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Re:Monster――刺殺から始まる怪物転生記―― 作者:金斬 児狐

第四章 救聖戦線 世界の宿敵放浪編 

二百五十一日目~二百六十日目

 “二百五十一日目”
 昨夜はなんやかんやとあって、三大欲求の一つを存分に発散した。
 フィールドボス達との度重なる激戦を勝ち抜き、【重複存在】と仲間の助けが無ければ高確率で死んでいただろう灼誕竜女帝との死闘を経て、かなり溜まっていた諸々を解消できた事によって今日は心身共にスッキリして軽くなっている。

 ただ現在地が火山内最深部である為、気持ちのいい朝陽を拝めない事が残念でならない。
 もし拝めていれば、より清々しい朝を迎えられたに違いない。

 それからここは少々蒸し暑く、昨夜の行為によって全身汗やら何やらで濡れているので肌がベタつき、爽快感が今ひとつ足りなかった。

 だからか、もしここの周りに満ちているのが溶岩などではなく、適温の温泉だったら良かったのに、と思う。
 本当に温泉であれば、まずかけ湯などで汚れを落とし、ゆっくりと浸かっただろう。
 最初は半身浴で身体を慣らし、ジワジワと温まった身体から疲れが溶け出していくのを楽しむのだ。

 そしてゆっくりと肩まで浸かった後は、クイッ、と用意していた酒を飲む。

 その時に飲むのは何がいいだろうか。
 長い年月をかけて熟成された、まさに大森林の至宝とでも言うべき美味なるエルフ酒か。
 あるいは特定のダンジョンモンスターのドロップ品である、種類と数が手持ちの中で最も多い迷宮酒か。
 はたまた詩篇をクリアして手に入れた、【酒・銘[尽きぬ夜桜の一滴]】や【鬼酒・銘[鬼酔殺・無尽]】を堪能するのもいいかもしれない。

 など色々と想像していると、ゆったりくつろぐ事のできる大森林の温泉が急に恋しくなった。
 あの浸かるだけで心身が生まれ変わるような素晴らしい温泉で、大好きな酒を好きなだけ堪能する。
 それがどれほど素晴らしいか、外に出ている現在ではより強く実感させられる。

 思い出してしまえば、懐かしさが止まらなくなった。
 ある種のホームシックみたいなものだろう。
 それに最近は何かと働きすぎているような気もするので、そろそろ長めの休暇が欲しい。何も気にせず休暇を満喫できるといえば、やはり大森林の拠点となる。
 日々成長を遂げている大森林近辺でもまだまだやりたい事は多いので、出来るだけ早めに帰る用意を整えよう。
 そしてその時は子供達なども連れて行こうと思う。

 といった、湧き出した願望と未来の確定事項は一先ず置いといて。

 俺が朝起きてまずしたのは、身体操作の確認だった。
 【存在進化】したばかりの昨日は完全に持て余していたが、一夜をカナ美ちゃんと共に過ごした結果、大体の使い方は既に把握できている。
 跳ね上がったとはいえ、誰でもない自分自身の肉体だ。実際に動かしていれば自然と慣れる。制御が出来ない訳がない。
 しかしまだ完璧ではない為、不安定で頼りない部分がある。

 それを無くす為に幾つか簡単な型を行い、そこから微調整して身体操作の習熟に努めた。

 するとやはり、新しい腕の扱いには苦戦させられた。
 動かす事に違和感がある訳ではない。呼吸するように、当たり前のように動かす事は出来ている。
 しかし二本の腕で戦っている時と比べて、四本の腕を持つ現在では殴る、という単純な動作でも力の入れ具合が異なるだけでなく、上半身のバランスの取り方、筋肉のつき方、神経や血管が通る場所、関節部の可動範囲、骨格の形状、行動時に連動する部位など、諸々が大きく違っている。

 そういった事が原因で最初は困ったが、前世で特殊環境下において有効な多腕型の特殊パワードスーツを装着し、実際に使用した経験が何度かあったのでしばしの慣らしで何とかなった。
 もしその経験が無ければ、もう少し苦戦していただろう。

 これまで体得していた技術や武術など諸々を最適化、あるいは改良する作業がまだ残っているが、今は身体を自在に動かせるようになるのが目的なので、それはまたミノ吉くんと組手しながら修正しようと思う。

 それで、身体の確認を始めて三十分も経ってはいないだろうが、努力した甲斐あって自然と発生してしまう烈風や雷撃なども完全に制御下に置いた。
 これで高速で動いても周囲に無駄な影響を及ぼす事なく戦えるだろう。余程の事が無い限りは、不意の暴発による被害は出ないはずだ。
 出たところでどうにかするつもりだが、手間は省けるなら省いた方がいいに決まっている。

 実際に動かして身体の調子を確認し終えた頃、丁度カナ美ちゃんも起きたようだった。

 まだ眠気眼で、ボンヤリとしている姿は非常に可愛らしい。
 上半身を起こして前面を薄布で覆い隠しただけのほぼ全裸なその姿は、非日常な周囲の光景と相まって、妖艶であり背徳的でありながら神秘的だった。

 【存在進化】したカナ美ちゃんの現在の種族は【氷血真祖アスラッド・トゥルーヴァンパイア超越種スペリオリシース】だそうだ。
 【氷血真祖】とは【吸血鬼ヴァンパイア】という種族の始まりにして頂点――【始祖オリジンヴァンパイア】に限りなく近いとされている【真祖トゥルーヴァンパイア】の一種であり、種族特性からして氷と血の扱いに関してはほぼ並ぶ者がいないとされている。

 分体を使って各国から集めた情報によれば、遥か大昔の事だが、極寒の地に生息し、気紛れに近隣諸国を蹂躙していた【氷河龍王グレーシャー・ドラゴンキング】を相手に単鬼で挑んだ【氷血真祖】は三日に及ぶ、地形が大きく変化するほどの激戦を繰り広げた。
 最終的に長大な氷河龍王の肉体を六分割して殺害し、放置すれば環境を汚染してしまう多量の龍血を魔氷に変えて赤い魔氷原を形成した、という記録が残っている。
 そこは現在も存在するらしいが、ココからは結構離れた場所にあるので実際に行くのはまたの機会にしようと思う。

 ちなみに【真祖】は、【帝王】類に勝るとも劣らない強さを誇る存在の一つだ。
 その【超越種】であるカナ美ちゃんは、実質的に【帝王】類よりも強い事になるだろう。複数の【加護】もある為、それは間違いない。
 魔帝国の【魔帝】や獣王国の【獣王】は【英勇詩篇】とよく似た【帝王詩篇】を持つ詩篇覚醒者の一員だが、一対一で現在のカナ美ちゃんと戦えば高確率で負けてしまうに違いない。
 生物としての格からして、現在のカナ美ちゃんは以前とは比べ物にならないわけだ。

 そんなカナ美ちゃんは、まだ完全に覚醒していないからか【氷血真祖】として最初から備わっている【魅了チャーム】の魔力を周囲に無造作に振りまいている。
 まるで枯れぬ源泉の如く溢れ出る【魅了】の魔力は周囲に充満し、効果範囲内にいる生物の本能を剥き出しにしてしまうある種の異空間が形成された。
 その肢体を思う存分堪能している俺ですら魅せるほど強力で、思わずゴクリ、と唾を飲み込むほどだ。
 仕草の一つ一つが艶かしく、分かっていても目が離せなくなる。
 俺以外の誰かがいれば、性別など関係なしに襲いかかって――その瞬間ひき肉にされていそうだが――いたに違いない。

 全く、カナ美ちゃんは最高だぜッ。

 などというやや【魅了】されたような状態で出てきた惚気も置いといて。
 今日も一日元気に活動する為に、重要な朝食の支度をする事にした。

 朝食の材料は俺とカナ美ちゃんの目の前と、アイテムボックスの中にある。
 つまり魔氷によって保存されている【灼誕竜女帝アーダーマザー・エンプレスドラゴン】の肉体と、収納していた【紅蓮竜帝グレーズ・エンペラードラゴン】の肉体、そしてその他調味料である。

 今回の朝飯では当然ながら、二頭の竜を全て喰べる訳ではなく、肉体のごく一部を使うだけだ。

 本当なら九鬼が揃った状態で最初に食べたかったが、しかし残念な事に他の七鬼はココには居ない。
 皆俺がここで蛹のような状態になっている間を休暇と決めて、カナ美ちゃん以外はココ以外で好き勝手に動いているからだ。

 迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫に造った総合商会≪戦に備えよパラベラム≫の子会社――迷宮商会≪蛇の心臓コル・ヒドレ≫を拠点として買い物などを楽しんだり、迷宮で怪我をした者の治療を相場よりも安い値段でおこなっていたり、迷宮都市近隣にあるが危険地帯に存在する未発見だった鉱脈を探し当てたので趣味も兼ねて掘りに行ったり、修行として近場で目撃情報のあるボスモンスターを討伐しに行ったり、とある分野の濃厚な趣味を裏で布教したりしている。

 といった事情により、最初に食べる事になったのは俺とカナ美ちゃんだけだ。
 皆揃って『お疲れ様ー』と祝杯をあげたかったのだが、こうなっては仕方ない。
 残念な事に、思い思いに休暇を楽しんでいる皆がすぐ側にいないのが悪いのだ。
 それにこの食材を美味しく食べるには食材の味を知る必要があるのは必然で、それを知るために先んじて俺達が食べてしまうのは、むしろ当然の事である。
 という事にしておこう。
 まさにどこにも隙のない、万全の建前武装である。

 など馬鹿な建前を削ると出てくる本音は、勿論こんな美味そうな肉を目の前にして、我慢する事が俺には出来なかったからだ。

 今回の俺を突き動かすのは極めて個人的であり、生物としては必須である、純粋なまでの食欲だった。

 何せ【存在進化】したからか、あるいは【世界の宿敵ワールドエネミー飽く無き暴食ザ・グラトニー】なんてけったいなモノを得てしまったからかは分からないが、以前よりもずっと早く腹が空くのである。

 今も肉を見ているだけで腹が激しく鳴き喚き、口からは涎が溢れそうになっていた。
 本能が目の前の肉を喰らい、疲弊した肉体を癒すために上質なエネルギーを補給しろと訴えかけてくるようだ。

 これを耐えるのは、流石の俺でもできそうになかった。
 何せ本能だ。抑える理性があれど、肥大化した本能には抗え難い。

 それで、まあ、なんやかんやと苦悩――ツマミ食いをするか否か――しながら調理していった。

 灼誕竜女帝を覆っている魔氷はカナ美ちゃんに溶かしてもらいつつ、その竜肉を切り分ける。
 当然と言うべきだろうが、竜肉は非常に切り難い。ドワーフ達が丹念に製造した切れ味抜群のミスラル製の包丁ですら切る事は困難を極め、少しでも無茶な使い方をすればほぼ確実に刃毀れしてしまう。
 魔力による強化があったにしろ、あの巨躯を支えるだけあって、筋繊維一つ一つの強度や密度からして他の生物と比べものにならないくらい優れている。
 竜肉をモノともしない切れ味を誇る刃物でも無い限り、調理するには高い技術と竜肉に対する深い知識が必要になるだろう。
 倒す事もそうだが、調理する事も難しいとは、何とも難儀な食材である。その分期待は高まるのだが、それはさておき。
 姉妹さん達に渡して料理してもらう際には、俺が予め切っておいた方が良さそうだな、と心のメモに記しつつ、数の増えた銀腕を部分的に変形させて切り分けていく事にした。

