東京公園雑記ブログ

現在続けている東京23区の公園調査で見聞きしたいろいろをご紹介します。

2015年

03月21日

(土曜日)

ウグイスカグラ

ウグイスカグラ
ウグイスカグラ
ウグイスカグラ
ウグイスカグラもやっと満開期を迎えている。
ウグイスカグラの開花は狂い咲きかもしれないが、1月には僅かな数が開花する。それから所謂満開期までがかなり長い。真冬をどんな気持ちで過ごしているのか聞いてみたい気もするが、たぶん教えてはくれないだろう。門外不出の秘伝とでも言われるのが関の山だ。

わしは友だちが少ないので、わりと植物には話しかける。特に棘のある木にはよく話しかける。ほとんどは意味のないことだが、たまには相談事もあるが、その内容は極秘だ。たぶん誰もジジイーの戯言など知りたくはないだろうが、植物は嫌な顔もせずに聞いてくれる。それだけでご飯がすすむ。

今日、久しぶりにウグイスカグラの小さな花がちゃんと写真に撮れた。最初の一回、一枚だけ撮れだが、あとは全部ピンボケ。わしのオンボロカメラの最大の特徴はピンボケをぼんぼん出すことだ。呆れるほどに出す。だから可愛くもあるのだが、酷く憎たらしくもある。それが今日があんがい落ち着いてシャッターを開いてくれた。カメラとはそういうものだろうと思うのだが、こやつも本当は春が待ち遠しかったのかもしれない・・・。
撮影日:平成27年3月21日

2015年

03月20日

(金曜日)

ラッパスイセン

ラッパスイセン
ラッパスイセン
ラッパスイセンが満開期を迎えている。
写真のような種類が一般的かもしれないが、実は様ような色合いのものがあるらしい。
分布も西ヨーロッパのスペイン、ポルトガルからドイツ、イギリスまであるらしい。
とにかくニホンスイセンに比べると大きく派手だ。それか良いと言う人々も多いから、あちこちに植えられるのかしれない。
因みに「ラッパスイセン」とは、よく的を得ていると思うが、スイセンと言う意味合いからするとニホンスイセンの方に分があるような気がする。しかしニホンスイセンもまた、古い時代に中国から渡ってきたと言われる。

ニホンスイセンをよく見ていると、どこかに南蛮臭さがあるのは、そんな経緯があるからなのだろうか・・・。
撮影日:平成27年3月15日

2015年

03月19日

(木曜日)

アンズ

アンズ
アンズの蕾も大きくなり、もう少しで開花する。
わしはアンズの実が大好き。近所の公園には数本の大きなアンズの木があり、花が終わると実をいっぱい付ける。アンズの実はウメよりだいぶ大きい。大きいものだと、倍近くある。
アンズの木は梅ノ木に似ているが、幹の樹皮はウメほど汚くはない。どちらかと言うと、柿木に似ていなくもない。花色はピンク色だが、紅梅の花色とは少し違う。見比べればその違いは判るのだが、説明はしづらい。

アンズは子供のころからよく食べた。駄菓子屋には昔からアンズの酢漬けのような駄菓子がいっぱい売っていた。「アンズの梅干」も食べたことがあるが、大きいので食べ応えがあって嬉しかった。

アンズの実は公園では人気のある果樹だ。完熟すると、生で甘く美味しく食べられるのだ。
最初の公園調査で、とある都立公園で完熟したアンズの実をホームレスのおじさんと競って拾った覚えがある。

そうそう、近所に廃屋となった民家の玄関先に一本のアンズの木があり、わしはよくそこで完熟したアンズの実を摘まむ。元住民もそんなことを楽しんでいたのではないだろうか。またその近くのアパートの廃屋の外壁には夏場、カラスウリのあの白い花がいくつも巻き付いて、何ともいえない雰囲気を醸している。
撮影日:平成27年3月15日

2015年

03月18日

(水曜日)

