何年か前にid:izuminoさんから聞いて以来注目している「美少女キャラ表現」について、自分なりにまとめてみます。
美少女キャラ描写は自分の場合言われなきゃ気付かなかったけど言われるとひどく気にし出すタイプの話だったので、マンガで美しさの差異や描き分け演出がされていないことをある程度お約束的に受容して無自覚な人が多いんだと思う。作品世界観の納得度、広義のリアリティの問題なので。
— 水星 (@mercury_c) 2015, 3月 9
- 設定には納得が必要
まずは皆さん分かりやすいように国民的アニメを例に説明します。
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『探偵オペラ ミルキィホームズ』の明智小衣ちゃんは「IQ1300以上の美少女」を常に自称していますが、それらしい知的な言動は見られません。また美少女の方も「自分で美少女って言いました~」と仲間からツッコミを受けてしまいます。
この「IQ1300以上の美少女」設定には信用度がとても低く、要は客観評価に比べて自己評価が高すぎるというギャグです。
逆に見ると設定には受け手が納得できるような根拠となるものが求められる、ということです。
IQ1300以上というならそれらしい知的な言動を見せたり、自分で美少女って言ってるだけでなく周りからも美少女と扱われないと、この設定は疑わしいです。
- 作品世界観の納得度、広義のリアリティ
作中のキャラクター間で「BはAよりかわいい」という扱いがされているものはたくさんあります。この「BはAよりかわいい」という作中の設定を伝えるのには、Bが「わたしはかわいい」と言うだけでは不十分です。例えばAがBに「あなたはわたしよりかわいい」と言うと、この設定はより確かに感じられます。
しかし、それだけで十分でしょうか? 実はAはBにお世辞を言っているだけかもしれない。AがBのことを好きなだけかもしれない。例えばAやBだけでなく、別のキャラクターの視線が入ることで、設定の確かさはより上がります。
要するに美少女キャラ描写は作品世界観の納得度、広義のリアリティの問題なのです。
ところがよく「この作品にはリアリティがない」などと言われる割には、この問題に関しては一般に意識が低いです。おそらく本来AとBのキャラクターが似たような外見であると、「BはAよりかわいい」という作中の設定にいまいち納得度が低いはずが、そのような例が非常に多いため、多くの人はある程度お約束的に受容しているのでしょう。
そうやって無意識に受容していると気付きませんが、美少女キャラ描写が巧い作品も多くあります。つまり「BはAよりかわいい」設定の納得度が高い作品です。以下、例にいくつか挙げます。
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- 井上 菜摘,宮島 雅憲『阿部のいる町』
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『阿部のいる町』はモテすぎる男子・阿部くんをめぐるコメディ漫画。表紙の阿部がモテすぎるというギャグなのですが、これを示すためにこの漫画は、阿部の周りの女子たちが阿部をめぐって狂う描写だけでなく、阿部というキャラクターを他の男子よりイケメンに見えるよう描いています。
(中心の阿部がかっこよく描かれ、また女性陣に囲まれまくるというモテ描写)
もちろんこれを見ても阿部がかっこいいと思わない人もいるでしょう。ただここでの問題は「読み手が阿部をかっこいいと思うか?」ではありません。「作中で他とかっこいい男子という描写がされているか?」です。読み手の印象は個人の好みに左右されるので、作中で差別化・差異化を図っているかが問題です。
この手の設定ギャグは「BはAよりかわいい」設定(ここでは「阿部が一番イケメンである」)が大きなキーとなっているがために、過剰なまでにその設定を表現します。
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- 松浦だるま『累』
またギャグではなくストーリー上の必要性があり、はっきり演出に意図がある作品もあります。
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松浦だるま『累』は美醜をめぐる物語。「美しい」ことと「醜い」ことによる扱いの差を克明に描いているため、美しい者と醜い者を作中ではっきり描き分けています。
(左右のキャラクターで明確に顔の描き分けをしている)
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- 佐藤ざくり『少女、少女、少女なの』
ストーリー上の表現というよりはキャラクター描写としての美少女キャラ表現もあります。
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例えばこのページ(試し読み4ページ目)。
「私は自分を特別な少女だと思ってる」というモノローグの後ろに周囲の人々から称賛の言葉があります。これがないとこの娘がひとりで自分のことをかわいいと言っているだけだから、単に自己評価が高いだけの女子にも見えかねません。周りの人々からの称賛を入れることで、この娘がただ自惚れではなく客観的に美少女と示しているのです。
