2015年03月13日
受験世界史悪問・難問・奇問集 ver.2015 その２（慶應大の続き・早稲田大）
先に言っておくと，今年はどこにも電話をかけていないし，論文の転用も見つからなかった（今のところ）。昨年ができすぎてたんや…… ※ 受験生にとっては良いことです
例年であれば，上智４日程＋慶應５日程で，早稲田の９日程と同じくらいの分量か，それでも早稲田の方が多いくらいだった。今年は明らかに前者の方が多い。慶應が暴れてたのと，早稲田のいくつかの学部がおとなしかった影響かな。このまま早稲田が鎮静化するのを祈ります。
例年であれば，上智４日程＋慶應５日程で，早稲田の９日程と同じくらいの分量か，それでも早稲田の方が多いくらいだった。今年は明らかに前者の方が多い。慶應が暴れてたのと，早稲田のいくつかの学部がおとなしかった影響かな。このまま早稲田が鎮静化するのを祈ります。
９．慶應義塾大 法学部
＜種別＞悪問・難問・出題ミスを疑わせる問題
＜問題＞１ 〔設問〕
（ア）前５世紀に現在の南仏地中海沿岸に建設された，ギリシャ人の植民市はどこか。 (17)(18)
（イ）オスマン帝国は，13世紀末にルーム＝セルジューク朝から自立し発展した。同朝は，第１回十字軍の際に首都を奪われたが，その後新たに都と定められた地はどこか。 (19)(20)
02．アレクサンドリア 03．アンジュー 05．イズニク 06．ヴァロワ 07．エヴィアン
08．エディルネ 12．オルレアン 13．カイロ 14．カトー＝カンブレジ 18．コリントス
19．コンヤ 29．シーラーフ 30．タレントゥム 32．ニケーア 33．ニーシャープール
38．バスラ 48．ブルゴーニュ 49．ブルサ 52．ミレトス 53．ラウレイオン
（関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
性格の悪さという観点では今年でワーストの問題。山のような地名の量にその時点で負けそうになるが，これでも関係する地名のみ抜粋したもので，実際の選択肢は60番まである。つらい。
さて，（ア）に関連する地名としてはマルセイユ，旧名マッサリアが有名だが，選択肢に存在しない。というよりも実は前６世紀の建設なので時期が違うのだが，時期を明示した教科書・資料集はおそらく存在しないし，していても普通は覚えないところで，普通の受験生にマルセイユを省く知識はない。この瞬間，出題ミスを疑う受験生がほとんどであろう。が，実は用語集にこっそりニースもギリシア植民市の一例として載っている。このニースの古名がNicaeaで，これは小アジアのニケーアと同じつづりである。よって32のニケーアが正解と想定される。なお，山川の用語集の表記はニカイアで，便宜的に小アジアのニケーアと区別させているものと思われる。古代ギリシア語の発音としてどちらが近いのかは知らないが，措置としては理解できる。
この問題が嫌らしいのは，（イ）で小アジアの都市を聞いていること。しかもルーム＝セルジューク朝の遷都前の首都がニケーアで，正解となる遷都後の首都がコンヤである（よって19が正解）。つまり32のニケーアはコンヤの誤答選択肢として小アジアのニケーアと読むのが当然であり，ニースの古名という発想は通常の受験生ならできない。仮にニースの古名としてニカイアを知っていたとしても。
とどめに，選択肢の05にイズニクがあるが，これが小アジアのニケーアの現代都市名である。なぜにニースはニケーアと表記しておいてイズニクはニケーアと表記しなかったのか，都市名の表記方法に一致が取れていない。ついでに言うとエディルネも現代の都市名で，歴史的にはアドリアノープル（ハドリアノポリス）であるし，他の小アジアとフランスの地名も全て現代のものだ（タレントゥムとラウレイオンは古名だがイタリアとギリシア）。ニースと表記しておいてくれれば，普通の難問というレベルの問題であった。
これは早慶上智に出題ミスが多いことを前提として，受験生に出題ミスを疑わせるためにニケーアを古代都市名で表記したと疑われ，疑念の通りなら極めて計画的かつ悪質な犯行と言わざるをえない。無論，そこまで見抜いた上でちゃんとニケーアとコンヤを解答できた受験生は賞賛されてしかるべきだが，出題としての適正さは別だ。前提が最低すぎるし，こういうことをやる人は教育者としては死んだ方がいい。
１０．慶應義塾大 法学部（２つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ 設問６ 民主化後の韓国について，以下の中から誤った記述を選び，その番号を解答用紙の (37)(38) にマークしなさい。
[01] 盧泰愚政権は，ソ連，中国と国交を樹立し，朝鮮民主主義人民共和国とともに国際連合に加盟した。
[02] 金泳三政権は，軍人出身の前二代の大統領を処罰するなど，文民統治の定着に努めた。
[03] 金大中政権は，経済危機を招き国際通貨基金（IMF）の支援をあおいだが，その後，改革を進めて経済を回復基調にのせた。
[04] 盧武鉉政権は，朝鮮民主主義人民共和国に対して融和政策を推進し，南北首脳会談を実現した。
＜解答解説＞
現代史なので社会人の方が解きやすいシリーズ……とは言っても，社会人にも難しいか。受験生に判断できるのは[01]が正文ということだけである。[03]が誤文＝正解で，アジア通貨危機の発生は1997年。７月にタイのバーツが暴落して始まり，11月に韓国で本格化，12月に韓国政府によるIMFへの支援要請が行われた。この時の政権はまだ金泳三で，金大中の大統領就任は1998年２月。金大中政権スタート時にIMFの介入が続いていたのは事実だが，「経済危機を招き」は明確に誤りと言える。[04]の盧武鉉は金大中に続いて第二回南北首脳会談を2007年10月に行っている。が，これは教科書・用語集に記載が無いので範囲外。通常第一回の方しか学習しないし，アジア通貨危機の流れを月単位で整理というのも無茶振りなので，[04]を解答に選んだ受験生が多かったのでは。
１１．慶應義塾大 法学部（３つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞３ （ア） クリミア戦争での従軍経験をもち，人道主義の立場から戦争批判を展開した，『復活』の作者は誰か。 (51)(52)
17．サハロフ 28．チェーホフ 33．トゥルゲーネフ 34．ドストエフスキー 36．トルストイ
45．プーシキン
＜解答解説＞
超難問の新定番になりつつあるものの一つ。早慶上智には対抗意識があるのか，「過去にどこかで出題されたから」が免罪符になっていると勘違いしている節がある。なお同じような意識は予備校にもあり，駿台は「同様の問題は 2011 年の慶大法学部でも出題があるから，いわゆる悪問・奇問の類ではない。」と評しており，東進も「（ア）は解答できて欲しい」という評価だが，正直どうかと思う。そんなことを許せばずるずると受験世界史の範囲が広がっていってしまう。もっとも，そういうことを言っていられない現場では「過去問で出たものは確実にチェックしておこう」と受験生に言うのではあるが。
なお，駿台の講評はおそらく何かの勘違いで，2011年の慶大法学部でそのような出題はなかった。2011年早稲田大の社会科学部なら，クリミア戦争に従軍したことだけを手がかりにトルストイを答えさせる問題が出ているが（前著2011早慶３８番）。というわけで正解は36のトルストイ。ただし，2011年の早大社学より『復活』がある分だけ悪質性は低い。通常トルストイの作品は『戦争と平和』と『アンナ＝カレーニナ』しか教えないから，焼け石に水ではあるが。一応，三つ目の代表作として『復活』を載せている参考書・資料集もなくはない。あ，拙著を読んでいたおかげで本問を正解できた受験生の喜びの報告，お待ちしております。
１２．慶應義塾大 法学部（４つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞４ （キ） 国際連合憲章署名以降に作成された諸文書の採択や施行に関して正しい順序となっているものをひとつ選び，その番号を (91)(92) にマークしなさい。
[01] 国際連合憲章署名―国際労働機関憲章採択―世界人権宣言採択―日本国憲法施行―自由権規約採択
[02] 国際連合憲章署名―国際労働機関憲章採択―日本国憲法施行―世界人権宣言採択―自由権規約採択
[03] 国際連合憲章署名―世界人権宣言採択―国際労働機関憲章採択―日本国憲法施行―自由権規約採択
[04] 国際連合憲章署名―世界人権宣言採択―日本国憲法施行―国際労働機関憲章採択―自由権規約採択
[05] 国際連合憲章署名―日本国憲法施行―国際労働機関憲章採択―世界人権宣言採択―自由権規約採択
[06] 国際連合憲章署名―日本国憲法施行―世界人権宣言採択―国際労働機関憲章採択―自由権規約採択
＜解答解説＞
日本国憲法施行が1947年５月は常識。国連総会の世界人権宣言採択が1948年というのは高校世界史としてはややマイナーだが，範囲内である。というか，私は中学公民で習ったような記憶があるのだが，皆さんどうだろうか。
それに比べるとILO（国際労働機関）憲章はやけに難易度が高い。一応「国際連盟創設時に設立され，国際連合に引き継がれた」とは通常ほぼ確実に習うところだが，憲章採択が国際連合に引き継がれたタイミングとは習わない（なお1946年）。一応，憲章を定めるタイミングがあるとすればこの引き継ぎ時くらいしかないし，引き継がれたということはILO憲章採択も国連憲章採択からひどく時間が離れているとは考えづらいから，推測で解答できなくはない（したがって正解は[02]）。この推測で当てた受験生は大したもんだ。センスある。
［ここから早稲田大］
１３．早稲田大 文化構想学部
＜種別＞悪問
＜問題＞５ 設問６ 下線部Fの時期（編註：文化大革命が終わって中国が改革・開放政策に転ずる中で）の政治・経済情勢に関する記述として，適切なものを次のア〜エから一つ選び，マーク解答用紙の所定欄にマークしなさい。
ア 毛沢東の死後，国家主席に就任した周恩来は，「四人組」を逮捕し，文化大革命を終結させた。
