注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。
2月末、久しぶりにNHKラジオに出演した。「私の一言」という夕方のオピニオン番組で、テーマは「これからのODA、どうあるべきか」というものだった。話の核心は先日、3度目の改定が成された「開発協力大綱(旧ODA大綱)」についてだ。
私は新しい大綱についていくつか首を傾げる部分もあるが、大要は昨今の国際、国内情勢、それに途上国の援助現場の変化に適切に対応するものと肯定しており、NHKからの出演依頼も、いわば賛成派としての話をしてほしいということだったと思う。もちろん、新大綱肯定派の私の話だけでは番組の公平性が保てないため、懐疑的な意見を持つNGOの代表の方も招かれており、2人が相互に意見を述べた。
いつものことだが、私が外部から頼まれて話をする時は、政府の政策の支持者という役回りが多い。政府を一刀両断に切り捨てる方が、視聴者や会場の聴衆の受けは良く、シンポジウムなどの席上、政府に批判的なパネリストたちが繰り出す鋭い舌鋒に、私はタジタジになるケースがたびたびあった。公共の場で政府を擁護するのは、損な役回りなのである。
今回も防戦一方になるのか、とNHKに出かける前は少し気が重かった。だが、少し様相が違った。司会の高名なアナウサーも、コメンテーターとして加わったベテラン国際記者も、NGO代表の方も、ODAに対する理解がしっかりしていて、筋違いな批判は出てこない。新大綱の長所短所について高度に淡々と語り合う番組だった。
偏ったODA批判番組でなかったのは、NHKが視聴者受けだけを狙った粗雑な番組づくりをしていないことが最大の要因だろう。さらに、番組の中で引用されたODAに対する世論調査で、7割近い回答者が「ODAをもっと増額して良い」、「現状を維持すべき」とODAに肯定的だったことも影響したのではないかと思っている。約言すれば世論に忠実な内容の番組だったのだ。
番組の途中に紹介された町の声も、「ODAは必要なもので、無駄遣いは困るが、今後も実施すべきだ」、「資源がない科学技術大国である日本がやってゆかなくてはならない事業」、「財政的に苦しくても世界三位の経済大国の国際責務」(放送中に私がメモした資料より)といった肯定的なものばかり。紋切り型のODA批判が一つもなかったのは予想外だった。
さて、同じNHKでも話は大きく飛ぶが、籾井勝人会長という方は、言動がマスコミなどから批判されることが多い。小欄はNHK会長について、あれこれ語たる立場にはないので、立ち入った論評は控えるが、新聞やテレビで報じられる籾井氏の言動に接して感じるのは、脇が甘いということだ。
自分自身も脇が固い方ではないので、共感することもあるが、平均的な日本人は「NHK会長は日本を代表する公人の一人なのだから、もう少し慎重な行動を」という思いを持つだろう。老婆心ながら私からも、公共放送のリーダーというお立場を考えて、今後は慎重な立ち居振る舞いを心がけることをお薦めしたい。
マスコミで伝えられる数多い籾井語録の中で、私が「その通りだ」と思うことが一つある。それは「一つのニュースに対して、賛成の声と反対の声を画一的に取り上げる必要はない」と言ったということだ。
これまで、各種の報道機関は、多様な意見を平等に取り上げるのが慣例だった。しかし、最近、一般人でもマスコミ慣れした人は、マイクを前にテレビコメンテーターのような平板な意見をスラスラと語る人が多く、傾聴に値する声はほとんどない。評論家や学者という有識者と呼ばれる人たちも同様で、彼らの陳腐なステレオタイプの見解を報じるため、貴重な紙面や放送時間を割く必要があるのかと思うこともしばしばだ。
マスコミが一つの問題に対し、必ず賛否両論を併記するのは中立性を担保するための免罪符であり、同時に自分たちの本音を隠す手段でもある。社会に多様な声があるのは当たり前だが、一つのニュースに対する市民の賛否両論の分量は、つねに同じではない。これに対し、マスコミが各種の声にほぼ均等なスペースを割く慣習は、かえって不公平だ。
あくまで私の個人的な印象だが、今回、私が出演した番組は、ODA支持派の声をやや優勢に取り上げていた。従来の教条的な均等基準から見ると、例外的な番組ともいえる。さては早くも籾井イズムが局内に浸透、単純な賛否両論併記を避けたのか、と一瞬考えたが、それは下司の勘ぐりだろう。賢明なNHKスタッフは、籾井会長の発言がなくとも、無意味な両論を均等に並べる慣習をすでに改め始めているのかもしれない。
番組終了後、LEDのイルミネーションが輝く雨の渋谷の繁華街を、JRの駅に向かって歩きながら、頭の中は日本のマスコミのガラパゴス化について考えていた。ジャーナリストを名乗る私も含め、旧態依然とした権力批判を続ける前に、自分たちの体質を素直に見直し、改善する時期に来ていることは確かだ。闇雲に政府批判をするだけでなく、その政策が市井の人の利益になるのか、ならないのかを基準に、是々非々で対応してゆくジャーナリズムに生まれ変わることが理想だ。
第一歩として、まずは賛否両論を併記して中立を装う慣習を改めよう。責任を持って堂々と自分たちの考えを主張するジャーナリズムに生まれ変わってこそ、オピニオンリーダーとしての誇りを維持することが出来るのだ。
FOLLOW US