余録:その昔は地震の時、関東以北では「万歳楽」、上方…
毎日新聞 2015年03月17日 02時30分
その昔は地震の時、関東以北では「万歳楽(まんざいらく)」、上方では「世直し」という厄(やく)よけの呪文を繰り返した。前者は祝賀に用いられた雅楽の曲名、後者は世が改まるのだから悪い意味ではない。凶事にめでたいことを口にして難を逃れる逆転の呪文か▲土佐には「かわ、かわ」というまじないもあったという。川を見て津波に警戒せよという伝承が呪文化したのではないかといわれる。九州や沖縄の一部では「きょうつか」を繰り返したというが、こちらは経文を埋めて塚を立て、妖怪を封じた故事によるものらしい▲むろん今は地震が起きたら呪文に頼るより、建物の耐震・免震性能に期待するのが賢明だ。うちゴムなどを用いた装置で揺れを吸収して建物を守るのが免震である。だがその免震装置の性能データが偽装され、国が認定した基準を下回る製品が建物に使用されていた▲製造元の東洋ゴム工業によると、性能不足の製品が用いられた建物は少なくとも18都府県のマンションや病院など55棟という。なかには高知県庁舎、いくつかの地域の警察署や消防本部庁舎、建設中の長野市庁舎など、緊急時に防災拠点となる建物まで含まれている▲データ偽装について会社は「担当者が数値を改ざんしていた可能性が高い」と説明、担当者は10年以上にわたり免震ゴムの設計開発に携わっていた。不正が発覚したのは昨年2月で、国土交通省への報告までに約1年を費やしたことも企業の対応としていただけない▲まさか当のメーカーが免震装置を気休めのまじない程度に考えていたのではなかろう。凶事に唱える「社直し」の策が問われる企業の激震である。