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平兵士は過去を夢見る 作者:丘/丘野 優

第1章 プロローグ、及び村でのこと

父は息子の夢を追いかける 1

 遠い微睡の向こうで、誰かが夢を見ていた。

 それは、悲しみと――そして、救いの物語の夢だった。

 これは誰の夢だ――俺の?

 いや……これは……。

 ◆◇◆◇◆

 ――あぁ、これで世界が救われるんだなぁって。

 そう思った瞬間だ。
 自分の胸から銀色の鋭い鉄の塊が伸びているのを発見したのは。

「……え?」

 驚いて、そんな言葉しか出なかった。

 え?

 なんて。
 もっと気の利いた台詞が出てくるもんなんじゃないのかな、こういう時ってさ。
 神様だって、こういう時くらい、贔屓してかっこいい台詞を言わせてくれてもいいんじゃないか。
 そう思う。

 でもな。分かってる。仕方ないんだよ。

 あっけないものなんだ。びっくりして目が飛び出てくるくらいさ。
 とんでもなく、あっけないものなんだ。

 何年も続いた戦争。
 その中で、沢山の知り合いが命を落としていった。
 中には、親友だっていたし、結婚しようってプロポーズした相手もいたんだ。
 はじめの頃は、俺たちは絶対に死なないんだって、そう思ってた。
 どうしようもないほどの、全能感っていうかさ。今思えば、まず間違いなく気のせいだったんだろうけど、でもさ。

 とてつもなく、明るい時代が来たと思って、浮かれてたんだ。
 俺たちは、絶対に勝つって、そう心の中から信じられるほどの。

 ある日英雄が、伝説の武器を持って俺たちの国に現れるなんて、まるで物語の中みたいだって、そう思ったんだ。

 勇者、聖女、大魔導、精霊王。

 期待したっておかしくない面子だろ?
 そりゃあ、期待したさ。

 だけど現実は残酷なもんでさ。
 彼らがいたって、兵士は死ぬんだ。
 メルロも、ヒルティスも、ケルケイロも、もう帰ってこない。
 帰ってこないんだ。

 なのに、俺だけがみっともなく生き残って、最後の最後まで着いて来て。

 復讐心だけ引っさげて血反吐、吐くくらい頑張ってついてきたんだ。

 そうしたら、目の前で見れた。

 勇者が、聖剣をもって、人類の悲願を達成するところを。

 圧巻だったぜ。
 輝いていたんだ。勇者も、剣も、空気もさ。

 だから思ったんだ。

 ――あぁ、これが世界が救われるんだなぁって。

 だから、思わなかったよ。
 こんなところで敵の残党にぶっ刺されてるなんてさ。

 そんなわけで、俺、世界国家連合魔王討伐軍一兵卒、ジョン=セリアスは、すっきりさっぱり、死にましたとさ。

 はは。笑えないな。

 そう思って、俺の記憶は途切れた。

 それからしばらくして、明晰なようでいて、ぼんやりとした意識を取り戻した俺は、思った。
 さっきまでのあれは――長い夢だったのかもしれないな、と。

 空は暗く、世界は闇に包まれ、人は死に、魔が闊歩する。
 そんな時代の、かなしい夢で。
 だから全ては嘘だったのかも、と。

 でも。

 ぱちり、と目を開いたそのとき、俺には、はっきりとそれが夢じゃなかったんだってわかった。
 分かってしまった。
 あれは、確かに存在したことだ。
 事実だ。
 まるで夢にしか思えない、夢としか思いたくない苦しくてつらい記憶なのだとしても、確かにあったことなんだ。
 そんな風に。

 そしてそれは、ある意味では救いでもあった。
 だって、そうじゃないと、俺は顔向けができないから。
 戦って死んでいった仲間たちに。
 命を懸けて守った人々に。
 そして、弱いくせにどこまでも死ぬ気で頑張った自分自身にも。

 そう。
 あれは、あったこと。
 確かに存在したこと。

 俺はあの伝説の英雄達に率いられ、魔王城に突入し、勇者が魔王を倒すところを目撃し、そしてその残党にすっきりさっぱり殺されたんだ。

 それが、過去存在した、確かな事実だ。

 だから、今目の前にある光景は、よく解らない、不思議なものだ。

 ――どうして魔王軍に破壊された俺の家が今もまだ存在している?

