愛が聞こえる 14
2015 / 03 / 17 ( Tue )
「この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます」

煌々と光るスポットライトを浴びて笑う女の美しさに、思わず目の前の男の頬が赤らむ。
そんな光景が日常茶飯事の女は何でもないことのように受け流すと、次々と押し寄せる人の波にまた同じ笑顔を貼り付けて頭を下げていく。
自分が主役のパーティだとは言え、始まってから延々と続くこのやりとりに、さすがの女もいい加減辟易し始めていた。それを表面にはおくびにも出さないところはさすがと言ったところだろうか。


「どうだね? 今回のお祝いにこの後飲みにでも? ご馳走させてもらうよ」
「まぁ、嬉しい! 是非ご一緒に! ・・・と言いたいところは山々なんですが、ごめんなさい。もう明日の早朝には渡米しなければならないんです。ですからこの後も予定が詰まってて」
「あぁ、それは残念だなぁ。じゃあ帰国したときには是非とも連絡をくれたまえ?」
「うふふ、そうですね。・・・いつか」

ニッコリと微笑むとまんざらでもなさそうに男はその場を去って行った。

「いつか・・・なんて一生ないですけどね」

中年太りのだらしない背中に心の中であっかんべーをすると、ようやく一区切りのついた挨拶にホッと肩の力を抜いた。タイミング良くやって来たウエイターからシャンパンを受け取ると、パーティが始まって以降一滴も口にしていなかった水分を体の中へ流し込む。
と、たちまちシュワシュワとした甘さが疲れた体の中で弾けて染みこんでいく。

「はぁ~、おいしい。 予想外に凄い人だったわね・・・」

デザイナーの卵としてこの世界に足を踏み込んで3年。
月日を重ねるごとにその実力が認められるようになり、今回はアメリカの大手とのコラボ企画で一躍世界中に注目を浴びることとなった。願ってもないチャンスに闘志は燃え上がるばかり。
だが昔からこの手のパーティには慣れているとはいえ、こうも連続で続いては疲れるなと言うのが無理な話。

最も厄介なのがセクハラ親父共の相手だ。
祝いは建前で、真の目的はその後にある。
あの手この手でなんとか関係を持とうと躍起になっているが、そんなものがあしらえないほどバカではない。むしろその手の対応で自分の右に出る者はいないのではないかと自負しているほど。
とはいえいちいち笑顔で流すのも実に面倒というもの。


「全く、自分を鏡で見てから来いって話よね」

美しい姿にはなんとも似つかわしくない本音が雑音に紛れてぽろりと零れる。
その言葉とは対照的に笑顔は全く崩れていないのがこの女の恐ろしいところだ。
美しい花には棘がある。
それを地で行くのがこの美女なのだ。

「はぁ~~、どこかにいい男はいないのかしら・・・」

男にもてないわけじゃない。むしろその逆だ。
だが仕事に没頭するようになって以降、そういうことにかける時間もほとんどない。
そんな時は後腐れのないワンナイトラブが一番心にも体にも優しい。
自分に見合ったスペックの男と出会っては一夜限りの関係を楽しむ。
そろそろ疲れも溜まってきた今夜、渡米前にそれも悪くないかもしれない。
なんてことを考えながらグラスに口を当てたまま会場内をぐるりと見渡す。


・・・・・・と、その視線がとある一点で止まった。


「え・・・・・・?」



まさか。



自分は幻を見ているのだろうか。
だがそれと同時にいつかこんな日が来るやもしれないと心のどこかで思っていた。

____ いや、必ずこの日が来ると確信していた。


人垣から頭一つ分抜き出た長身の男が己の姿を捉えると、凄まじいストライドでこちらへ近づいてくる。やがて驚いている間にその男はあっという間に目の前に立ち塞がった。
確信していたというのに、いざ目の前にするとすぐには言葉一つ出てこない。

