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愛知県西尾市(旧幡豆町)の「幡頭神社」を紹介いたします。幡頭神社は、日本武尊の妃・宮簀媛の兄で、日本武尊の東征に旗頭として従軍された「武稲種命」を祀る神社です。 <地図> <ご祭神> 武稲種命(日本武尊の妃・宮簀媛の兄、東征における旗頭) 大物主神(出雲の神)、誉田別尊(応神天皇の別名) <由緒> 祭神である武稲種命は、熱田神宮の祭神でもあり、この地にご遺骸が流れ着いたことでこの地に社が建てられました。日本武尊の東征に旗頭として従軍し、最期駿河で亡くなられ、この地にご遺骸が戻ってこられました。ちなみに、系譜によると妻子がおり、遺児、尻綱根(しりつなね)命が尾張国造になったという記録もあるようです。足利尊氏や今川義元も参詣したとの言い伝えがあります。 なお、熱田神宮の社伝によると、武稲種様は駿河で漁師から海を飛ぶ珍しい魚(トビウオか)の話を聞き、日本武尊に献上しようと漁に出たところ、海が荒れて転覆したとのことです。 (蛭子岬の蛭子社) 幡頭神社の麓の海岸には蛭子(えびす)社があります。 この場所に武稲種様が流れ着いたとのことです。様々な文化人がこの浜を思ったことを忍ばせる石碑が残されています。 ちなみに 蛭子(えびす) という名称について・・・ 古事記や日本書紀には、イザナギ (伊耶那岐命)とイザナミ (伊耶那美命)の間に最初に生まれたお子が蛭子(ヒルコ)と書かれています。 ヒルコは不具の子として父母に流されてしまう存在ですが、漂流して流れてきた神として祀られることもあります。不具の子を流してしまう残虐さとその子を神(蛭子=えびす=七福神)として祀る暖かさの両面を伝えています。 |
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【目次】第1章 ヤマトタケルの伝説を追って
〜ヤマトタケル(日本武尊)とは〜 ...続きを見る |
杜見ヶ丘 2014/04/08 00:40 |
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