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(川島・開沼)「東北発☆」。
(一同)「未来塾」!
(テーマ音楽)
(鹿賀丈史)ハプスブルク帝国の栄光を刻んだウィーンの姿が19世紀大きく変わりました。
環状道路が出来たのです。
オーストリアの首都ウィーンはヨーロッパに権勢を振るったハプスブルク家の都でした。
旧市街はリングシュトラーセと呼ばれる環状道路に囲まれています。
環状道路沿いには様式が異なるさまざまな建物が立ち並んでいます。
空から見たウィーンの街。
大通りが旧市街をぐるりと囲んでいるのが分かります。
17世紀の絵。
このころ街はまだ城壁に囲まれていました。
この壁が19世紀に取り壊され道路となったのです。
環状道路を通しウィーンの大改造を行ったのはハプスブルク帝国の皇帝…。
このころハプスブルク家の力も衰え各地で独立を要求する暴動が起きます。
帝国は民族のるつぼでした。
皇帝の暗殺未遂事件。
若き日のヨーゼフを襲ったのはハプスブルク家に反発し民族独立を唱えるハンガリー人でした。
取り壊される城壁。
ヨーゼフは帝国分裂の危機にあたってウィーンの大改造を決断します。
城壁の跡は幅57m全長4kmの環状道路となり公共建築物がさまざまな様式で建てられました。
国会議事堂はギリシャ風です。
ギリシャは民主主義発祥の地。
ここには「市民たちの民主主義の要求を受け止める」という皇帝の意思がうかがわれます。
皇帝は帝政を維持しながらも議会制を導入したのです。
これは…。
オペラはウィーン市民の代表的な娯楽でした。
皇帝はヨーロッパのほかの都市のものに見劣りしないオペラの殿堂を造って市民の心をつかもうとしたのです。
皇帝の居城…。
当時帝国には言語や文化が違う民族が10以上いました。
ヨーゼフは王宮の壁面にさまざまな民族衣装をまとった彫像を置きました。
多民族の共存こそハプスブルク帝国の理想であることを知らしめるためでした。
帝国の危機に立ち向かおうとする皇帝に時代に荒波は容赦なく襲いかかります。
1914年第1次世界大戦ぼっ発。
きっかけは独立を訴えるセルビア人に皇太子が暗殺された事件でした。
フランツ・ヨーゼフ1世は戦争のさなかに86歳で死去。
ハプスブルク帝国は滅びウィーンはオーストリア共和国の首都として新たな時代を迎えるのです。
2015/03/18(水) 11:25〜11:30
NHK総合1・神戸
シリーズ世界遺産100「ウィーン歴史地区〜オーストリア〜」[字]
皇帝の都市大改造 ▽文化遺産 【語り】鹿賀丈史 【テーマ音楽】久石譲
詳細情報
番組内容
皇帝の都市大改造 ▽文化遺産 【語り】鹿賀丈史 【テーマ音楽】久石譲
出演者
【語り】鹿賀丈史
音楽
【テーマ音楽】久石譲
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
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