先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) 女性上司のお悩み「北条政子・日野富子」 2015.03.17


今宵は悪女と言われた女性たちが登場。
危険な女の魅力にどっぷりとはまって下さい。
いや〜我ながらほんとおいしいなこの賄いのカレー。
これ店出せるな。
いや〜寒いなまだ。
あれ?大将おれへん。
あっ大将。
いやいやいやいやいや…。
まだね店開いてないんですから。
だからのれん出てないの?そうですよ。
人の食事中にもうほんとに…。
何食べてるの?賄いをね自分で作って食べてたんですよ。
これがまた絶品でね。
ほんまかいな。
そうですよもう…。
そういうおいしいのをメニューで出してよ。
毎回おいしいでしょ。
いやいや結構微妙なの多いよ。
こうやってね自分の御飯もね家族の分まで作ってるんですよ。
家でも料理してるの?やりますやります。
すごいね。
もっと亭主関白かなって思ってたけど。
とんでもない。
今そんな時代じゃないですから。
最近会社の管理職女性の方増えてるでしょ。
増えてますね。
今回ね「答えます!女性上司のお悩み」というふうに題しましてでもこういう女性の話を男2人でしててもしょうがないのでもうそろそろ…。
あ来た。
こんばんは。
何か店が分かんなくて…。
すいませんのれん入れっぱなしでしたね。
ほらほらのれんを。
すごく難しい所ねここは。
女性上司といえばこの方奥谷禮子さんでいらっしゃいます。
はじめまして。
よろしくお願いします。
「女性上司」というふうにね男性女性というのはおかしいといえばおかしいんですけれどもそれならではのご苦労というのもさすがにあったんでしょうかね?大ありすぎて。
苦労が大変やったんですね。
今日は飲みましょう!はい。
みんなで一緒に飲んでそして女性上司の悩み解決していきましょうよ。
去年政府は企業における女性管理職を増やす方針を打ち出しました。
現在女性の管理職は全体の僅か1.2%。
それを30%にまで引き上げようという政策です。
しかし当の女性管理職たちにアンケートをとってみると…。
不安や戸惑いがあるようです。
そんな悩める女性の皆さん日本にはかつて政権トップに立ったすご腕の女性上司がいたんです。
一人は北条政子。
鎌倉幕府を開いた源頼朝の妻です。
政子は流人だった頼朝を支え二人三脚で初めての武家政権をつくり上げました。
幕府が存亡の危機に立たされた時も関東武士たちをまとめ上げたのはほかならぬ政子のある言葉でした。
政子には荒くれ者ぞろいの…もう一人ご紹介しましょう。
室町時代将軍の妻として政に参加。
辣腕を振るいました。
そんな富子は世間からケチだわがままだなどさまざまな悪評を言い立てられます。
しかし富子にはそれを乗り越える見事な知恵がありました。
ともすれば悪女と呼ばれてきた政子と富子。
しかし2人の生き方は現代の働く女性にとって知恵の宝庫なんです。
政子と富子の知恵を読み解くのは女性実業家の草分け的存在奥谷禮子さん。
人材派遣業を日本に定着させた一人です。
1970年代国際線の客室乗務員だった奥谷さん。
当時女性は結婚などで一度退職してしまうと再び就職する道がほとんど閉ざされていました。
奥谷さんはそんな女性の労働力を活用しようと1982年人材派遣会社を起こします。
退職した女性を再教育し企業に売り込もうという事業でした。
女性が起業する事が珍しかった時代設立当初は男性たちの風当たりは厳しいものでした。
しかしきちんと教育された人材の派遣は企業側にとってもありがたいもの。
奥谷さんの会社は次第に理解されるようになり経営は3年で軌道に乗ります。
そして1986年。
奥谷さんは女性として初めて経済同友会の会員に登録され一流の経営者として認められました。
女性がトップに立った時の悩みと知恵を熟知している奥谷さん。
中世の女性管理職北条政子と日野富子の知恵をどう読む?客室乗務員時代かっこよかったですね。
かわいい。
聖子ちゃんカットでしたね。
驚きました。
そして自ら起業されたという事で起業当初はさまざまご苦労あったと思うんですが例えばどんな事がありました?はあ〜。
借金を取り立てに来たのかなみたいなのでみんな切られちゃうんです。
それとたまたまお会いできて名刺を交換したら座りますよね。
営業しますね。