イ 1980年代には，��小平の指導下で「社会主義市場経済」が唱えられ，人民公社が解体されるなど，経済面での改革が進んだ。
ウ ��小平の死後，1989年に政治的民主化を求める運動が北京を中心に広がったが，弾圧された。
エ 台湾では，1980年代から民主化が進み，1996年におこなわれた初の総統直接選挙で民進党の陳水扁が当選した。
＜解答解説＞
正解がイだと思った人は一般教養レベルの現代中国史理解が十分にあると言っていい。アは周恩来ではなく華国鋒。ウは��小平ではなく胡耀邦で，��小平が亡くなったのは1997年。エは民進党の陳水扁ではなく，国民党の李登輝。消去法で考えてもイに絞れる，受験世界史では標準的な部類の問題である。
じゃあなんでダメかというと，「社会主義市場経済」の言葉を中国が初めて公式に用いたのは1992年10月の中国共産党第14回大会のことで，1980年代にはまだ存在していない。つまり，「唱えられ」を「具体的なスローガンとして掲げ」という意味合いで捉えるならイもまた誤文となり，正解無しの出題ミスになる。ただし，受験世界史ではそこまで詳しい内容には触れないどころか，多くの教科書や用語集を読むと，1980年代からの中国の改革開放政策の経済面を指す言葉として使われており，1980年代か90年代かでは区別していないのがわかる。社会主義市場経済の語を1990年代の出来事としてはっきり書いているのは，私が読んだ中では実教出版のものだけであった。そうである以上，この「唱えられ」は，多くの教科書と同様に「1980年代から実質的に唱えられていた」と解釈することが可能であり，こちらの解釈で言えばイは問題なく正文である。
いずれにせよ，これは「高校教育の水準と，細かい事実は別物」であり，「入試問題は極力その双方に反しないように作られるべき」という案件である。また，中国現代史の専門家であればすぐ気づくたぐいのミスで，いかに専門家のクロスチェックを通していないかが露見する案件でもあった。駿台からも同様の指摘あり。河合塾・代ゼミ・東進はスルー。
１４．早稲田大 国際教養学部
＜種別＞難問
＜問題＞４ 問４ 下線dのような境遇の人々（編註：（第一次中東戦争により）100万人以上のアラブ人が故郷を追われた）を救済するために設立された国際機関で，1954年と1981年にノーベル平和賞を受賞した組織の名称を一つ選びなさい。
ア 赤十字国際委員会 イ 国際連合パレスチナ難民救済事業機関
ウ 国際連合難民高等弁務官事務所 エ 国際移住機関
＜解答解説＞
アの赤十字国際委員会以外は全て用語集に記載がない。その中でUNHCR（国際連合難民高等弁務官事務所）は比較的メジャーであるが，残りの２つは聞いたこともないという方が多かろう。また，全部パレスチナ難民にかかわっている国際機関である。しかも，受賞の有無だけなら赤十字国際委員会とUNHCRの両方が受賞しているので，最終的には「受賞年度」でしか選択肢を絞ることができない。となるとやはりこれは度を超えた難問であろう。正解はUNHCRの方。赤十字国際委員会の受賞年度は1917年・1944年・1963年である。一応，ノーベル平和賞は範囲外の中ではよく狙われるポイントであり，予備校の早慶対策講座のテキストにはしばしば全年度分が掲載されていたりする。そこまで丸暗記するという血の滲むような努力をした受験生は報われた問題だったかもしれないが……
なお，国際移住機関という，いかにも造語のような国際機関は，実在する。1951年に前身組織が設立されており，意外と古い。1989年から現在の名称となった。人身売買の監視や，難民の第三国定住支援を行っている。
１５．早稲田大 国際教養学部（２つめ）
＜種別＞難問・奇問
＜問題＞４ 問７ 下線i（編註：（第二次中東戦争停戦後の）国際連合緊急軍）に関する記述で正しいものを一つ選びなさい。
ア アメリカ軍が主体となった多国籍軍。
イ エジプトの受け入れ同意に基づいての設置。
ウ 日本の陸上自衛隊も参加。
エ 国際連合憲章第７章に基づく国連軍。
＜解答解説＞
完全に政経の問題である。世界史の問題ではない。今年はなぜだかこの種の奇問が多いのだが，いわゆる「総合科目化の流れ」というやつか。もっとも，本問は政経の問題としても超弩級の難問で，むしろこんなのばかりを出題したら総合科目化に反感しか生まれないのでは。
第二次中東戦争は，エジプトに侵攻する英仏と，それを撤退させたい米ソという対立構図であり，常任理事国同士の対立であったために安保理が麻痺してしまった。そこでカナダのピアソン外相の提案により議論を総会に移すことになり，エジプトの受け入れを条件に，英仏イスラエル軍の撤退を監視する第一次国連緊急軍が派遣された。国連平和維持軍（PKF）の原型である。なお，ピアソンはこの功績をもって1957年のノーベル平和賞を受賞した。
この際，派遣の理論的根拠となったのは国連憲章第１章であり，第７章ではない。第７章はいわゆる武力制裁に関する条項で，正式な「国連軍」の派遣について述べられているが，こちらは当事国の同意が不要である代わりに，安保理の承認が必要である。一方，第１章は国際連合が設置された目的および原則について書かれた条項であり，具体的な決めごとが書かれているわけではない。たとえば，第１章第１条第1項を引用すると，
「国際の平和及び安全を維持すること。そのために，平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整または解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。」
とある。これを論拠に，「当事国の同意は必要だが，安保理を通さずに派遣できる」軍としてPKFが生み出された。朝鮮戦争時の一度しか結成されたことがない国連軍に対して，世界平和への貢献が大きいPKOではあるが，実はかなり強引な解釈のもとに運用されているのだ。
さて問題に立ち返ると，湾岸戦争で有名な多国籍軍は「安保理の決議に則っているものの，国連が派遣したものではなく，複数の国家がそれぞれ自主的に派遣した軍隊」のことを指す。当然，国連緊急軍とは別物。国連緊急軍に陸自は参加していないし，国連憲章第７章に基づかないことは上述の通り。残ったイが正解。
１６．早稲田大 法学部
＜種別＞難問・悪問
＜問題＞１ 設問５ 下線部aの元代に関する事項として誤っているものはどれか。
� ー鹽埖臈圓帽焼遒�ら物資を運ぶため，新運河を開削した。
�◆…更床捨�から山東半島を回って大都方面に至る海運が発達した。
�� 交鈔は宋・金・元・明で発行された紙幣の総称で，元では主要通貨となった。
�ぁ．皀鵐乾訥觜颪任六拉枸琉茲縫献礇爛舛鬚靴い燭�，元では中国に適用しなかった。
＜解答解説＞
�，牢霑鍛亮韻農喫検き△呂笋筌泪ぅ福爾世�範囲内で正文。��と�い糧淑未牢袷瓦僻楼漏阿任△襦�というか，通常であれば「交鈔は金・元代の紙幣，北宋代なら交子，南宋代なら会子」と習い，難関私大対策をしてきた子なら「明代の紙幣は宝鈔だが，不換紙幣だったのですぐに廃れた」くらいまで学習しているだろう。だからこそ��を誤文と判断してこれが正解だと思いたくなるところだ。
……という振りからわかる通り，これは完全な引っかけ問題である。『ブリタニカ国際大百科事典』に「中国，宋，金，元，明の諸王朝で発行使用された紙幣。宋では交抄，交子，会子，銭引などと呼ばれ，金，元では交鈔，明では宝鈔の名が使われ，略して鈔，または抄といわれた。」とあり，山川出版社の『世界史小辞典』など他の辞典・事典を引いても同様の記述が見られる。��は正文と見なすしかない。一方，�い聾輅犬如ぅ献礇爛舛牢租擇砲盪楾圓気譴討い襦９掌融�代の助郷役（街道沿いの農民は輸送補助の義務があった）もそうだが，ジャムチの運用も徭役の一種であったため，庶民には嫌われていたそうだ。元が中国人の反感を買った原因の一つである。
なお，さすがに河合塾・駿台・代ゼミ・早稲田予備校とそろって非難囂々のコメントを載せているが，東進は正解を��とした上で，「標準的な難易度」と評していた。釈明を要求したいところである。
１７．早稲田大 法学部（２つめ）
＜種別＞悪問・難問
＜問題＞２ 設問５ 下線部��に関し（編註：（パレスチナもアレクサンドロス大王の遠征によって）ヘレニズム世界に組み込まれた），アレクサンドロス帝国の分裂後に前２世紀半ばまでイェルサレムを支配した王朝名を以下のア〜エから一つ選びなさい。
ア ハスモン朝 イ セレウコス朝 ウ アンティゴノス朝 エ プトレマイオス朝
＜解答速報＞
例年の早大らしいガバガバな問題。アレクサンドロス大王の死後のディアドコイ戦争においてパレスチナは重要な係争地であり，イプソスの戦いまでは支配者が安定していない。その後はしばらくプトレマイオス朝の支配下にあったが，前199年にセレウコス朝が奪い，前166年まで支配した。そして前166年からユダヤ人の独立戦争であるマカベア戦争が勃発し，ハスモン朝が成立する。このハスモン朝がポンペイウスに征服されて，パレスチナはローマ領となる。
というわけで，支配期間の長さから言えば，前323年から前166年のうちの大半がプトレマイオス朝になるが，前166年時点での支配者はセレウコス朝である。問題文のニュアンスから言えばおそらく大学側の想定する正解はセレウコス朝だろうし，各予備校の解答もそうなっている。この点私も異論がないものの，プトレマイオス朝を完全に外せる問題文になっているかは大いに疑問。なお，そもそもマカベア戦争・ハスモン朝ともに用語集頻度�，如と楼脇發箸靴討魯�リギリであることも付記しておく。
１８．早稲田大 法学部（３つめ）
＜種別＞悪問
＜問題＞４ 設問４ 下線部�い亡慙△靴董癖埣陝�十字軍），以下の記述のうち，明白に誤っているものを一つ選びなさい。
イ 第１回十字軍によって建国されたイェルサレム王国は，12世紀末に最後の拠点であったアッコンが陥落し，滅亡した。
ロ アイユーブ朝の建国者であるサラディンはイェルサレムを回復し，第３回十字軍に打撃を与えた。