それほどにこの男の放つオーラは絶対的なのだ。



「久しぶりだな」

「・・・・・・お久しぶりです。 _____ 道明寺さん」










***



「急に来て悪かったな」
「いえ、とんでもありません。それよりも驚きました。風の噂で帰国されたというお話は聞いてましたけど・・・・・・」

控え室に移動すると向かい合う形で椅子に座ってあらためて目の前の男を見た。


道明寺司。
7年ぶりに見る男は噂通り昔とは比べものにならないほど線が細くなっていた。
彼が渡米して以降、彼と接触することは一度だってなかった。
F3ですらほとんど会えない状態だったというのに、自分などが会ってもらえるはずもない。

だが彼の様子はゴシップなどで度々目にしていた。
話題にさえなればあることないこと書かれてしまうのはもう宿命のようなものだ。
毎晩のように女をはべらせているなどという内容のものも見かけたことがある。
真偽のほどは定かではないが、そのいずれの記事でも彼の目は死んでいた。
死んでいたのは目だけではない。雑誌で見かける度に痩せ細っていくその姿に、本当に死んでしまうのではないかと思っていた。
ゴシップ記事が真実がどうかは知る由もないが、彼の心が病的に病んでいたのだろうことは疑いようのない事実だった。


だが。 今目の前にいる男は紙面で見た男とは違う。
昔のような精悍さは確かに失われているが、その目は死んでなどいない。


______  私はこの目をよく知っている。



「・・・・・・記憶が戻られたんですね」
「あぁ」

少しの間も空けずにはっきりと言い切った。

「やはりそうでしたか・・・。突然帰国されると聞いたときにそうではないかと思ってました。・・・それで今日はどうされたんです? 道明寺さんともあろうお方がわざわざこんなところまで足を運ばれるだなんて」

「そんなことはお前が一番わかってんじゃねぇのか? ____ 桜子 」


真っ直ぐに獲物を射るような目で言われて心臓がドキリと跳ね上がる。
だがそれを悟られないように平常心を保つと、負けじと強い気持ちで見返した。

「・・・先輩にお会いになったんですね」
「あぁ」

やはり。
予想通りの展開に思わず溜め息が出た。

司が帰国するとの噂を聞いてからというもの、遅かれ早かれこの日が来ることは覚悟していた。
だがそれは予想よりも遥かに早かった。
それだけで記憶が戻ったことが紛れもない真実なのだとわかる。

「・・・それで? 私に何を聞きたいんです? お察しかとは思いますけど、私は何があっても先輩の味方です。いくらお相手が道明寺さんだとはいえ、先輩が望まないことにはお応えすることはできません」
「お前に宣言に来たんだよ」
「・・・えっ?」

意味不明な答えに思わず気の抜けた声が出る。

「俺はどんな手を使ってでもあいつを取り戻す」
「・・・・・・っ!」

それは宣戦布告のようだった。
鋭い視線の奥には揺るぎのない決意がはっきりと見える。

「そ・・・それは道明寺さんの一方的な言い分です! 先輩は今そんなことを望んではいません! 先輩を苦しめる相手はどんな人であれ・・・たとえ道明寺さんが相手だろうと私は絶対に認めませんから!」

あまりにも強い眼差しに、負けてなるものかと必死で言葉を連ねる。
さっきまでどんなセクハラ親父を前にしても冷静さを失うことなどありもしなかったというのに、一体どうして、この男の前ではその仮面すら一瞬にして崩れ去ってしまう。

「いいぜ」
「え・・・?」
「お前が俺の前に立ち塞がるってんなら俺はそれを正面から受けて立ってやるよ」
「・・・・・・!」

驚きに目を丸くする桜子に、司はフッと不敵に微笑んだ。
一体どちらが苦境に立たされているというのか。
虚勢を張っているように見えて・・・・・・違う。
この男は本気で言っている。

「あいつに何があったのかの全てを知ることはできない。だが俺の記憶が戻った以上俺はあいつを取り戻す。それができないのなら俺が今生きてる意味なんかねぇからな」
「そんな・・・!」
「この7年は生きた屍も同然だった。そんな俺を呼び戻したのはあいつだ。あいつが俺を呼んでいる」

