村上さん、初めまして。
私はとある会社の広報部で仕事をしています。弊社は小さな会社で、なおかつ市場も消費者ターゲットもとても狭いので、私が広報ニュースを発信しても社会的にはあまりインパクトがありません。
……ということで、ある日ちょっと自暴自棄になって、村上春樹風に文章を作ってニュースを発信してみました。思ったよりも社内の評判がよく、その日の社内メールは社員が村上春樹風に文章を書くという、変なブームになりました。
そこで質問です。ネットでは村上春樹さん風に文章を書く事が流行っています。まあそんな経緯もあり、私自身もその流行に乗ってみたのですが、村上春樹さん自身はその流行をどう思われていますか?
それらを読んで「こいつら下手糞だな!」と赤ペンで直したくなりますか?
もし村上さんがいやなら……もちろん私たちすぐその遊びを止めます。そして心の中でこっそりやります。気分を害してしまっていたら本当にごめんなさい。
(文化的雪かき担当、女性、40歳、会社員)
そうですか。きっと僕には僕の文体みたいなものがあるんでしょうね。僕自身はごく普通に自然に文章を書いているので、自分の文体のことなんて意識したことはほとんどありません。もちろんいずれにせよ、文体の専売特許みたいなものを登録しているわけではありませんから、どのように真似をされてもいじくられても、まったくフリーです。気分を害するなんてとんでもないことです。僕はプロの物書きなので、僕の文体はどこまでもオープンなテキストです。
でもご自分では誰かのスタイルをそのまま真似ているつもりでも、結局はそれは一種の「自己改変」なんですよね。たとえば高校球児がイチローの打撃フォームを真似したとしても、それはイチローそっくりに打つというわけではなく(体質的にも体力的にも、そんなことができるわけがない)、イチローのフォームをとりあえずのフレームとして取り込むことによって、その中で自分の本来の打撃フォームをモディファイしているわけなのです。文章もそれと同じことです。そっくり誰かの真似なんてできるわけはありません。あなたはその「真似」をいわば触媒にして、あなた自身の文体を再形成しているだけです。それはある意味、とても自然な行為であると僕は思いますよ。誰に恥じることもありません。
村上春樹拝