ハ 十字軍を率いた神聖ローマ帝国フリードリヒ２世は，アイユーブ朝との交渉により，一時イェルサレムを回復した。
ニ フランス王ルイ９世の主導で，海路によりそれぞれエジプトとチュニスに向けておこなわれた２回の十字軍は，いずれも成功しなかった。
＜解答解説＞
ハとニは正文，イは12世紀末ではなく13世紀末（1291年）なので，明白な誤文＝正解である。単純に解くだけなら，ロを見なかったことにすれば非常に易しい。
で，疑惑のロだが，これは十字軍の知識がちょっとでもあればおかしいとすぐわかると思う。サラディンはイェルサレムを奪還したが，これが契機となって第３回十字軍が行われた。つまり，イェルサレムを奪還したことによって第３回十字軍に打撃を与えたわけではない。素直に読めばどう考えても誤文である。ロの文を正文として読むには，「回復し」と「第３回十字軍」の間に「さらに」を挟まなくてはいけない。個人的には複数正解の出題ミスだと思う。ただ，イの誤りが明白すぎるため，指摘している予備校は皆無。
１９．早稲田大 文学部
＜種別＞難問
＜問題＞１ 設問２ 下線部B（編註：（古代エジプトの）ピラミッド）の原型とされる墳墓の名称を記しなさい。
＜解答解説＞
文学部は文化構想学部と並ぶ早大の中の「優良物件」だったのだが，ここ２，３年は他学部に対抗意識でもあるのか，確実な「悪化」が見られる。今年も３つ収録となった。本問は一応用語集に記載があるものの，普通は覚えないので収録対象とした。正解はマスタバ。シンプルかつエジプトマニアだけをすくう激烈な難問である。
２０．早稲田大 文学部（２つめ）
＜種別＞悪問・やや難問
＜問題＞４ ４世紀中葉から14世紀に至るまで約千年間にわたって次々と造営された莫高窟は，［ C ］で名高い。
設問３ ［ C ］に入る文章として適当ではないものを選びなさい。
ア インド，中国内地，チベットなどの影響を受けた壁画が残ること
イ 石灰岩質の岩に彫られた精緻な仏像や説話図が見られること
ウ 19世紀末に石窟内から多数の古文書や絹画が発見されたこと
エ 「砂漠の大画廊」とよばれ，ユネスコ世界文化遺産に登録されていること
＜解答解説＞
それぞれの選択肢に少しずつ問題があるという珍しいパターン。アは単純に範囲外。というよりも大概の場合は西域の仏教美術の影響を受けて，としか習わないので誤文と判断しかねない。実際には正文である。壁画はおろか，敦煌文書は漢語が８〜９割だが，残りの１〜２割はチベット語・サンスクリット語・ソグド語・ウイグル語と多種多様な言語で書かれた仏典が残されており，この多様性こそが敦煌文書が極めて重要と言われる所以である。
イは誤文でこれが正解。教科書にも用語集にも「敦煌では粘土製の塑像と絵画により，仏教の世界が表現された」と記載があり，そこからの推測で誤文とわかるのだが，これが誤文の理由になる事情はややわかりにくいと思われるので，以下で説明する。石灰岩質なのは竜門石窟で，石灰岩は柔らかいため彫りやすく，巨大かつ繊細という両極端な特徴を併せ持った仏像が制作された。一方，敦煌は砂岩質で硬いため，壁面を掘り崩して巨大な仏像を作るのは難しかった。そこで粘土を持ってきて固めたものを彫る塑像か，壁面に漆喰を塗って壁画を描くという手法がとられた。ゆえに地質が石灰岩ではないし，岩壁に直接彫り込んだわけでもないので誤文。「粘土製の塑像と絵画」から，受験生がここまで連想できるかどうかは何とも言えない。言うまでもないかもしれないが，地質に関する情報は範囲外である。どうでもいいが，炭酸カルシウムを多く含んだ岩を石灰岩，これを高温で熱して酸化カルシウムに変質させたものが生石灰，そして生石灰に水を加えて水酸化カルシウムにしたものを消石灰（我々が一般に「石灰」と呼んでいるものはこれ）と呼び，この消石灰は漆喰の原料である。変なところで石灰同士がつながっている。
ウは敦煌文書の発見が1900年とされているのでぎりぎり19世紀末だが，第一発見者の王円籙なる中国人は全く信用されず，実際に調査が始まって敦煌文書の重要性が判明したのは1907年のオーレル＝スタイン率いるイギリス探検隊による。事実，平凡社の『世界大百科事典』では発見を「今世紀（20世紀）の初頭」としている。細かな事情を知っていたら怖くてこんな選択肢は作れまい。「清末」あたりにしておけば安全だった。しかも，1900年の年号は旧課程の教科書・用語集に記載がない（新課程でなぜか記載が増えた情報。不要でしょ……）。
エは，Wikipedia流に言えば“「砂漠の大画廊」とよばれ”に［誰によって？］タグが付けられる案件である。まあしかし，呼ばれていても不思議ではないし，実際ググってみるとTBSのテレビ番組のサイトが引っかかるので，正文扱いで良かろう。しかし，もうちょっと何かなかったんですかね……敦煌の場所は前問までの問題文で出ているからダメだが，造営が始まったのは五胡十六国の時代で，これは必ず習うところなので，これを隋や唐にした誤文とか。
２１．早稲田大 文学部（３つめ）
＜種別＞出題ミスの可能性
＜問題＞５ 設問４ 下線部d（編註：教会大分裂は，コンスタンツ公会議で一人の正統の教皇が選ばれ解決するが，その後，教会のあり方を批判する異端運動が沸きおこった。）にあてはまる異端運動は以下のどれか，正しいものを選びなさい。
イ カタリ派 ロ フス派 ハ ボゴミール派 ニ アリウス派
＜解答解説＞
単純に考えれば易問でロのフス派が正解になる。ボゴミール派は範囲外だが，これで間違える人はまずいないだろう。ブルガリアの異端で，マニ教またはグノーシス主義の影響が見られるとされる。
私が気にかかっているのは下線部の「その後」である。「フス派」の誕生ってコンスタンツ公会議の「後」でしたっけ？ そもそもフスが処刑されたのがコンスタンツ公会議なので，公会議の前に派閥が形成されていたと言ってよい。仮にフスの処刑を契機にチェコ人が団結力を増して派閥を形成したと解釈したとしても，フスの処刑はコンスタンツ公会議の初期の1415年７月，教会大分裂の解消が1417年，コンスタンツ公会議の終了が1418年のことであるから，派閥の形成は明らかにコンスタンツ公会議終了の前になる。フス戦争が勃発した1419年７月の時点でフス派が形成されたと解釈して，やっとこの下線部は「正文」になる。が，やはりこの解釈は無理があろう。
以下はやや余談的に。実のところフス派は穏健派と急進派（ターボル派）で当初から大きく分かれていて，共通した目標は「教義の改革（not宗教改革）」までであった。下級貴族と農民中心のターボル派がカトリックからの離脱（宗教改革）や社会改革まで求めたことで，そこまでは望んでいなかった上級貴族と市民を中心とする穏健派が皇帝派と妥協し，挟撃を受けたターボル派が消滅，約20年続いたフス戦争は終焉に向かう。フス戦争の古い研究ではマルクス主義の影響からターボル派に重点が置かれ，フス戦争は原始的な市民革命，チェコ人による反ドイツ的な色彩の強いナショナリズムの発露，という解釈が強く取られてきた。しかし，近年ではフス本人がカトリックの離脱まで考えておらず，また後のルター同様に社会改革までは望んでいなかった点や，改革の本拠地プラハの市参事会が穏健派であった点などから，穏健派を傍流と見なすのは誤りであることが再確認されている。加えて穏健派に一定の役割を認め，戦後に起きた上級貴族や帝国都市の権力強化とそれによる帝権の弱体化を踏まえて，神聖ローマ帝国の形骸化と領邦の自立という文脈でフス戦争を解釈する傾向も出てきている。過去の学説で否定されていない解釈は，チェコ人ナショナリズムの萌芽であった点くらいだ。
これらの観点から言って，穏健派とターボル派をくくった「フス派」という表現を使った場合，少なくとも専門的な領域では「多様な背景・目的の違いを越えて，教義の改革という一点で団結したチェコ人の集団」という意味合いになる。それであれば「フス派」はフスの生前から発生していた運動・集団であったし，しかも「フス派」を“教会のあり方を批判する異端運動”と見なすこと自体が誤りである。実際，このややこしい状況を説明するのを回避するため，高校世界史ではフス派は「ウィクリフの後継・ルターの先駆となった聖書主義の流れにして，教皇権や皇帝権といった普遍的権威の衰退という中世末の流れを象徴する事件」という触れ方で，踏み込んでもチェコ民族主義の勃興までである。2011年の一橋大が第１問でフス戦争の経緯と歴史的意義を400字で説明させるという難問を出題しているが，解答として求められていたのは，フス派の重点が「教義の改革」にあった点と，チェコ人ナショナリズムの勃興にあった点の二点であった。あの独善的で高校レベルを大きく超える問題をしばしば出す一橋大学の入試ですらそうなのだ。
さて，穏健派を傍流，ターボル派のみを正当なフス派と見なす立場に立つなら，この下線部はいろいろと納得が行く。ターボル派が正式に結成されたのは開戦してからであるし，ターボル派ならば“教会のあり方を批判”して，“異端運動”として討伐されたからである（穏健派の主張は戦争末期にボヘミア領内に限って正統と認められたため，純粋な異端とは呼べない）。作題者はいまだもってマルクス主義的解釈でとどまっているのでは，という邪推はそれなりに正しい自信があるが，どうか。
２２．早稲田大 人間科学部
＜種別＞難問・出題ミスの可能性
＜問題＞１ イスラーム世界でもカラ＝ハン朝治下で通称『テュルク語辞典』を編纂した［ B ］や，12世紀のアラブ人地理学者［ C ］らが，メッカを中心とする地図を作成するようになる。
B a カシュガリー b ガザーリー c ウマル＝ハイヤーム d イブン＝ハルドゥーン
C a イブン＝バットゥータ b フワーリズミー c イドリーシー d イブン＝シーナー
＜解答解説＞
Cの方はcのイドリーシーが正解。用語集に記載がないものの，資料集にはその地図が載っているものが多く，両シチリア王国のパレルモ宮廷に出入りしたため12世紀ルネサンスへの影響が強いという観点からも歴史的意義の大きい人物で，難関大志願者には教える場合がある。範囲外とは断定できないし，他の３つがあからさまに誤りなので消去法でも解答できる。というわけで収録対象外だが，文のつながりの都合上で掲載した。