 ◇◆◇◆◇

「――ジョン? どうしたの? そんなまるで狐に摘ままれたみたいな顔して……」

 不思議そうな顔で俺を見つめているのは、若い娘だった。
 しかし、まるで幼馴染のような、と言いたくなるくらいの年齢に見えるこの人は別にそんな相手ではない。
 この人は、あの戦争が始まってからは見たこともないくらいに穏やかに微笑んでいるこの人は、俺の母親・・・・だ。

 若いころの母さんなんて絵画にでも残しておいてくれなければどんな顔をしてたかなんて、親父や、じいさんばあさん、それに昔からの知り合いの思い出話くらいでしか知りようがないが、こうやって実際に対面すると驚くものだ。

 ――若いころは綺麗だったのよ!

 なんて、まるまる太った母さんから何度も聞いた台詞で、まぁ昔話で盛るくらいは別にいいだろうと聞き流していた。
 小さいころの記憶は遠く、物心ついたころには既にかなりの重量級の体型をしていた母さん。
 しかし、現実にそうなってしまうよりもほんの少し前は、本当に線の細い御嬢さんだったらしい。
 まぁ元々、王都で手広くやってる豪商の末娘だったとは聞いたことがあった。
 だから、ある意味納得ではあるのだが、それにしてもこれが数年でああなってしまうのかと想像するとため息が出る。

「……? 今度はまた随分と厭世的な顔をしてるわね……? この年頃の子ってこんなに表情豊かだったかしら……まぁいっか。ほら、ご飯の時間よ」

 そう言って、彼女は着ている服の胸元をはだけはじめる、

 なぜそれがご飯になるか?

 そりゃあ、もちろん。

「……ばぶぅ……」

 俺が赤ん坊だからだよ。

 ◇◆◇◆◇

 そのことに気づいたのは、目が覚めてからしばらくのことだった。

 自分の体の不自由さ――なぜか動かない首、それにいまいち力の入らない手足――は、俺が魔王軍の兵士に後ろから刺されても奇跡的に助かったが、なんらかの後遺症が残ったからだ、と少しの間思っていた。
 しかしそれでも、目は見えていたし、ぎょろぎょろと動かせば忙しなく人が動いているのが分かった。
 だからしばらくの間、きっとここは病院か何かで、俺は患者なのだろうと、そう思っていた。

 重症の患者は戦争の後期になるとほとんどが戦場の理に従いその場で楽にしてもらうことになっていた。
 一兵卒に過ぎない身であれば尚更だ。
 だから刺されて気を失った俺の運命もほとんど決まったものだと思っていたのだが、よくよく考えてみればその対応は物資も人員も欠ける上、病人の看病などしている暇もないような極限状況だったからとられていた対応であって、魔王が勇者によって倒されたのならとる必要のなくなるものだ。
 それに、現実問題として、人間はその数を減らしすぎた。
 年頃の男は殆どが徴兵されたし、その道行きの先には余程の強運の持ち主でなければ死が待っていた。
 戦争が始まって以来、人口は減少するばかりであり、その意味でも人類はジリ貧だったのだ。
 だからこそ、死んでいく男と言うのは惜しい存在だった。
 戦争が終われば、人を増やすことが国家として必要になってくる以上、たとえ俺のような一兵卒であっても死なせる訳にはいかないという判断だったのだろう。

 魔王の住む城に向かうにあたり、俺たち世界国家連合魔王討伐軍は、高価な武器や薬剤を大量に持ってきていた。
 それは一兵卒である俺に至ってもだ。

 なにせ、総力戦の最後の一手だ。
 物資も兵力も状況も、何もかもがこの戦いで敗北すれば人類は終焉を迎えるという事を物語っていた。
 今さら、伝説級であったとしてもアイテムをけちけちして負けるようでは結局無駄になるのである。
 ならば使ってしまえと、そういうことだったらしい。
 太っ腹、と言うよりはなりふり構っていられなかったと言うのが正直なところだったのだ。

 まぁ、そういう意味で限界に近かったのは魔族も同様だったが。
 だから、つまり俺にはそういう非常に高価で効力の高い薬剤が投与されたのだと思った。
 だからこそ、俺は死なないで済んだのだと。

 3級ポーションなんて、平時であれば金貨何枚なんだという物も信じられないくらいの量が集められていたくらいだし、もう魔族との戦なんてないのだと考えれば一兵卒である俺に対して使ってくれることもあるのかもしれなかった。
 だから、これは全然おかしくないことで、まぁ、数日もすれば起き上がれるだろう。
 そう思っていた。

 けれど、その考えは結果的に間違っていたことを俺はすぐ知ることになった。
 それは食事のとき、どこか見覚えのある若い娘が――つまり俺の母さんが「ご飯よ、ジョン」と言ったときであり、軽々とその娘に体を持ち上げられたその瞬間でもある。

 果たして、俺の体はこれほどにまで軽かっただろうか?