 そうしてできたのは、三百キロは軽く超えていそうな竜肉塊が積み重なった肉の山。
 元が元だけに、小さく切り分けてもまだこれほど巨大である。

 流石にそのままでは調理し難いので竜肉塊の一つを更に細かく切り分けて、五キロ単位の肉片にしてみた。
 一つの竜肉塊が三百キロあるとすれば、肉片の数は総数六十ほどとなる。
 それでも肉片は十分大きいが、これくらいのボリュームがあった方が食べ応えがあるだろう。

 そこまで調理を終えて、堪らず感嘆の溜息を漏らした。

 何故なら、魔氷によって冷凍されていたとはいえ、死後数日が経過していようともまだ生きているかのような瑞々しい生命の輝きを発し、まるで宝石のようですらあったからだ。
 いや、竜肉の輝きは大半の宝石すら凌駕していたと言ってもいい。
 一度この輝きを見てしまえば美食家でなかったとしても、全財産を出してでも食べたいと思うに違いない。
 俺も自分で本体を討伐していなければ、一口喰べる為に金を惜しまず手に入れていた可能性が高いだろう。

 そんな至高の竜肉を、地面に置いた鉄板の上にポンポンと並べていく。
 地熱によって高熱を宿した鉄板の上で焼かれていくが、ここでも流石は灼誕竜女帝の竜肉だ、と感心させられた。
 鉄板の温度は非常に高く、普通の肉なら僅かな時間でいい具合に焼けるどころか炭化してしまうだろうに、この竜肉はジワジワとしか焼けない。
 原因は肉厚もあるだろうが、そもそもの性質からして炎熱に強いのは間違いないだろう。
 ここ以外で調理する際にはもっと厚みを薄くするか、通常とは比べモノにならない程の高熱を発生させる器具を用意しておいた方が良さそうだ。
 もし大勢に振舞おうとした際には、そういった工夫が必要になるだろう。
 ジックリ焼いていくのは、時間も手間も必要である。

 しかし、だ。
 何処かで聞いた話だが、肉や魚は強火でサッと焼くよりも、弱火でジックリと焼いた方がその肉汁を閉じ込めるらしい。
 これが本当かどうかはハッキリと覚えていない。
 だが、今回はそれを確かめるのに丁度いいのではないだろうか。失敗したとしても、竜肉が不味くなる事はまずありえない――ジックリと味わう事はできなかったが、戦闘中に食べている経験から――ので、試してみるのも良いはずだ。
 だから俺とカナ美ちゃんは、ただひたすらに焼けていく様を見続けた。

 それにしても、巨大な竜肉が美味しそうな匂いを発しながら焼けていく様は、見るだけで強靭な精神力を必要とするらしい。

 何とか押さえつけたが、食べようと無意識に手が伸び、掴む直前にハッと気がついてそれを引っ込めた、また手を伸ばし、なんて事を繰り返して、十回を越えた辺りから数えるのを止めた。

 焼けていく匂いを嗅いだだけで美味いと分かる竜肉はかなり危険だ。中毒性の高い違法な魔法薬よりも厄介で、あまりにも暴力的に本能に訴えかける。
 ジッと見ているとよく分かる、赤かった竜肉が焼けて徐々に色が変わっていく様子など、身体を抑えていないと耐え切れなかっただろう。
 耐える為に目を閉ざしてもみたが、しかし目を閉ざすのは逆効果だった。溢れ出る肉汁が鉄板の上で心地よく弾ける音が聞こえてくるからだ。

 その他にも様々な誘惑が耐えようとする俺達をあざ笑うかのように、食欲を暴走させようと訴えかけてくる。

 だが数多い誘惑を何とか耐え抜き、俺とカナ美ちゃんは焼けた竜肉を手に入れた。
 滴る肉汁は神々しい黄金の光を纏い、芳醇な竜肉の香りは驚嘆すべき事に竜の幻影を浮かべている。
 ただ焼くという調理をしただけだというのに、やはり生の時よりも遥かに美味そうだ。

 思わずゴク、と唾を飲んだ。

 これだけでも今までで一番美味いのは間違いない。
 だが、俺はジックリと焼いたにも関わらずまだ生きているかのような気配を発する竜肉を、マジックアイテムの釜で炊いた迷宮産の白米を盛り付けた大きな器の上に乗せた。

 山盛りにされた白米と、積み重なる竜肉のコラボレーションである。

 こうする事で単品の時よりも更に美味そうで、涎が溢れるのを止められない。
 先ほどよりもゴクリと大きく飲み込んで、愛用の箸で竜肉と白米を一緒に口に持っていく。
 ズッシリとした重さがまた堪らない。思わず笑みを浮かべてしまう。
 待ちきれずに開いた口に竜肉と白米がゆっくりと入り、逃がさぬようにサッと閉じる。
 すると歯がまず、上に乗せられていた竜肉を捉えた。俺の歯は、抵抗らしい抵抗を感じる事もなく竜肉に突き刺さる。

 その瞬間、まるで料理漫画のようなリアクションと共に感動と感涙が溢れ出た。

 竜肉の高密度な筋繊維は強靭でありながら非常に柔軟であり、幾つもの層を形成している。柔らかい部分や硬い部分などその層ごとに食感は異なり、また味も変化していく。
 様々な食感や味わいを堪能できるのだが、それでいて互いの味を打ち消していない。むしろ引き立て合っていると言えるだろう。

 しかもジックリ焼いたからか、溢れ出る肉汁の量が半端ではない。
 たった一口で、口内は満杯になったのだ。
 少しずつ飲んで減らさなければ、次を喰べるどころか噛む事すら難しい。
 それにこの肉汁がまた美味い。飲み続けると、竜肉と同じく味が変化していくのである。
 まさに千変万化。竜肉と同様に味わう度に味が変化し、幾ら食べても飽きがこない。
 食べれば食べる程様々な顔を覗かせる奥の深いこの竜肉は、なるほど至高の肉である。
 しかも一緒に食べた米に肉汁が染み込んで、より深い味わいとなっているのだからもう堪らん。

 しばしの間は、何も考えずに一心不乱に喰べ続けた。
 それはカナ美ちゃんも同じで、目の前にある全てを食べ尽くすまで俺達は止まらなかった。
 食べ終わった後には流石に腹がプクリと膨れたが、腹の膨らみは目に見えて凹んでいった。あっという間に消化されたらしい。
 自分の肉体ではあるが、なんだか不思議な光景だった。

 それで今回二頭を食べ比べた感じとして、竜帝よりも竜女帝の方が肉質が若干柔らかく、味に深みがあった。個人的には竜帝よりも竜女帝の方が美味いように感じられた。
 しかしやや硬い竜帝の肉も捨てがたく、どちらも長所があり短所がある。
 これには個体の強さの違いもあるが、雄と雌という性差も要因として考えられるだろう。


 【能力名アビリティ【炎熱無効化】のラーニング完了】
 【能力名【竜帝の爆炸咆哮エンペラードラゴン・ブラストロア】のラーニング完了】
 【能力名【灼熱の竜血バーニング・ドラゴンブラッド】のラーニング完了】
 【能力名【無尽なる竜帝の命精】のラーニング完了】
 【能力名【炎熱吸収】のラーニング完了】
 【能力名【下位竜生成】のラーニング完了】
 【能力名【中位竜生成】のラーニング完了】
 【能力名【上位竜生成】のラーニング完了】
 【能力名【迷宮警備員ダンジョン・ニート主任チーフ】のラーニング完了】


 そして九個アビリティがラーニング出来たのだが……。
 ……まて、ちょっと待て。
 一つ変なのが混じっているぞ。

 なんだよ、【迷宮警備員ダンジョン・ニート主任チーフ】って。

 これはあれか? あれなのか? 竜女帝は実は常日頃からゴロゴロしていたのか? もしくはグータラしていたのか? あるいは初めての挑戦者である俺が来るまでずっと食っちゃ寝しながら待っていたからこんなモノを獲得したのだろうか?

 それは分からない。分かりたいとも思わないが、ともかく。
 あるものは仕方ないとして、これにはどんな能力があるのだろうか。

 試しに宝石出ろと思いながら床ドンしてみると、叩いた近くの地面が隆起し、掌サイズの赤い宝石が出現した。
 パパッと鑑定して何の変哲もない宝石だと確信した後、パクリ、と食べてみる。コリコリとした食感と、僅かな甘味。それなりの量の魔力を内包しており、中々に美味しい。

 ――しばし黙考。

 今度は宝箱出ろと思いながら床ドンすると、にょきりと宝箱が出現した。
 開けてみると、様々な品が入っている。魔法金属や、魔法薬の類だ。
 お土産に丁度良さそうだったので、さっさとアイテムボックスに収納した。

 その後もしばらく色々と試してみると、これは俺が支配した迷宮ダンジョン限定であるが、様々な特権を素早く行使できる能力らしい、という事が分かった。

 もちろん獲得したダンジョンは【迷宮略奪ダンジョン・プランダー・鬼哭異界】を使って設定を弄れば迷宮内部のモノは全て操作できるが、下手に弄れば周囲が全てマグマで満ちてしまうなど大小様々なミスが発生する可能性があるので、一瞬の差が生死を分けるような緊急事態では使い難い。

 だが、これを使えば瞬時に欲しい物を出現させたり、簡単な地形変化を行使する事が可能だ。
 一応限界はあるようだが、簡単な用事なら一動作で大抵はどうにでもなる。

 何だこれ、と最初は思ったがダンジョン内ならばかなり使えるので、まあ良しとしておこう。

 そうこうしながら、夕方近くまでダンジョンの機能を掌握したり、【飽く無き暴食】について調べたりした。
 ダンジョンの調整はまだ時間がかかるが、【飽く無き暴食】の方は比較的早く解明できた。

 どうも、こいつは俺の【吸喰能力アブソープション】と非常によく似た性質をしているらしい。

 細々とした能力は幾つかあるようだが、メインは食べれば食べる程保持者――つまり俺だ――の能力を向上させる事にある。
 つまり俺は食べる程、【吸喰能力】と【飽く無き暴食】という二つの能力によって以前より二倍速く強くなっていく、と思えばいいだろう。
 これはかなり助けになりそうだ。その分以前よりも食欲旺盛になっているが、それはさて置き。

 これならばラーニング確率がかけ合わさって高くなるのだろうか、とも思ったのだが、しかし現実はそう甘くはないらしい。

 というのも、俺が【存在進化】した事が原因だ。

 【飽く無き暴食】で以前よりも吸収能力そのものは向上しているようだが、現在の種族【金剛夜叉鬼神ヴァジュラヤクシャ・オーバーロード現神種ヴァイシュラシーズ】が強すぎて、ラーニング確率は以前より若干低いくらいだろう。
 もし【存在進化】しなければ以前よりも遥かにラーニングしやすくなったのだろうが、もう後の祭りだ。
 今の種族を選んで失敗したとは思っていないので、ラーニング確率が極端に低下するのを防げたのだと思えば、まあ、仕方ない。