Bはいろいろと問題がある。まず，まともに解こうとすると，dのイブン＝ハルドゥーンが14世紀後半の人間なので，12世紀半ばには滅んでいる「カラ＝ハン朝治下」はありえない，ということくらいしか手がかりがない。ガザーリーもウマル＝ハイヤームも11世紀後半の人間で，しかも二人ともイランから中央アジアにかけて活動した人間であるので，テュルク系民族の活動領域と重なる。カシュガリーはほぼ範囲外なので（新課程の山川『詳説世界史B』ならカシュガリーが描いた地図が掲載されている），受験生に判断材料はない。一応，ガザーリーとウマル＝ハイヤームが両方イラン系であるので，「テュルク語」には携わらないだろうと推測すると，消去法的に残ったaのカシュガリーに辿り着く。これが正解であるが，「イラン系だから『テュルク語辞典』の編纂はしないだろう」という推測をさせるのは妙な勘違いを植え付けないか。前近代史でも異民族の言語を研究した例はいくらでもあるだろう。こういう推測のもとに正解を導き出させる意図で作題されたなら，教育上の配慮を欠くものであるし，作題者自身が「自民族の言語は自民族だけが研究する」という勘違いをしていないかどうか不安だ。
が，根本的な話をすると，本問は出題ミスと言ったほうがいいかもしれない。カシュガリーはカラ＝ハン朝の出身であるが，『テュルク語辞典』を編纂したのはセルジューク朝治下のバグダードである。その名の通りカシュガルの出身で，東カラ＝ハン朝の王族を出自とするが，政争に巻き込まれて亡命し，イラン，さらにバグダードに流れている。カラ＝ハン朝はイラン・イラクを支配したこと自体ない。ゆえに「カラ＝ハン朝治下」ということはありえない。さらに言えばこの政争の存在もあったように，11世紀半ばのカラ＝ハン朝は衰退期に入っていて，パミール高原を境に東西分裂していた（東カラ＝ハン朝の首都がカシュガル）。このうち西カラ＝ハン朝はセルジューク朝とガズナ朝の攻撃を受けて崩壊，東カラ＝ハン朝も西遼の攻撃を受け，ともに12世紀半ばには事実上滅亡している（一応，形式上の王統だけは13世紀初頭まで残った）。せめて“東”カラ＝ハン朝“出身”とすべきだっただろう。あわせて，作題者の妙な勘違いが強く疑われる。だからクロスチェックをしろと，私は口を酸っぱくして言っているわけで。こんなのイスラーム史の研究者なら一発で気づくミスでは。
ところで，ガザーリー，ウマル＝ハイヤーム，カシュガリーの３人とも11世紀後半にイランまたはイラクにいた，しかも当時から有名な大学者だったという点で共通しているのだけれど，互いに接触したり交流したりした記録って残ってないのだろうか。ざっと調べた感じでは残念ながらないようだが，あったらロマンだなぁ。
２３．早稲田大 人間科学部（２つめ）
＜種別＞コピペ
＜問題＞４ 設問Y � （〃�省や広東省から台湾への移住者のなかには「客家」と呼ばれる人々もいた。それについての説明として誤りを含むものはどれか。
a ４〜12世紀に華北から広東・広西・福建等の山間部に移り住んだと伝えられる人々である。
b 元時代には「漢人」とされ，支配民族としてモンゴル人と連携して，「南人」支配の一翼を担った。
c 明・清時代には，差別・圧迫を受け，海外への出稼ぎや移住するものも多かった。
d 19世紀なかごろに太平天国を建設した洪秀全は客家出身である。
＜解答解説＞
問題自体はどう見てもbが誤りなので易しい問題だが，この問題はaとcの選択肢が山川用語集（旧課程）「客家」の項目の完全コピペ。びっくりするほど綺麗なコピペで，手抜きというには度を超している。お持ちの方はご確認ください。p.250です（2013年版）。理系のこととはいえ，去年あれだけ騒がれたのにね，懲りないね。
教育学部は収録無し。フランスのライシテの制定年が1905年であることを書かせた問題が難問ではあったが，範囲内である。それ以外に至っては基本問題か，やや難問の範囲で，大きな改善が見られた。
２４．早稲田大 政経学部
＜種別＞難問・悪問
＜問題＞２ 神聖ローマ帝国（ドイツ）では，財政難を手当てするひとつの手段として，皇帝は戦争が帝国を脅かす共通の危機だと訴えて，諸侯や貴族，教会や都市などの［ h ］の代表者たちに臨時の支援金を求めた。皇帝はその対価として，帝国の［ h ］の代表者たちに，様々な譲歩を行った。同様のことは，領邦でも起こっている。領邦の［ h ］の代表者たちは，領邦君主に一時的な援助金を提供する代わりに，領邦君主からさまざまな譲歩を獲得した。やがて三十年戦争を境に，一部の領邦では［ h ］の代表者たちと領邦君主との間で，毎年一定の金額を恒常的に納めるという内容の協定が結ばれた。これは新しいタイプの租税の始まりであり，これを徴収・管理していく機関として，新しいタイプの国家が誕生した。17世紀後半以降のヨーロッパ各地では，このような新しいタイプの租税と君主直属の常備軍および官僚制の創設や整備が進んだ。ところがほぼ同時期のイングランドは，国王チャールズ１世が処刑されたことで，その後ヨーロッパ大陸諸国とは異なる国家形成の道を歩むことになった。これに対して大陸諸国では，君主と［ h ］との戦いで，おおむね君主が優越的な立場を確保している。
B ３ 空欄hにあてはまる最も適切な語句を漢字で記せ。
＜解答解説＞
予備校間の解答がバラバラシリーズ。駿台は「身分制議会」で，珍しいことに分析でノータッチ。河合塾は「身分制議会」を主の正解としつつ「社団」と「等族」を併記し，分析で「複数の解答が可能」と言及。代ゼミは「身分制議会」として，分析では「文脈からも書くべき語が読み取りにくい」と辛口。東進の解答は「市民」で，分析では触れていない。最多票は身分制議会ということになるが，私自身の解答としても「身分制議会」が正解で，次点で「社団」。「等族」も場合によってはあり。「市民」はおそらくありえない。検討してみよう。
最初の空欄，「皇帝は戦争が帝国を脅かす共通の危機だと訴えて，諸侯や貴族，教会や都市などの［ h ］の代表者たちに臨時の支援金を求めた」で想定されるのはたとえばトルコ税の説明で，皇帝がこうしたことを訴えたのは神聖ローマ帝国の帝国議会である。よって，ここだけ考えれば帝国議会が最もふさわしい。しかし，たとえば３つめの「領邦の［ h ］の代表者たちは，領邦君主に一時的な援助金を提供する代わりに，領邦君主からさまざまな譲歩を獲得した。」を見ると，当たり前だが領邦一つ一つに帝国議会があったわけではないから，不適とわかる。よって，空欄hにはより広い意味の語が入ると推測される。君主が諸身分の代表者たちとやりとりをする場を一般に指す用語というと，これは「身分制議会」になる。残り３つの空欄も，身分制議会なら違和感なく入る。
なお，河合塾の別解に挙がっている「等族」議会とは，身分制議会の同義語として使われる広義の使用法と，ドイツ圏の領邦ごとに成立した身分制議会を指す狭義の使用法がある。河合塾が挙げた「等族」は広義の意味合いで挙げたものだろう。ただし，受験世界史としては範囲外の用語であり，身分制議会ではなくわざわざ等族と表記する意味はほとんどない。危ういだけである。
「社団」は「政府と国民の間に立つ中間諸団体」を意味する。貴族，教会，自治都市，特権商人集団，ギルドなどが該当する。身分制議会は中世後半に成立したものであり，まさに封建的な分権国家が社団国家（絶対王政）に成長していく過程で登場したものであった。ゆえに「身分制議会の代表者」という語は「社団の代表者」とほぼ同義であり，ゆえに空欄hの全ての箇所で「社団」を入れても意味が通ってしまう。というよりも「身分制議会の代表者」だと「代表」のニュアンスがだぶるので，「社団の代表者」の方がしっくり来るかもしれない。また，文章中段にあるように，社団に特権を認める代わりに，税や特許料を納めさせたのが社団国家（絶対王政）の特徴であるから，文章全体の説明としてもしっくり来る。一方，最後の空欄の「君主と“社団”の戦いで，おおむね君主が優越的な立場を確保している」は，少し違和感が残る。絶対王政の説明で使用される社団は，どちらかというと君主との協力関係にあったニュアンスで挙げられることが多い。絶対王政の成立過程において，明確に君主と対立したのは旧時代の権力者たる貴族である。貴族勢力の基盤は身分制議会であったことを想定するに，この点で身分制議会に軍配が上がる。
「市民」は非常に苦しい。最初の空欄は「諸侯や貴族，教会や都市などの［ h ］の代表者たち」を，「諸侯」と「貴族」と「教会」と「都市など“市民”の代表者たち」という並列だと考えれば当てはまるが，これは「諸侯や貴族，教会や都市などの」「代表者たち」と解釈するのが自然ではないかと思う。最後の空欄を見ても，「大陸諸国では，君主と“市民”との戦いで，おおむね君主が優越的な立場を確保している。」というのも当てはまらないと思われる。絶対王政の確立において君主が最も戦った社団は貴族というのは前述の通り。
２５．早稲田大 政経学部（２つめ）
＜種別＞悪問
＜問題＞２ A ３ 下線部fの代表例として（編註：皇帝は戦争が帝国を脅かす共通の危機だと訴えて），オスマン帝国との長期にわたる戦争がある。これに関する以下の記述のうち，誤りを含むものはどれか。
イ ハンガリー王ジギスムントを中心とするキリスト教諸君主連合軍は，ブルガリア北境のニコポリスの戦いでオスマン朝の軍に敗れた。
ロ オスマン朝のスレイマン１世は，モハーチの戦いでハンガリー王ラヨシュ２世を敗死させ，その後ヴィーンを一ヵ月あまりにわたり包囲した。
ハ 17世紀末にオスマン朝の軍は，大軍をもってヴィーンを包囲したが，ハプスブルク家がポーランド王の軍などの援軍を得てこれを撃退した。
ニ オスマン帝国はオーストリア・ポーランド・ハンガリーとの間でカルロヴィッツ条約を結んだ。
＜解答解説＞
