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平兵士は過去を夢見る 作者:丘/丘野 優

第1章 プロローグ、及び村でのこと

父は息子の夢を追いかける 2

 これは――誰の夢だ。
 一体誰の――。
 分からない。
 ただ、俺が・・いる。
 俺が、出てきている……。

 ◆◇◆◇◆

 生まれてから5年が過ぎ、俺は改めて自分の住んでいる村の美しさに気づいた。
 森を切り開いて作られた、小さく平凡な村。
 どこにでもあるけれど、あの時代、どんなところにもなくなってしまった、平穏な風景。
 俺はそのかけがえのなさを知っている。

 そんな森の中を、俺は歩いた。
 そこらに生えている植物を見ては、元気がなさそうなものに魔法をかけていく。

 そうだ。
 俺は魔法が使えるようになった。
 前世では使うことのできなかった、回復魔法と浄化魔法をだ。

 前世において、それは信仰深い司教たちしか使用することはできず、俺は当然使うことはできなかった。
 けれど、彼等に聞いた話を俺は覚えていた。
 その使用のための必要条件、それは神を深く信仰すること、祈ることだった。

 俺は今世において、その言葉に従い、生まれたときから毎日欠かさずに祈ってきた。
 その結果が、今、出ている。

 もちろん、その威力たるやかなりしょぼいものだが、いつかはかつての司教たちのように、大けがを一瞬で直せるようになりたいものだ。
 ちなみに、両親たちには内緒にしている。
 いつかは明かさなければと思うが、それは今ではないだろう……。

 そんな風に過ごしていると、よく村人たちに話しかけられた。
 子供をあまり遠くに行かせないための配慮だろう。
 小さな村だ。
 そうやって村ぐるみで子供を育てる。
 そんな文化がここにはあった。

 ただ、子供たちには遠巻きにされていた。
 村の子供の元締たる、ガキ大将的な存在に俺があまり好かれていないからだ。
 おそらくは、俺のどこか子供らしくない部分を本能的に感じ取っているのだろう。
 いじめる、とかそういう感じではなく、奇妙なものを見るような目で俺を見ているのを感じる。

 前世において、俺は村のガキ大将を務めている男とは酒を飲み交わす仲になったこともあり、できれば今回も仲良くしたかったのだが、こうなってはそれも難しい。
 少し寂しい気もするが、しばらくはこのままだろう。
 何か機会があればいいのだが……。

 ただ、そればかりにもかまけてはいられない。
 なぜなら、そういうことよりも大事なことがあるからだ。
 俺はこの村を、そして世界を救うつもりなのだから。

 かつて滅びた村を、そして国を。

 そのために、毎日修練に励むのだ……。

 強くなれば、親父から森に入る許可も得られる。
 親父は俺に言った。
 自分に一撃入れることが出来れば、森に入る許可を与えてやると。

 そうすれば、できることも増える。
 魔法の実験も、したいことがある。

 魔法は回復・浄化魔法以外にも色々あるが、一般に攻撃魔法と呼ばれているものは、ある程度以上の魔力を持たないと使うことができないというのがこの世界での常識だ。
 そして、魔力を魔術師として活動できるようなレベルで扱えるような者は、国の調査により発見され次第、保護され魔法学院へ入れられることになる。
 俺は前世、そこに入ることは出来なかった。
 ただ、今回は違う。

 なぜなら、俺は、毎日魔法の訓練をすることにより、生来の魔力量を魔術師になれる程度まで上昇させることができるという事実を知っているからだ。
 これは現在、世界では誰も知らない、未来の知識である。
 この知識に基づいて、俺は出来るだけ早く魔術の練習をする必要があり、そのため、俺は出来る限り森に入れるようならなければならないのだ。
 まさか村で攻撃魔法をばんばんぶっ放すと言う訳にもいかないだろうから。

 ◆◇◆◇◆

 村を散策し、家に帰ると母さんが機嫌よさそうに料理を作っていた。
 聞けば、親父が帰ってくるらしい。
 それは俺も楽しみなことだった。

 親父にも母さんにも、俺は返しきれない恩がある。
 前世で兵士になったとき、武具を贈られたのだが、王都の鍛冶師にその出来を尋ねたら、とんでもない業物だと言われたのだ。
 あの武具が最後の瞬間まで、俺の命を守ってくれたのは間違いがない。
 だから、この二人には感謝している。

 翌日の早朝、親父は帰ってきた。
 二人はその仲の良さを俺にいかんなく見せつけてくれたが、まぁ、両親の仲がいいのは悪いことではないだろう。

 そんな平凡な日常が、俺の現状だ。
 涙が出てくるくらい、幸せな日々。

 これを、俺は守らなければならないのだ。

 そう、思った。

 ◆◇◆◇◆

 朝食を終えた後、王国支給のミスリル鎧ではなく、自前の魔物皮の鎧を身につけた親父は俺を森へと連れ出した。
 親父は帰宅すると、いつもこうやって森に入り、魔物を狩るのだ。
 母もそれを楽しみにしている。
 俺もそうだ。
 何せ、森に入れるのだから。

 ただ、今日森に入ったのは俺と親父だけでなく、もう一人――村のガキ大将たる少年、テッドも一緒だった。

 テッドは村一番の猟師グスタフの息子だが、猟師であるグスタフをしても森に足手まといを連れて行くのは出来る限り避けたいらしい。
 森には魔物がいるから、当然のことだが、親父はその点、魔物などものともしない実力がある。
 だからグスタフも息子を安心して任せられるわけだ。