 ともかく、謎は一つ解けたところで、ダンジョンを俺好みに改造する為に夜遅くまで頑張った。

 ちなみに、俺の名前はアポ朗からオバ朗となった。
 夜叉朗やヤクシャ朗よりは、鬼神オーバーロードのオバ朗がしっくりきたからだ。
 カナ美ちゃんは、カナ美ちゃんのままである。


 本日の合成結果。
 【下位竜生成】+【中位竜生成】+【上位竜生成】=【真竜精製】


 “二百五十二日目”
 昨日から今日の夕方まで黙々と作業した結果、ダンジョンの改造は一応の完成となった。

 【迷宮略奪・鬼哭異界】によるダンジョンの操作は、行使すると目の前に詳細な情報が表示された半透明の画面が浮かび上がり、それを操作すれば現実に反映されるようになっている。
 最初は驚いたものだが、操作方法などはどことなく前世で使っていたものと似ていたので、慣れればたいした苦もなく弄る事が出来た。

 それでダンジョンの変更点だが、幾つかある。
 細々とした部分を上げればキリがないので、大きい変化をピックアップしてみよう。

 まず、ここの名称は【フレムス炎竜山】ではなく、【鬼哭神火山きこくしんかざん】となっている。
 別に変えなくてもよかったのだが、攻略して支配したダンジョン――これからも増やすつもりなので――かどうかを、分かりやすくした結果である。

 次に、トラップの数や仕組みなどは俺の趣味が多く盛り込まれているので、入ってきた獲物を逃さないよう、結構悪辣なモノが多い。
 ただ攻略者全員を片っ端から亡き者にしては新規の攻略者が途絶えてしまうだろうから、奥に進めば進むほど極悪になっていくものの、比較的浅い場所はこれまでよりも簡単に進める程度に緩くしている。
 宝箱などもこれまでよりは若干取りやすくなっているので、変化を見極めた後は、以前よりも多くの攻略者達がやって来てくれるだろう。

 それから、ここに出現するダンジョンモンスターだが、既存のモノだけでなく、マジックアイテムを狂わせる厄介な能力を秘めた“ブラックグレムリン”や、灼熱の溶岩で構成された悪魔“デビルラーヴァ”など新規のダンジョンモンスターも追加している。
 単純な強さはそれ程でもないが、以前よりも厄介な能力持ちを多く配置したと思ってくれればいいだろう。

 そして最も大きな変化といえば、出現するフィールドボス達についてである。
 出現するフィールドボスは既存のモノだけでなく、数体程新規のフィールドボスを加えているのだが、俺の加護の影響か、新旧合わせた全てのフィールドボスの身体は黒く染まり、その能力は飛躍的に上昇していたりする。
 ただでさえ強力だったアイツ等が、更に強力な存在として攻略者達の前に立ち塞がるわけだ。
 支配者としては非常に頼りになる存在だが、攻略者の視点からすれば最悪の存在だろう。

 ちなみに、他にも普通のダンジョンモンスターより強力な個体が一定数存在しているので、【鬼哭神火山】の全体的な難易度は【フレムス炎竜山】時代よりも数段上がっている。
 その分倒した時に得られる戦果は前以上なので、実力者達はよりやる気になるのではないだろうか。

 大きな変更点はこれくらいだろうか。
 他にも地形やら色々あるが、面倒なので省略する。

 それでダンジョンの変更点とは関係ないが、設定している時に気がついた事がある。
 なんと嬉しい事に、ここで死んだ攻略者から得られる経験値は全てではないが俺にも流れ込んでくる仕様になっているらしい。
 浅い場所の難易度を下げたのも、挑戦しようとする者の数が増えれば増えるほど効率よくレベルを上げる事ができると思ったからに他ならない。
 一レベル上げるのに現在の種族では必要経験値が馬鹿みたいに多いので、正直このシステムは非常に助かる。

 ――哀れな獲物達よ、俺の為に挑戦するがいい。

 など、背後から抱きついているカナ美ちゃんと共に悪役の笑みを浮かべた。
 これでここに留まる理由が無くなったので、カナ美ちゃんと迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫に向かう。
 だがその前に、ちょっとした夜空のデートを楽しむ事にした。

 現在は二鬼とも種族が元々保有する能力によって空を自在に飛べるようになっているのだが、今回は自分達の力で夜空を飛ぶつもりはない。
 今回は新しく手に入れた≪使い魔≫の試乗も兼ねているからだ。

 新しい≪使い魔≫の名はタツ四郎、種族は【古代炎葬竜エンシェント・フレメイションドラゴン】である。
 体長は約八〇メートルと【知恵ある蛇/竜】としては一部例外を除けばかなりの大型で、【帝王】類にも迫る巨躯を誇っている。
 巨躯を支える強靭な四肢には鋼鉄の塊すら空気のように切り裂ける高熱を纏う赤い鈎爪が備わり、禍々しい赤黒い竜鱗や竜殻で覆われた胴体は生半可な攻撃では傷一つつきそうにない。
 側頭部からは前方に立ち塞がるモノを尽く貫く魔槍の如き太く鋭利な四本の赤い竜角が生え、橙色の炎毛を備えた艶やかな背中には二対四枚の巨大な竜翼が生えている。
 まるで宝石のような紅蓮の竜眼からは高い知性を感じられ、無数に生えた鋭牙が並ぶ口内には煌々とした竜炎が見受けられた。
 全身から発散される存在感はあまりに濃厚で、【フレムス炎竜山】時代のフィールドボスだった竜帝と同等かそれ以上ありそうだ。

 そんなタツ四郎が何故俺の≪使い魔≫となっているのか。
 それは俺が遥か古代に死んで、【フレムス炎竜山】で化石として眠っていたタツ四郎をダンジョン改造中にたまたま見つけ、これ幸いと復活させたからに他ならない。

 復活させるのに必要だったのは、俺のアビリティではなく、進化前――つまり【使徒鬼アポストルロード絶滅種エクスピシーズ】という種族になった時に得た保有スキル【化石復元】である。

 【化石復元】は太古の化石を一定量用意しなければ発動できず、これまでは化石が無かったのでただ使えるというだけで未使用だったのだが、今回ようやくその真価を発揮してくれた訳だ。

 その結果がこの古代竜・タツ四郎である。

 復活させてしばらく観察して分かったが、タツ四郎の生来の気性は荒く、執念深いようだ。
 一度敵とみなせばそいつが完全に炭化するまで逃がさず、執拗に追い続ける。
 太古の時代は現在よりも強靭な種族が多く、それに該当するタツ四郎は追いかけられる側からすれば悪夢でしかない。

 だが復活させた俺には完全服従なだけでなくかなり懐いているし、何気ない仕草にどことなく愛嬌を感じられて、なかなか可愛いものである。

 それで、癒されながらタツ四郎に【騎乗】した俺と、俺の背後から抱きつくカナ美ちゃんは、夜闇に紛れて【鬼哭神火山】から飛びたった。

 アッという間に高度数千メートルまで飛翔し、雲を突き抜け、夜の雲海を見下ろしながら俺とカナ美ちゃんはしばしの飛行を楽しんだ。
 目的地まではあっと言う間だが、せっかくのデートなのでこうしたひと時も悪くないだろう。

 それにしても、普段と違い、こうして何かに乗って空を飛ぶのもいいもんだ。
 月明かりに照らされた雲海は美しく、日々溜まる何かしらを軽減してくれるかのようだ。

 雲海を見下ろしていると、様々な考えが脳裏を過ぎった。

 俺が意識を無くしていた間に面白そうな事が立て続けに発生している。情報収集の為に各国に忍ばせている分体経由で知ったその流れは、様々な思惑で掻き混ぜられながら着実に進行中だ。
 規模がこれまでに無い程大きいので、確実に乗り越える為には早めに裏で行動を開始しておいた方がよさそうだ。
 もっとも、今まで行っていた地道な活動によって、そこまで急を要するものではない。
 できるだけコチラに利益が入るように上手く転がすべく、色々と手を広げていくだけである。
 ああ、本当に楽しみだ。

 未来で手に入るだろう獲物を思っていると、カナ美ちゃんに小突かれた。
 少々考えすぎていたようだ。反省しつつ、デートを楽しむ。

 やがてデートも終わり、雲海の切れ目から見えた迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫に向かう為、高度数千メートルを飛行していたタツ四郎から飛び降りて入る事にした。
 タツ四郎の姿が目撃されれば、混乱は必至。無用な混乱を招くのは宜しくない。
 だから夜空の中で、俺とカナ美ちゃんはしばしのスカイダイビングを堪能したのだった。

 空からの不法侵入と言えるかもしれないが、そんなものは今更である。
 少なくとも、俺は気にしない。


 “二百五十三日目”
 迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫にある、迷宮商会≪蛇の心臓≫の店舗。
 かつて名を馳せた攻略者が膨大なドロップアイテムと潤沢な資金を注ぎ込んで建築させ、攻略者が亡くなった後はついこの間まで数十人もの不法滞在者によって占拠されていた屋敷である。

 そこは現在、非常に繁盛していた。

 扱っている商品の大半は一級品。
 しかし値段は質と比べて手頃であり、使用頻度は少ないが特定の場面では大いに活躍する細々としたモノも揃っている。
 それに一定の金額毎に押されるスタンプカードは空欄が全て埋まると一定金額の値引きや、腕利きのドワーフ達による武具の手入れを一回だけ無料でしてくれるなど細々とした特典があり。
 接客をしているのは見目麗しいエルフや鬼人ロードが多い為、男性の比率が高い攻略者達が多く訪れていた。
 店員に惑わされて鼻の下を伸ばす者は数多いが、その他大勢に埋もれない猛者達も客として混ざり、真剣に商品の下見をしていたりする。

 開店してからまだ一月も経過していないばかりか、大々的な宣伝をしていないにも関わらず、何故こんなにも賑わっているのか。
 確かに開店セールや立地条件の良さ、新しく出来たという目新しさが客を呼んでいる要因ではあるだろう。

 しかし最たる原因は別にある。
 ここに攻略者達が集うのは、つい数日前、迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫にやって来た異形の集団が原因だった。

 つまり、ミノ吉くん達の凱旋だ。

 現在【存在進化】した皆の種族は強力無比なものばかりであり、支配者として国を治めている種族が大半を占めている。

 面倒なので誰がどんな種族になったのかは後々語ると思うのでここでは省略するが、そんな目立つ集団が迷宮商会≪蛇の心臓≫に迷う事なく直行し、そこでここ数日の間生活している、と考えて欲しい。

