モールス信号に詳しい国立弓削(ゆげ)商船高等専門学校・商船学科の多田光男教授(航海学)は、「指先や瞬きでも、信号に熟知している人ならメッセージとして伝えることは可能だ」としつつ、こう話す。
「ただ、映像の中の瞬きを確認しても、コードとして読み取れる規則性のある動作には見えなかった。そもそもモールス信号は、海上での通信手段としても使われなくなって久しい。いくら信号の知識にたけた人でも信号を送るというのは考えにくい」
アマチュア無線技士の資格を持つ元自衛官の軍事ジャーナリスト、神浦元彰氏も「瞬きだけで信号を送るのは非常に難しい。よほど精通していないとできない芸当で、後藤さんにそれができたかといえば、可能性としては非常に低い」との見方を示す。
どうやら「瞬き=モールス信号」という言説の根拠はかなり薄弱なものであるようだ。
「ヒガノクリニック」院長で精神科医の日向野春総氏は、「極度の緊張で起きた生理現象の一種だろう。人間は死の恐怖にさらされると思考がまひし、自律神経に乱れが生じる。典型的な現象として、視線が泳いだり、瞬きが増えたりする」と解説する。
「あれだけ過酷な状況で表情の変化があの程度に留まっているのは、胆力の強さを証明している。普通の神経なら、姿勢を保つことさえできずにその場にへたり込んでいるはずだ。よほどの覚悟がないとあれほど毅然(きぜん)としてはいられない」(日向野氏)
極限状態の中、最期まで取り乱すことのなかった後藤さん。その姿はテロリストの卑劣さを一層際立たせている。