そんな勝手な・・・! と言いたいが口に出すことができない。
この男の直感が動物的な嗅覚をもつことをこれでもかと知っているのだから。
それに、誰よりも守りたい相手が心の奥ではこの男を求めている。
そんなことはあり得ないなどと言い切ることはできない。

______ おそらく本当はそれが真実だと誰もがわかっているのだから。

それでも・・・


「でも一体どうされるんです?! 私は先輩を苦しめたくないんです! 道明寺さんに会えば先輩は心身共に苦しむ。あんな姿、もう二度と見たくなんてないんですっ・・・!」

言いながら、その目にはみるみる光るものが溜まっていく。
だが司にそれを見られまいと、そのまま俯いてしまった。
司はそんな桜子をただ黙って見ている。


「・・・・・・わからねぇよ」
「・・・・・・え?」
「どうすればいいのかなんて俺にだってわからねぇ。それでも、例え苦しくても逃げるわけにはいかねぇだろ。逃げて苦しむくらいならぶつかって苦しんだ方がよっぽどましだ。・・・あいつだって記憶のない俺に何度だってぶつかってきてくれただろ。俺のせいでこんなことになってんだ。いくらあいつに拒絶されようと俺は一生引かねーぞ。・・・もう二度と同じ過ちは繰り返さねぇ」
「道明寺さん・・・」

「お前はお前なりにあいつを守りたいならそうすればいい。ただし俺も遠慮はしねぇ。どんな小細工も通用しない。本気で行かせてもらうからな」
「・・・・・・」

あまりにも力強い言葉にいつの間にか涙も引っ込んでしまっていた。
司はそんな桜子を一瞥すると黙って立ち上がった。
驚いて顔を上げた桜子と司の視線がぶつかる。

「急に来て悪かったな。お前に言いたかったことはそれだけだ。 じゃあな」
「えっ・・・」

呆気にとられる桜子を尻目に、司は来たばかりの道を瞬く間に戻っていく。


「ま、待ってくださいっ!!」


あと少しで完全に部屋から消えてしまうと言うところで無意識にそう叫んでいた。
その声に高質な靴の音がピタッと止まる。

「仮に先輩を取り戻したとして、本当にあの人を傷つけないと誓えるんですか?! 道明寺さんが記憶を失っていたのはあなたのせいじゃないことはわかってます。それでも、この7年の間に先輩に顔向けできないようなことをしていないと言えますか?!」

背中で桜子の言葉を受けながら司の目がすぅっと細まる。
ゆっくりと振り返ると、またしても今にも泣きそうな顔をした女が必死に訴えていた。

「もし・・・もし少しでもそんなことがあるのなら、もう先輩のことは放っておいてあげてください! もうこれ以上は何一つだってあの人が傷つく材料を与えたくはないんですっ!!」
「・・・・・・・・・」

桜子が言わんとすることは何なのか。
司はその可能性に思い当たるとクッと肩を揺らして笑った。


「・・・・・・真実はお前が見つけろよ」
「・・・え・・・?」

「お前の目で見たものを信じればいい。 ただし、何が真実だと思うかはお前次第だ」

「・・・・・・・・・」
「じゃあな」


そう言い残すと今度こそその姿は見えなくなった。
思わず意味もなく立ち上がってしまったまま呆然と男が出ていった扉を見つめる。



「 何が真実だと思うかは自分次第・・・・・・ 」



7年ぶりに突如姿を現した男の残したその言葉が、いつまでも桜子の心の中に響き続けた。





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愛が聞こえる 13
2015 / 03 / 16 ( Mon )
ガタンッ!

