今日の横浜北部は朝から曇っておりやや寒いですが、どうやら雨は降らないようで。
さて、さて、先週の生放送(
http://live.nicovideo.jp/gate/lv211610705)でも触れたトピックを再び要約してみました。
基本的な論点は、「アメリカがロシアに起こっている経済制裁は効かない」というものです。
論者たちはその理由を5つ挙げて詳細に論じているのですが、こういう戦略的な議論は、それに賛成するかしないかは別として、なかなか見られないので貴重かと。
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なぜロシアへの経済制裁は失敗するのかBy サミュエル・シャラップ&バーナード・スーシャー (NY Timesより)
●米政府は、ロシアへの経済制裁を「プーチンの対ウクライナ政策を最終的に変えさせることのできるコストの安い政策」だと見なす傾向がある。
●ところがこのような「常識」は、本当にかかる大きなコストを見えなくしてしまうものだ。
●これは
パキスタンでテロ容疑者を無人機を使って狙い撃ちしているのと同じだ。実際は逆効果で、イスラム戦闘員を消滅させるよりもむしろそれに参加したいと考える人間を増加させている可能性があるからだ。
●経済制裁の推進者たちも、自分たちの政策が生み出す意図しない政策を考慮に入れていないように見える。
経済制裁はアメリカにとって、ウクライナにおけるクレムリンへの侵攻よりもはるかに大きなダメージを与える可能性が大きいからだ。
●第一に、ウクライナにおける行動にたいしてロシアに通商・金融面で制裁を課すと、グローバル化したシステムの構築者であり、そこから最大の利益を得ている国であるアメリカは、ロシアが冷戦後にそのシステムに統合された状況を搾取していることになる。
●1億4千万人のロシア国民をグローバルな世界経済のガバナンスの勢力圏に組み込むことになった長年にわたる相互利益の進化は、今回の制裁によって行き詰まりを見せることになる。
●たとえ経済制裁がクレムリンの態度が変えることができて成功し、これを解除することになったとしても、
アメリカがロシアをグローバル経済に組み込もうとする目標は根本的なところからくずれてしまうことになる。
●第二に、今回の経済制裁の使用によって、
他の国々はアメリカ主導のグローバルな金融システムに組み込まれるのを戦略的に警戒するようになる。
●ロシアのウクライナ併合の結果やプーチンの最終的な運命がどのようになろうとも、アメリカと同盟を組んでいない国々は今回の件から「努力して獲得した制度への統合も、いざという時は自分に不都合な方向に使われることがある」と学んだのだ。
●第三に、経済制裁によってロシアの国営企業やその関連企業、それにプーチン氏の取り巻きたちに対してダメージを与えたことは明白ではあるが、
ロシア国内の独立系の民間企業にたいする付随的(コラテラル)ダメージはそれ以上にはるかに深刻だ。
●政治的な保護のない会社の売上は激減しており、金融へのアクセスもなく、投資などは半永久的に無理な状況だ。とりわけロシアのEUやアメリカとの統合にかけていた企業にとってその打撃は最も深刻だ。
●また、その深刻な打撃を受けたものの中には
ロシアで活発に活動していたアメリカの投資家もおり、このような事態を自らの身を持って目の当たりにしている。
●ロシアの小規模な起業家たちの中でも、最も西欧化を推進していた人々は、国家の保護を受けることができないにもかかわらず、国営銀行やエネルギー企業は国家の資金へのアクセスがあるために引き続き国家に守られるのだ。
●第四に、すでにロシア経済が落ち込み始めていた時に西側が経済制裁を課すことによって、
プーチン氏はウクライナでの有害な決定に対する批判を西側のせいにすることができたのだ。
●クレムリンの「国家資本主義」はすでにほころびはじめており、プーチン氏自身がつくりあげた地政学的な激変がなくても経済状況は悪化していたはずだ、
●ようするに
アメリカの経済制裁は最高のタイミングで行われたのであり、ロシア国民に対して経済悪化の原因について混乱させる「アリバイ」を提供することになったのだ。
●第五に、特定の人物たちを狙い撃ちするような経済制裁のやり方を考えても、
一般のロシア国民たちはそれが自分たちに向けられたものであると感じ、自分たちがインフレやルーブルの暴落、そして経済成長の鈍化などの形でその制裁の結果を被ることになると考えるものだ。
●「自分たちが狙われている」というロシア人の感覚は、「愛国心の高揚」という現象を生み出しており、これはある意味で当然のことだ。プーチン氏の過去最高の支持率がこの結果の一つであり、もうひとつは政府を批判する声がほぼ消滅してしまったという点だ。
●あいにくだが、先日の反政府派のリーダーであるボリス・ネムツォフ氏の追悼集会はこのような事態の変化にはつながらないだろう。
●もしロシアがここ数ヶ月や数年でさらなる経済状況の悪化に直面することになると、アメリカはすでに抱えている問題に加えてさらに困難な問題を抱え込むことになる。
