Otto Steininger
労働市場が逼迫(ひっぱく)すると、会社をやめようとする社員が増える。その結果、企業は離職に伴うコスト増大に頭を悩ませることになる。その対策として、米小売り大手のウォルマート・ストアーズやスイスの金融大手クレディ・スイス・グループ、米クラウドストレージサービスのボックスなどは大量のデータを分析し、退職する可能性がある社員を見つけ出そうとしている。
分析チームの責任者によると、事前に退職しそうな社員がわかれば、マネージャーは社員が実際に会社を辞めてしまう前に対策を講じることが可能になる。
分析されるのは数十に上る項目で、在職期間から地理的環境、勤務評定、社員調査、コミュニケーションのパターン、それに逃走リスク(人事部門では退職しそうな社員についてこのような表現を使う)を特定するための性格検査などが含まれる。
こうしたデータを分析することで、多くの場合、社員が会社にとどまる理由、他社に職を求めようとする理由が複雑な形で浮かび上がってくる。
人材分析会社カルチャー・アンプの分析によると、例えばボックスでは、社員が所属部門とどの程度結びつきを感じているかのほうが、給与や上司との関係よりもはるかに重要だ。クレディ・スイスでは、マネージャーの能力とチームの規模が驚くほど強い影響力を持つことがわかった。大所帯の部署で評価が低いマネージャーと一緒に働いている社員の離職率は高い。
雇用情勢が改善しているため、企業は社員の離職を防ぐ対策に力を入れようとしている。新しい人材を確保するには費用がかかるというのが最大の理由だ。リベラル寄りのシンクタンク、アメリカ進歩センターによると、離職に伴うコスト(中央値)は従業員の年収のおよそ21%に相当する。人材マネジメント協会によると、新たに社員を雇う場合のコストは平均で約3341ドル(約40万円)かかる。
クレディ・スイスで全世界の人材開発を担当するウィリアム・ウルフ氏は、望ましくない離職が1ポイント低下すれば、年間で7500万ドルから1億ドルの節約になると述べた。
多くの企業は1つのデータで社員が会社にとどまるか、退職するかを予測したいと思っているが、それは無理な話だ。データの専門家はさまざまな変数を組み合わせたり、時間をかけて予想を検討したりして、どの社員が近い将来、会社を離れるかを予測するモデルを作成する。特定の企業や社員に関する予測に最も有効な要因がわかれば、計算の精度が上がるかもしれない。
企業は一部の社員については離職の恐れがあっても気に留めないかもしれないが、社員の残留率を改善し、人材を流出させない方法を探るためにデータを活用していると強調している。
残留率を研究するデータ専門家は重要な相関関係を見つけたという。
人材関連のデータや匿名化された電子メールやスケジュール表のデータを調査するボロメトリックスは特定の同僚との交流や必要な会議以外のイベントへの出席に時間を割かなくなった社員について、最長で向こう1年間の「逃走リスク」を予想できることを発見した。アルティメット・ソフトウエアは顧客企業の社員について、福利厚生の適用を放棄した社員と退職した社員の間に相関関係があることに気づいた。
クレディ・スイスは過去3年間にわたって、昇給や昇進、人生の節目など社員に起きた事柄を調査、翌年も同社にとどまるか退職するかを予測した。同社の人材分析チームを監督するウルフ氏によると、仕事の内容が変われば社員は会社にとどまる可能性が高くなる。ウルフ氏はこれを「sticky(粘着力のある)」という言葉で表わす。しかし、同社では5年前まで空きポストの半数未満しか公表されておらず、外部の人間を採用することがほとんどだった。
およそ1年半前、同社は社員が異動を希望できる取り組みを世界各地のオフィスで開始した。今では空きポストの80%が公表され、空きポストが出ると社内のリクルーターが社員に勧誘の電話をかける。
異動を希望しておきながら退職した社員がいることがわかると、クレディ・スイスの採用担当者は離職の確率についての推計を利用し始めた。空きポストが出たときにどの社員に声をかければいいのかを決めるためだ。
約300人の社員がこの異動プログラムを使って昇進した。ウルフ氏によると、その多くは異動がなければ転職していた可能性があった人々だという。ウルフ氏は「多くの人々を他の銀行に転職させずに済んだ」と話ている。
クレディ・スイスは特定の肩書を持つ女性の離職率がなぜ男性より高いのかを調査する上でもデータ分析を活用した。その結果、昇進であれ産休などのプライベートな問題であれ、なんらかの変化があると、女性は退職を決意する可能性が高まることがわかった。
ボックスでは、マネージャーにさらに多くのソーシャルイベントを開催したり、チームとしての仕事を評価したり、幹部が若手社員を指導するプログラムを実施するよう呼び掛けている。チームのメンバー同士が親しい関係になれば、離職を未然に防げると考えてのことだ。社員は明確な昇進のチャンスが見えてこなければ退職する可能性がある。そのため、ボックスは社員一人ひとりにキャリアプランを提示したり、高いレベルの業務を割り当てたりして改善を図った。
半導体大手のマイクロン・テクノロジーは新入社員の離職率を抑える取り組みとしてデータを活用している。同社の新入社員の離職率は全世界で約20%に上っている。退職者の多くは製造にかかわる人材だ。
初期の分析結果から判明したのは、採用時に仕事の内容について正確な説明を受けなかったと感じた社員は離職する可能性が高いということだった。そこでマイクロは現在、仕事の内容をさらに明確に提示しようとしている。仕事のために引っ越しをした社員は離職する可能性が高いということも判明したが、なぜかはわかっていない。
企業は社員がいつ今のポストを離れるかも予測しようとしている。予測しようとしているのはポストを離れるタイミングであって、必ずしも退職するとは限らない。ウォルマートは社員が昇進する可能性を事前に把握しようとしている。そうすれば、迅速に後任を確保できるからだ。同社では1年に およそ16万人から17万人の社員が昇進するという。