そうすると「結婚してるんですか?どうですか?」とまず聞かれるんですね。
「はい結婚してます」なんて言うと「ご主人病気ですか?」って聞かれるわけです。
はあ〜!働いてるから?そう。
だからかわいそうだという事なの女性が働くという事が。
だからよほど何か理由がないと女性がしゃかりきになって働かないだろうと。
そんな中でね何がきっかけでその会社がポンと飛躍してった…。
その当時私飲めなかったんですビール一杯も。
そうするとまずカラオケもできませんでしたから酒も飲めないカラオケできないようなやつは出てくるなと言われて一生懸命お酒も練習しましたしカラオケも全部もう演歌から軍歌から全部覚えましたし何でもやりました。
まず入ってみると。
そう。
男性社会の中に入るという事はある程度男性の中に入って自分である程度見て経験しないと何ていいますか経験しないで批判したって意味がないでしょ。
そこを脱皮しないかぎり男性と対等に社会でやっていけませんよ。
そういった中で今回は北条政子の知恵を見ていく前に政子がどんな生い立ちだったのかというところからひもといていきたいと思います。
それは鎌倉に幕府が開かれて30年ほどたった頃。
幕府は未曽有の危機を迎えていました。
京の後鳥羽上皇が幕府を滅ぼそうと大軍勢を鎌倉に差し向けてきたのです。
さすがの関東武者たちもこれにはひどく動揺。
上皇軍に刃向かい朝敵の汚名を着せられる事を恐れたのです。
そこに現れたのが尼姿の女性北条政子でした。
政子は狼狽する彼らを奮い立たせ幕府軍の結束を固めます。
戦いは鎌倉側の大勝利。
幕府は最大の危機を乗り越えます。
なぜ政子はそれほどまでに武士たちをまとめ上げる事ができたのでしょうか?政子は伊豆国の武士北条時政の長女として生まれます。
当時の武士たちは土地の権利を認めてもらうために朝廷に服従し年貢や労力を提供しなければならないという厳しい立場にありました。
父時政も度々京に上り警備の任務に就いていました。
政子は弟や妹の面倒を見ながら家の農作業を手伝う日々を過ごします。
10代の後半そんな政子は一人の男性と恋に落ちます。
武家の名門源氏の跡取り源頼朝でした。
頼朝は平家との勢力争いに敗れ伊豆の蛭ヶ小島で流人生活を送っていました。
政子は父の反対を押し切り頼朝との結婚に踏み切ります。
それから3年がたった治承4年。
頼朝の元に朝廷から平家打倒を命じる令旨が届きます。
頼朝はこれに応じて挙兵する事を決意。
しかし彼にとっての頼りは政子の実家北条氏の武士たち40騎だけでした。
政子も頼朝を支えます。
寝食を忘れ山に籠もって勝利を祈り続けました。
頼朝たちは何度も窮地に陥りながら徐々に勢力の拡大に成功します。
貴族や平家の支配に不満を持つ武士たちを味方につけたのです。
源氏はついに壇ノ浦で平家を滅ぼし勝利を手にします。
頼朝と政子は二人三脚で戦いを勝ち抜いたのです。
同じ年頼朝は鎌倉に幕府を開きます。
史上初の武士の政権。
それまで貴族の下に置かれていた武士たちが初めて政治の実権を握ったのです。
この新しい組織の規則を作るうえで政子の意向も十分に取り入れられました。
例えば不倫が厳しく禁じられた事。
後に幕府が制定した武家の法律「御成敗式目」には不倫の禁止と厳しい罰則の条項が設けられています。
実は当時京の貴族の価値観では男女共に比較的自由に愛人をつくる事が許されていました。
不倫も当たり前。
しかし関東の武家社会では結婚は単に個人の問題ではなく家同士で結ばれる軍事同盟の意味合いを持っていました。
不倫は同盟関係を揺るがすリスクをはらんでいたのです。
政子は頼朝に関東での慣習を教え規則として定めたのです。
政子を嫉妬深い女性として表現する時によく例に挙げられる…頼朝が亀の前という女性を愛人にしていた事を政子が知りその家を焼き打ちにしたという一件。
これも単なる嫉妬からの行為ではなく家同士の秩序を守らせるために行った御家人たちへのパフォーマンスだと考えられています。
頼朝と政子はまさに共同作業で国づくりを進めていったのです。
鎌倉幕府の仕組み作りシステム作りにも北条政子は大きく貢献していたという大きな存在の女性だったという事が分かりましたよね。
頼朝の力以上に政子の力の方が大きかったんじゃないかなって。
こんばんは〜。
いらっしゃいませ!あの〜今北条政子や日野富子の名前が聞こえましたのでちょっと一緒に…。
どうぞどうぞというか歴史学者の田端泰子先生ですよ。