 力こそ正義、という傾向が強い迷宮都市において、そんな規格外の存在が多数滞在している店を下見しに来るのは、当然といえば当然だ。
 何らかの縁を結べる可能性があるだけでなく、強者が贔屓するような店ならば相応の商品を扱っていると思うだろう。
 同じような武具や雑貨を集め、どうにかしてその力にあやかりたい、という思いもあるかもしれない。

 せっかくカムフラージュの為に用意した迷宮商会≪蛇の心臓≫本来の目的がこの時点で狂ったような気もするが、まあ起きてしまったことは仕方ない。

 一応穴はあるが、迷宮商会≪蛇の心臓≫の店主――変装していた俺だが――が俺達と実は知り合いで、その縁でミノ吉くん達は泊まっている。
 という話を、さり気なく噂話にして流す事にした。団員達にも、聞かれればそう言うように伝えておく。
 それでもダメな時は『もういーや、また別の案を考えよう』と開き直り、別の案を考え実行すればいいだけだ。

 ともかく、予想以上の繁盛ぶりを喜びつつ、常連客獲得の為、【変身シェイプシフト】と【形態変化メタモルフォーゼ】によってここの店主として認識されている誠実そうな金髪碧眼の青年実業家風の外見となり、柔和な笑みを浮かべて対応していく。
 他の都市ならこの選択で正解だったのだろう。誰だって、強面でヒトを頭から食いそうなのよりは優しく誠実そうな人物の方がいいに決まっている。
 だがココは迷宮都市だ。他の都市と比較するには、不適切な部分は数多い。
 ここではナヨナヨとした輩は舐められる傾向にあるらしく、変装した状態では、フザけた輩がよく囀るようになった。
 威圧して大幅な値下げを強要してくる者や、金を支払わずに商品を持っていこうとする者が混ざっているのだ。
 まあ、そんな奴らは一瞬で捩じ伏せ、とっ捕まえて、専用の暗室で色々とここでの常識を叩き込んだりしたのだが、ともかく仕事を頑張った。

 夜には皆で竜肉を使った宴会を、とも思ったが、ミノ吉くんとアス江ちゃんは都市外に居るので、明日に御預けになった。
 残念であるが、仕方ない。


 “二百五十四日目”
 朝から屋敷の中で一番豪華な内装の自室で溜まっていた書類を処理したり、集めたドロップアイテムの整理や確認、販売する価格を決めるなど、仕事に勤しんだ。
 昼頃にそれが終わると、今回の攻略で集めた宝箱――


 フィールドボス“ヴォルカニック・ジェネラルエイプ”からは宝箱【火猿将の柩】
 フィールドボス“マグマナイト・サーペンディア”からは宝箱【螺王の墓守】
 フィールドボス“ラルヴォリック・ゴルドエレファリオン”からは宝箱【巨象兵の棺】
 フィールドボス“ヴォルケイン・ブルオークキング”からは宝箱【猪王の霊廟】
 フィールドボス“ブルーフレイム・デビルトォレント”からは宝箱【悪魔樹の卒塔婆】
 フィールドボス“トーラスデーモンロード・アーダーディア”からは宝箱【灼牛魔の遺物】
 フィールドボス“紅蓮竜帝・フレルブ=イグナトス”からは宝箱【紅蓮の帝墓】
 迷宮の主ダンジョンボス“灼誕竜女帝・ムスタリア=イグナトス”からは宝箱【女帝の宝骸】


 ――を開け、中身を確認していく。
 前回の【清水の滝壺アクリアム・フォルリア】では五十種類の品々を得る事ができたが、今回は何と百種類のアイテムを得る事が出来た。
 入っていた数は【火猿将の柩】と【螺王の墓守】が五種類と一番少なく、【巨象兵の棺】と【猪王の霊廟】は十種類、【悪魔樹の卒塔婆】と【灼牛魔の遺物】は十五種類、【紅蓮の帝墓】と【女帝の宝骸】は二十種類と最も多かった。
 中身はどれもこれも有用な物ばかりであり、戦力増強には欠かせない品々である。
 入っていた武装類は全て強力なマジックアイテムなだけに、誰にどれを与えようか、かなり悩む事になった。
 強すぎるモノを与えては成長を阻害する恐れがあるのだが、誰にも与えずに保管するのでは非常に勿体無い。

 そうだな、最近ではチラホラと【鬼乱十八戦将】に目覚める者達が出てきたので、その場合は優先的に与えるのがいいだろう。
 悩んだ結果、大半はまだ早いとして【異空間収納能力アイテムボックス】の中に眠らせておく事になったが、幾つかは団員に与える予定である。

 そうしてなんやかんやと過ごし、夕方になった。
 もう直ぐミノ吉くんとアス江ちゃんが帰ってくるので、宴会の用意を進めていく。
 最近ではもう雪が降る事も無くなり、徐々にだが暖かくなり始めているので、室内ではなく汚しても後片付けが楽な外でバーベキューをする事にした。

 会場となる庭には至るところに“永続光コンティニュアル・ライト”が付与されたランタンが設置され、夜に対する備えが用意されていた。
 まだ明るいうちに準備を終えるべく、食器やら机やらを忙しなく用意する団員達の様子を見ながら、俺は庭に設置したコンロ型マジックアイテムの前で仁王立ちしていた。
 手には銀腕を変形させたミートナイフが握られ、目の前の台には調理される事を待っている竜肉が鎮座している。
 竜肉は相変わらず、美しい輝きを放っていた。

 それを俺は、捌いていく。

 今回は切って焼くだけという簡単な料理法なのでブラ里さんが最適だとは思うのだが、それを察知したのかスペ星さんと共に派生ダンジョンの一つに潜っているので不在である。
 一応、ブラ里さんは『手土産にダンジョンボスを殺してくるから、見逃してよ』と言っていたので、達成できなかった場合は何かしらさせるつもりだが、まあ間違いなく倒してくるだろうから逃げた事に関しては気にしない事にした。

 まあそんな訳で、俺が直々に調理する事になった次第である。
 単純な調理法だが、素材がいいのでそれでも十分過ぎる程美味いモノに出来るだろう。

 相変わらず美味そうな竜肉を前に気分が良くなったので、今日は秘蔵の酒を皆に出してやるか、と思っていると、屋敷の廊下を足早に進む、手に大量の紙とインク瓶や筆を抱えた数名の見知らぬ女を引き連れたイロ腐ちゃんの姿を見つけた。

 イロ腐ちゃんは現在、【鬼腐人フィメロット・亜種】から【腐死鬼姫アーディハイド・新種】という種族に【存在進化】している。
 外見的特徴はそこまで大きく変化していないが、より儚げでか弱そうな雰囲気が追加された事により、大切に育てられた何処かの国のお姫様のようにも見えるだろう。
 だがふとした何気ない仕草は蠱惑的であり、その瞳は隠しようのない退廃的で狂気的な薄暗い光を宿し、欲望を掻き立てる芳しい体臭の奥底に表現し難い腐臭を隠している。

 そんなイロ腐ちゃん改めアイ腐ちゃんが、見知らぬ女達を引き連れてとある一室に入っていった。
 入っていったのはアイ腐ちゃんの個室なので、個人的な友人を招く事はなんら不思議な事ではない。

 だが何をするつもりなのか、女達が浮かべた奇妙な笑みから予想はできた。
 きっと、布教活動に勤しんでいるのだ。

 現在の種族もそうだが、【腐食の神の加護】を持っているからか、アイ腐ちゃんの偏った分野の布教活動の手腕は卓越しているらしく、日々順調に同好の士を増やしている。
 あの女達に見覚えはないので、きっと迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫で新たに獲得した同好の士に違いない。
 温厚そうで清楚な【聖職者】やプライドの高そうな【貴族令嬢】、短髪で鍛えられた肉体を持つ現役の【冒険者】や変わった風貌の【画家】などが居るようだが、必要がない限り、個人の趣味に干渉するつもりは無い。

 趣味は個人の自由である。
 他人がどうこう言うものではないだろう。

 他人に迷惑をかけないのならば、勝手にすればいいと俺は思う。仮に俺達が趣味のモデルにされたとしても、そんな事を俺達が知らなければいいだけだ。
 むしろ精神安定の為に、俺は深入りしない。絶対にだ。

 という事で、見て見ぬふりをする為に別の方向に目を向けると、そこには以前は無かった王者の風格というか、支配者の貫禄というモノを備えたセイ治くんとクギ芽ちゃんが居た。
 どうやらセイ治くんが格安で行っている治療の手伝いを、クギ芽ちゃんがしていたらしい。
 仲良く並び立ち、今日の晩飯を用意している俺達の所にゆっくりと向かってきている。
 美男美女で、非常に絵になる二鬼だ。

 現在のセイ治くんの種族は【聖光鬼セイントロード・亜種】から【聖輝鬼王セイリーネスキング・亜種】に、クギ芽ちゃんは【九祇眼鬼くぎめき・亜種】から【九祇鬼姫くぎおにひめ・亜種】となっている。

 セイ治くんは予想外といえば予想外だが、【鬼王】の一種である【聖輝鬼王】になり、ある種のカリスマを帯びている。
 相変わらず戦闘能力自体はかなり低い――あくまでも【鬼王】の中では低いという事であり、平均的な【鬼人ロード】程度ならば完勝できる――ようだが、治療する事にかけては並ぶ者を探す方が大変だ。
 まさか両腕欠損に加えて臍から下全てを消滅させた、数秒後には確実に息絶える筈だったブラックグレムリンを一瞬で完全回復させるとは思ってもみなかった。
 身体を半分以上欠損した状態からですら生きていれば治せるセイ治くんは、これから大いに活躍してくれるだろうと期待している。

 クギ芽ちゃんは以前よりも綺麗になり、立ち振る舞いはどこか洗練されていた。
 そしてその九つある眼を介した攻撃の威力や命中精度が向上しているので、それなりに戦えるようになっている。
 だが最も特徴的なのはその感知能力だ。
 通常時でも俺がアビリティを駆使した時より優れているのだが、本気を出せば広大な王都どころかその数倍から十数倍の範囲を細部に至るまで感知する事が出来る。
 もし軍隊がぶつかり合う戦争ならば、クギ芽ちゃんは戦場の全てを見透す事が出来るという事になるだろう。
 敵が策を駆使しようとしても、全てが事前に分かってしまう。そうなれば敵の弱点を正確に穿つ事が容易になるし、敵の反撃をいち早く叩き潰す事が可能になる。
 後方支援としては、これ以上無い程頼りにできそうだ。

 そんな二鬼は、甲斐甲斐しく世話を焼く部下達が用意した場所で優雅に待っている。
 どちらも団内で頂点に近い地位にいるのだから当然の待遇なのだが、それだとトップであるはずの俺は何故こうなっているのだろうか、と思わなくもない。
 まあ、カナ美ちゃんが隣で手伝ってくれるので、別にいいけどな。

 それからしばらくしてブラ里さんとスペ星さん達が帰還した。ダンジョンボスのドロップアイテムという手土産はキッチリとあるので、一言二言愚痴を漏らした後は適当にくつろいでいるように言っておく。
 そしてそれから更に時間が過ぎた頃、ミノ吉くんとアス江ちゃん達も帰ってきたのでバーベキューを開始した。