イ・ロ・ハはそれぞれやや細かい内容だが，問題なく正文。ニは「ハンガリー」ではなく「ヴェネツィア」だから誤文。……というのが教科書的な説明だろうが，いや待てと。カルロヴィッツ条約当時はハプスブルク家の当主がハンガリー王を世襲していたのだし，カルロヴィッツ条約の内容は「オスマン帝国領ハンガリーの，ハンガリー王国への割譲」である。戦争前，ハンガリーの北１／４ほどがハプスブルク家の支配地，南３／４ほどがオスマン帝国領であったが，オスマン帝国領の全土がハプスブルク家に割譲され，ハンガリー王国は中世末の姿を取り戻した。確かに条約の調印は神聖ローマ皇帝の名義であってハンガリー王の名義は用いられていないから，問題としては成立している。が，この誤文の作りはあまりにも頭が悪くないか。「ハンガリーがかかわっているけどハンガリーが調印していない」ことに意味があれば，こういう問いも意味があろう（たとえばミュンヘン会談にチェコスロヴァキアが参加していないこと等）。が，今回はそういう事情が一切ない。
どうでもいいが，問題文と正解の選択肢だと「オスマン帝国」なのに，誤答の選択肢だと「オスマン朝」である。実害はないが，いかにも校正されていないのが丸わかりなので，統一してほしいところ。
２６．早稲田大 政経学部（３つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞３ A ６ 下線部jの人物（編註：ヘルツェル（ヘルツル））はドイツ語で著述したユダヤ人である。以下のドイツ語で著述した人物のうち，ユダヤ人でなかったのはだれか。
イ フロイト ロ トーマス＝マン ハ カフカ ニ ハイネ
＜解答解説＞
これも範囲外の難問定番シリーズと言っていいかもしれない。2009年上智大でも選択肢４つ中３つが同じ問題が出ている（アインシュタインがハイネになっただけ，拙著2009上智３番）。正解はロのトーマス＝マン。ただし，妻のカタリーナはユダヤ人である。なお，下線部のヘルツルは第１回シオニスト会議の提唱者ヘルツルのこと。出生地はハンガリーだがドイツ系ユダヤ人で，ジャーナリストとして活動したのはフランス，と極めてややこしい。
２７．早稲田大 政経学部（４つめ）
＜種別＞悪問・出題ミス（複数正解）
＜問題＞４ A １ 下線部aに関する以下の文章のうち（編註：ヤルタ会談），誤りを含むものはどれか。
イ 会議に出席した各国首脳は，アメリカのローズヴェルト，イギリスのチャーチル，ソ連のスターリンだった。
ロ 敗戦後のドイツの米ソによる共同管理やドイツの非武装化などが取り決められた。
ハ ブルガリアとユーゴスラヴィアにおいて，共産党を含む連立政権を樹立することが合意された。
ニ ドイツ敗戦後３ヶ月以内のソ連の対日参戦と，南樺太・千島のソ連による領有が決められた。
＜解答解説＞
これは誤りの箇所が明白な，出題ミスに限りなく近い問題。イとニは正文。ロ，敗戦後のドイツは「米英仏ソの４カ国」による「分割管理」なので誤り。ハは，ブルガリアはヤルタ会談の前にすでにソ連が占領しており，傀儡政権の樹立が始まっていたため，議題には挙がったものの「共産党を含む連立政権を樹立することが合意」などされていない。その取り決めがあったのはポーランドである。これをスターリンが無視して共産党の単独政権を樹立させたため，トルーマンが不信感を強め，冷戦が悪化していく。
予備校の解答はバラバラだが，意外にも出題ミスという指摘は少ない。河合塾はロで，上記の解説通りの分析をしているが，ハについてはコメントがない。駿台はハで，「ヤルタ会談でポーランドとバルカン半島の扱いを巡って，スターリンとチャーチルが対立，ヤルタ会談は冷戦の起点となった。」とコメントしているが，だったらなぜハが誤文なのか判然としない説明である。代ゼミはハを正解としつつ，分析で「複数正解」とコメント。東進はロで，分析で「ブルガリアに関する合意が行われたことに関する判断は難しい。」としているが，それは分析にも解説にもなっていないのでは……早稲田予備校はハ・ロを併記し，はっきり複数正解の出題ミスと指摘。
２８．早稲田大 商学部
＜種別＞奇問
＜問題＞３ 問K 下線部Kに関連して（編註：金融資本），現在でも金融資本の世界的な一大集積地の一つであるロンドン中心部のシティに位置していないものはどれか。
１．イングランド銀行本店 ２．グリニッジ天文台 ３．ギルドホール ４．セントポール大聖堂
＜解答解説＞
下線部と実際の問題が全く一致していない問題。下線部の存在意義とは一体。観光好きな大人なら全部知っているだろうが，一般の受験生なら１と２しか知らないし，場所なんて全部知らないだろう。１はいかにもシティにありそうだが，残りは見当もつくまい。ただ，難問かというとそうでもない気がする。天文台が大都会のど真ん中にあるわけがないだろと素直に考えれば，２が正解と推測できる。これで正しい。グリニッジはロンドン郊外。３のギルドホールは現在ロンドンの市庁舎となっており，シティ内部。むしろシティのど真ん中である。セントポール大聖堂もロンドン大主教座の大聖堂であり，シティ内部。いずれも有名な観光地である。
２９．早稲田大 社会科学部
＜種別＞悪問
＜問題＞１ 問２ 下線部（B）に関する（編註：近隣の地域・国家は，時にこれら中華帝国による遠征や支配を経験した）次の記述のうち適切なものを２つ選べ。
a．秦の始皇帝は南越に遠征して華南・ベトナム北部にまで領土を広げ，南海・象・桂林の３郡を置いた。
b．前漢の高祖は南越を征服し，ベトナム北部を支配下に入れ，南海など９郡を置いた。
c．前漢の武帝は衛氏朝鮮を滅ぼして，朝鮮北部に楽浪・真番・臨屯・玄菟の４郡をおき直轄地とした。
d．三国時代に魏・蜀・呉のうち最も有力で，華北の大半を支配した魏は，百済を討ち，朝鮮の楽浪・帯方の２郡を領域に加えた。
e．オゴタイ＝ハンは東南アジアへの遠征を企て，ベトナム・カンボジア・ミャンマー・ジャワに侵攻した。
＜解答解説＞
今年の社学は全体として解きやすい部類の入試であった。しかし，数えてみると３つもあったので，やや驚いている。「適切なものを２つ選べ」だが，明確な正文はcの一つしかない。bは高祖ではなく武帝，dは完全なデタラメでそもそも三国時代に百済が成立していない。eはオゴタイではなくフビライ。「地域名としてはミャンマーではなくビルマではないか」というのも気になるところだが，大学側の意図した誤りではあるまい。
疑惑の判定はa。厳密に言えば，秦の始皇帝が討伐した当時の華南・北ベトナムに住んでいた諸民族は，ひっくるめて百越と呼称されていた。秦の始皇帝の死後，この地域に派遣されていた趙佗という漢人が自立し，「南越」を建国した。よって，aは百越を南越との取り違えとすれば誤文となる。ただし，現在の北ベトナムを指す地域名として「南越」を用いる場合もマイナーだがあり，それで考えるとaの文は「秦の始皇帝は南越（の方面）に遠征して〜〜」となり，ギリギリセーフで正文と見なせなくはない。意外なことに，これを指摘しているのは東進のみ。
３０．早稲田大 社会科学部
＜種別＞難問・奇問というかこれ日本史
＜問題＞１ 問３ 下線部（C）について（編註：（中国の近隣地域・国家は）中国との交流・交易を通じて政治的，経済的，文化的発展を遂げた。），中国と近隣諸国の交流に関する次の記述のうち適切なものを２つ選べ。
a．唐代に，新羅の商人は活発な海上交易活動を展開し，山東半島や華中の港市に新羅人の居留地が作られた。
b．日本から遣唐使として派遣された阿倍仲麻呂は，唐の朝廷に使え，安西都護を務めた。
c．鎌倉時代の日本では，宋磁の影響を受けて，肥前では有田焼の生産が発展した。
d．高麗では，中国を経て伝えられた仏教が国教として厚く保護され，高麗版大蔵経が２度にわたり刊行された。
e．禅宗の代表的宗派である臨済宗と曹洞宗は，いずれも室町時代に中国から日本に伝えられた。
＜解答解説＞
半分以上が日本史の内容である。無論のことながら，中学の歴史の範囲や，高校世界史の内側のことなら，「日本の歴史」を出すのは有効だろう。しかし，高校日本史の領域に入るのは話が違う。もっとも，今年はこの種の「日本史」問題は，私立でも国立でも，悪問でも良問でも散見された。センター試験からしてそうであったし，東大まで流されていた。完全に日本史との統合という世間の動きをうかがった入試の流行である。
さて，範囲内で解けるところから。dは基礎知識で正文であり，これが正解の一つ。なお，高麗版大蔵経は日本への主要な輸出品だった。bとeは日本史だが，bはこっそり用語集に書いてあるのでぎりぎり範囲内で，安西都護ではなく安南（鎮南）都護（節度使）。eは中学で習うところだろう。鎌倉時代である。ともに問題なく誤文。
aは正文でもう一つの正解だが，グレーゾーン。駿台が分析で指摘している通り，それっぽいことは実教出版の教科書には記載がある。日本史で言えば，円仁の『入唐求法巡礼行記』で，戦乱に巻き込まれた円仁が新羅商人に助けられて日本に帰国できた話が出てくる。新羅人が隋唐時代の代表的な商業民で，東シナ海を闊歩していたのは，重要度の割に強調されないのは確かだ。うちのブログでも取り上げたことがある。高麗以後の朝鮮半島は大陸情勢に悩まされ，また商業網の重心自体が南下したことで，その地位を日本人や中国人に取られていった。
cは誤文で，有田焼の生産が始まるのは文禄・慶長の役により朝鮮人陶工が九州に連行されてからなので，当然鎌倉時代ではない。私は中学の社会の教科書のコラムか何かで読んだ記憶があるので，ひょっとしたら中学の履修内容＝本書の判定では範囲内なのかもしれない。
実は商学部でも染付・伊万里焼についての問題が出ていたのだが，今年の早稲田大は何か陶磁器イヤーなのか……とか考えていたら，東大の問題にも染付が出ていて驚いた。早稲田大が，ではなく今年の入試が陶磁器イヤーだった。同様に授時暦も本当によく出ており，これも私大でよく出た上にセンター試験でも東大の二次でも出題があった。あわせて日本史関連問題イヤーだったというのが一番正確だろう。日本史の問題を世界史の範囲内に無理矢理収めようとすると，授時暦と伊万里焼が使いやすすぎた，ということなのではないかと思う。
３１．早稲田大 社会科学部（２つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞４ 問10 下線部（J）について（編註：（EUの）加盟国），ドイツ連邦共和国に統合したドイツ民主共和国（東ドイツ）を除いた旧社会主義圏諸国で，EUに加盟後，2010年以前に統一通貨ユーロを導入した国を以下に挙げたものから１つ選べ。