え〜!どうもよくぞお越し頂きました。
田端先生といえば北条政子日野富子に関しての著作もあられるほどの専門家でいらっしゃいます。
よろしくお願いします。
こちらこそどうぞよろしく。
鎌倉幕府においては頼朝そして北条政子というまさに2人が御家人たちにとっては非常に大きな存在だった。
そうですね。
やっぱり関東の中級クラスの武士の娘なので御家人たちと通い合う感情がすごく多かったと思いますね。
気持ちの上でつながるところが多かった。
頼朝は貴種と言われていて…貴い種。
つまり源家の嫡流ですので貴族の階級なんですよね。
ところが北条政子は中級武士の北条氏の娘ですのでやはり関東の武士は政子の意見には従いたいと頼朝はちょっと別人だなというところが多少はあったと思います。
それだけ政子の力がきちっとあったという事ですね。
そうですね。
つまり将軍家というのは頼朝だけじゃない政子と2人セットがそうなんだと。
セットで支配をしているという事なんですね。
その秩序を大事にするんだとか政子にとっては大義名分あったわけですけれども嫉妬深いというね私たちのイメージ何でついてしまったんでしょう?大体悪評が出てくるのは江戸時代の一般的な人が読む戯作文学の中に悪評が出てきて江戸時代以降なんですね。
室町時代も政子に対する悪評は全然ないんですよ。
女性の地位が落ちてきて江戸時代になりますとそういう嫉妬深いとかいう事が非難されるようになって江戸時代以降の非難なんですよ。
はねのけてはねのけていった北条政子なんですけれども頼朝が亡くなってしまいます。
その夫が亡くなったあとで北条政子一体どんな知恵で幕府を支えていったんでしょうか。
鎌倉幕府が開かれて14年。
頼朝は落馬のケガが原因で亡くなります。
その死を悼んで政子が奉納した曼荼羅。
梵字は政子の髪の毛で刺繍されています。
そこには政子のある決意が読み取れるといいます。
頼朝さんの遺志を継いでこの武家の社会を守っていくというそういう強いお心だったろうと思いますよね。
まだまだほんとの武家の社会というのは出来たばかりでしたのでそれをいかに守っていくかというのは政子さんのほんとの命懸けの命題だったと思いますけれどもね。
頼朝の死を乗り越え改めて幕府を支えていく事を誓った政子。
しかし長男頼家は政治に関心を示さず政子の期待を裏切り続けます。
家臣の留守中にその側室を無理やり連れ出し我がものにするという傍若無人な事件まで起こします。
また土地の所有権を巡って御家人同士が争った時などは提出された絵図に適当に線を引き……と言い放ちます。
武士たちにとって土地の所有権は命懸けで守るべきものでした。
頼家の態度は御家人の怒りに火をつけるのに十分だったのです。
政子はついに決断します。
頼家を将軍職から退かせ出家させてしまいます。
その後頼家は失意の中で亡くなりました。
幕府を守るためなら息子であっても排除する。
政子は身を切る思いでつらい判断を自ら下したのでした。
しかし政子の苦難は続きます。
事も有ろうに政子の父時政が後妻との間にできた娘の婿を将軍につけようと画策したのです。
政子は父を出家に追い込みます。
この時も政子は肉親の情より幕府の秩序を優先したのでした。
そんな政子に更なる悲劇が襲います。
政子の次男で三代目将軍実朝が暗殺されたのです。
幕府は大混乱に陥ります。
これを好機と捉えたのが京の後鳥羽上皇でした。
武士に奪われた政治の実権を再び朝廷へ取り戻すべく大軍勢を鎌倉に差し向けてきたのです。
一方鎌倉の武士たちは朝廷軍と戦う事にひどく動揺します。
政治の実権は武士に移ったとはいえ天皇家は高い威信を持つ存在。
後鳥羽上皇に弓を引き朝敵の汚名を着せられる事に誰もが躊躇したのです。
そんな武士たちの前に現れたのが政子でした。
政子は毅然と語り始めます。
政子の言葉に御家人たちはこれまでの道のりを振り返りました。
長い間貴族に蔑まれてきた武士。
その武士のための政権を初めて作り上げた頼朝。
そして彼を支え続けた政子。
しかも御家人たちは政子がその幕府を守るために身を引き裂かれる思いでつらい決断を下すのを間近に見てきたのでした。
政子の言葉は武士一人一人の心に響きます。
その結果19万騎もの大軍勢が集結。
朝廷軍に僅か1日で勝利したのです。
時にはぼろぼろになりながらも幕府を守り続けた北条政子。
