までぇに 街いま
河北新報社夕刊編集部さん

2014/02/19 14:00

幸町 その10 御菓子老舗ひろせ

 夕刊編集部の安倍樹です。

 私が宮城野幸町と聞いて思い出すのは、東洋製缶です。外壁にパイプの這った工場が、工場らしくて(?)印象的でした。その跡地にできたのがイオン幸町店ですね。
 
 さて、私が伺ったのは、そのイオンの少し西側向かいにある「御菓子老舗ひろせ」さん=地図①=です。『笹ゆべし』が有名で名前は存じていたのですが、本社が幸町だとは知りませんでした。



  ↓こちらが入り口、ダイシン幸町店が目印です


 社長の広瀬雅友さん(49)にお会いしました。

 1909(明治42)年から続く店です。青葉区一番町、今の金港堂書店の向かい辺りが創業の地ですが、仙台空襲で店舗が焼失。宮城野区東仙台に店と工場を移したそうです。
 「東仙台から幸町に移ったのは2004年です。父(孝一さん)は『うちは一番町にあったんだ』が口癖で、少しでも街中に近いところに移転しようと、父に内緒で計画していたのです」。ところが、幸町店オープンの1週間前に孝一さんが急逝。「移転を伝えられなかったこと、寅(とら)年なのにジャガー(イギリスの高級車)に乗せてやれなかったことが、心残りです」。ユーモアにくるんで話してくれました。

 100年以上の歴史があるのですが、空襲で資料が全て焼けてしまい、商いの詳しい歴史などは分からないそうです。「一番町の店を写した古い写真が1枚あって、それには『ゆべし きんつば』と書いた看板が写っていました。それらを作っていたのでしょうが、その程度しか分かりません」
 広瀬さんは4代目ですが、店名に「老舗(しにせ)」とあるのが引っかかっていたそうです。「まあ、100年たったのでようやく『しにせ』と呼べるかな。ちなみにウチは『ろうほ』と読みますので、お間違いなく」。そうなんですか!

 店に隣接する工場で、上生菓子を含め40種類ほどの和菓子を作っています。

  ↓はい、その一部


 笹の形をして、中に黒みつを入れ、てっぺんにクルミを載せた『笹ゆべし』が有名ですが、主力は、ずんだ商品だそうです。

  ↓こちらですね


 「ずんだをお菓子に加工したのは、宮城県内で恐らくウチが最初だと思いますよ」。というのは、ずんだ餅は時間がたつと硬くなってしまいます。作った日しか持たないのですが、いつでもずんだを食べたいというお客さまの要望に応えるため、中にずんだを入れたまんじゅうを新たに作ったそうです。これは4代目のアイディアです。

  ↓右がずんだまんじゅう、左は笹ゆべし


  ↓まんじゅうの輪切り


 さらに、創業100年を記念して広瀬さんが考案したのが、キャラクター「すんだ饅頭ちゃん」。めんこいでしょ? お店で求めることができます。後の袋からあんこが出る仕掛け。このあんこ、写真のものは豆ですが、ハートもあるとか。「ハートが出たら、幸せになれる! と言ってます」と、広瀬さんは笑って教えてくれました。

  ↓ずんだ饅頭ちゃんのストラップです。ぷにぷにしてます


 さて、広瀬さんのポリシーは「愛される店になる」です。
 それは材料選びに表れています。あんこに使う小豆は、北海道産の2等。1等はほぼ流通されていないので、2等が事実上の最上級。その中でもホクレンものと呼ばれる豆を使っています。上生菓子は189円、まんじゅう類は105円です。安過ぎると思うのですが…。
 「イチゴ大福とか、生どらやきとかが流行したことがあったでしょ。でも、ウチは乗らなかった。いや、見向きもしなかった。『ひろせでなくちゃ』と言ってくれるお客さんが多いのです。これまでの味を守りつつ、時代の変化に対応した新しい和菓子を提案する。そして愛される店でありたいのです」

  ↓特大ずんだ饅頭ちゃんを持った広瀬さん。本来は『づんだ』という表記を『ずんだ』としたのも、ひろせが「最初ではなかろうか」と言います。なぜ『ず』に? 「仙台弁はなまってっから(笑)」。んだね!



 ひろせの和菓子は、本店の他、仙台駅ビルのエスパル地下1階、青葉区の百貨店・藤崎の地下1階、仙台空港の売店、東北自動車道の長者原サービスエリア(下り線)でも販売しています。

 御菓子老舗ひろせ 仙台市宮城野区大梶2-11 022(297)3331
 午前9時30分〜午後6時30分 元旦のみ休み