硫化水素自殺事例多発に思う


日本中毒学会理事長 黒川 顕

最近の硫化水素による自殺の多発は異常な社会現象であり、日常的に中毒の患者さんを診療し、また中毒を扱う学会の代表の立場から大変遺憾に思い、一言述べたいと思います。

1.自殺を考えている方へ


 1)硫化水素は細胞呼吸をできなくする作用により死に至りますが、著明な低酸素状態により、死体は皮膚のみならずまぶたや口の粘膜までも青紫色になり、死体を見慣れた我々から見ても、「安らかな死に顔」とはとても言えず、極めて不気味でむごい死体になります。
 2)未遂に終わった場合には、脳は低酸素による障害を受けるので、植物状態となってそのまま長く生き続けることになります。
 3)この硫化水素を発生させる方法で自殺を企てると、周辺の多くの人々も被災し、中には、重篤な障害を残した方もおられます。他人を傷害する可能性がある危険な行為であることを認識してください。
 4)かといって、決して他の死に方を勧めているのではありません。
 5)死を選択する理由はあるに違いありませんが、もしかして誰かにわかってもらいたい、助けを求めたいのではありませんか? 家族や友人に相談することで解決できるかもしれません。また、病院で治療すれば治るものもあるということをぜひ知ってください。
 6)私たち医師は、たとえ自殺企図の患者さんであっても、助けるために全力で努力します。肉体と心を適切に治療すれば、きっと有意義な人生を送れると信じているからです。
 7)残された家族や友人たちの悲しみと苦悩を考え、そして何よりも、いつか必ず生きていて良かったと思う日が来ると信じて、決して死に急がずに思い留まっていただきたい。

2.硫化水素の発生が疑われる状況に遭遇した方へ


  1)温泉地の硫黄(いおう)や卵が腐ったようなにおいがします。
  2)小さな部屋に目張りをしてガスを発生させた状況では、その場所の硫化水素は高濃度になっているので、無防備での突入は、自分も被災するので危険です。
 3)空気より重いので、下のほうが濃度は高くなります。上の階の部屋で硫化水素を発生させた場合、下の階の方は危険性が高いということです。
  4)避難する場合は、風上に逃げてください。風下に逃げるのは危険です。
  5)吸入して気分が悪くなった場合は、病院を受診してください。

3.現場へ出動する救急隊員や警察官の方へ


 1)ホットゾーン、ワームゾーン、コールドゾーンのゾーニングをしてください。
 2)自分の安全を考え、必要な防護装備を着けた上で、現場(ホットゾーン)に入ってください。
 3)蘇生術が必要な場合には、新鮮な空気の場所(コールドゾーン)に傷病者を移動させてから実施してください。

4.診療する医師の方へ


 1)まず、診療する場所の換気をして、患者さんの呼気や着衣からのガスを自分が吸入しないように注意してください。
 2)酸素投与は必須です。
 3)痙攣や低血圧などに対して対症療法をしてください。
 4)拮抗薬として、(シアン中毒に使用される)亜硝酸アミルの吸入と、亜硝酸ナトリウムの静脈注射が有効であるとの報告もあり、重症例には試みてもよいと思います。

5.その他


 インターネット情報のあり方や販売方法などに関して、関係機関が動き出したことは、大変望ましいことだと思います。
 このような異常な事態が連鎖せず、命を大切にする機運に満ちた世の中になり、我々中毒や救急医療に携わる医師の仕事が減る社会になることを望んでやみません。

戻る
戻る