 金網の上に並ぶ竜肉を見て皆一様に硬直し、それから立ち直った時には嬉々として食べ、そしてそのあまりの美味さに仰天していた。
 滂沱の涙を流し、跪いて身を震わせている者も多い。

 切っておいた全ての竜肉が無くなるまで皆一心不乱に食べ続け、余韻を味わいながら一息つく。

 その後は竜肉や仕事などを話題にして盛り上がり、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎとなった。
 俺が個人的に三十個ほど用意した大樽には、アルコール度数が非常に高い、高級品に分類される迷宮酒が入っている。
 それがまるで水のように消費されていった。飲みくらべをして赤ら顔で酔っ払い、ふらついている者はかなり多い。
 夜でも活気がある迷宮都市でも、今夜はここが一番賑やかなのは間違いないだろう。

 こうして多数で飲んでいると思うのだが、やはり皆で飲む酒はいいもんだ。
 一人で飲む酒も美味いが、誰かと飲む酒も美味い。

 今だって、皆が楽しそうにしている様子を見ながら、隣に座っているミノ吉くんやカナ美ちゃん達と【鬼酒・銘[尽きぬ夜桜の一滴]】を飲み交わしていた。
 竜肉はここに居る皆に振舞ったので、特別な酒である【鬼酒・銘[尽きぬ夜桜の一滴]】を飲むのは九鬼だけだ。
 他の団員が羨ましそうに見ているようだが、こればかりは飲ますつもりは全くない。

 幹部でも無い者に飲ませるシロモノではないし、九鬼で飲むからいいのだ、というのもあるが、なにせ竜肉との組み合わせが絶品だ。
 単品だけでも極上だというのに、組み合わせる事で何倍にも美味くなる。
 それを誰彼構わず制限なく飲ませていては、消費した中身は時間経過で元に戻るとはいえ、肝心の俺達が楽しめない。
 これも階級格差だと、他の団員には思って諦めてもらうしかない。

 そうこうして、楽しい宴は夜遅くまで続き、後片付けをしてからベッドに寝転んだ。
 途端、睡魔は即座にやって来る。


 [赤髪ショートルベリア・ウォールラインが【鬼乱十八戦将】に覚醒しました]
 [称号【赤餓狼】が贈られます]


 そして意識が沈む直前、脳裏に響いたアナウンス。
 やはり赤髪ショートも入っていたかと思いつつ、俺は意識を手放した。


 “二百五十五日目”
 早朝、さっそく赤髪ショートに連絡をとった。
 どんな分野の能力が強化されているのかなど鈍鉄騎士達と同じように聞き出し、しばらくの間は以前との差異について情報を収集してもらう。
 そして聞きたい事を聞き出した後は、何気ない話題で盛り上がった。

 話を終えると栄養バランスのよい朝食をとり、団員達にざっと指示を出した後、俺とカナ美ちゃん、ミノ吉くんとアス江ちゃんの四鬼は迷宮都市を出て、しばらく平原を進んだ。
 あれほど積もっていた雪も今では少なく、進む事に問題は無い。
 そして周囲に誰の気配も無くなると、事前に呼び寄せておいたタツ四郎に乗って【鬼哭神火山】にやって来た。
 そして入口付近で降ろしてもらい、敷地内ならば即座に何処にでも跳ぶ事のできるワープゲートを使用する。
 ワープゲートによる移動は一瞬だ。
 気がつけば俺達は火山内最深部に居た。俺とカナ美ちゃんが竜肉を堪能したあの場所だ。

 現在ココにはダンジョンボスである、全体が黒く染まった灼誕竜女帝が存在している。
 今も棲家に入って寝転んでいたのだが、やって来た主――つまり俺だ――に反応して、眠りから覚めたようだ。

 灼誕竜女帝が今回の来訪は何の用事なのかと聞いてきたので、ここで今からミノ吉くんと訓練をすると伝え、しばらく上に行って欲しいと命令した。
 灼誕竜女帝は即座にそれに従った。
 広げられた竜翼が膨大な魔力を操作して巨躯が軽やかに舞い上がる程の浮力を生じさせた、かと思えば数度羽ばたくだけでアッという間に上空に飛んでいく。
 あの巨躯が飛び上がる光景は何と見事で力強いものだろうかと思いつつ、カナ美ちゃんとアス江ちゃんには危険だから、灼誕竜女帝の棲家に引き篭っていてくれるように頼んだ。
 カナ美ちゃんの魔氷と、【地雷鬼アースロード・亜種】から【帝王】類と同等以上の力を持つ種族である【地獄閻鬼アスフェールラージャ・亜種】に【存在進化】したアス江ちゃんが生じさせられるようになった雷獄結晶による多層防壁なら、逸れた攻撃が直撃しても耐えられるだろう。
 カナ美ちゃんは華奢な見た目の割にかなり頑丈だし、アス江ちゃんは以前よりもひと回りほど身体がガッチリと逞しくなった。
 滑らかな褐色の皮膚は見た目に反して半端な攻撃では傷一つつかないし、その下にある強靭な筋肉は柔軟でありながら強靭だ。皮膚を突破するような攻撃でも、筋肉で止められるに違いない。
 そんな二鬼ならば、多層防壁を破壊する程の攻撃を受けたとしても、即死する事はない。
 それだけの防御力はある。

 多分、おそらく、きっと。

 ……やっぱり心配なので、手持ちの中で最も強力強固な防衛特化型マジックアイテムを渡しておく。
 設置型なので持ち運ぶには不向きだが、一度設置すれば早々壊れる事はない。

 それにいい機会なので、ついでに二人の武具一式を更新した。
 全体的な構成は変わっていないが、材質や細かいデザインに差異がある。
 しかもどれもこれも神代ダンジョンで獲得したマジックアイテムばかりであり、その性能は以前よりも向上している。
 下手な攻撃では傷一つつけられないだろうし、装備者の能力を大幅に引き上げてくれている能力まで備えた優れ物だ。

 二鬼にはできる限りの事をしたので、改めてミノ吉くんと対峙した。

 現在のミノ吉くんは【牛頭鬼ミノタウロス新種ニュスペシス】から【雷牛帝王ギガミノテリオス・超越種】という種族に【存在進化】している。
 【雷牛帝王】とは群体としての能力に優れた【帝】と、個体としての能力に優れた【王】の特性の両方を持つ強力無比な種族であり、今回【存在進化】した八鬼の中で最も強力な種族だ。

 その【超越種】である為、かなり俺に近い存在にミノ吉くんは成ったと言えるだろう。

 その肉体は以前と比べて、ふた回り以上は大きくなっている。
 金属繊維の束を組み上げたような筋骨隆々な肉体を覆っているのは、黄金と純白、そして紋様を描く紅蓮で構成された剛毛だ。
 剛毛は聖剣魔剣の類でも容易に切り裂く事のできない硬度でありながら、ずっと触れていたいと思ってしまうほど柔らかい。一度触れてしまえば、離せなくなる不思議な魅力があった。
 だがずっと触れている事は不可能だ。なにせ、黄金雷と白炎が時折生じるからである。
 ミノ吉くんが意図しない限りはこの自然発生してしまう黄金雷と白炎がどれほど猛ろうと、他者を害する事はない。
 だが、今回俺はミノ吉くんと戦う為に対峙している。
 ならば当然、黄金雷と白炎は俺を害するだろう。

 白炎は【炎熱無効化】や【炎熱吸収】があるので大丈夫だとは思うが、黄金雷の場合は【雷電攻撃無効化】で防げない可能性が微妙にある。
 呼吸によって吐き出された呼気を浴びても攻撃だとは言い難いように、自然発生してしまう黄金雷もまた攻撃と判断されないかもしれないからだ。
 まあ、ミノ吉くんの戦意に反応してか紅蓮の剛毛によって全身に描かれている紋様が紅く発光し、自然発生する黄金雷と白炎がより一層激しく放出されて周囲を出鱈目に蹂躙しているので、大丈夫だろう。
 流石にあれが攻撃じゃないとは、少なくとも俺は思わない。
 半端な者では、近づく前に死んでしまうだろう。

 雷炎を纏い灼熱を宿した巨大なる牡牛。

 まさに今のミノ吉くんは、そう表現するのが適切だ。
 全身に漲る威圧は力強く、相手にとって不足はない。
 今回は様々な事情を考慮して無手で行うが、それでも十分過ぎる程楽しめるだろう。

 構えた俺とミノ吉くんはどちらともなく笑い、合図もないのに、同時に動いた。




 結局今日の組手は周囲の地形を激変させながら、夜遅くまで止まる事なく続いた。
 最後まで無手だったが、互いの体力は最早無尽蔵といっていい段階に達している為、一切休憩する事なく全力で戦い続けたのだ。

 そして勝敗は、勿論俺が勝った。
 だが余裕である、という訳ではない。

 どうやら【物理ダメージ貫通】かそれに似た類の能力を新しく得たらしいミノ吉くんの物理攻撃は、完全に防御しても確実に一定以上のダメージを俺に与えた。
 しかも黄金雷と白炎を浴びると【物理ダメージ貫通】に似た類の能力による恩恵か、あるいは先の迷宮攻略のクリア特典として皆が得た【竜炎の理】か、または別の能力――真名によって得た固有能力【神殺しの雷炎】が非常に怪しい――によるものか、もしくはその全てが要因かは分からないが、こちらも微量だが一定以上のダメージが防御しても蓄積されていった。
 自分でやる時は分からないものだが、防御しても身体の芯にまで響く攻撃は、実にイヤラシイものである。
 今も馬鹿げた威力を秘めた殴打を受けた事で身体の節々が鈍く痛み、黄金雷と白炎を受けた部分はヒリヒリと日焼けした時のような感じがする。

 それなりのダメージを負うほど激しい組手だったが、非常に有益な一日だったのは間違いない。

 この身体による戦闘技法の最適化や、ミノ吉くんの成長具合を知る事ができたのは大きいだろう。
 そしてカナ美ちゃんとアス江ちゃんが用意してくれていた夜食を食べた後は、寝具も敷かずにゴロンと寝転んだ。
 ゴツゴツとした足場の感触を背面で感じる。
 だが俺の皮膚は足場よりも丈夫だからか、多少不快感はあるが寝る事に支障はなさそうだ。

 仰向けになれば、自然と夜空が視界に入る。
 強化された視力は火口に浮いている≪決闘場≫の底部だけでなく、遥か遠くに存在する無数の星の輝きも鮮明に捉えた。
 たまにはこういった景色をジックリ見るのもいいもんだと思いつつ、今日はそのまま寝る事にした。
 のだが。


 [秋田犬アキカゼノツジが【鬼乱十八戦将】に覚醒しました]
 [称号【忠犬侍ちゅうけんさむらい】が贈られます]
 [女騎士(テレーゼ・E・エッケルマン)が【鬼乱十八戦将】に覚醒しました]
 [称号【憐輝士れんきし】が贈られます]


