米人気サイト「ギガオム」は、なぜ突然閉鎖したのか(追記あり)
コメントする03/15/2015 by kaztaira
米国の人気テックブログ「ギガオム」が、9日、突然の業務停止宣言をした。
質の高いブログメディアとして尊敬を集めてきただけに、業界コミュニティは騒然となった。
昨年、800万ドル(9億7000万円)の資金調達をしたばかりでもあり、社内スタッフを含め、誰も順風を疑わなかったようだ。だが、22人の編集スタッフを含む70人を超す社員は即日解雇。
ではなぜギガオムは閉鎖にいたったのか?
ギガオム自身の人気ライターを含む、様々な読み解きがネットに広まっている。
●「ギガオムについて」
米国太平洋時間で9日午後5時57分、「ギガオムについて」という告知文がトップページに掲載された。
「ギガオム経営陣」名で、「弊社に関する緊急のお知らせ」とされた告知文は、こうある。
ギガオムはこのたび、債権者への全額返済が不可能となる事態に至りました。このため、弊社の資産について担保権を有する債権者との協議に入っております。全ての業務は停止しました。債権者による資産の取り扱いや今後の業務については、今のところわかっておりません。現時点では、弊社の破産申請の予定はありません。読者とコミュニティーに対し、常に支援をいただいたことに取り急ぎ感謝申し上げたいと思います。
ギガオムのトップページには、この日発表のあった「アップルウォッチ」の記事など数本が掲載されているが、いずれも9日付で、以後の更新はない。
そこで、時間は止まったままだ。
2001年に「ギガオム」を立ち上げた創業者のオム・マリクさんも、自身のブログで閉鎖を認める声明を出した。
マリクさんは2014年2月、800万ドルの資金調達を明らかにするとともに、自身はギガオムの一線からは退き、資金調達先の一つである、有力ベンチャーキャピタル(VC)のトゥルー・ベンチャーズにパートナーとして参加するとしていた。
●ギガオムのビジネスモデル
個人ブログとしてスタートしたギガオムは、2006年にトゥルー・ベンチャーズから数百万ドル規模の資金調達を行う。
IT業界をカバーする月刊誌「ビジネス2.0」の人気ライターだったマリクさんは、これを機にギガオムのビジネス拡大に乗り出す。
その柱の一つが、2007年から始めたイベントビジネス。1000ドルを超すチケットはほぼ完売だったようだ。
さらに、2009年から始めた有料購読型のリサーチサービス。
200人以上の外部アナリストを擁し、クラウド、モバイル、ソーシャル、IoT(モノのインターネット)、データなどの先端分野に特化したレポートを発信。
年会費299ドルの個人会員、5000ドルのアドバイザー会員(購読アカウント5人)、さらにアカウント数無制限のコーポレート会員(年会費応相談)があり、個人会員以外は、アナリストに直接コンタクトが取れるというサービスだ。
2007年から2014年9月まで、ギガオムのCEOを務めたポール・ワルボースキーさんへの、「PBSメディアシフト」のインタビュー記事によると、売り上げの内訳は、60%がリサーチ事業、25%がイベントで、コンテンツへの広告収入は15%にすぎなかったという。
ホームページで掲げる月間訪問者は650万人と、比較的地味な数字だ。
ギガオムのビジネスモデルについて、ワルボースキーさんはこう述べている。
編集部門のコンテンツはビジネスモデルの中心。私たちが信頼をつくり出す場所だ。読者はつねにここに戻ってくる。編集コンテンツがなければ、読者が賢くなったと感じられる日々の記事がなければ、私たちのブランドは存在しない。私たちは、コンテンツから直接マネタイズしないという選択をしている。(リサーチ、イベントといった)別の方法でマネタイズするのだ。
ただ月間訪問者数については、ウォールストリート・ジャーナルなどは、コムスコアのデータを引いて、今年1月の数字は200万人で前年比10%減、同時期のマッシャブル、テッククランチ、ビジネス・インサイダーといった競合他社は50%増だったとしている。
●4000万ドル
やはり競合他社であるビジネスサイト「リコード」のピーター・カフカさんは、関係者の話として、かなり生々しい内幕を報じている。
それによると、ギガオムは財政的に危機的な状況が続いており、投資家たちはこの1年、その立て直しのために資金を注入したり、売却先を探したり、と八方手を尽くしたが、結局、売却話も頓挫し、追加の支援を停止することになった、という。
ギガオムが投資や借り入れでこれまで集めた資金は、4000万ドルにのぼるという。
だが、家賃や利息で、月々40万ドルの支払いが生じていたという。
投資家グループは、昨秋、CEOのワルボースキーさんを退陣させ、元ダウ・ジョーンズの新CEO、マイケル・ロルニックさんを連れてきて、50万ドルのつなぎ融資、さらに年初に150万ドルの貸し付けを実施したが、それでも資金が足りなかったという。
決定的だったのは3月18と19日、ニューヨークで開催予定のカンファレンスで、定価1255ドルのチケットは売却済みだったが、イベント業者への支払いも不可能になっていたようだ。
ギガオムの収入の柱、リサーチ事業も、コストがかさみ、報告書制作などの作業が追いついていなかったようだ。
●VCマネーの危うさ
リサーチ事業立ち上げ時の担当副社長だったマイケル・ウォルフさんは、メディアムへの投稿で、ギガオムの歴史を振り返りながら、今回の顚末の要因を探っている。
ポイントは、ベンチャーキャピタルからの資金、いわゆる「VCマネー」の危うさだ。
スタートアップのメディアが資金を受ければ、急速な成長を期待される。投資家たちはおおむね10倍のリターンを期待する。だが、スタートアップのメディアには、それは極めて難しいことだ。