a．ポーランド b．ブルガリア c．スロヴェニア d．ハンガリー e．ルーマニア
＜解答解説＞
現代史のシンプルな難問。中欧圏はほとんどユーロが採用されておらず，ポーランドは特に意外な印象を受ける。正解はcのスロヴェニア。2004年加盟ながら，2007年に導入している。
＜種別＞悪問・難問・出題ミスを疑わせる問題
＜問題＞１ 〔設問〕
（ア）前５世紀に現在の南仏地中海沿岸に建設された，ギリシャ人の植民市はどこか。 (17)(18)
（イ）オスマン帝国は，13世紀末にルーム＝セルジューク朝から自立し発展した。同朝は，第１回十字軍の際に首都を奪われたが，その後新たに都と定められた地はどこか。 (19)(20)
02．アレクサンドリア 03．アンジュー 05．イズニク 06．ヴァロワ 07．エヴィアン
08．エディルネ 12．オルレアン 13．カイロ 14．カトー＝カンブレジ 18．コリントス
19．コンヤ 29．シーラーフ 30．タレントゥム 32．ニケーア 33．ニーシャープール
38．バスラ 48．ブルゴーニュ 49．ブルサ 52．ミレトス 53．ラウレイオン
（関係のある選択肢のみ抜粋）
＜解答解説＞
性格の悪さという観点では今年でワーストの問題。山のような地名の量にその時点で負けそうになるが，これでも関係する地名のみ抜粋したもので，実際の選択肢は60番まである。つらい。
さて，（ア）に関連する地名としてはマルセイユ，旧名マッサリアが有名だが，選択肢に存在しない。というよりも実は前６世紀の建設なので時期が違うのだが，時期を明示した教科書・資料集はおそらく存在しないし，していても普通は覚えないところで，普通の受験生にマルセイユを省く知識はない。この瞬間，出題ミスを疑う受験生がほとんどであろう。が，実は用語集にこっそりニースもギリシア植民市の一例として載っている。このニースの古名がNicaeaで，これは小アジアのニケーアと同じつづりである。よって32のニケーアが正解と想定される。なお，山川の用語集の表記はニカイアで，便宜的に小アジアのニケーアと区別させているものと思われる。古代ギリシア語の発音としてどちらが近いのかは知らないが，措置としては理解できる。
この問題が嫌らしいのは，（イ）で小アジアの都市を聞いていること。しかもルーム＝セルジューク朝の遷都前の首都がニケーアで，正解となる遷都後の首都がコンヤである（よって19が正解）。つまり32のニケーアはコンヤの誤答選択肢として小アジアのニケーアと読むのが当然であり，ニースの古名という発想は通常の受験生ならできない。仮にニースの古名としてニカイアを知っていたとしても。
とどめに，選択肢の05にイズニクがあるが，これが小アジアのニケーアの現代都市名である。なぜにニースはニケーアと表記しておいてイズニクはニケーアと表記しなかったのか，都市名の表記方法に一致が取れていない。ついでに言うとエディルネも現代の都市名で，歴史的にはアドリアノープル（ハドリアノポリス）であるし，他の小アジアとフランスの地名も全て現代のものだ（タレントゥムとラウレイオンは古名だがイタリアとギリシア）。ニースと表記しておいてくれれば，普通の難問というレベルの問題であった。
これは早慶上智に出題ミスが多いことを前提として，受験生に出題ミスを疑わせるためにニケーアを古代都市名で表記したと疑われ，疑念の通りなら極めて計画的かつ悪質な犯行と言わざるをえない。無論，そこまで見抜いた上でちゃんとニケーアとコンヤを解答できた受験生は賞賛されてしかるべきだが，出題としての適正さは別だ。前提が最低すぎるし，こういうことをやる人は教育者としては死んだ方がいい。
１０．慶應義塾大 法学部（２つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞２ 設問６ 民主化後の韓国について，以下の中から誤った記述を選び，その番号を解答用紙の (37)(38) にマークしなさい。
[01] 盧泰愚政権は，ソ連，中国と国交を樹立し，朝鮮民主主義人民共和国とともに国際連合に加盟した。
[02] 金泳三政権は，軍人出身の前二代の大統領を処罰するなど，文民統治の定着に努めた。
[03] 金大中政権は，経済危機を招き国際通貨基金（IMF）の支援をあおいだが，その後，改革を進めて経済を回復基調にのせた。
[04] 盧武鉉政権は，朝鮮民主主義人民共和国に対して融和政策を推進し，南北首脳会談を実現した。
＜解答解説＞
現代史なので社会人の方が解きやすいシリーズ……とは言っても，社会人にも難しいか。受験生に判断できるのは[01]が正文ということだけである。[03]が誤文＝正解で，アジア通貨危機の発生は1997年。７月にタイのバーツが暴落して始まり，11月に韓国で本格化，12月に韓国政府によるIMFへの支援要請が行われた。この時の政権はまだ金泳三で，金大中の大統領就任は1998年２月。金大中政権スタート時にIMFの介入が続いていたのは事実だが，「経済危機を招き」は明確に誤りと言える。[04]の盧武鉉は金大中に続いて第二回南北首脳会談を2007年10月に行っている。が，これは教科書・用語集に記載が無いので範囲外。通常第一回の方しか学習しないし，アジア通貨危機の流れを月単位で整理というのも無茶振りなので，[04]を解答に選んだ受験生が多かったのでは。
１１．慶應義塾大 法学部（３つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞３ （ア） クリミア戦争での従軍経験をもち，人道主義の立場から戦争批判を展開した，『復活』の作者は誰か。 (51)(52)
17．サハロフ 28．チェーホフ 33．トゥルゲーネフ 34．ドストエフスキー 36．トルストイ
45．プーシキン
＜解答解説＞
超難問の新定番になりつつあるものの一つ。早慶上智には対抗意識があるのか，「過去にどこかで出題されたから」が免罪符になっていると勘違いしている節がある。なお同じような意識は予備校にもあり，駿台は「同様の問題は 2011 年の慶大法学部でも出題があるから，いわゆる悪問・奇問の類ではない。」と評しており，東進も「（ア）は解答できて欲しい」という評価だが，正直どうかと思う。そんなことを許せばずるずると受験世界史の範囲が広がっていってしまう。もっとも，そういうことを言っていられない現場では「過去問で出たものは確実にチェックしておこう」と受験生に言うのではあるが。
なお，駿台の講評はおそらく何かの勘違いで，2011年の慶大法学部でそのような出題はなかった。2011年早稲田大の社会科学部なら，クリミア戦争に従軍したことだけを手がかりにトルストイを答えさせる問題が出ているが（前著2011早慶３８番）。というわけで正解は36のトルストイ。ただし，2011年の早大社学より『復活』がある分だけ悪質性は低い。通常トルストイの作品は『戦争と平和』と『アンナ＝カレーニナ』しか教えないから，焼け石に水ではあるが。一応，三つ目の代表作として『復活』を載せている参考書・資料集もなくはない。あ，拙著を読んでいたおかげで本問を正解できた受験生の喜びの報告，お待ちしております。
１２．慶應義塾大 法学部（４つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞４ （キ） 国際連合憲章署名以降に作成された諸文書の採択や施行に関して正しい順序となっているものをひとつ選び，その番号を (91)(92) にマークしなさい。
[01] 国際連合憲章署名―国際労働機関憲章採択―世界人権宣言採択―日本国憲法施行―自由権規約採択
[02] 国際連合憲章署名―国際労働機関憲章採択―日本国憲法施行―世界人権宣言採択―自由権規約採択
[03] 国際連合憲章署名―世界人権宣言採択―国際労働機関憲章採択―日本国憲法施行―自由権規約採択
[04] 国際連合憲章署名―世界人権宣言採択―日本国憲法施行―国際労働機関憲章採択―自由権規約採択
[05] 国際連合憲章署名―日本国憲法施行―国際労働機関憲章採択―世界人権宣言採択―自由権規約採択
[06] 国際連合憲章署名―日本国憲法施行―世界人権宣言採択―国際労働機関憲章採択―自由権規約採択
＜解答解説＞
日本国憲法施行が1947年５月は常識。国連総会の世界人権宣言採択が1948年というのは高校世界史としてはややマイナーだが，範囲内である。というか，私は中学公民で習ったような記憶があるのだが，皆さんどうだろうか。
それに比べるとILO（国際労働機関）憲章はやけに難易度が高い。一応「国際連盟創設時に設立され，国際連合に引き継がれた」とは通常ほぼ確実に習うところだが，憲章採択が国際連合に引き継がれたタイミングとは習わない（なお1946年）。一応，憲章を定めるタイミングがあるとすればこの引き継ぎ時くらいしかないし，引き継がれたということはILO憲章採択も国連憲章採択からひどく時間が離れているとは考えづらいから，推測で解答できなくはない（したがって正解は[02]）。この推測で当てた受験生は大したもんだ。センスある。
［ここから早稲田大］
１３．早稲田大 文化構想学部
＜種別＞悪問
＜問題＞５ 設問６ 下線部Fの時期（編註：文化大革命が終わって中国が改革・開放政策に転ずる中で）の政治・経済情勢に関する記述として，適切なものを次のア〜エから一つ選び，マーク解答用紙の所定欄にマークしなさい。
ア 毛沢東の死後，国家主席に就任した周恩来は，「四人組」を逮捕し，文化大革命を終結させた。
イ 1980年代には，��小平の指導下で「社会主義市場経済」が唱えられ，人民公社が解体されるなど，経済面での改革が進んだ。
ウ ��小平の死後，1989年に政治的民主化を求める運動が北京を中心に広がったが，弾圧された。
エ 台湾では，1980年代から民主化が進み，1996年におこなわれた初の総統直接選挙で民進党の陳水扁が当選した。
＜解答解説＞