 そんな疑問が発生すると同時に、色々なことが気になり始めた。
 目の前の娘は、誰かに似ていないだろうかと。
 すごく近しい――そう、いつも鏡を見ると目に入る――俺に何となく似てないだろうか。
 目元など、そっくりではないか。
 いや、そもそも、少しふっくらさせれば、俺の母さんに似ているような……?
 というか、今俺がいるこの部屋。
 ここってなんとなく見覚えがあるんじゃないか?
 病院、という感じでもないし、先ほどちらっと目に入った絵は確か実家に飾られてたものに似ているような。

 しかしそこまで考えても、まだ状況を把握するには至らなかった。
 目の前にいる娘は確かに母さんにも俺にも似ていたが、いかんせん若すぎるし、部屋も、実家に似てはいるが、俺がつけた筈の傷とかも見えない。
 だから、似ているけどやっぱり違うのだろうと、現実逃避にも似た気持ちで否定していた。
 だけど。

 どたどたとした音と共に、部屋に誰かが近づいてくる気配を感じた。
 足音からして、多分、男だろう。
 その人物は部屋の前まで来るとドアを開けて入ってきた。
 一体誰が来たのかと、俺は視線を部屋の入口の方へと向けた。
 そして、その瞬間、俺は悟った。

 ここは――あぁ、ここは、まごうことなき、俺の家なのだと。

「おぉ、その子がジョンか! エミリー、俺にも抱かせてくれ!」

 そんなことを言った男。
 その視線は俺に固定されており、なるほど「ジョン」とは、はっきり俺のことを言っているのだと理解できる。

 しかも、その顔には、見覚えがあった。
 懐かしい、その顔。
 戦争の初期に、砦で戦いそして亡くなったはずのその男。
 それは、俺の父親――アレン=セリアスその人に他ならなかったのだから。

「あら、アレン。随分早く帰ってきたのね」

 母さんが、父さんにそう言って微笑む。
 失われた風景。
 幸せで、もう戻ってこないはずだったそれ。
 俺は涙が抑えられない。

「……うえーん」

「お、おい! 俺の顔を見て泣いたぞ!」

「あなたの顔、怖いから……熊みたいだものね」

「そんな! 俺は父親だぞ!」

「父親でも熊は熊よ。怖いわ」

「お前まで……」

「ふふ。ほら、ジョン。泣かないで。お父様よ」

「そうだ! お前が生まれたからと、休暇をもらって帰ってきたんだぞ! 泣かないで笑ってくれ」

 二人は楽しそうに、幸せそうに俺をあやしている。
 そんなことをされればされるほど、涙が止まらなくなってくるのだが……これはもう仕方のないことだろう。
 失われた景色が、今ここにある。
 どんな奇跡もかすむような事実が、俺の手に。

 ふと、俺は自分の手を見てみた。
 まるっこい手だ。剣をただひたすらに振り、血豆をつくっては潰してきたあの固い手ではない、ふわふわのマシュマロのような手がそこにはあった。
 母が撫で、それに続いて父もそれにガラス細工を扱うような手つきで触れる。
 家族の感触がした。
 母の手はさらさらと優しく、父の手はかつての俺の手のようにごつごつと固い。

 父は、兵士だった。
 国境に近い魔の森を守護するための砦に務める守り人として、その人生の大半をそこで過ごした人だった。
 勤勉であり、また剣の腕も飛び抜けていて、人望もある、そういう人だった。

 だから俺はその後を追おうと、兵士になった。
 俺は、この人に追いつけたのだろうか。
 この人に誇れる人間になれたのだろうか。
 そんな感情が、本人を目の前にすると湧いてくる。

「……ばぶ……」

 声にしてみようとしても、そんな言葉にもならない声しか出ない。
 仕方があるまい。そうだ。俺は今は……まだ喋れない。そういう年頃なのだろうから。
 ただ、いつか、聞いてみようと思った。
 俺のかつて過ごしたあの兵士としての一生は、貴方に恥じないものだったのかと。
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