特にウォルフさんがギガオムに在籍した2009年当時、月間訪問者は200万人から300万人規模。だが、調達資金はすでに600万ドルに上っており、10倍となれば6000万ドルが必要だった、と指摘。
急成長への圧力から、過大な規模拡大とコスト増をまねいたのでは、と見立てている。
ブログメディア「ディジデイ」のルシア・モーゼズさんの記事の中で、ギガオムに買収された「ペイドコンテント」の創設者で、ギガオムのアドバイザリーボード(諮問委員)を務めていたラファット・アリさんも、VCが期待する成長スピードとメディアビジネスの間にギャップがある、と指摘し、こう述べている。
デジタルメディアのビジネスは、伝統メディアよりも成長は早いが、それでもメディア企業の成長は、最低でも7年から10年がかりのゲームだ。B2Bのビジネスのように「ホッケースティック曲線」のような急成長はしないのだ。
●「シムシティ・モデル」
ネット検索業界をカバーする第一人者、ニュースブログ「サーチエンジンランド」のダニー・サリバンさんも、メディアムに論考を掲載している。
サリバンさんは、サーチエンジンランドを含むウェブメディア、さらにイベント開催も手がける「サードドア・メディア」の共同創業者という業界内の立ち位置から、やはりVCマネーの問題を読み解いている。
サードドアは、2006年の創設から一貫してVCマネーを入れず、売り上げの伸びに応じて、スタッフを増やし、無理な業務拡張には手を出さなかったという。
街づくりゲーム「シムシティ」で、裏技コマンド「FUND(ファンド)」を使うと資金は潤沢に手に入るが、なぜか街はうまくいかず、裏技なしの方が着実に街は繁栄した、とサリバンさん。
実際にサードドアはこの「シムシティ・モデル」で、スタッフ約50人、売り上げの伸び率が4年間で73%となり、4年連続で雑誌「インク」が選ぶ成長企業5000社リスト入りしたという。
そして、こう指摘する。
皆さん、誰かが多額のVC投資を受けたということは、VCマネーを手に入れたということ以外、何かに成功したという証しではないんだ。
さらにギガオムの閉鎖は、メディア事業の未来を暗示する出来事、というのとは違う、とサリバンさん。
むしろ、これはVCマネーを手にするすべての人々への警告かもしれない。VCマネーを得るとしても、それに見合う利益をVCにもたらすプランがあるのなら、期待が持てるだろう。数百万ドルの投資額に見合う、さらにはそれ以上の利益を生み出そうとしているか? あるいは誰かが、潜在価値の何倍ものバカげた値段で買収してくれると本気で思っているか? もしそうなら、VCマネーを受け取ることに意味はある。だがその道を行くメディアがあるからといって、すべてがそうする必要はない。
●「ファウストの契約」
やはり、是非とも話が聞きたいのは、ギガオムのメインライター、カナダの全国紙「グローブ・アンド・メール」出身のマシュー・イングラムさんだ。
メディア業界の鋭い分析で知られるイングラムさんは、このギガオムの事態をどう読み解いているのか。
「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」がインタビューを掲載していた。
イングラムさんによると、これまでレイオフや予算削減の話などは出ていなかったが、9日午後になって、現CEOのマイケル・ロルニックさんから電話があり、ギガオム閉鎖と解雇を申し渡された、という。
そして、VCマネーについて、こう述べている。
VCマネーを受け入れるということは、ある意味、金の手錠をかけられるということだ。つまり、ファウストの契約だ。ビジネスの成長について約束をする。だがもし、その成長が実現しなかった場合、VCは興味を失い、その企業は失敗する、ということだ。
サリバンさんのような〝身の丈〟のビジネスモデルが安全であることは間違いない、とイングラムさんも認める。だが、それには時間もかかるし、往々にして大きなビジネスにはならない、とも指摘する。
ビッグビジネスを作り上げたい、という人々もいる。そのためには、おおむね、未来を担保に金を借りる必要がある。
そして、ギガオム閉鎖の敗因について、イングラムさんはこう分析する。
バズフィードやヴォックス、ヴァイスなどのスケールと伍して、大規模に、マスを相手に成功していくには、私たちはある意味、小さすぎたし、ダニー・サリバンが言っているようなビジネスをやるには大きすぎた。私たちは、ある種の板挟み状態だったんだ。
これは、一種の「バーベル効果」だ:超小規模で、超ニッチな分野に徹底してフォーカスしていれば、間違いなく成功はできる。超大規模でマスをつかみ、膨大なコンテンツで急成長しているなら、やはり成功できる。だが、その中間にあるのは、死だ。死の谷。私たちは間違いなく、この死の谷にはまってしまった。
イングラムさんは、自らも15日付でメディアムに投稿を掲載。
ギガオムの死は、ニューヨーク・タイムズなど他のメディアに対して私が批判をしてきたことへの、因果応報だろう、と一人ならずの人から耳にした――多分、そうだ。正直、他の論評と同じぐらい、いい線をいっていると思う。
メディア関係者にとって、学ぶべき点は多い。
【追記】15日17時: リコードのピーター・カフカさんの記事と、マシュー・イングラムさん自身の投稿を追加しました。
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※このブログは「ハフィントン・ポスト」にも転載されています。
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