カエルの卵

カエルの卵
カエルの卵
カエルの卵
この季節、何の用事もないのに里山に行くと、いろんな場所でカエルの卵写真を撮る。もうたぶん1000枚以上あるような気がする。別段趣味で集めている訳ではないし、カエルの卵をこよなく愛している訳でもない。まだまだ寒い里山で他に写すべき対象が少ないからだ。だからと言って春や夏や秋に写すべき対象がいっぱいある訳でもない。ここ30年ぐらい行っているので、もう何もないような気がしている。だけどカメラが好き勝手にいろいろ写してしまう。そんな感じなのだ。

カエルの卵もいろんな感じのものがある。だからと言ってそれを調べようともしない。だいたいカエルもオタマジャクシも大好きと言うほどでもない。

季節がもう少し進むと、今度はオタマジャクシ写真を飽きずにアップする。オタマジャクシを見続けていてもそれほど面白いことはない。たまに野鳥がそれを啄んでいるのを見ると、可愛そうだとも思うが、どちらにしろ生存競争だろう。わしもとっくにジジイーだからいつ生存競争に負けてもおかしくはない。もうその覚悟はある程度出来ている。

2015年

03月17日

(火曜日)

鷺
鷺
鷺
里山でよく見かける野鳥の一つが鷺である。川の浅瀬で一人餌を探してジッと川面を見つめている。孤高の狩人と言った趣である。
違う里山ではキジもよく見かける。コジュケイやカワガラスもいた。カワセミよりずっと大きいヤマセミも見たことがある。ビューンと飛んでいった。音でわかるのが小さいキツツキの代表であるコゲラだ。静まり返った里山では木を叩く音がよく聞こえる。

鷺が何匹も集まってガヤガヤと餌である小魚を探しているシーンなど見たことはない。そんなことをしているのはバカな人間どもぐらいだ。不味いの旨いのとうるさくてしょうがない。不味かろう旨かろうは己れの品性に根差しているなんて書いたらご立腹する輩も多いかもしれない。わしのようにタクワンと納豆と乾燥芋ばかりを食べてきた人間にとっては、食事は語るものではなく、生き抜く手段でしかなかった。

鷺は孤高だが、近頃は孤高よりも孤独とか、孤立とかが蔓延している。しかしそんな時代をつくってきたのもまたわしらの世代である。お金に走り、時代に走り、女の尻に走り・・・行き着いた場所が孤独と孤立とは、神様も本当によく世間を見ていると思う。もう少し、イナイナイバーやあっち向いてホイなどをして、よそ見をしていてくれると助かるのだが・・・。

2015年

03月16日

(月曜日)

井戸

井戸
里山をとぼとぼ歩いていると、稀に井戸をみかける。どれも現在は使われていない古いものだ。
それとはまた別に山から水を引いて使っている水場もある。大雨などが降った後日、ちょっとした林道などを上っていくと、山の水源から水を引いて、一時溜めている場所がゴミをかぶって使えない状況になっているのを見ることがある。里山での生活はやはり都会に比べると大変だと思う。秋口などにその辺りを歩くと、薪が山のように積まれた民家もある。ストーブ用なのだろうか。

わしも子どものころは井戸派だった。このことは数回このブログで書いている。

公園にも井戸が設置されている。防災用ポンプ式井戸と言われるものだが、詳しい説明はどこにも書いていない。一部は震災対応型トイレの屋外マンホール型トイレと接続されている。
殆どの防災型井戸は「触ってはいけません」と記されているが、まれに「水を出して楽しんでください」と言うのもある。いざと言うときにみずが出ないと困るので、水が出るのを常時確認しているようなのだ。しかしどこの井戸も「この水は飲めません」とある。本当に黴菌だらけで飲めないのかどうかは都市伝説の一つだろう。

2015年

03月15日

(日曜日)