その一途な姿が荒くれ者の関東武士たちの心を一つにさせ最大の危機を乗り越えさせたのでした。
組織を守るために自分たちの肉親をも切るという決断をしたわけですけれども覚悟を感じますよね。
御家人たちはぼろぼろになった政子の姿を見て「よしついていこう」とか「すごいな」とかいろんな事を思ったと思うんですね。
先生はどういうふうにご想像されますか?政子は頼朝が亡くなってから二十数年後にこの演説をしてるんですね。
御家人たちには頼朝死後の20年以上の期間というのが脳裏によみがえったと思うんですね。
並大抵の困難じゃなかったと思うんですね。
だけど幕府が出来て生活が安定してくると。
対等に公家にも話ができるようになったと。
このような世の中をつくってくれたのは政子だと。
非常にいろんなものを犠牲にしながら邁進してきた政子の姿というのは非常に輝いて見えたと思います。
政子の中では頼朝と一緒につくり上げた幕府だという気持ちはあったんでしょうか?そうですね。
ゼロの頼朝と少し支援できる立場にいる北条家の中の政子そのゼロから出発した幕府を頼朝が死んだあと守っていくのは私にも責任があるというふうに思ったんじゃないかな。
政子が身内を切るというね非常につらい決断をした。
その姿を上に立つ女性として見せるというのは大事ですか?やっぱり自分が犠牲を払わないと人ってついてこないでしょ?なかなかできないですけれどもね。
押しつけたらやっぱり社員はついてこないですよ。
社長だけがいい思いしてたら。
しんどい事は全部社長が引き受けないと。
何が一番大切なのかというそれに大切なものを守るためには親であろうと息子であろうと全部切って捨てるというそこの意志力というかそういう意識がないとトップには立てないと思いますよ。
筋を通すこれは女性がトップに立つうえでは非常に大事ですか?一番大事な事です。
今女性の管理職だ女性のうんぬんと言われてますけどもなかなか筋を通せる女性って少ないんですよ見てて。
筋を通すってどういう事なんでしょう?どういうふうにお考えですか?例えばこの仕事が欲しいと思ってもその紹介してもらった人にきちっとご挨拶に行ってこのお仕事取りたいんですけどといった形で挨拶するとか最初のそういった…いわゆる貸し借りとかというのをしっかりするのが男の方が…。
男社会は貸し借りというかねいろいろしてもらったら返すという貸し借りの社会が成り立ってるわけですね。
ギブしてテークする。
女性の場合はテークばっかりなんですよ。
もらうだけ。
それは何かというと女性は弱いものとか女性は一段低いものというところでずっと甘やかされてきてるから…男性も女性も同じように均等に責任持つという発想がなかったらそんなの権利ばっかり主張して何でもかんでもテークして取ってギブは全部男性に押しつけたって男の方が納得しませんよ。
じゃあ逆に言うとそれまでの男性側の接し方に問題がある。
それは弱いもので絶対自分を脅かさない女だと思ってるから保護するわけですよ。
だから女性もある部分…この女はただじゃないなと。
自分の場を取って代わるような女だなと思わせるように仕事をする事ですよ。
まずはそこの社会の見方というか男性の見方を変えないかぎりは…。
男性が女性の事を思うんだったら厳しくトレーニングする事ですよ。
言ってあげる事。
これは駄目あれは駄目って。
女性も鍛えられてると思わないと駄目ですよ。
嫌な事言われても嫌な仕事させられても。
鍛えられないと人間って成長しませんもん。
それはもう男性女性問わずの話…。
同じだと思いますよ。
続いてご紹介します日野富子という人物なんですがこれは鎌倉時代の次の時代室町時代に生きた女性であります。
日野富子といいますと悪評つきまとう女性というイメージを持たれる方も多いと思うんですがどんな悪評だったんでしょう?室町時代半ばの永享12年富子は…16歳で室町幕府八代将軍足利義政のもとに嫁いだ富子。
しかし義政との間にしばらく跡継ぎとなる男の子が生まれませんでした。
そこで義政は将軍の後継者として弟の足利義視を指名します。
そして有力大名の細川勝元に後見人を依頼しました。
ところがこの決定のあとに富子は男の子を出産します。
我が子をぜひとも次期将軍につけたい。
富子は有力大名山名宗全をバックにつけます。
これが大変な事態を引き起こします。
細川と山名の戦いが始まったのです。
戦闘はやがて全国の大名に飛び火。
