2015.03.20 Friday
父の退院と免震偽装問題と古きよき日本人。
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今日は父の部屋で目覚めて朝父のコタツでメールチェック。今日退院ですが、当分介護施設に入るのでこの部屋には戻りません。
午前母と自転車に積める物を積んでまずそちらの施設へ寄ってから、伊勢日赤へ。介護タクシーが施設から手配されて退院し、お昼前に入所。約20日ほど入院したのですが、保険の利く医療費より利かない食事代のほうがずっと高いことがわかりました。
とにかく病院は大忙しで、少しでも早く退院させたいという感じがみえみえです。命にかかわる急場をしのいで頂けたのは感謝してもしきれないわけですが、そのあとの医療はちょっとおざなり感がぬぐえません。まあ、おかげで救急を拒否されたりしなかったのかも知れませんが。
父の昼食は施設側で用意されていると言うことで、すぐ前の高級和食の店で母と昼食後、契約。入居の契約書以外に介護の契約、それぞれに重要事項説明書がついていてこれにも署名捺印。プライバシー保護の契約やら、管理費の契約、なんだかんだで20箇所ほどにサインをしました。本人と母と保証人の長男の三本の印鑑が要ったりと大変。いちいち読んでいられないほど契約書も分厚い。日本もアメリカなみの契約社会になって来ました。
先日ピアノの腕前を披露したので、ケアマネージャーさんから途中と最後に一曲づつリクエストされ、時計屋のじいさんのテーマとして「おじいさんの時計」と、最後に震災の月の締めとして「花は咲く」を弾きました。
設計事務所でも最近はなにやらたくさん書類を発行しないといけなくなっていますが、これに比べれば軽いもの。たいてい見開き2ページ、多くても3ページくらいに収まっています。
弊社の特許の実施権契約などの書類も見開き一ページに納めていたのですが、弁護士の先生にこれでは全く不十分と言われました。相手が読む気を失う程度の厚さが必要なようです。
さてここのところ実は一言言わないとと思っていたのが、世間を騒がせている東洋ゴムの免震偽装問題。国土交通省の基準をみたしていない製品をごまかして売っていたというものですが、東日本大震災ではしっかり機能して、さすが免震と思ったという当惑の声も出ています。
基準を満たしていない商品を満たしているかのように装って販売したというのは商取引としてはもちろん許されない行為ですが、実際問題どのくらいそれが危険な製品だったのかという問題になると別です。
いろいろとメーカー側からの技術資料を見た範囲では、基準よりも振動の減衰に時間がかかる製品が混じっていた、製品のばらつきが基準外だったということで、免震装置としての機能にはさほど問題はなかったように思われました。このへんの安全性の問題はこれから検証すると国土交通省も言っていますが、基準を満たしていなければ直ちにものすごく危険なような誤解をあおるのはマスコミの技術音痴なところです。それに乗っかってあおるような専門家もどうかなと思ってしまいます。放射線でもそうですが、そういうルールをわけもわからずに、あるいは彼らの利権のために決めたのも彼らかも知れない。
何度も言いますが、ルールという「形」にはそこに至った「心」があるわけです。「肝心」と日本語では言います。とりあえずルールに従っていればココロはわからなくても満足できるようになっている。あたまの悪い人間が扱っても問題がおきないようにするのがルールです。ルールを形にしたのが契約書。いろいろとココロがわからない人間からのクレームを未然に防ぎたいというのが契約書ですが、これに頼りすぎるとまた問題が大きくなる。
だからココロがわかっていれば、契約書などしっかり見なくてもめくら判でいいと思っている日本人も多いはずで、そこに付け込むのが悪徳商法ということになってくるわけですが・・・。
日本はかつて欧米のような契約社会ではなく、ココロの社会だった。なんとか偽装といってココロがわからずにルールだけで騒ぎ立てるのは、ルールに思考させるという思考力偽装です。
ルールを疑い出したらきりが無いからそんなめんどくさいことは考えたくないわけです。
ココロがない行為を心ない行為と言います。忙しいとはココロを無くすと書きます。忙しいヒトにお仕事を任せませんように。と言っていたのは森繁久也ですが。
こういうことを言うから、あたけは古きよき日本人などと言われてしまうのですが。