続く5ページからは主人公の独白で自分のかわいさを強調していますが、これもその前に客観的に美少女であるとはっきり判っていないと読む印象はだいぶ変わるでしょう。
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- 西炯子『亀の鳴く声』
西炯子『亀の鳴く声』は試し読みがなかったのでストーリーを追う形で長めに説明します。
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市役所職員の主人公・中川信がファミレスへ入ると、そこには毎朝通勤途中に見かける女子高生・高月くれはの姿が。入れ替わりで店を出た男子高校生らが「あの窓際の席にひとりで座ってた髪の長い女の子さ、うちの高校の2年生じゃなかった?」と話しているくらい、人の目を引く美少女です。それは中川も同じくで、ここで通勤中の中川がくれはに目を止めてしまう回想が挟まれます。
すらっとした手足の細く長い。髪はストレートのサラサラヘアー。大きな瞳、ぱっちりとしたまつ毛、きれいな二重まぶた。立ったり座ったり歩いたりしているだけで「絵になる美少女」であることが絵になっています。
さてここで、くれはの背景に花が咲いていることに注目です。これは漫画としては好意を持っている相手が過剰に美しく見えているという主観視点の演出によく使われますが、今回は違います。中川の主観視点以外でも、自分で女子力を下げる行為をしているときを除けばほとんどこのエフェクトがかかっているからです。
その後なんやかんやで中川はくれはに連れられ、二人で東京へと向かいます。その道中も様々なエピソードでくれはの美少女設定を固めます。
車の中で寝ていたら人形と間違われ写メを向けられたり。
街を歩けばモデルのスカウトを受けたり、その後は当然ナンパにもあったり。
振り向いて同性も思わずドキッとさせたり。
こうまでして設定に納得度を持たせるのは、くれはが自分が飛び抜けた美少女である自覚もあり、それをフルに利用して好き勝手やっている美少女という、「くれは=美少女」という設定がキャラクターに引いてはストーリーに関わるところだからです。
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- 森下suu『日々蝶々』
そうした美少女キャラ描写の最先端にあるのが森下suu『日々蝶々』でしょう。
- 作者: 森下suu
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『阿部のいる町』のようにとんでもなくモテてしまうギャグのような設定をギャグではなく、美少女であるすいれんの苦悩や性格形成にまで踏み込んでいる点は、ジャンル・超美少女の域にまで達しています。
(可愛すぎることで男子の注目を集めるすいれん)
(他のキャラクターと比べてもすいれんが可愛いことが絵で分かる)
すいれんが皆の羨望を集める美少女であることで、普通の男子である川澄とアンバランスな感じになっていることが恋愛漫画としての肝で、おもしろいです。そのために、「すいれん=美少女」と読者が納得できるだけの描写・表現がされています。
もちろんここで言う「美少女」の説得力は、読み手がかわいいと思うかどうかよりも、作中でかわいいとされているかに依存します。なぜなら読み手の読み方はそれぞれ自由だからです。
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- 森夕『魔法科高校の優等生』
おそらくですがこうした美少女キャラ描写が一般化されていない要因のひとつに、キャラクターデザインにおいて「この娘は美少女です」と示すサイン、記号が定着していたことがあります。
例えば黒髪ストレートロングヘアがそれに当たります。サラサラのストレートヘアは充分に手入れしている女子力、または生まれつき髪質の良い素材力、染めていない黒髪は育ちの良さなんかを感じさせるせいでしょうか。黒ロンの女子は「美少女」とされていることが多く、他のキャラクターと同じ描き方であっても、読み手はそれを自然に受け容れられます。
- 作者: 森夕
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森夕『魔法科高校の優等生』はここまで挙げた美少女キャラ描写をしっかり押さえた漫画ですが、加えてヒロインが黒ロンであることで納得度をより確かにします。
- まとめ
色々な例を挙げてきましたが、ここまで挙げたものは全て「かわいい女の子が見たい」需要に応えるためだけの、かわいい表現ではありません。「作中でかわいいとされている」という表現です。それが必要とされるのは、作品世界観の納得度、広義のリアリティの問題です。「そんなリアリティ描写は不要だ」と言う方も、『阿部のいる町』や『累』のキャラクターがみんな同じ顔だったら不満があるのではないでしょうか? では『少女、少女、少女なの』や『亀の鳴く声』は………と考えていくとこの必要性が納得できるかもしれません。
今回の話は主に美少女キャラ描写の目的や効果についてでしたが、技術や技法の話は別途リンク先などを参照です。今まであまり意識していなかった方も、いろんなフィクション作品において美少女キャラ描写に注目して見るともっとおもしろいかもしれません。
- 参考リンク