立ち上がった拍子に手付かずだったグラスが倒れてしまったが、その中身がどんどん広がっていくのを誰一人として気にする者はいない。やがてテーブルの端まで辿り着いた液体がポタポタと音を立てて床へと落ちていく。
静まりかえった室内にその音がやけに響いて聞こえた。


「死んだ・・・? 牧野の両親が・・・・・・?」


友人の口から出た言葉が脳内で処理しきれない。
つくしに起こったことのありとあらゆる可能性を考えていたが、まさかここに来て両親の話が出てくるだろうなんてことはゆめゆめ思ってもいなかった。
しかも死んだだなんて俄には信じがたい話を。


「・・・・・・嘘だろ?」

「・・・・・・残念ながら嘘じゃない。本当のことだ。 2年前に、事故で・・・」

そう話す声は言葉を紡ぐごとに小さくなっていく。
視界の隅で俯いてしまった友人の姿を捉えると、司は全身から力が抜けていくままにずるずるとその場に座り込んでしまった。

室内を重苦しい空気が包み込む。


「ちょうどその時に俺と総二郎は海外にいたんだ。牧野一家が乗ってた車が高速で事故に巻き込まれたって話を聞いたのは帰国してからだった」
「じゃあ・・・」
「真っ先に駆けつけたのは類らしい」

その言葉に無意識に司の右手に力が籠もる。
おそらく本人は気付いてはいない。

「俺たちはあいつから連絡が来ない限り自分から敢えて連絡することはしなかった。でも類はそうじゃなかった。あいつが元気でいるか、時々は接触してたらしい。だから事故ったときも携帯の履歴から真っ先に類に連絡がいったみたいなんだ。たまたま類から連絡が来た後だったんだろうな」
「・・・それで?」
「詳しいことは俺たちもわからないんだ。何せその事実を知ったときには全てが終わった後だったからな。わかったことは高速で逆走してきた車に衝突されたこと、前方座席に座っていたご両親がほぼ即死だったこと、弟の進君が数カ所骨折する怪我をしたこと、そして・・・」

その後に続く言葉に思わずゴクッと喉が鳴る。

「そして・・・何だよ。 あいつは? 牧野はどうなったんだ!」

「あいつは・・・・・・牧野だけは奇跡的に軽傷で済んだんだ」
「・・・何?」

一体どれだけの大怪我をしたのかと構えていた司の体から力が抜ける。

「本当に奇跡的なことだったらしい。あいつだけは打撲とかすり傷程度で済んだんだ」
「・・・・・・」

だが安堵したのは一瞬だけ。
そういった状況で自分だけほぼ無傷で済んでしまうなど、人一倍責任感の強いつくしが平気であるはずがない。ましてや両親がそのような悲劇に見舞われているなら尚更のこと。
そのショックたるや想像を絶するものだっただろう。

司の脳裏につくしの両親の面影が浮かび上がる。
直接の接触はそう多くはなかったが、思い出すのはいつだって騒がしくて、そして笑っている顔ばかり。
最初はなんて低俗な人間だと思っていた。
玉の輿狙いのいかにもな人間だと決めつけていた。

だがその実は違った。
あの家に富はなかった。 だが笑顔は溢れていた。
司が欲しかったものが、あの家には常にあった。
あそこにいると何故つくしのような人間ができたのか、言葉がなくてもよくわかる。
そういう家族だった。


その家族がもういない・・・


司は締め付けられるように苦しくなった胸を咄嗟に押さえた。
そしてふと思う。


「だからなのか・・・?」
「え?」
「それがショックで・・・だから牧野はあんなことに・・・?」

だとすれば全てが説明がつく。
精神的なショックのあまりああなってしまったことも。

「あぁ。事故の直後はほとんど放心状態だったらしくて何が起こったのかもよく理解できてない感じだったらしいんだ。滋や桜子たちも駆けつけて親身になって支えてたこともあって激しく取り乱すこともなかったらしい。 ただ・・・」
「ただ・・・?」

「・・・全ての事後処理が終わって、表面的には日常が戻ったような状態になった頃、類が様子を見に行ったときにそれは起こったみたいなんだ」
「それって何だよ?」
「会って最初はあいつ、普通に笑ってたらしい。・・・ただ、何気ない会話の中でふっと両親に繋がるようなものが出てきたときに・・・発作を起こしたって」
「発作・・・」