●ロシアは経済状況が悪化すれば、さらに敵対的な態度をとるようになるはずであり、さらにいえば、
ロシアのさらなる沈滞によってEUの経済も悪化し、それが世界経済にも悪影響を及ぼす可能性も出てくるからだ。
●アメリカ政府はロシアに対する措置として経済制裁を中心に据えることに決定したが、これはオバマ大統領にとって、これを簡単にやめることができなくなったということを意味する。彼はこれを全体的な交渉の一つの手段として使わければならないのであり、これにはギヴ・アンド・テイクが伴うのだ。
●第一回目の経済制裁はたしかに納得できるものであった。クリミア併合によってロシアは国際的な規範を破ったたけでなく、数十年間にわたるはなはだしい違反を決定的にしたからだ。
●アメリカはこのような違反を許すことによってロシアが危険な前例となってしまうような事態を避けるような行動をしなければならなかった。よって、
ロシアがクリミア併合から利益を得るのを阻止するためのクリミア限定の経済制裁はたしかにその目的に合致していた。
●また、ロシアは明らかにウクライナ東部で国際規範に反していたが、そこではクリミアとは違って近い将来には西側と手打ちをできるような状況にあったのだ。
●また、さらなる制裁はロシアの裏庭におけるより広範囲な戦略目的を変化させることはない。多くの政治家たちはプライベートな場ではこのことを認めるのだが、なぜ公式にそれを認めないのかを問いただすと「
制裁以外に何ができるって言うんだい?」と答えるのだ。これはたしかに理解できる反応だ。
●ウクライナ東部での反乱に対するプーチン氏の支持を阻止するための実質的な手段は存在しなかったのであり、そこで唯一残っていた選択肢は、クレムリンが守る手段をもたない人々にたいして被害を与えるのを制限し、さらには広範囲にわたる冷戦時のような危険な紛争を避けるために交渉を行うことであった。
●ところが先月にミンスクで行われたように、
ウクライナだけのことを扱う交渉というのは、うまく行ったとしてもロシアと西側の間で一時的な停戦状態を実現できるくらいだ。
●この紛争を解決できるのはより広域な地域安全保障についての合意だけである。そして経済制裁の解除はこの合意を守らせるための交渉材料として使うことができるのだ。
●それができないことになると、
唯一残されているのはワシントンとモスクワの紛争をエスカレートさせるような広範囲にわたる制裁という選択肢だけであり、しかもそれはロシアの経済や政治に影響を与えながらもアメリカの国益にも反するような影響を出すことになる。
●プーチン氏はロシア経済に対してさらに大きなコントロールを獲得することになり、国民を支持をさらに集め、近代化してグローバル経済に統合されたロシアへの道は閉ざされることになる。
●
このようなリスクを認めることは、ロシアの侵略的な態度を認めることにはならない。これは無人機による攻撃に反対することがテロリズムの支持を意味しないことと同じであり、経済制裁の戦略面でのコストを強調することはプーチン氏にたいする宥和ではなく、効果的な政策づくりのためだからだ。
●ここで冷戦直後の状況を思い起こすことは有益であろう。
●当時のアメリカは、ソ連崩壊の影響でロシアが国内的に混乱状態に陥ることで、アメリカは悪夢のシナリオに直面した。なぜならロシア政府は財政破綻しており、領土や大規模な核戦力を支配する力が失われつつあったからだ。
●当時のワシントン政府は、
ロシアがアメリカの国家安全保障にとって最悪の脅威を及ぼすことになると結論づけていた。この判断は今日でも通用するものではないのだろうか?===
このような議論は一見してロシアやプーチン氏に対して「融和的」とみられることから政治的には保守層からは批判を受けそうですね。
まあ実際に著者の一人はロシアで投資を行っている人物ですので、このような批判が行われても文句の言えない部分はあるかと。
ただしより重要なのは、国際関係論の世界では経済制裁が効くか効くか効かないかが以前から大きな議論になっておりまして、
この本によれば経済制裁について研究している学者たちは3つの派閥にわかれて議論しているといいます。
その3派とは、
1,効かない学派
2,シンボルでしかない学派
3,効く学派
でありまして、1の「効かない学派」の有名な論者としては、たとえばタフツの「変人リアリスト」と噂されている
ダニエル・ドレズナーなどが挙げられます。
まあ経済制裁は結局のところは一つの手段でしかなく(上記の本では大戦略のうちの一つ)、軍事も含めたあらゆる手段との連携からやらないと意味がないということになります。
アメリカのロシアに対する制裁も、結局のところはミアシャイマーの言葉を借りれば「
大国政治の悲劇」のうちの一つですから、このような状態はだらだらと続けられるんだろうなぁというのが私の率直な感想です。
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▼ビジネスと人生に活かす『クラウゼヴィッツ理論』
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