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2015.3.21 SAT
TEXT BY ASSAwSSIN
日本工学院専門学校・蒲田キャンパスを舞台に開催された「ACTF」。何かしらのかたちで商業アニメーション制作に携わっている来場者たちを前に、国内のプロダクション・アニメーター三者による事例紹介、国内外4社によるメーカープレゼンテーションがおこなわれた。写真は、旭プロダクションによる事例紹介の様子。
〈デジタル作画〉というキーワードを理解するために、長いアニメの歴史で受け継がれてきた〈アナログ作画〉の工程とは何か、知っておく必要がある。
といっても難しく考える必要はない。誰もが教科書のページ隅に書き込んで楽しんだ、あのパラパラ漫画がことの発端。「紙に鉛筆で描いて、パラパラめくる」という作業そのものを〈作画〉と呼んでさしつかえない。
鉛筆の難点は修正に消しゴムを使うことだ。消せば確実に紙は汚れる。おまけに鉛筆を握る手の側面は黒ずんで、その手を動かすからまた紙は汚れる。しかも彩色など後工程のために、ダブったりしない1本ずつの綺麗な線で描きあげる必要がある。コーヒーをこぼしたりなんてもってのほかだ。ここまでを担う作業者たちを、総じてアニメーターと称する。
次に、苦労して完成した紙のパラパラ漫画に色をつけるべくセル(ああ、セル! …懐かしい響きだ)と呼ばれる透明なシートへ線画を〈トレース(転写)〉する。トレースマシンなる機械で熱転写していた頃は汗だくになるし手も汚れるし、元となる鉛筆の線の濃さは均一でなければならず、だから作画の汚れは大敵だった。
そんな風に苦労して出来上がったセルへ色を塗りつける工程を〈仕上(彩色)〉と呼ぶ。セル画が完成したら、〈撮影〉工程でフィニッシュ。背景画の上にセル画を置き、上から吊り下げたフィルムカメラで1枚1枚丹念に撮る。この工程も長らく手作業で行われてきた(ちなみにぼくはアナログの経験を一切もたない、フルデジタルなアニメ作家だ。知ったかぶりで失敬)。
ここで「枚数」を問題にしてみたい。実写映画の場合は1秒=24コマだから単純計算でテレビアニメ30分=セル画4万枚ほどになる計算だが、そのすべてを手で塗るなんて…想像するだに恐ろしい(おまけに運ぶのも重い)。仮に1週間で終わらそうと思えば1日あたり6,000枚。非現実的な数字だ。
そこで1秒=8コマ(1/3)程度でつくる「リミテッドアニメ」が主流となった。さらに止め絵を数秒使うといった工夫を凝らし、30分=数千枚にまで抑えこむ。それでも1日で数百枚を「手で塗る」という、芸術と呼ぶにはあまりに過酷な仕上工程を経なければ、毎週オンエアされる30分テレビアニメは生まれ得ない。おまけに(セルが高価だったころは洗って再利用していたらしいが、基本は使い捨てで)山のように廃棄物が生み出されるから、セルの利用は環境に優しくない。いろんな意味で重い。
こうしたアナログな工程はここ10年ほどで劇的にデジタル化が進み、コンピューターやネットワークが肩代わりした。けれど作画系の前工程と、仕上げ系の後工程ではまるで様子が違う。トレースマシンがスキャナに置き換わったおかげで、重くて汚れを嫌うセル画がまず役目を終えた。ソフトウェアが劇的に進化し、トレースやペイントを担う〈仕上〉系ツールが重宝され、静止画を連続的に再生する編集・エフェクト系ツールが〈撮影〉を引き受けた。
と同時に、デジタルデータが汚れや傷といったセルの難点からスタッフを解放した。最大の恩恵をもたらしたのはインターネット。セル画の「運搬」という重労働が消えたのである。もはや数十㎏の段ボール箱を抱えてぎっくり腰になることもないし、エレベーターのない制作会社で階段を見上げ涙することもない(…実話だ)。そういうわけで、2013年頃にセルアニメはほぼ全滅。後工程のデジタル化はまことに歓迎すべき出来事だった。
ところが──前工程であるアニメーターの鉛筆画、いわゆる〈作画〉工程はデジタル化の波に取り残された。技術的にはとっくに実現可能。マンガの現場では当たり前になったペンタブレットを使い、紙ではなくコンピューターの画面上へダイレクトに絵を描く。それがペーパーレス、デジタルな作画である。消しゴムを使わず完璧に線が消せる上に、線を消さないで曲がり幅だけを微調整するなんて芸当も可能。そう耳にすればいいことづくめに思えてくる。普及しない筈はない。
ところが、そのメリットを素直に受け容れられない暗黙の「事情」が業界に潜んでいる。そして、その「事情」を深く知る聴衆たち──プロのアニメ関係者が席のほとんどを埋めつくした会場で、なんともいえぬ緊張感の下に第1回ACTFは開幕したのである。
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