 再び聞こえたアナウンス。
 正直女騎士は意外だったのだが、そういえば最近構っていないなと思ったので、絶対にいいお土産を渡そうと思う。


 “二百五十六日目”
 目覚めてすぐ、両者に連絡をとる。
 これまでと同じ事を言い、その後はしばし会話を楽しんだ。

 そして竜肉で作られた朝食を堪能した後は、昨日の続きとばかりに張り切って訓練を行った。
 昨日は俺とミノ吉くんでひたすら一対一を繰り広げる事となったが、今回はカナ美ちゃんとアス江ちゃんも参加してる。

 構図としては、俺対三鬼、という具合だ。

 今回は無手ではなく、それぞれの得物や制限していた能力の全てを使用した、より実戦的な訓練である。

 前衛となるミノ吉くんは、【存在進化】した事に伴い大きく変化した愛用の武器を手に、まるで霊峰の如く君臨している。
 ミノ吉くんの代名詞ともいうべき巨大な戦斧は天斧【炎霆えんてい断罪斧だんざいふ】となり、巨躯すら隠してしまうほど巨大だった盾は天盾【雷牛帝王の絶炎城門】となっている。
 性能は以前と比べて段違いに向上し、秘めた力は強大だ。下手な【神器】を上回っているのではないだろうか、と思うほどに感じる威圧は凄まじい。

 中衛として構えるアス江ちゃんは、頑丈さと破壊力を兼ね揃えた【大地母神の破城槌】という家のように巨大な鎚を片手で軽々と担ぎ、溶岩で出来た巨大な手を生成する能力を秘めたガントレット型マジックアイテム【猪鬼王の溶岩手甲】を装備している。
 三鬼の中ではその実力は劣っているが、大地などを操作する能力もあり、中衛としての役割は十分過ぎる程果たせるだろう。
 その存在を軽くみていると、新しく生成できるようになった雷獄結晶などによって足元を掬われかねない。

 そして【魔眼封じの眼鏡】を外した後衛であるカナ美ちゃんは、数多の生き血を吸ったからか赤く染まった美しくも禍々しいクレイモア型の魔剣【月光の雫】を筆頭に、周囲に膨大な水を僅かな魔力で生成し意のままに操る事ができる【嘆水の腰布】、様々な魔矢を必中させる事ができる【必中の名弓フェイルノート】、周囲の水を取り込んで圧縮して撃ち出す事ができる魔銃【水圧縮銃すいあっしゅくじゅう水卵みずたまご】など数多くのマジックアイテムを装備している。
 カナ美ちゃんは様々な能力を秘めたマジックアイテムや強力無比な魔術を使いこなすので、多様性、という点では三鬼の中で抜きん出ているだろう。
 そしてそれを抜きにしても、純粋にカナ美ちゃんは強い。
 後衛として広範囲高威力の攻撃を仕掛けてくるだけでなく、意識の隙間を狙い、まさかこんな事はしてこないだろう、という事を平気でしてくるので要注意だ。

 それぞれの役割が明確に決められているだけでなく、臨機応変に対応できる陣形は見事だった。
 付け入る隙が見当たらない。

 対する俺は、朱槍と呪槍、更に【猪鬼王の肉切り包丁ブルオークキング・ミート・チョッパー】と【水震之魂剣ネイレティス】を装備した。
 【猪鬼王の肉切り包丁】は【巨人族の長持ち包丁】の上位互換のような代物で、切れ味はいいし耐久力も抜群だ。これならばミノ吉くんの強靭な肉体も、切断することはできるだろう。
 そして【水震之魂剣ネイレティス】は他人の【神器】なのでその能力を十全に発揮できないが、神器の耐久力ならば今回の訓練でも問題なく使えるだろう、という事で使ってみた訳だ。

 それで結果だが、正直死ぬかと思った。
 三鬼とも、最初から最後まで一切の手抜きなく全力だ。
 俺――オバ朗――なら何してもいいよね、とでもいう勢いで、三鬼による合体攻撃【滅撃・八鬼殲陣】やら陣形効果【無貌・八鬼戦陣】やらを全て使ってきたのである。
 使徒鬼アポストルロード時代だったら手足の五、六本はもぎ取られていただろう、凄まじい密度の攻撃でした。

 まあ、それでも勝つ事が出来たが。思った以上にこの肉体の性能は良いようだ。
 そんな感じの訓練を今日一日続けて、昨日と同じように飯を食う。

 ちなみに、なぜ二日連続で訓練を行っているかというと、理由は単純明快だ。

 現在の俺達では、訓練すると周囲に影響を及ぼし過ぎる。
 全力で手加減しながらやればできない事もないだろうが、それはそれで窮屈だし、変な癖がつきそうでやりたくない。

 しかしギリギリの攻防をするには、普通の場所ではダメなのだ。
 軽い攻撃の応酬による余波だけで地面に亀裂は走り、烈風が吹き荒れる。濃密な戦意と魔力の放出は何かしらの影響を出すだろう。
 すると危険を察知したありとあらゆる生物が、付近一帯から逃げ出すはずだ。その中には当然モンスターも含まれるだろう。
 その結果、モンスター達の進行方向に防衛手段の乏しい村や町が運悪く存在すれば、圧倒的物量の前に呆気なく蹂躙されて消滅するのは確実だ。
 そうならないかもしれないが、しかし十分過ぎるほど考えられるのではないだろうか。

 俺は別に破壊の限りを尽くしたいという訳でもないので、そんな悲劇は避けたい。
 もしかしたら将来俺達にとって利益になる存在がいないとも限らないし、敵でもない命を無駄に奪いたいとも思わない。

 だから俺が支配し、どれほど破壊しても自動修復機能のある【鬼哭神火山】が訓練には最適なのである。

 という事で、明日に備えてさっさと寝た。


 “二百五十七日目”
 二日間も訓練に費やしたので、さて、まず王国の王都≪オウスヴェル≫に戻って子供達を回収し、大森林に向かうか。
 と思っていたのだが、今日も一日【鬼哭神火山】で過ごす事になった。

 理由は、迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫で名剣魔剣の類や様々な【魔術書グリモワール】などを買い集めていたブラ里さんとスペ星さん達が、安価で治療していたセイ治くんとその手伝いをしていたクギ芽ちゃん、そして布教活動が一旦落ち着いたアイ腐ちゃんから俺達が何をしているのか詳細に聞き出したからだ。

 つまり、ブラ里さんとスペ星さんも暴れたかった、という事である。

 誘わなかったのは皆がそれぞれ楽しそうにしていたからなのだが、こんな反応があるなら誘ったほうがよかったかな、とは反省しつつ。
 俺はまず、やる気満々であるブラ里さんとスペ星さんのコンビと訓練を行った。
 二鬼のスタイルからして前衛は当然ブラ里さんであり、後衛はスペ星さんだ。

 前衛であるブラ里さんの種族は【血剣鬼ブラッディロード・亜種】から【血剣軍女帝ブラッディレイドエンプレス・亜種】となっている。
 ブラ里さんの外見は、そこまで変わっていない。
 鬼珠オーブが増えていたり、以前よりも凛々しくなっているなど細かい部分の変化はあるが、以前と変わらず敵の鮮血で全身を濡らしながら戦う、全身鎧を装備した赤い剣鬼だ。

 ただ外見的な特徴で一点だけ、大きく変わった部分があった。

 それが背面である。まるで天使の翼のようでありながら、鮮やかな血で出来た鋭利な剣翼が生えている。
 以前のブラ里さんはよく無数の血剣を背後に浮かべていたが、あれは多数の敵を屠りその血を剣としていたからであり、普段は血剣を維持している事はできなかった。
 血という材料を貯蔵し、持ち運ぶ事が困難だったからだ。
 だが【血剣軍女帝】になった事で背部に血で出来た剣翼というタンクを獲得し、貯蔵する事が可能になった。
 その恩恵によってか、敵を無数に殺さなくても、最初から最大の攻撃を使用できるようになっている。
 そして血剣の精密操作を同時に行う事ができる最大操作数は数百以上――振り回すなどの単純操作なら数千だそうだ――に達しているらしいので、ブラ里さんが率いる血剣の剣軍は想像するだけで厄介そうだ。

 それにそもそも高かった身体能力はより強化され、その剣技も磨きがかかり、戦闘スタイルも変化していた。
 以前は右手に持つロングソード型の魔剣【鮮血皇女】を持ち、血剣を操作するスタイルだったが、今は左手に新しく購入したらしいロングソード型の魔剣【屍斬血狩しざんけつが】を装備して、双剣使いに変わっている。
 二振りの魔剣と無数の血剣が織り成す濁流のような連続攻撃を捌くのは、相応に苦戦させられそうである。

 ちなみにカナ美ちゃんと血の操作権利を争うと、カナ美ちゃんに軍配が上がるようだ。
 ただ完全に操作する事はできず、うぞうぞと中途半端に動かす事が限界だったので、そこまで差がある訳ではないらしい。

 後衛であるスペ星さんの種族は【魔導鬼スペルロード・亜種】から【煌魔星女王スペリティタンクイーン・亜種】となっている。
 スペ星さんも鬼珠が増えているなど細かい部分に変化があるが、一番大きな変化は恒星の周囲を公転する惑星のように、スペ星さんを中心にして虹色の球体が八個存在する事だろう。

 少し調べてみたがこの球体は鬼珠の亜種というか、似て非なるモノであるらしく、鋼鉄製のナイフでは傷一つつかなかった。
 ミスラル製の物で薄らと、あるようなないような、そんな傷がつく程度なので結構な硬度なのは間違いない。
 銀腕を変形させて傷をつけてみたが、その傷も十数分もあれば時間経過で治っていた。

 八個の球体はある程度は思考操作できるらしく、高速回転して攻撃を弾いたり、至近距離に迫った敵に強力な打撃を与えて粉砕する砲弾のように扱える事が判明した。

 しかしその本質は、スペ星さんが魔術を行使する際、その補助をする事にある。

 この八個の球体達を触媒にすれば、本来なら相応の手間を必要とする高階梯魔術でも簡単に使用する事ができるし、行使すれば球体によって自動的に八倍になるという桁違いの能力を秘めている。

 こと魔術の行使に関しては団内随一になったスペ星さんであるが、それと引換えに身体能力はセイ治くん以下になっている。
 致命的な魔術の弾幕を掻い潜り、八個の球体を避けて攻撃する事ができれば、大鬼オーガ程度の身体能力でも一瞬で気絶させることは容易だろう。
 以前ならそんな事もなかっただろうが、今ではそれくらい貧弱だ。
 まあ、近づくという事が断崖絶壁を飛び降りて、群がる飛行型モンスターの群れを蹴散らし、最下に着地してから今度は断崖絶壁を登り、再び飛行型モンスター達を蹴散らしながら最終的には飛び降りた地点まで無傷で生還するくらい困難になっている訳だが。

 ともかく、そんな二鬼と訓練してみた。

 前衛であるブラ里さんに足止めされていると、死角から馬鹿げた威力と数の魔術が飛んでくる。
 それに対処していると、今度は意図して僅かに形成された被害を最小限にして俺に接近できるルートを高速で進むブラ里さんが接近。
 息つく暇もなく強烈で苛烈な無数の斬撃を浴びせてくる。
 そしてそれに対処していると、また魔術が飛んできて、の繰り返しだ。
 ブラ里さんとスペ星さんは長年共に戦ってきた中なので、その連携は驚嘆に値した。