数日前のつくしの姿が浮かび上がる。
苦悶に顔を歪め真っ青な顔で蹲っていたあの痛々しい姿が。

「類が落ち着かせてその場はなんとか収まったらしい。ただ、それ以降も何かの拍子に発作が出るようになって・・・類は医者に見てもらう必要性を感じたようだ。本人も自分が普通の状態じゃない自覚はあったらしいから、そのことはすんなり受け入れたみたいなんだが・・・問題は病院に行ってから起こった」
「・・・どういうことだ?」
「あいつ、病院に行って発作を起こしたんだ」
「何?」
「恐らくフラッシュバックが起こったんだろうな。病院での出来事が思い出されて、それで激しい発作を起こしたらしい」
「・・・・・・」

「まぁ幸い場所が場所だっただけにすぐに医者が対応して事なきを得たんだが、根本的な解決にはなっていない」
「きちんと自分と向き合うには通院は必要だろうに、その場所に行けば発作が起こるんじゃ本末転倒だからな」
「あぁ」

総二郎の言葉にあきらが大きく頷く。

「結局その時は薬を処方されて咄嗟の対処法を教えてもらっただけで帰ったらしい。ただ、根本的に治すにはやっぱり時間がかかるし、専門医にも診てもらった方がいい。病院に行けないあいつに類は個人的なカウンセラーを勧めたらしいんだが、牧野がそれを拒否したみたいで・・・」
「拒否?」
「あぁ。自分は大丈夫だから今はそっとしておいてほしいと言ったらしい。本人が望まないことを、ましてやあの状況で無理強いすることはできないから、類もそれ以上は何も言えなかったって」
「・・・・・・」

類のことだ。
どうすれば一番つくしの負担にならずに済むのか、これ以上ないほど最大限に考えに考えた上で動いていたに違いない。それでも拒絶されるとなれば何の手出しもできないのは当然だろう。

「それからも発作は度々起こしたみたいだな。結局、そこにいるのはあまりにも精神的に苦しいってことであの場所を離れたんだ。まぁそれも類の助言があったらしいけどな」
「じゃああいつが引っ越したのはやっぱり・・・」
「あぁ。類も絡んでるな」

やはり・・・。
状況的に致し方ないとはいえ、つくしが苦しいときにそれを支えるのはいつだって類。
その事実に司はギリギリと拳に力が入る。

「ただ、類だけじゃない。桜子なんかも率先してあいつを守ってやってた。むしろあいつらの方が必死だったな」
「桜子か・・・」

ああ見えてあの女はつくし命だ。
つくしが苦しんでるとあらばどんな手助けでもするに違いない。
・・・ということはあいつらの協力を得ることは難しいということか。

「あいつらは色々と牧野の手助けをしたらしいが、直接会うことはほとんどしていない。もちろん俺たちも」
「どういうことだ?」

当然の疑問だろう。
だが何故かその続きを話しにくそうにしている。
司にはその理由が見えてこない。
言葉に詰まるあきらの代わりに総二郎が口を開いた。

「お前を思い出すからだよ、司」
「・・・何?」
「何度か接触していくうちにわかったんだ。あいつが発作を起こすのは事故を直接思い出す事柄。同じ色の車だったり高速道路だったり、事故のニュースなんかもそうだな。・・・そして司、お前を連想させることもだ」
「何だと・・・?!」

座り込んでいた場所から思わず立ち上がって総二郎を見下ろす。
自分を思い出すと発作を起こす?!

「そこに関しては俺たちもどうしてなのかはわからないんだ。ただそれが事実だということは疑いようがない。あいつは俺たちと接触するとどうしてもお前のことを思い出してしまう。もしかしたらお前のあの事件のことを思い出して両親に重ねて見てしまってるのかもしれないし、もっと違うところに原因があるのかもしれない。だがあいつが話さない限り俺たちが真実を知る術はない。類もわからないんだ」

