挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
乾坤一擲 作者:R

プロローグ

 下校途中の小学生集団。
 道の真中で井戸端会議をする中年女性の人だかり。
 そんな光景がありがたく感じるのは、きっと彼女のせいだろう。
 彼女のせいで、僕は日常に別れを告げてしまったのだ。

 彼女の名は朧夜無月おぼろよむげつ
 まるで創作のような名前だがれっきとした戸籍上にも実在する名前らしい。
 彼女はきっと世間的に見て可愛いと言われる見た目をしているのだろう。現に僕だって可愛いと思う。
 けど僕は彼女が嫌いだ。
――――それはきっと彼女が"壊れている"からだろう。

 「おい、鶴亀」
 荒々しい乱暴な口調で無月は僕を呼ぶ。
 鶴亀……というのは神亀千鶴じんぎちづるという僕の名前からあやかっているのだろう。
 縁起物の好きな祖父が付けてくれたらしいが、僕は千鶴という名前がどうも女らしく感じ、好きになれないでいた。
 「今日は部活休んで教室で儂を待て、いいな」
 人を呼ぶのにおいとはなんだ、と僕が言う隙すら見せずに
 まるでお前には拒否権はない、と言わんばかりにそう言い放つ。
 僕の所属する弓道部は全国大会常連な上、大会が後数週間に控えてるのだが僕が万年補欠なのを知った上で言ったのだろう。
 朝から僕は無月の荒々しさと、自分の運動神経の無さにうんざりしていた。

――――――――――――――――――――――

 「神亀は休み、ね。わかったわ。補欠とはいえど大会が控えてるんだから、ちゃんと自主練習はしとくのよ」
 放課後、部活の顧問に一喝を入れられながらも僕は自分のクラスの教室に向かう。
 そこで無月が待っているという確信があるからだ。
 彼女が僕を呼び出すと言う時は、決まってろくでもないことが起きる。
 きっと今回もそうだろう。
 教室に着き、扉にそっと手を伸ばす。
…………開かない。
 「無月……?イタズラでもしているのか?」
 そう教室の中にいるであろう彼女に語り掛けるが――おかしい。
 補欠といえど運動部、程よく筋肉の付いた男子高校生が無理やりこじ開けようとしてもピクリとも動かないのはなにか不可解である。
 「無月?どうした?おい、返事をしろ」

――――ガシャン。

 何かが壊れる音が響く。
 途端、先程までうんともすんともしなかった扉は急に力を抜き、僕は自分の力によって床へと崩れた。
 崩れた体を起こし、教室へと顔を向ける。
 そこに無月の姿はなく、いつもと変わらず机が綺麗に並んでいた。
 先ほどの何かの破壊音と、室内に残るかすかな違和感を気にしつつも僕は教室に踏み込む。
 「無月のやつ、自分から儂を待て!……って言ったくせに、忘れて帰ったのかな」
 僕がそういうと同時に"ドサッ"と真後ろに何かが落ちる音がした。
――――――嫌な予感がする。振り向いてはいけない。
――――――――振り向くな。やめろ。振り向いてはいけないんだ。


――僕が3年前、無月の誕生日にあげたミサンガを付けた人間の右腕が落ちていた。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―
感想を書く場合はログインしてください。
― お薦めレビューを書く ―
レビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