猫
里山のとある河川敷き土手にいた猫。野良ネコかどうかは分からない。
オンボロカメラを向けると、こっちを上目づかいに見るような目をする。こっちを「どこの馬の骨だ」と用心する顔つきだ。
わしはこんな目をする猫を都内の公園で一年間ウオッチし、「ピアス猫日記」としてネットにアップしていた時期がある。丁度フリーライターの仕事が干され、ほぼ無職になり、僅かな手持ちで食いつないで頃である。仕事がほとんどないので暇ばかりがあった。日記と言っても、まだブログが一般化する前のことである。

とある公園で駅前で買った弁当を食べようと立ち寄った住宅地の中にある小さな公園である。ベンチに座って粗末な弁当を食べていると近くをウロチョロする2匹の猫がいた。何気なしにフッと見ると、耳にピアスを付けている、2匹ともだ。後でわかったことだが、その2匹は兄弟だと言う。オスとメスだ。近所の人々が公園でこれ以上野良をする猫が増えないようにと去勢手術をした証として耳にピアスを付けたという。ほぼ無職でやることのなかったわしは、この2匹をテーマに一年間、日記を書いてネットにアップしてみようと考えた。それまで日記など書きたいとも、書こうとも思ったことは一度もないのに・・・ほぼ無職とは人間を少しは変えるのかもしれない。

それから一年間、ほぼ週に3日のペースで書き続けた。当然、わしがその公園に行っても2匹のピアス猫が現れない日はよくあった。それでも無意味な公園日記風なものとして書き続けた。当然相手の2匹のピアス猫は私がなぜ週に3日もそこに来るかなんてことには興味がない。だから毎回僅かなキャットフードを持って行った。公園などで屯している猫などに餌をあげることはいけないことだとわかっていた。わしが行ったときに、ピアス猫がもうそこにいたときは餌をあげることはしなかった。あれから20年近く経っている。さっきからこの2匹の名前を思い出そうとしているのだが、思い出せない。20年とはそんな時間なのかもしれない。もうその公園には数年行っていない。

そのピアス猫日記を一年間書き続けても仕事は儘にならず、やがて他の公園で観察日記をまた書き始めた。その頃知人の伝手でエロ本にエロ小説紛いのものを書き始めた。やっとほぼ無職から抜け出せたが・・・それから完全に社会復帰するにはまだまだ時間がかかった。

一人で佇んでいる猫を見ると、どうしてもあの時の「ピアス猫」の兄弟のことを思い出す。なぜかこっちを見透かしたような目つきで見る顔はやっぱりそんなに好きじゃない。わしもあなた方とさして変わらない日々を送っているのですよ・・・。

2015年

03月14日

(土曜日)

タンポポ

タンポポ
今日、里山へ向かうために駅近くを歩いていたら、タンポポが咲いていた、たった一輪だけ。
春が段々と・・・などと思っていたらもうタンポポの季節がそこまでやって来ている。セイヨウタンポポだったが・・・。

そういえば、多摩地区のとある都立公園にはカントウタンポポの群生地があった。一つだけではなく、そんなのがいくつもあった。そこら辺りをウロウロしていると、ヤマツツジがいっぱい咲いていた。写真を撮っていると、通りすがりのおじさんが「それ食べられますよ」と教えてくれた。オンボロアパートに帰ってネットで調べると、確かに食べられるとある。ほんのりとした甘味があって美味しいと言う。だが、その気になって公園で花開いているカラフルなツツジたちを食べてはいけない。決していけない。園芸種のツツジの多くは毒を含んでいると言われる。誰も美味しくもないツツジを食べて、あの世には行きたくないはずである・・・。
撮影日:平成27年3月14日

2015年

03月13日

(金曜日)

セリバオウレン

セリバオウレン
セリバオウレン
セリバオウレンが満開期を迎えている。もう間違いなく春だ。しかし敵(冬)も逃げ出さない。激しく食らいついてくる。雪は降らすし、暴風ももたらす。根性と言う点では春よりはるかに粘り強い。それに比べ最も根性のないのが春だ。お天道様の力を借り、南風の力を借り、ミツバチの恩恵にあずかりやっと股引に戻るのを食い止めている。そうだ霜柱なんて全国どこでも同じだろうと50年ぐらいずっと思っていたが、これは関東ローム層のなせる技のようで、全国的に見るとあんがい珍しいと言う。なんの役にも立たないが、知って良かったと思う。