正解がイだと思った人は一般教養レベルの現代中国史理解が十分にあると言っていい。アは周恩来ではなく華国鋒。ウは��小平ではなく胡耀邦で，��小平が亡くなったのは1997年。エは民進党の陳水扁ではなく，国民党の李登輝。消去法で考えてもイに絞れる，受験世界史では標準的な部類の問題である。
じゃあなんでダメかというと，「社会主義市場経済」の言葉を中国が初めて公式に用いたのは1992年10月の中国共産党第14回大会のことで，1980年代にはまだ存在していない。つまり，「唱えられ」を「具体的なスローガンとして掲げ」という意味合いで捉えるならイもまた誤文となり，正解無しの出題ミスになる。ただし，受験世界史ではそこまで詳しい内容には触れないどころか，多くの教科書や用語集を読むと，1980年代からの中国の改革開放政策の経済面を指す言葉として使われており，1980年代か90年代かでは区別していないのがわかる。社会主義市場経済の語を1990年代の出来事としてはっきり書いているのは，私が読んだ中では実教出版のものだけであった。そうである以上，この「唱えられ」は，多くの教科書と同様に「1980年代から実質的に唱えられていた」と解釈することが可能であり，こちらの解釈で言えばイは問題なく正文である。
いずれにせよ，これは「高校教育の水準と，細かい事実は別物」であり，「入試問題は極力その双方に反しないように作られるべき」という案件である。また，中国現代史の専門家であればすぐ気づくたぐいのミスで，いかに専門家のクロスチェックを通していないかが露見する案件でもあった。駿台からも同様の指摘あり。河合塾・代ゼミ・東進はスルー。
１４．早稲田大 国際教養学部
＜種別＞難問
＜問題＞４ 問４ 下線dのような境遇の人々（編註：（第一次中東戦争により）100万人以上のアラブ人が故郷を追われた）を救済するために設立された国際機関で，1954年と1981年にノーベル平和賞を受賞した組織の名称を一つ選びなさい。
ア 赤十字国際委員会 イ 国際連合パレスチナ難民救済事業機関
ウ 国際連合難民高等弁務官事務所 エ 国際移住機関
＜解答解説＞
アの赤十字国際委員会以外は全て用語集に記載がない。その中でUNHCR（国際連合難民高等弁務官事務所）は比較的メジャーであるが，残りの２つは聞いたこともないという方が多かろう。また，全部パレスチナ難民にかかわっている国際機関である。しかも，受賞の有無だけなら赤十字国際委員会とUNHCRの両方が受賞しているので，最終的には「受賞年度」でしか選択肢を絞ることができない。となるとやはりこれは度を超えた難問であろう。正解はUNHCRの方。赤十字国際委員会の受賞年度は1917年・1944年・1963年である。一応，ノーベル平和賞は範囲外の中ではよく狙われるポイントであり，予備校の早慶対策講座のテキストにはしばしば全年度分が掲載されていたりする。そこまで丸暗記するという血の滲むような努力をした受験生は報われた問題だったかもしれないが……
なお，国際移住機関という，いかにも造語のような国際機関は，実在する。1951年に前身組織が設立されており，意外と古い。1989年から現在の名称となった。人身売買の監視や，難民の第三国定住支援を行っている。
１５．早稲田大 国際教養学部（２つめ）
＜種別＞難問・奇問
＜問題＞４ 問７ 下線i（編註：（第二次中東戦争停戦後の）国際連合緊急軍）に関する記述で正しいものを一つ選びなさい。
ア アメリカ軍が主体となった多国籍軍。
イ エジプトの受け入れ同意に基づいての設置。
ウ 日本の陸上自衛隊も参加。
エ 国際連合憲章第７章に基づく国連軍。
＜解答解説＞
完全に政経の問題である。世界史の問題ではない。今年はなぜだかこの種の奇問が多いのだが，いわゆる「総合科目化の流れ」というやつか。もっとも，本問は政経の問題としても超弩級の難問で，むしろこんなのばかりを出題したら総合科目化に反感しか生まれないのでは。
第二次中東戦争は，エジプトに侵攻する英仏と，それを撤退させたい米ソという対立構図であり，常任理事国同士の対立であったために安保理が麻痺してしまった。そこでカナダのピアソン外相の提案により議論を総会に移すことになり，エジプトの受け入れを条件に，英仏イスラエル軍の撤退を監視する第一次国連緊急軍が派遣された。国連平和維持軍（PKF）の原型である。なお，ピアソンはこの功績をもって1957年のノーベル平和賞を受賞した。
この際，派遣の理論的根拠となったのは国連憲章第１章であり，第７章ではない。第７章はいわゆる武力制裁に関する条項で，正式な「国連軍」の派遣について述べられているが，こちらは当事国の同意が不要である代わりに，安保理の承認が必要である。一方，第１章は国際連合が設置された目的および原則について書かれた条項であり，具体的な決めごとが書かれているわけではない。たとえば，第１章第１条第1項を引用すると，
「国際の平和及び安全を維持すること。そのために，平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整または解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。」
とある。これを論拠に，「当事国の同意は必要だが，安保理を通さずに派遣できる」軍としてPKFが生み出された。朝鮮戦争時の一度しか結成されたことがない国連軍に対して，世界平和への貢献が大きいPKOではあるが，実はかなり強引な解釈のもとに運用されているのだ。
さて問題に立ち返ると，湾岸戦争で有名な多国籍軍は「安保理の決議に則っているものの，国連が派遣したものではなく，複数の国家がそれぞれ自主的に派遣した軍隊」のことを指す。当然，国連緊急軍とは別物。国連緊急軍に陸自は参加していないし，国連憲章第７章に基づかないことは上述の通り。残ったイが正解。
１６．早稲田大 法学部
＜種別＞難問・悪問
＜問題＞１ 設問５ 下線部aの元代に関する事項として誤っているものはどれか。
� ー鹽埖臈圓帽焼遒�ら物資を運ぶため，新運河を開削した。
�◆…更床捨�から山東半島を回って大都方面に至る海運が発達した。
�� 交鈔は宋・金・元・明で発行された紙幣の総称で，元では主要通貨となった。
�ぁ．皀鵐乾訥觜颪任六拉枸琉茲縫献礇爛舛鬚靴い燭�，元では中国に適用しなかった。
＜解答解説＞
�，牢霑鍛亮韻農喫検き△呂笋筌泪ぅ福爾世�範囲内で正文。��と�い糧淑未牢袷瓦僻楼漏阿任△襦�というか，通常であれば「交鈔は金・元代の紙幣，北宋代なら交子，南宋代なら会子」と習い，難関私大対策をしてきた子なら「明代の紙幣は宝鈔だが，不換紙幣だったのですぐに廃れた」くらいまで学習しているだろう。だからこそ��を誤文と判断してこれが正解だと思いたくなるところだ。
……という振りからわかる通り，これは完全な引っかけ問題である。『ブリタニカ国際大百科事典』に「中国，宋，金，元，明の諸王朝で発行使用された紙幣。宋では交抄，交子，会子，銭引などと呼ばれ，金，元では交鈔，明では宝鈔の名が使われ，略して鈔，または抄といわれた。」とあり，山川出版社の『世界史小辞典』など他の辞典・事典を引いても同様の記述が見られる。��は正文と見なすしかない。一方，�い聾輅犬如ぅ献礇爛舛牢租擇砲盪楾圓気譴討い襦９掌融�代の助郷役（街道沿いの農民は輸送補助の義務があった）もそうだが，ジャムチの運用も徭役の一種であったため，庶民には嫌われていたそうだ。元が中国人の反感を買った原因の一つである。
なお，さすがに河合塾・駿台・代ゼミ・早稲田予備校とそろって非難囂々のコメントを載せているが，東進は正解を��とした上で，「標準的な難易度」と評していた。釈明を要求したいところである。
１７．早稲田大 法学部（２つめ）
＜種別＞悪問・難問
＜問題＞２ 設問５ 下線部��に関し（編註：（パレスチナもアレクサンドロス大王の遠征によって）ヘレニズム世界に組み込まれた），アレクサンドロス帝国の分裂後に前２世紀半ばまでイェルサレムを支配した王朝名を以下のア〜エから一つ選びなさい。
ア ハスモン朝 イ セレウコス朝 ウ アンティゴノス朝 エ プトレマイオス朝
＜解答速報＞
例年の早大らしいガバガバな問題。アレクサンドロス大王の死後のディアドコイ戦争においてパレスチナは重要な係争地であり，イプソスの戦いまでは支配者が安定していない。その後はしばらくプトレマイオス朝の支配下にあったが，前199年にセレウコス朝が奪い，前166年まで支配した。そして前166年からユダヤ人の独立戦争であるマカベア戦争が勃発し，ハスモン朝が成立する。このハスモン朝がポンペイウスに征服されて，パレスチナはローマ領となる。
というわけで，支配期間の長さから言えば，前323年から前166年のうちの大半がプトレマイオス朝になるが，前166年時点での支配者はセレウコス朝である。問題文のニュアンスから言えばおそらく大学側の想定する正解はセレウコス朝だろうし，各予備校の解答もそうなっている。この点私も異論がないものの，プトレマイオス朝を完全に外せる問題文になっているかは大いに疑問。なお，そもそもマカベア戦争・ハスモン朝ともに用語集頻度�，如と楼脇發箸靴討魯�リギリであることも付記しておく。
１８．早稲田大 法学部（３つめ）
＜種別＞悪問
＜問題＞４ 設問４ 下線部�い亡慙△靴董癖埣陝�十字軍），以下の記述のうち，明白に誤っているものを一つ選びなさい。
イ 第１回十字軍によって建国されたイェルサレム王国は，12世紀末に最後の拠点であったアッコンが陥落し，滅亡した。
ロ アイユーブ朝の建国者であるサラディンはイェルサレムを回復し，第３回十字軍に打撃を与えた。
ハ 十字軍を率いた神聖ローマ帝国フリードリヒ２世は，アイユーブ朝との交渉により，一時イェルサレムを回復した。
ニ フランス王ルイ９世の主導で，海路によりそれぞれエジプトとチュニスに向けておこなわれた２回の十字軍は，いずれも成功しなかった。
＜解答解説＞
ハとニは正文，イは12世紀末ではなく13世紀末（1291年）なので，明白な誤文＝正解である。単純に解くだけなら，ロを見なかったことにすれば非常に易しい。