この中世最大の内乱応仁の乱は実に11年にも及びます。
応仁の乱は我が子かわいさのあまりわがままを言いだした富子によって引き起こされた。
これが富子に立てられた悪評の第一です。
応仁の乱で人々が困窮する中富子が励んでいた事それは財テクでした。
戦闘が長引き都は深刻な食糧難に陥っていました。
そんな中富子は国じゅうから米を集め高値で売りさばいていたのです。
更には資金不足に悩む武将たちしかも両陣営の武将に利息を取って金を貸した。
恥知らずな強欲女これが富子に対する悪評その二です。
11年にわたって続いた応仁の乱が終結します。
このころ富子は新たな財テクを見つけていました。
都の入り口に関所を設置し通行料を徴収したのです。
その金のほとんどが富子の懐に入っていたとか。
う〜んこれらの悪評もし本当の事だったら日野富子確かに悪女ですよね〜。
これだけ見たらね〜ちょっと悪意ある編集ですよね。
それは悪い女性に見えますよね。
そう見えてしまうかもしれません。
ただあの赤ちゃんを見る目はね悪い女ではないと思います。
あれはね役者さんですから。
数々の悪評があった日野富子ですけれども本当のところはどうなんでしょうか。
富子に立てられた悪評の数々。
これらの真相を探ると意外な事実が浮かび上がります。
悪評の一つ目我が子を無理やり次期将軍につけようとしたから応仁の乱が起きた。
しかしこれはそもそも夫義政にも問題があるといえます。
義政は建築や庭園づくりなど趣味に夢中になるあまり政治に全く関心を示しませんでした。
都を大飢きんが襲った時も何の手も打たず庭づくりに精を出していました。
あまりに無責任な態度に後花園天皇もあきれ厳しくいさめたほどでした。
実は義政が早々に次期将軍に弟の義視を指名したのも一刻も早く隠居して趣味に打ち込む時間を作りたいとの思いからだったのです。
しかも義政は富子が既に妊娠していたにもかかわらず後継者の件を全く相談していませんでした。
これでは富子が怒るのも無理はありません。
また応仁の乱が起きた背景には全国の有力大名の家督争いも深く関係しています。
応仁の乱の原因を富子一人に背負わせるのはちょっと気の毒です。
次に応仁の乱のさなかに米取引や金融業に励んだという悪評。
しかし彼女が金に執着したのには理由がありました。
乱の中心人物の一人有力大名の畠山義統に多額の資金を渡し和平工作を進めていたのです。
実際畠山が戦から手を引くと乱は急速に集結に向かいました。
富子の蓄財は私利私欲のためだけではなかったのです。
それは関所の件でも同じ。
富子はこの金を戦乱で焼け落ちた天皇の住まいを修復するために使いました。
また朝廷の儀式を復活させたり困窮する公家たちに食べ物を差し入れたりしていた事も記録に残っています。
富子は戦乱によって悪化した朝廷と幕府の関係を金の力で回復させようと奔走していたのでした。
しかしそんな実情を知らない人々は富子を「ケチ」「強欲」と言い立てます。
いくら富子が強い女性であってもへこんだ事はなかったのでしょうか。
一体どのように世間の評価を受け止めていたのでしょうか。
富子の当時の気持ちを推し量れるエピソードが残されています。
応仁の乱がようやく終わろうとしていた文明9年7月。
富子は天皇主催の七夕歌会に出席します。
お題は「山」と「家」と「雨」。
富子の歌は自らの心情を率直に表すものでした。
「いかに寂しかろうと世を逃れひとり柴の庵に住む事を決めた私。
そんな私がどうして今更雨の降る夕暮れに涙を流す事があろうか」。
栄華を極めているはずの富子が「自分は世を捨て柴の庵に住んでいる」と表現しています。
幕府再建のため他の事は切り捨てひとり奔走している自分。
そんな厳しい道を選んだからにはたとえ雨が降ろうと日が暮れようと寂しい事などないと。
富子は孤独に闘い続ける「寂しさ」を率直に受け入れていました。
彼女にとって幕府の立て直しに尽くすという目標の前では人々の悪評は避けられないもの。
寂しさや孤独は覚悟の上だったのです。
悪評の立った日野富子。
実は私利私欲で蓄財をしていたわけではなかったと。
そうですね。
そのうわさの出どころはどこかというと最高級の摂関家の一条家の…。
日野家というのが公家にも階層があって五階級あるんですけど日野家は一番下なんですね。
だから上から目線で見るとけしからんというふうなやっかみみたいなものがあったと思うんですね。