 まあ、結局勝たせてもらいました。
 要因は色々あるが、最も大きかったのは四本腕が全て斬撃を止める銀腕だったのがブラ里さんにとって相性最悪だった事だろう。

 どんなに強くなっても、相性が悪いと本領を発揮できないものである。

 その後は色々な組み合わせで訓練をして、締めに俺対五鬼で戦ってみた。

 詳細は省くが、転生してから数回も経験した事のない激戦だったのは間違いないだろう。
 皆、強くなったもんだ、と全身傷だらけの状態ではあるが、嬉しく思った。
 他の皆は俺以上に酷い有様だが、こんなひと時も、何だかいいもんだろう。


 “二百五十八日目”
 俺達は夜明け前に目を覚まし、タツ四郎に乗って【鬼哭神火山】を出立。
 タツ四郎の飛行速度は凄まじく、僅かな時間で迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫に到着できた。

 以前のように上空からダイナミック入場だと今回は都合が悪いので、普通に門から入場する。
 列に並び、順番を待つ。早朝だったからかそれ程待つ事も無く入る事が出来た。
 そしてまだ早い時間だというのに活気が出始めた朝市を見つつ、俺達の屋敷に向かった。

 その時に食べたドネルケバブのような料理は、それなりに美味しかった。
 どうやら派生迷宮からのドロップアイテムを使用しているらしく、肉の質が思ったよりも良いらしい。もちろん出来立てというのも美味さの秘訣に違いない。

 まだ熱いのでホフホフしながら食べつつ、今度竜肉でやってみようと思った。
 さぞ美味いだろう。美味いに違いない。美味くないと詐欺だ。

 なんて思いつつ、少しだけ寄り道してから屋敷に戻った俺達は、そのまま各自の荷造りを開始した。

 とはいえここでの滞在期間は短いので私物はそこまで多くないし、ここでしか買えない――衣服や装飾品、魔剣やら魔術書など――ご当地アイテムがあっても大型の収納型マジックアイテムに放り込んでいくだけで終わるので、さほど時間はかからなかった。

 今回王国の王都に帰還するのは、最初に来た九鬼である。
 呼び寄せた団員達は迷宮商会≪蛇の心臓≫の店員といて今後も働いてもらう予定である。
 実は数度、短期間ではあるが繁盛し始めた事を懸念してか、迷宮都市で商売し続けてきた他の商会から大小様々な嫌がらせ――強面のゴロツキによる恐喝、不良品を紛れ込ましてのイチャモンなど――や、普通に犯罪行為――屋敷に放火未遂、従業員の拉致監禁未遂――を裏でされている。
 下っ端は人材発掘も兼ねて迷宮都市の住人から雇うつもりだが、そんな迷惑行為を排除する力にはならない。
 だから強引に排除できる力を持った団員を此処で戻す訳にはいかないので、今回帰るのは俺達九鬼だけになった訳だ。
 誠実そうな金髪碧眼の青年実業家風な店主になった分体を責任者として置いて行くので、残る団員達にはただ守るだけでなく、迷宮商会≪蛇の心臓≫を繁盛させる力になって欲しいと思っている。

 そうして帰り支度を終えた俺達九鬼は、骸骨大百足に乗って迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫を出発した。
 来た時と同じように、いやそれ以上に奇異や好奇心や畏怖や崇拝や哀愁などを綯い交ぜにしたような奇妙な視線を浴びながら、俺達を乗せた骸骨大百足はひた走る。

 そしてそれなりの距離を進んだ後は、俺のアイテムボックスに骸骨大百足を収納し、事前に呼んでおいたタツ四郎に乗せてもらった。
 別に行きと同じように休息を必要としない骸骨大百足に乗って戻ってもいいのだが、タツ四郎の最高速度や最大積載量、航続距離などを知りたかったので、今回はそれの確認も兼ねている。

 超重量級であるミノ吉くんとアス江ちゃんを載せていても何ら支障の無さそうなタツ四郎の雄々しい姿に満足しつつ、俺達は凄まじい速度で真っ直ぐ帰ってもよかったのだが、せっかくなので空から名所を幾つか見て回る事にした。

 この世界は広大で、摩訶不思議な現象が存在する。

 とある森があった。広大なその森の上空には大小様々な樹木が生えた岩塊が無数に浮かび、飛行型モンスター達の巣となっているようだ。
 とある草原があった。色とりどりの花によって周囲一体が埋め尽くされ、非常に美しい。だが、食獣植物が紛れているらしく蜜を求めた“アカハチドリ”が捕食されている。
 とある河があった。横幅の広いその河を流れる水は青く澄んでおり、泳ぐ魚達が上空からもよく見える。魚は掌よりも小さなモノから、数メートル以上にも及ぶ巨大なモノまで様々だ。
 とある山があった。雪化粧を施された山の直上には、まるで渦巻きのような雲が存在した。太陽によって照らされた雲と山は、思わず見入るほどに魔的である。

 そんな雄大で素晴らしい景色が見られる名所を次々と見ていったが、王都の近くに到着したのは夕方近い時間帯だった。
 寄り道しても、タツ四郎の飛行速度なら短時間で巡れてしまうらしい。
 それはとても素晴らしい事であるが、王都に近い今は姿を目撃されると面倒なので、山や大樹などによって見え難い程度に離れた広大な森に降り立った。
 そして空の旅はここまでとして、役目を終えたタツ四郎には棲家にしている【鬼哭神火山】に帰ってもらう。飛び立つと、アッという間に見えなくなった。
 タツ四郎には既に分体が【寄生】しているのでいつでも連絡できるが、用事があるまではしばしの別れだ。

 その後は骸骨大百足に乗り、王都の門にまで直行した。
 久しぶりに見るが、やはり立派な門である。歴史を感じさせる威容は、見事なモノだった。
 門では何処かで見た覚えのある門番の青年が検問を担当したが、お転婆姫からもらっている【王認手形プリンセス・ビル】によって殆ど時間をかけずに通過できた。

 王都には骸骨大百足に乗った状態で入った。

 現在の姿を見られれば騒がれる可能性が高く、鬱陶しいし無用な混乱を招きたくなかったからなのだが、あまり意味は無かったらしい。
 骸骨大百足に乗ったままなので俺の姿は見られていないが、王都には骸骨百足の姉妹機とも言える骸骨蜘蛛達が走っている。
 最近では手軽な足として予想よりも普及しているし、それを扱っている団体がどこなのか、運ぶついでに宣伝しているのでほとんどの住民は知っている。
 そして普通ではありえない、明らかに特別製だろう大型の骸骨大百足を見れば、大体誰が乗っているのか子供でも予想できるだろう。

 つまりは隠れていても、俺達が帰ってきたと思われたようだ。
 人々の往来の邪魔にならない場所で、跪いてコチラを拝んでいる老若男女がチラホラと確認できる。
 もし姿を見られれば、どうなるのだろうかと不安にさえ思う。
 外出する時は、しばらく傭兵団の外套でも羽織る事にしよう。

 屋敷に到着すると、出迎えてくれたオーロとアルジェント、鬼若や赤髪ショート達とハグをした。
 分体で皆が成長しているのは見続けているが、実際にあって確認するのも大事である。

 再会を祝った後は、雇っている【料理人コック】達が用意してくれた料理を堪能した。
 せっかく丹精込めて作ってくれたので、竜肉を食べるのはまた次の機会に、という事になった。


 “二百五十九日目”
 久しぶりにベッドで寝たからか、今日目が覚めたのは普段よりも若干遅い時間帯だった。

 ここ最近は野宿というか、ひたすら動き続けてから地面に寝転んで寝る事の繰り返しだった事もあるだろうが、最高級羽毛布団の魅力が凄まじい事が原因だろう。
 雪は降らなくなったとはいえまだ肌寒いので、快適な眠りを提供してくれる羽毛布団は一度包まると抜け出せなくなる。
 軽いし暖かいしとくれば、夢心地は間違いない。

 隣にカナ美ちゃんや赤髪ショートという柔らかくて暖かい抱き枕もあるので尚更だ。

 まだ寝ていたいと頭の片隅では思いつつ、欲望を振り払って起床し、そのまま朝練を開始した。
 子供達やミノ吉くん達は既に起きて、準備体操を終えていた。若干遅れながら、俺も準備を整える。

 朝練は王都なので近所迷惑にならない程度に軽く流し、美味い朝食を堪能する。
 その後は皆それぞれの仕事に勤しんだ。
 俺も俺で、書類整理などやるべき事はそれなりにある。

 だが今日はやる事が少なかったので、昼過ぎには暇になった。

 子供達の訓練を見ようかとも思ったが、ミノ吉くん達が既にしてくれている。
 カナ美ちゃんやスペ星さん達は≪ソルチュード≫達に勉強を教えているようだし、セイ治くんやクギ芽ちゃんは訪問治療を行いながら住民達と関係を築いている。
 アイ腐ちゃんは変わらず自分の道を突き進んでいるので良いとして、今は皆忙しそうにしているようだ。

 なら丁度いいかと俺は思い、現在手に入れている四つの【神器】――

 【陽光之魂剣ヒスペリオール
 【水震之魂剣ネイレティス
 【清水神之宝核輪アンクリトリアム
 【再誕神之竜宝玉イグナトス・フォルナ

 ――の一つである、【清水神之宝核輪アンクリトリアム】を取り出した。

 【清水神之宝核輪】は五つの指輪を銀鎖で繋いだ腕輪だ。
 見ただけで流石【幻想ファンタズム】級マジックアイテム【神器】だ、と思わずにはいられない神秘を宿している。

 そんな【清水神之宝核輪】をしばし隅々まで観賞した後、俺はおもむろに【清水神之宝核輪】を口に放り込んだ。
 そして噛む。噛む。噛む。
 一心不乱に噛む。

 以前【陽光之魂剣ヒスペリオール】を食べようとした事があったが、あの時は喰べる事ができなかった。
 あれにはプライドを傷つけられたが、しかし【金剛夜叉鬼神ヴァジュラヤクシャ・オーバーロード現神種ヴァイシュラシーズ】となった今ならいけるのではないだろうか、と思い、実行に移してみた。

 しばらく噛んでみるが、変化は感じられなかった。
 【清水神之宝核輪】は途轍もない硬度で、俺の歯を阻んでいる。

 今の俺でも駄目なのか、と落胆し、なかば諦めながらも噛み続ける。
 それはもう、執念というか、意地だったのだろう。

 噛む。噛む。噛む。
 一心不乱に噛み続ける。

 やっぱり駄目か、と思っていると、僅かに、 本当に僅かにだが、ペキ、と欠けた感覚があった。
 それに思わずハッとすると同時に、竜肉すら越える味が口一杯に広がった。

 この味は言葉にして表現する事は既に出来ない。
 実際に食べてみない限り、これは誰かに伝える事など到底出来ない。

 ただ美味い、最早それしか言えない程の、美味だった。
 あまりの衝撃に意識が消失してしまうのではないか? と思ってしまうほどの衝撃である。脳髄に大電流が走った、と表現してもいいだろう。