春を嫌いな人はいないだろう。なぜみんなが好きかと言うと、「お花見があるから」なんて答える人はまずいない。酷い寒さが続くと、みんな背が伸びないなんて愚痴る人もいない。理由は明らかだ。恋の季節だからだ。80歳爺さん婆さんだって実はそう思っている。老いらくの恋は激しく、命をすり減らすものなのだ。悪女に引っ掛かるのも大部分はジジイーだ。

さて、老いらくの恋の話は程々にして、「花はなぜ咲くのだろうか」そして「花は誰のために咲くのだろうか」更には「花は自分で美しいと思っているのだろうか」等と言うことは考えてはいけない。そんなことを考える暇があったら、みんな里山に行こう。まだまだ真冬と鬼ごっこができるし、霜焼けにだってなれるかもしれない。

公園も良いが、小さくて粗末な公園へは行かないでほしい。何にも趣味のないわしと野良ネコのピーに残していて欲しいと思う今日この頃であります・・・。
撮影日:平成27年3月7日

2015年

03月12日

(木曜日)

アズマイチゲ

アズマイチゲ
アズマイチゲ
アズマイチゲのこの写真を撮った日は小雨がずっと降り続いていたこともあり、小さな花は開いていなかった。早春の花のいくつかは同じような生態を持つことで知られている。

この土曜日に里山へ行く。カタクリはまだ早いかもしれないがアズマイチゲは咲いている。
その里山のアズマイチゲの咲く山際は民家もほとんどなく、人通りもめったにない。当然車もほとんど通らない。ただ脇を流れる川が鮎の解禁日だけは車も人も多い。しかし山際の細い道をとことこと用無しで歩く人はほとんどいない。たまにジョギングしている人がいる程度だ。この道の山際にはいろいろな植物が生える。アズマイチゲを先頭に、カタクリ、ワサビ、セリ、クレソン、コゴミ、イチリンソウ、ニリンソウ、マムシグサ、ツクシ、フキノトウ、各種の山菜、そしてキイチゴやフユイチゴなどなど。

そしてそんな場所を過ぎると深い渓谷に架かる橋が現れる。身も竦むほどの深い谷に架かる橋はかなり素朴で古い。少し遠回りをすると立派な橋の架かる渓谷の上を通るのだが、気の小さいわしはあえてその古ぼけた橋を渡る。もう女でドキドキすることもないので、こんなことで遊んでいる。
その橋を道なりに行くと、行き止まりの先に小さな乗馬クラブがある。柵に手をかけて見ていると、そこのスタッフらしい人が必ず声をかけてくる。その里山散歩で唯一言葉を喋る機会なのだが、わしは意味もなく「ハイ」とだけ答えてその場を去る。スタッフはわしがもう耳の遠いジジイーだと思っているに違いない。他人からどう見られているか、ばかりを気にしていたので中身が全く育たなかったから、今ではそれでも構わないと思っている。

それから小さな駅に向かって歩き出すのだが、その途中に誰のかは知らないが、大きめの鳥小屋があり、変な姿の鶏がいつも大声で鳴き叫んでいる。わしも子どものころは「泣き虫」だったらしい。

その頃になると、アズマイチゲやカタクリを見たことはすっかり忘れ、ひたすら腹が減ったことを我慢している自分にいつもいつも呆れてしまうのであります・・・。
撮影日:平成27年3月7日

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東京公園雑記管理人

  • Author:東京公園雑記管理人
  • 公園情報センターのブログ「東京公園雑記」です。
    現在、おこなっている東京23区公園全データ・最新版における調査で、見聞きするいろいろを書きます。
    暑いときは熱い話を、寒いときは冷静な話などを書いていければと思います。写真は全てに添付します。
    ご期待ください。

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