 森は暗く、高く延びた木々が太陽の光を地面まで通さない。
 そんな中を歩くのは、親父はともかく、俺やテッドにとってはきついものがあった。
 ただ、俺はそれでもそういう環境に慣れている。
 吐きそうなくらい辛い状況を何度も乗り越えてきた過去がある。
 だから、テッドよりは我慢強くはある。
 しかし、テッドにはそんな経験があるはずもない。
 だから、少しでも気を紛らわせようと話しかけてみた。

 すると、やはりテッドは俺を警戒しているようで、何ともいえない表情で返答してくる。

 そのぎくしゃくとした様を見ていた親父は、豪快なことに、俺とテッドに、お前らはお互い気になりすぎてそうなっているのか、つきあいたいのかなどと冗談を言い始めた。

 さすがにそれはないとテッドと二人で否定したのだが、その際勢い余って、俺もテッドも、好きな人の名前を叫んでしまう。

 しかもその名前というのが二人そろって、村の女の子、カレンであり、お互いなんとなく気まずい感じになってしまった。

 けれどテッドは、そんな風に秘密を共有することになってしまったから腹がくくれたのだろう。

 一緒に秘密を抱えるものとして、友達になるかと手をさしのべてくれた。

 それがうれしくて、俺はつい涙を流してしまう。

 テッドは俺をあわてて慰めにかかり、ふっと笑った。

 俺はこの際、どうして俺のことを避けていたのか聞いてみようと思い、

「どうして、俺のことを変な奴だと思っていたんだ?」

 と聞いた。
 そうしたら、テッドは驚くべきことを言ったのだ。

「お前、魔法使えるだろ?」

 魔法を使えることを隠してきた俺にとって、それはまぎれもなく爆弾だった。

 ◆◇◆◇◆

 ただ、現実にはテッドの台詞はそこまで心配することでもなかったようだ。
 テッドは軽く、今度俺にも魔法を教えてくれよと言ったがそれだけだったからだ。
 別に陰謀とか考える年でもないのだから、こんなものなのだろう。

 そもそも、俺は今後世界を魔族から守るために、自分の秘匿している技術を伝えていかなければならない。
 そのことを考えれば、その第一号がテッドであるというのは悪い選択肢ではないようにも思えた。
 彼は、ガキ大将をやるだけあって、口の堅い男だった記憶がある。
 だから、別にこのタイミングで、俺が魔法を使える、という事実を知られても、それは構わない。
 ただ、俺の使えるような魔法を教えていいのかどうか、というのはまた別の話になるが、それはまた後で考えればいいことだ。
 ただ、それでも俺が魔法を使える、ということは人に言ってはいけないことは、しっかりと口止めしようとは思ったが。
 なにせ、魔法自体、この時代では多くは国がその秘密を独占している技術なのである。
 それを辺境の村の子供が知っている、というのはあまりよろしくない事実だろう。

 そんなことを考えながら森を歩いていると、突然、親父の怒声が聞こえた。

「来るぞっ!」

 何がとは聞く必要がなかった。
 それは魔物以外の何者でもないことは、状況的に明らかだったからだ。
 ただ、実際にその魔物と相対して、それが予想外だと感じたのは、その魔物があまりにも大物だったからだ。

「クリスタルウルフ……」

 狼を巨大にし、水晶で装飾したようなその魔物を俺はかつて戦場で幾度と無く見たことを思い出す。
 その恐ろしさも、よく知っている。

 魔物と魔族は厳密には異なる存在で、かつて人類が争っていたのは魔族だ。
 そしてクリスタルウルフは魔物であり、戦場にたまにやってきては、人類魔族両陣営を蹂躙したものだから、複雑な思いがある相手でもあった。

 この場において、目の魔物は敵の位置にいる。
 本来ならさっさと逃げるべき状況だ。

 けれど、ここには親父がいた。
 魔の森の主語兵士たる、親父が。

 親父は魔剣士と呼ばれる特殊な技能をもった戦士であり、とてつもなく強い。
 実際、目の前でクリスタルウルフと戦い始めた親父は、拮抗する戦闘を披露した。

 けれど、親父にしてみればその状態こそが予想外だったらしい。
 通常ならクリスタルウルフは一撃で親父の剣に沈むはずだったようだ。

 にもかかわらず、戦いはなかなか終わらなかった。

 そして、ついにクリスタルウルフはその切り札を使う。

 クリスタルウルフの体が奇妙な揺らめきと光に包まれ始めたのだ。

 それが何と呼ばれるものなのか、俺は知っていた。

 魔力暴走スタンピードと呼ばれる、魔素を持つものすべてを消滅させる荒技である。
 けれど、使用するとそのクリスタルウルフは能力が一定期間落ちると言うことも未来では明らかになっており、諸刃の剣である部分もあった。

 ただ、この場においてはただただ危険な技でしかない。

 そのことに気づいた親父は一瞬で逃げるべきと判断を下し、俺とテッドを小脇に抱えて走り出そうとした。

 けれど俺は知っていた。

 これを止められるかも知れない、方法を。

「……止める手段があるなら止めないと」

 そうして、俺は親父の脇からするりとぬけだし、クリスタルウルフの前に立って叫んだのだった。

「クリスタルウルフ! 聞いてくれ!」
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