バチカンの暗部といわれるのが、法王庁の資産を管理・運用してきた宗教事業協会、通称「バチカン銀行」だ。マフィアなど闇の世界の資金洗浄(マネーロンダリング)に使われているとの疑惑が絶えない。現法王フランシスコは、その改革にも取り組むが、文字どおり「命がけ」だともいわれる。
サンピエトロ広場に一歩足を踏み入れれば、そこはイタリア捜査当局の手の届かない別の国、バチカン市国だ。イタリアのマフィアや保守政治家にとって、税逃れの手段として「うまみ」がある。
バチカン銀行が生まれるきっかけとなったのは、1929年のラテラノ条約だ。独立国の権利を得るのと引き換えに広大な法王領を放棄した。その見返りにイタリア王国から賠償金として支払われた現金7億5000万リラが原資となった。
71年にバチカン銀行総裁となった米国人の大司教ポール・マルチンクスは、伊アンブロシアーノ銀行の頭取ロベルト・カルヴィらと組み、資金洗浄や不正融資を行ったとして捜査対象となった。
78年に就任した法王ヨハネ・パウロ1世は、バチカン銀行の改革を表明した。だが就任34日目の9月28日、宮殿内で急死してしまう。法王はマルチンクスの更迭を決めていたとされる。翌年には、バチカン銀行について調べていたイタリアの捜査担当者らの暗殺が相次いだ。
アンブロシアーノ銀行は82年に破綻(はたん)。直前に国外逃亡したカルヴィは、ロンドンのテムズ川にかかる橋の下で「首つり死体」で発見された。
その経緯は90年の米映画「ゴッドファーザー・パートⅢ」でも描かれた。
長年の醜聞を調査報道で裏付けたのが、伊ジャーナリスト、ジャンルイージ・ヌッツィの労作『バチカン株式会社』だ。内部告発者から遺言とともに託された4000点を超す資料をもとに1年かけて取材。イタリアで7期首相を務めた保守政界の大物ジュリオ・アンドレオッティの巨額の裏金が、バチカン銀行を介して資金洗浄されていたことを暴いた。
ローマ市内で会ったヌッツィは、「20世紀に行われたバチカン改革は、すべて失敗だった。ラツィンガー(前法王のベネディクト16世)も試みたが、官僚組織の抵抗に阻まれた」と話した。
「貧者の教会」を掲げるフランシスコにとって、バチカン銀行の透明化は優先課題のひとつ。それまでなかった年次報告書を発表し、総裁も記者会見を開いた。国際的な監査法人とも提携。バチカン銀行がイタリア国内の銀行に持つ口座の捜査に乗り出し、資産2300万ユーロを押収したイタリア司法当局にも協力する姿勢だ。マフィアに対しても「破門する」と厳しく対応する。
ヌッツィは「ベルゴリオ(法王フランシスコ)は正しい道を進んでいる」と評価するものの、「数百年続いてきたことを、わずかな期間で完全に変えることなどできない」という。フランシスコが命を狙われる可能性も指摘する。イタリアのマフィア捜査の検事も、同じ懸念を表明している。
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2010年のバチカン市国の決算によると、歳入は2億5589万ユーロ(約328億円)、歳出は2億3484万ユーロ。同じ年の法王庁の決算は、歳入2億4519万ユーロ、歳出が2億3535万ユーロだ。公開された収入源は観光収入や金貨や切手の売り上げなど。しかし、不動産の賃貸や贈与された信者の遺産など非公開の収入も多い。資産の詳細は明らかにされていない。
(石田博士)
(文中敬称略)
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