金持ちに売るパスポート、特典さまざまで今や小国の最大「資源」
2015/03/16 07:33 JST
(ブルームバーグ):カリブ海にあるセントキッツ島とネビス島から成るセントクリストファー・ネビス(以下セントキッツ)は2006年、大変な苦境にあった。サトウキビ農園が前年に閉鎖され、殺人発生率は世界トップクラス、債務負担は世界で3番目に重いという状態だった。マイアミから飛行機で3時間、人口4万8000人のこの国を知る人は少なかった。西インド諸島の中の小さな2つの火山島に、世界の富裕層が関心を持つ理由もなかった。実は同国は1984年から、投資と引き換えに市民権が得られるプログラム(投資による市民権付与制度)でパスポートをいわば「販売」していたのだが、あまり注目されることもなく国庫への収入にもつながっていなかった。
そこへ、スイス人弁護士のクリスチャン・カリン氏がやってきた。同氏のおかげで、セントキッツのパスポートは世界一の人気商品になった。なにしろここに一歩も足を踏み入れなくても25万ドル(約3040万円)を支払うだけでパスポートが手に入り、世界の132カ国にビザなしで渡航できる。資産や所得を詳しく開示する必要はなく、おまけに所得税もキャピタルゲイン税もない。プログラムの成功で世界金融危機からもいち早く抜け出したセントキッツに、国際通貨基金(IMF)の同国への使節団のトップであるジュディス・ゴールド氏は「大変身だ」と目をみはる。
こうしてカリン氏はセントキッツを世界的に有名にしたのだが、逆も然り。セントキッツが同氏を有名にした。ブルームバーグ・マーケッツ誌2015年4月号が報じている。セントキッツに出会うまで、カリン氏の法律事務所ヘンリー・アンド・パートナーズはウェルスマネジメントと移民についてのコンサルティングを手掛ける無名の事務所だった。チューリヒの小さな支店で働いていた同氏は、当時自慢できた仕事と言えば企業がスイスで事業を行うためのガイド本の編集だったと語る。
それがセントキッツの件で一変した。自分の国にも奇跡を起こしてもらおうと、世界各国の首相たちがカリン氏のもとを訪れた。資源が乏しい国のために、何もないところから収入源を創りだしたのはまさに奇跡だった。いわゆる投資家移民プログラムを通して富裕な外国人に在留許可を出す制度のある国は多いが、市民権を直接売るのは金融危機前のころはセントキッツとドミニカだけだった。今では5カ国がこれに加わり、さらに増えようとしている。
キプロスとグレナダは11年と13年にそれぞれ、投資による市民権プログラムを導入したが、両国に助言したのはカリン氏だった。同氏は13年にはまた、アンティグア・バーブーダのためにセントキッツと同様のプログラムを設計。14年にはマルタ向けのプランも作った。「こういうプログラムを検討している政府はほぼ全て、われわれに相談を持ちかけた」とカリン氏は述べた。セントルシアでは作業グループがヘンリーと他の法律事務所の案を検討している。アルバニア、クロアチア、ジャマイカ、モンテネグロ、スロベニアもプログラムを検討中という。
「要するに」とカリン氏は口癖のように言う。「投資と引き換えに市民権を提供しようという政府は増えている。国に相当の貢献をする人には市民権を与えてはどうか、というのは道理にかなっている」と同氏は語った。
06年11月のセントキッツのプログラム再設計をきっかけに、カリン氏はヘンリーを、市民権を売買可能な商品にするビジネスでの最大手に育て上げた。投資家がパスポートを買うために使った額は昨年だけでも概算で20億ドルに上る。新興国に富裕層が増えるのに伴い、需要はさらに増えるとカリン氏はみている。「移動の自由と身の安全の問題だ」と同氏は説明する。「自分の国が政治的に不安定で将来何が起こるかが見えにくい場合、代わりの選択肢が欲しくなるだろう」。
ヘンリーは株式非公開でカリン氏は収入については語らなかったが、14年末までに市民権または在留許可を使って促した直接投資額は数十カ国を合わせて40億ドルに上るという。好みのパスポートを買う場所や方法について、数千人の億万長者らにアドバイスし、全当事者から手数料を受け取った。カリン氏は昨年、42歳でヘンリーの会長に就任した。
カリン氏のビジネスに対する批判もある。金持ちの脱税を容易にするほか違法に金を稼いだ人に安全な隠れ家を提供するというのだ。ワシントンの団体、グローバル・ファイナンシャル・インテグリティのプレジデント、レーモンド・ベーカー氏は「ここ50年の間に人々が金を隠すのに役立つ影の金融システムができ上がったが、また新しい隠し方が加わった」と苦言を呈した。
「どんな業界にも、高い専門技能を持った人間から、底辺には詐欺師や愚か者まで、いろいろな人間がいるものだ」とカリン氏はコメントした。
しかしパスポートビジネスはどんな業界とも違う。そもそも、市民権を売ったり買ったりできるものにしていいのかという道徳的な問題がある。カリン氏もそれは認め、「微妙なところだ」と述べた。
この微妙さに加え、犯罪者やテロリストが2つ目のパスポートを取得するというリスクがある。米財務省は14年5月に、核開発問題での貿易制裁を逃れようとするイラン国民がセントキッツのパスポートを取得したと警告。11月にはカナダ政府がセントキッツからのビザなし渡航を禁止した。
セントキッツは翌月に、12年1月から14年7月までに発行したパスポートのリコールを発表。パスポートを返還させ、従来は記載していなかった出生地とパスポート取得前に使っていた氏名を明記したものを再発行した。
また、租税回避地についての著書のあるニコラス・シャクソン氏は、こうしたプログラムが貧しい国々に汚職を生むと指摘する。これについてカリン氏は「残念ながら、どのプログラムにもある程度、汚職の傾向はある。しかし、当事務所と私はいかなる国の政府当局者にもいまだかつて一文だって払ったことはないことを言っておく」と述べた。
ブルームバーグ・ニュースは昨年6月に、セントキッツのパスポートを仮想通貨のビットコインで買えるという記事を掲載したが、セントキッツの市民権当局はその後に支払い通貨としてビットコインは受け付ないと発表。仮想通貨でパスポートを買うことはできない。
原題:Passport King Helps Poor Nations Turn Citizenship Into Resource(抜粋)
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記事に関する記者への問い合わせ先:東京 Jason Clenfield jclenfield@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先: Daniel Ferrara dferrara5@bloomberg.net 木下晶代
更新日時: 2015/03/16 07:33 JST