 そしてなにより、この味を味わえたという事は、【神器】である【清水神之宝核輪】が、俺の歯によって僅かに欠けた事に他ならない。
 咀嚼できる、今の俺ならば。
 以前は出来なかった事が、今の俺ならば可能である。

 それからは、ただひたすらに咀嚼し続けるだけだった。
 するとごく僅かに、ごくごく僅かに、欠けていく。

 歯が通る。俺の歯が【清水神之宝核輪】を削っていく。
 そして出た欠片は舌によって運ばれ、ゴクリと嚥下されていく。食道を通り、胃に至った欠片は胃液によって消化されていく。

 その一連の流れは、俺に抗えぬ快楽を与えた。
 抗う事など出来ない美味と、食べても食べても尽きるどころか湧き出す食欲に突き動かされて、俺は一心不乱に、【神器】を全て食い尽くすまで没頭した。

 仕事を終えたカナ美ちゃん達が甘えてきても、オーロ達が甘えてきても、俺は噛み続ける事を止めなかった。
 止められなかった。止められるはずがなかった。

 咀嚼は、夜になっても続いていた。


 [クマ次郎が【鬼乱十八戦将】に覚醒しました]
 [称号【鬼熊王】が贈られます]
 [クロ三郎が【鬼乱十八戦将】に覚醒しました]
 [称号【黒狼帝】が贈られます]


 “二百六十日目”
 昨日からずっと咀嚼している――我ながら寝ながらでも続けていたのは正直どうかと思う――が、【幻想】級マジックアイテム【神器】の一つである【清水神之宝核輪】はまだ半分程原型を留めている。
 流石だが、しかし今日中には【清水神之宝核輪】が内包している【神力】も含めた全てを消化・吸収できるだろう。

 その時を楽しみにし、咀嚼しつつ、新たに【鬼乱十八戦将】に選ばれた二匹について、調べてみた。

 まず、クマ次郎について。
 クマ次郎は【鬼熊オニグマ】から【荒鬼熊猫アラバキパンダ】に【存在進化】していた。
 外見は七メートルほどの大きさの、額から一メートル程の長さがある黒曜石のような太く鋭い一角を生やしたパンダである。
 白と黒の強靭でありながら柔軟な体毛で全身を包み、どこか愛らしい仕草でゴロゴロ転がっている。その大きさにさえ目を瞑れば愛玩動物、または観賞用としては好評なのではないだろうか。

 しかし安易に近づいてはいけない。
 クマ次郎にとってはじゃれているだけでも、大半の生物は容易に殺害されてしまうからだ。

 巨大な熊手の一撃は直撃すれば竜鱗すら砕き、その爪は竜殻すら切断するほどに鋭利だ。
 しかも額の角と、角と同じ物質だろう両肩と両肘にある鋭利な突起から放たれる黒いオーラを纏った時には全体的なステータスが大幅に上昇し、しかも特殊攻撃も可能とする。
 ただでさえ見た目に反してかなり俊敏に動けるだけの優れた身体能力を有しているのにだ。
 下手な軍隊なら単体でも短時間で蹂躙できるだろう、称号【鬼熊王】に恥じぬ暴力を持っていた。

 次は、クロ三郎について。
 クロ三郎は【双頭狼オルトロス】から【三頭冥狼ヘルケルベロス】に【存在進化】していた。
 闇のように黒い剛毛を持つ、四メートルはあるだろう三頭の巨狼だ。
 首の近くには炎と毒を吐き出す無数の蛇が生え、尻尾は何処か龍を彷彿とさせる異様になっている。

 身体が大きくて頭の数も多くて、首元や尻尾が蛇である、という見た目は少々恐怖を感じさせるかもしれないが、しかし実際には人懐っこい犬のようでしかない。
 黒い剛毛はフワフワと柔らかく、手触りもいい。クロ三郎の上で昼寝すれば、さぞ心地よく過ごせるだろう。

 そしてもちろん、その戦闘能力は以前よりも遥かに向上している。
 個体としてより強靭になったクマ次郎とは対照的に、クロ三郎は群れとして強くなっている。
 【三頭冥狼ヘルケルベロス】になったからか、もしくは称号【黒狼帝】を得たからか、クロ三郎は【生成】系の能力を得たようだ。
 雄々しく咆哮すると何処からともなく【三頭狼ケルベロス】達が湧き出し、瞬く間に数十頭の群れとなる。
 【統率】系の能力が充実しているクロ三郎によって率いられた群れは、どんなに数が多くても一個の生命体のように流動的に動く事が出来ている。
 時には竜さえ殺し、喰らう事もあるそうだ。

 総合的な能力はクマ次郎と、大体同じくらいだろうか。

 それから、二頭の胸部にある武装水粘液ウォースラーマードの銀核は、より大きさを増していた。
 粘液が全身を覆う時も、スライム装甲は青色から青銀色に変色していた。以前よりも金属質になった、と言えばいいのだろうか。
 以前よりも分厚くなっているし、硬度も向上しているようだ。

 そんな風に変化した二頭が甘えてくるので、よしよしと全身で可愛がってみる。
 すると二頭はより甘えてきたので、更に可愛がった。
 こうしたひと時は、ホッとしていいもんだ。二頭には、これからはもっと戦力として活躍してもらおうか。

 そうしてなんやかんやと時間は過ぎ、太陽が徐々に沈んでいく夕方頃。
 ようやく【清水神之宝核輪】を完全に喰べる事が出来た。

 喰べ終えた時の達成感と、どうしようもない喪失感が何とも言い難い。
 しかし確実に、【清水神之宝核輪】は俺の血肉となっていた。


 【能力名アビリティ清水神之宝核輪アンクリトリアム】のラーニング完了】
 【能力名【伍水宝御ごすいほうぎょ】のラーニング完了】
 【能力名【清水の泉】のラーニング完了】
 【能力名【能力増設】のラーニング完了】
 【能力名【異教天罰】のラーニング完了】
 【能力名【神力変換】のラーニング完了】
 【能力名【配下共進】のラーニング完了】
 【能力名【形状変化】のラーニング完了】
 【能力名【不可貫通】のラーニング完了】
 【能力名【五つの命魂めいこん】のラーニング完了】


 内包された【神力】に至るまで一欠片足りとも零す事なく消化・吸収した事により、【清水神之宝核輪】の全ては俺のモノになった。
 数々のアビリティをラーニングできただけでなく、内包されていた【神力】は確実に俺を強化してくれている。

 【神力】は神成らざる者からすれば有効活用する方法が存在しないエネルギーだ。

 しかし【金剛夜叉鬼神ヴァジュラヤクシャ・オーバーロード現神種ヴァイシュラシーズ】となった俺からすれば、何とか活用できる有用なエネルギーだった。
 魔力とはまた違った法則で扱う必要のある【神力】には量に限りがあるので使う事は滅多にないし、威力が凄すぎて安易に使用する事はできないが、これが無ければ行使できない特別な【魔法】もあるので、切り札の一つとして有り難く活用させてもらおうと思う。

 起死回生の一手になるだろう切り札を得た事でニマニマと思わず笑いつつ、今日の夜食は竜肉を使ったパーティだ。
 屋敷にあるダンスもできる大ホールにて数々の料理を並べ、皆で盛大に祝った。
 参加者は俺やカナ美ちゃんなど九鬼を筆頭に、赤髪ショートや子供達、女武者や一般団員、≪ソルチュード≫や雇っている執事やメイド達といった王都に居る全員に加え、帰ってきた事を知ってやって来たお転婆姫と少年騎士、そして第一王妃と闇勇一行となっている。

 かなりの人数に膨れ上がったパーティは、まず乾杯から始まり、談笑の前に竜肉の試食となった。
 そして惜しげもなく使われた竜肉料理によって、前回の時と似たような感じになる。

 つまり、あまりの美味さに感涙する者が続出したのだ。

 中でもつい最近まで日々食べる物にすら困窮していた≪ソルチュード≫達の反応が劇的だ。体内の水分全てを涙に変換しているのではないだろうか、と心配してしまうほど泣いている。
 涙で服がグチャグチャになっている者も多い。ガキ大将など、その筆頭だ。
 ただ悲しみではなく、嬉しさのあまりの涙なので、全員の頭を撫でながら俺達はこのひと時を楽しむ事にした。

 今夜は色々とあった。
 お転婆姫と少年騎士からは、帰ってきたと思えばまた【存在進化】していて驚かれたり、苦労話を聞かされたりした。国の内部情報を漏らすのは正直どうかと思う。
 第一王妃と闇勇一行からは、最早理性がぶっ飛んでいるのではないだろうかとコチラが心配になりそうな程の反応を示された。俺が使用済みのナイフを密かに購入しようとするのは勘弁して欲しい。
 オーロとアルジェント、鬼若とオプシーといった俺の子供達からは、今回の旅で何処で何をして何をなしたのかを事細かく聞かれたり、自分達が何ができるようになったのかを話し合った。最年少であるオプシーも、最近では片言であるが話せるようになっている。驚異的な成長速度だ。流石俺の子。
 王都本店を任せている女武者からは、商品の展示の仕方がうんぬん、仕入れがうんぬん、面倒なクレーマーがうんぬん、楽しいけど休みが欲しいようんぬんかんぬん、と愚痴られた。お疲れのようなので、予定を変更して、大森林の温泉に連れて行ってやろうと思う。店には、分体を置いていけばいいだろう。
 その他にもカナ美ちゃんには早く子供が欲しいと懇願されたり、赤髪ショートとオプシーの教育法について話したり、ミノ吉くんとアス江ちゃんから子供を造るにはどうするのが効率的か相談されたり、セイ治くんから効率的な治療法を問いかけられたり、ブラ里さんからスペ星さんについての相談をされたり、スペ星さんと魔術の効率的な運用法について議論したり、酔ってしまった普段はお淑やかなクギ芽ちゃんに絡まれたり、半裸になった男達による巨大な酒樽を使った飲み比べをしている様子を『グフフフ腐腐腐』と笑うアイ腐ちゃんに観察されたりした。

 あまりにも混沌とした飲めや歌えの宴会パーティは、無礼講という事もあって大盛り上りとなったのだった。
 普段以上のこの盛り上がりは、やはり竜肉によるものだろうか。
 もしくは美味なる迷宮酒を大盤振る舞いしたからだろうか。
 あるいはその両方だろう。美味い料理はヒトを陽気にさせる。そこに酒が加われば、こうなっても仕方ないのかもしれない。

 飲んで飲んで、食べて食べて、笑いあったひと時は過ぎていく。
 今日はいい酒が飲めた。
 だから今度は大森林で、これと同じかより美味い酒を飲みたいものだ。
 鍛冶師さんや錬金術師さん、姉妹さんや女騎士など、久しく会っていない者達との再開の時はすぐそこだ。
 早く会いたいなとは思いつつ、今宵開かれた宴会は、夜遅くになっても終わる事はなく続くのだった。

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