岡雄一郎
2015年3月20日11時58分
《20年経った今、当時のことについて記しておきたいと思います》
オウム真理教による無差別テロ「地下鉄サリン事件」から20年。日本医科大武蔵小杉病院(川崎市)の腫瘍(しゅよう)内科医、勝俣範之さん(51)は今月、ブログで被害体験を初めて詳しくつづった。《我々はこの事件を忘れてはいけないし、あのようなテロを許してはならない》
あの朝、地下鉄日比谷線に乗ったのは偶然だった。勤務先は当時の国立がんセンター中央病院(東京都中央区)。前夜に千葉県の病院で臨時の宿直をした。そこからの出勤途中、八丁堀駅で「病人がいます」という車内放送があり、救護しようとホームに降りた。
人だかりの中心に、口から泡を吹いて倒れている女性がいた。人工呼吸、心臓マッサージ。だがその間も、次々と20人近くが倒れていく。「臭いもしないし、音も煙も無い。とにかく大変な事態だ、と」
15分後、救急隊に引き継ごうとした時、立ち上がれなかった。視界がみるみる暗くなる。勤務先に救急搬送され、「毒物が原因だと思う。調べてくれ」と同僚に言ったのを覚えている。
その日の午後、報道で「サリン」を知り、8カ月の長男を抱いて駆けつけた妻に「もしものことがあったら、子どもを頼む」と言った。夜、一人きりの病室で死の恐怖におびえた。症状は治まるのか。後遺症は?――。神様に祈った。
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