今の知恵では「寂しさ」という言葉がありましたけど…。
孤独に耐えられるものがないとトップにはリーダーになれませんよ。
仕事をして何かするという一つの事をね目標を持っていこうと思ったらいろんな反対意見もいっぱい出るわけでそれを突き進んでやるんだという意志が強くないと。
これも女性はすぐにね「私寂しいの」とか「孤独なの」とか当たり前なんですよ上に立つと。
そういうところが甘いのね。
ご自身はどうなんですか?さみしい時はどういうふうにしてごまかすとか解消するんですか?私はやっぱり気力体力って言いますけど体力をまず蓄えるという。
健康管理ですね。
体力がなかったら気力出てきませんもの。
ヘナッとなっちゃいますでしょう体力がないと。
だからみんなね健康が当たり前だと思っちゃってるの。
そうですよね。
暴飲暴食してね夜まで遊んでねそれで仕事ができないって当たり前ですよそんなのできっこないですよ仕事なんて。
だから自分の基本はね…。
大将表情が…。
健康管理できない人は仕事できない。
だから私経営者にはみんな言ってるんですよ。
今怒られてます?はい。
何か女性の管理職の話をしてるはずなのになぜこんなつらい気持ちがするんでしょうか。
だからそれは上に立つ人は男性女性関係ないという事ですよ。
今日は北条政子そして日野富子という人物を見てまいりました。
増田さんどういうふうに味わって頂きました?富子に関してはねいいところに嫁いでも旦那さんによってこんなに苦労するんだというのとやっぱり政子がすごいなと。
我々「いい国つくろう鎌倉幕府」と覚えましたけど…こうやって覚えます。
そうですね。
いい国つくった。
まさにそうですね。
さあ今日の極意をお伺いしたいと思います。
奥谷さん女性が上に立つその極意というのを教えて下さい。
自分は自分というのをまず思わないと。
女性ってすぐにね人がどう思ってるとか人が何とかって。
自分が何で幸せになるのかという自分がきちっと持たないと。
いつも他人の評価で生きてしまうからぶれちゃうんですよ。
だから専業主婦やってもいいしキャリアウーマンになって経営者になってもいいし管理職になってもいいし。
自分が何が一番ハッピーなのかという事を自分がしっかり持つという事ですよ。
自分の軸をしっかり持てという。
そういう事。
自分の軸持たないといつもぶれちゃう。
いや〜増田さんこの店もますます繁盛していくためにおかみがいるなんてどうですか。
いやいいんじゃないですか。
それか入り口にもう関所つくって通行料もらう。
この店まず入場料払わないといけないというね新たな居酒屋をつくる。
それ僕のお小遣いにしてね。
それやっちゃ駄目だって。
次に投資をしないと。
皆さんのご協力を得ながらますます発展していきたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。
2015/03/17(火) 23:00〜23:45
NHKEテレ1大阪
先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) 女性上司のお悩み「北条政子・日野富子」[解][字]

悪女が女性上司の悩み解決!中世、政権トップに立った“女性上司”北条政子と日野富子。荒くれ者の関東武士を従わせた政子の知恵とは?ケチと悪評を立てられたとき富子は?

詳細情報
番組内容
“悪女”特集!女性管理職を増やそうという政策が打ち出される一方、孤独や不安感を抱える女性上司も多い。そんな人におすすめなのが、中世、政権トップに立った“女性上司”北条政子と日野富子。荒くれ者の関東武士が心酔した政子。男性部下を従わせる知恵とは?室町幕府将軍の妻・富子。「ケチ」など悪評を立てられたとき、どう乗り越えたのか?ときに「悪女」と評された2人の生き方は、現代の働く女性には知恵の宝庫だった!
出演者
【出演】人材派遣会社会長…奥谷礼子,京都橘大学名誉教授…田端泰子,増田英彦,【司会】井上二郎

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般

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日本語(解説)
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