そんなバカな・・・
聞かされた事実に司は愕然とする。

「あいつが望むのなら俺たちはあいつの居場所を突き止める必要もないし、仮にもう一生会えないとしてもあいつが幸せならそれが一番だと思ってる。 ただ、それと同時に一生何かに怯えて生きていくようなことにはなってほしくないとも思ってるんだ」
「現状はとりあえず楽な方に逃げてるだけの状態だからな・・・根本的な解決にはなっていない」
「あれから2年が経って少しでも良くなってればと思ってたが・・・お前に会ってすぐにそういう状態になったんじゃ、ほとんど変わってないんだろうな」
「・・・・・・」


重苦しい沈黙が長い時間続く。
それも致し方ない。
救ってやりたい相手を追い詰めるのが自分自身だなんて、あまりにも残酷な現実だ。


「・・・どうするつもりなんだ? 司」
「・・・・・・」
「勘違いせずに聞けよ。俺はお前を責めてるわけじゃない。そしてお前には何の落ち度もない。記憶を失ったのも、その間に起こった悲劇も、全ては誰のせいでもないんだ。・・・ただ、牧野がお前に会うことを望んでない以上、お前にできることは限られてるぞ」

「・・・・・・諦めろってのか?」
「え?」
「俺にあいつを諦めろって言ってんのか?」

ゆっくりと顔を上げた司の瞳は何とも表現しがたい色をしていた。
あきらは思わず息を呑む。

「いや、そういう意味じゃ・・・。 ただ、実際どうするんだ? 八方塞がりなことに違いはないぞ。いつもの力技で突っ込んだところであいつが心身共に苦しむんだから。お前だってあいつが苦しむ姿なんか見たくないだろ?」


それはその通りだ。
あの時の光景を思い出すだけでも自分の胸が苦しくなって息が詰まりそうになるのだから。



・・・・・・だが。



「それでも俺はあいつを諦めない」
「・・・え?」

はっきりと宣言された言葉にあきらも総二郎も司に顔を向けた。

その目は・・・・・・燃えている。
昔よく見たギラギラした炎とは違う、体の奥底から沸々と湧き上がってくるような熱情の炎。
表現するならば紅焰のような。


「あいつが苦しむ姿なんて見たくねぇに決まってる。じゃあ俺があいつの前から一生姿を消してしまえばあいつは救われんのか? そうじゃねぇだろ? どっちにしたって苦しいんなら俺は共に苦しむ方を選ぶ」
「司、それは・・・」
「あいつを苦しめてる原因に俺があるのだとしたら、あいつを救えるのも俺しかいない。それに、何故今になって俺の記憶が戻った? 7年も失い続けてきた記憶がどうして今になって。・・・俺はあいつが俺を呼び覚ましたんだと信じてる。 だから絶対にあいつを取り戻してみせる」
「司・・・」

それは揺るぎない決意だった。
例え誰が何を言おうとも、彼を止めることなどできやしない。
司をよく知る人間ならば誰もがそう思うには充分だった。


「おい、どこ行くんだよ?」

黙って踵を返した司に慌てて総二郎が声をかける。

「・・・・・・今できることをやる。それだけだ」
「できることって・・・」

一体何が? と思っても、司にしかわからない何かがあるのかもしれない。


「今日は無理言って悪かったな。またゆっくり連絡する。・・・じゃあな」

振り向きざまにそう言うと、司は足早にその場を後にした。
その場に残されたのは呆気にとられたままの友人2人と倒れたグラスに、すっかり床に零れ落ちてしまったアルコールだけ。


「・・・あいつ、ほんとに記憶が戻ったんだな」
「・・・あぁ」
「まんま昔の目に戻ってたな」
「・・・あぁ」


昔の目 ____

俺様で暴君だっただけの目ではない。
つくしに出会ってつくしを手に入れるために燃えていた時のあの目。
その光を7年ぶりに見たのだ。

「簡単なことじゃねぇのはわかってるけど・・・あいつならほんとに何とかするんじゃねぇかって、そう思わせるような目だったな・・・」
「・・・あぁ、そうだな」




見た目はこの上なく儚げで頼りなくなってしまったというのに、その瞳に宿る力強さに、どちらからともなくそんなことを呟いたまま、ただじっと親友のいなくなった扉を見つめていた。






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