皇帝メフメット4世の母であったトゥルハンがモスク造営事業の継続を思い立ったという。工事を継続した人も皇帝の母であったので「帝母のモスク」というのだとか。落成は1661年から1663年にかけてといわれているが、現在は中庭や付属の建造物は失われてしまっているので観光コースからは外されてしまっているようだ。ここは地元の人々のためのモスクといえるだろう。
シャドルワンの近くにいたムスリムの女性。
宗教に寛容なトルコはムスリムの女性に「チャドル」と呼ばれる女性が外出の時に身に着けてきた体全体を覆う伝統的な黒系の衣装を強制しないが、イスタンブールの街中を歩いているとちらほらと見かけた。ポエ爺の話によると、数年前までは田舎で見かけることはあっても、イスタンブールのような都市部で見かけることはなかったという。政権分離を徹底させているトルコも年々イスラム色が強くなっているようだと憂慮するポエ爺であった。この国はアタテュルクの方針によって政教分離を徹底させてきたが、時の政権が宗教色を強めるとアタテュルクの後継者を自負する軍部が動き出すというのだ。他国のことはその国の人々が決めればよいとはいえ、お互いのためにも平和であってほしいと思うのであった。
手頃なファストフード屋で遅い昼食兼早めの夕食を済ませてホテルへ戻る。
購入した土産物をリュックサックにしまい、ホテル側の手配してくれたPick Up式のシャトルバスに乗り、小一時間ほど揺られているとアタテュルク国際空港に着いた。出国は驚くほどスムーズに、そしてあくまでもファジーに済み、21:45に無事KE956便はソウルに向かって離陸した。
さようなら、トルコ。
窓の外へ目をやると、天上の星と地上の星が飛行機を包み込むようにして瞬いていた。
星々に包まれながら、飛行機は静かに黒海へ進路を取っていった
※トルコ旅行ひとくちメモ
飛行機はこの後、ひたすら進路を東に取って進んでいった。夜食としてビビンバやわかめスープ、キュウリのキムチが出された後、食事が終わると機内は消灯時間となり、ひたすら眠り続ける状態に突入した。時折、窓の外を眺めると荒涼とした土地に太陽がさんさんと照りつけている。
am5:30。
朝食としてお粥やキムチが出され、7:36(現地時間13:36)に無事にソウルへ着いた。少々待ち時間が長いような気もするが、成田行きの便に乗って無事に帰国できた。飛行情報を告げる地図にあまりにも小さすぎるが故に記入する必要のない(と思われる)竹島のことを「ドクト」と書いてある辺りは「流石は韓国」といったところだろうか。帰国するのに2日を要したが、機内で眠っていたせいか、復路も往路と共に時差ぼけはせずにすんだ。