で，疑惑のロだが，これは十字軍の知識がちょっとでもあればおかしいとすぐわかると思う。サラディンはイェルサレムを奪還したが，これが契機となって第３回十字軍が行われた。つまり，イェルサレムを奪還したことによって第３回十字軍に打撃を与えたわけではない。素直に読めばどう考えても誤文である。ロの文を正文として読むには，「回復し」と「第３回十字軍」の間に「さらに」を挟まなくてはいけない。個人的には複数正解の出題ミスだと思う。ただ，イの誤りが明白すぎるため，指摘している予備校は皆無。
１９．早稲田大 文学部
＜種別＞難問
＜問題＞１ 設問２ 下線部B（編註：（古代エジプトの）ピラミッド）の原型とされる墳墓の名称を記しなさい。
＜解答解説＞
文学部は文化構想学部と並ぶ早大の中の「優良物件」だったのだが，ここ２，３年は他学部に対抗意識でもあるのか，確実な「悪化」が見られる。今年も３つ収録となった。本問は一応用語集に記載があるものの，普通は覚えないので収録対象とした。正解はマスタバ。シンプルかつエジプトマニアだけをすくう激烈な難問である。
２０．早稲田大 文学部（２つめ）
＜種別＞悪問・やや難問
＜問題＞４ ４世紀中葉から14世紀に至るまで約千年間にわたって次々と造営された莫高窟は，［ C ］で名高い。
設問３ ［ C ］に入る文章として適当ではないものを選びなさい。
ア インド，中国内地，チベットなどの影響を受けた壁画が残ること
イ 石灰岩質の岩に彫られた精緻な仏像や説話図が見られること
ウ 19世紀末に石窟内から多数の古文書や絹画が発見されたこと
エ 「砂漠の大画廊」とよばれ，ユネスコ世界文化遺産に登録されていること
＜解答解説＞
それぞれの選択肢に少しずつ問題があるという珍しいパターン。アは単純に範囲外。というよりも大概の場合は西域の仏教美術の影響を受けて，としか習わないので誤文と判断しかねない。実際には正文である。壁画はおろか，敦煌文書は漢語が８〜９割だが，残りの１〜２割はチベット語・サンスクリット語・ソグド語・ウイグル語と多種多様な言語で書かれた仏典が残されており，この多様性こそが敦煌文書が極めて重要と言われる所以である。
イは誤文でこれが正解。教科書にも用語集にも「敦煌では粘土製の塑像と絵画により，仏教の世界が表現された」と記載があり，そこからの推測で誤文とわかるのだが，これが誤文の理由になる事情はややわかりにくいと思われるので，以下で説明する。石灰岩質なのは竜門石窟で，石灰岩は柔らかいため彫りやすく，巨大かつ繊細という両極端な特徴を併せ持った仏像が制作された。一方，敦煌は砂岩質で硬いため，壁面を掘り崩して巨大な仏像を作るのは難しかった。そこで粘土を持ってきて固めたものを彫る塑像か，壁面に漆喰を塗って壁画を描くという手法がとられた。ゆえに地質が石灰岩ではないし，岩壁に直接彫り込んだわけでもないので誤文。「粘土製の塑像と絵画」から，受験生がここまで連想できるかどうかは何とも言えない。言うまでもないかもしれないが，地質に関する情報は範囲外である。どうでもいいが，炭酸カルシウムを多く含んだ岩を石灰岩，これを高温で熱して酸化カルシウムに変質させたものが生石灰，そして生石灰に水を加えて水酸化カルシウムにしたものを消石灰（我々が一般に「石灰」と呼んでいるものはこれ）と呼び，この消石灰は漆喰の原料である。変なところで石灰同士がつながっている。
ウは敦煌文書の発見が1900年とされているのでぎりぎり19世紀末だが，第一発見者の王円籙なる中国人は全く信用されず，実際に調査が始まって敦煌文書の重要性が判明したのは1907年のオーレル＝スタイン率いるイギリス探検隊による。事実，平凡社の『世界大百科事典』では発見を「今世紀（20世紀）の初頭」としている。細かな事情を知っていたら怖くてこんな選択肢は作れまい。「清末」あたりにしておけば安全だった。しかも，1900年の年号は旧課程の教科書・用語集に記載がない（新課程でなぜか記載が増えた情報。不要でしょ……）。
エは，Wikipedia流に言えば“「砂漠の大画廊」とよばれ”に［誰によって？］タグが付けられる案件である。まあしかし，呼ばれていても不思議ではないし，実際ググってみるとTBSのテレビ番組のサイトが引っかかるので，正文扱いで良かろう。しかし，もうちょっと何かなかったんですかね……敦煌の場所は前問までの問題文で出ているからダメだが，造営が始まったのは五胡十六国の時代で，これは必ず習うところなので，これを隋や唐にした誤文とか。
２１．早稲田大 文学部（３つめ）
＜種別＞出題ミスの可能性
＜問題＞５ 設問４ 下線部d（編註：教会大分裂は，コンスタンツ公会議で一人の正統の教皇が選ばれ解決するが，その後，教会のあり方を批判する異端運動が沸きおこった。）にあてはまる異端運動は以下のどれか，正しいものを選びなさい。
イ カタリ派 ロ フス派 ハ ボゴミール派 ニ アリウス派
＜解答解説＞
単純に考えれば易問でロのフス派が正解になる。ボゴミール派は範囲外だが，これで間違える人はまずいないだろう。ブルガリアの異端で，マニ教またはグノーシス主義の影響が見られるとされる。
私が気にかかっているのは下線部の「その後」である。「フス派」の誕生ってコンスタンツ公会議の「後」でしたっけ？ そもそもフスが処刑されたのがコンスタンツ公会議なので，公会議の前に派閥が形成されていたと言ってよい。仮にフスの処刑を契機にチェコ人が団結力を増して派閥を形成したと解釈したとしても，フスの処刑はコンスタンツ公会議の初期の1415年７月，教会大分裂の解消が1417年，コンスタンツ公会議の終了が1418年のことであるから，派閥の形成は明らかにコンスタンツ公会議終了の前になる。フス戦争が勃発した1419年７月の時点でフス派が形成されたと解釈して，やっとこの下線部は「正文」になる。が，やはりこの解釈は無理があろう。
以下はやや余談的に。実のところフス派は穏健派と急進派（ターボル派）で当初から大きく分かれていて，共通した目標は「教義の改革（not宗教改革）」までであった。下級貴族と農民中心のターボル派がカトリックからの離脱（宗教改革）や社会改革まで求めたことで，そこまでは望んでいなかった上級貴族と市民を中心とする穏健派が皇帝派と妥協し，挟撃を受けたターボル派が消滅，約20年続いたフス戦争は終焉に向かう。フス戦争の古い研究ではマルクス主義の影響からターボル派に重点が置かれ，フス戦争は原始的な市民革命，チェコ人による反ドイツ的な色彩の強いナショナリズムの発露，という解釈が強く取られてきた。しかし，近年ではフス本人がカトリックの離脱まで考えておらず，また後のルター同様に社会改革までは望んでいなかった点や，改革の本拠地プラハの市参事会が穏健派であった点などから，穏健派を傍流と見なすのは誤りであることが再確認されている。加えて穏健派に一定の役割を認め，戦後に起きた上級貴族や帝国都市の権力強化とそれによる帝権の弱体化を踏まえて，神聖ローマ帝国の形骸化と領邦の自立という文脈でフス戦争を解釈する傾向も出てきている。過去の学説で否定されていない解釈は，チェコ人ナショナリズムの萌芽であった点くらいだ。
これらの観点から言って，穏健派とターボル派をくくった「フス派」という表現を使った場合，少なくとも専門的な領域では「多様な背景・目的の違いを越えて，教義の改革という一点で団結したチェコ人の集団」という意味合いになる。それであれば「フス派」はフスの生前から発生していた運動・集団であったし，しかも「フス派」を“教会のあり方を批判する異端運動”と見なすこと自体が誤りである。実際，このややこしい状況を説明するのを回避するため，高校世界史ではフス派は「ウィクリフの後継・ルターの先駆となった聖書主義の流れにして，教皇権や皇帝権といった普遍的権威の衰退という中世末の流れを象徴する事件」という触れ方で，踏み込んでもチェコ民族主義の勃興までである。2011年の一橋大が第１問でフス戦争の経緯と歴史的意義を400字で説明させるという難問を出題しているが，解答として求められていたのは，フス派の重点が「教義の改革」にあった点と，チェコ人ナショナリズムの勃興にあった点の二点であった。あの独善的で高校レベルを大きく超える問題をしばしば出す一橋大学の入試ですらそうなのだ。
さて，穏健派を傍流，ターボル派のみを正当なフス派と見なす立場に立つなら，この下線部はいろいろと納得が行く。ターボル派が正式に結成されたのは開戦してからであるし，ターボル派ならば“教会のあり方を批判”して，“異端運動”として討伐されたからである（穏健派の主張は戦争末期にボヘミア領内に限って正統と認められたため，純粋な異端とは呼べない）。作題者はいまだもってマルクス主義的解釈でとどまっているのでは，という邪推はそれなりに正しい自信があるが，どうか。
２２．早稲田大 人間科学部
＜種別＞難問・出題ミスの可能性
＜問題＞１ イスラーム世界でもカラ＝ハン朝治下で通称『テュルク語辞典』を編纂した［ B ］や，12世紀のアラブ人地理学者［ C ］らが，メッカを中心とする地図を作成するようになる。
B a カシュガリー b ガザーリー c ウマル＝ハイヤーム d イブン＝ハルドゥーン
C a イブン＝バットゥータ b フワーリズミー c イドリーシー d イブン＝シーナー
＜解答解説＞
Cの方はcのイドリーシーが正解。用語集に記載がないものの，資料集にはその地図が載っているものが多く，両シチリア王国のパレルモ宮廷に出入りしたため12世紀ルネサンスへの影響が強いという観点からも歴史的意義の大きい人物で，難関大志願者には教える場合がある。範囲外とは断定できないし，他の３つがあからさまに誤りなので消去法でも解答できる。というわけで収録対象外だが，文のつながりの都合上で掲載した。
Bはいろいろと問題がある。まず，まともに解こうとすると，dのイブン＝ハルドゥーンが14世紀後半の人間なので，12世紀半ばには滅んでいる「カラ＝ハン朝治下」はありえない，ということくらいしか手がかりがない。ガザーリーもウマル＝ハイヤームも11世紀後半の人間で，しかも二人ともイランから中央アジアにかけて活動した人間であるので，テュルク系民族の活動領域と重なる。カシュガリーはほぼ範囲外なので（新課程の山川『詳説世界史B』ならカシュガリーが描いた地図が掲載されている），受験生に判断材料はない。一応，ガザーリーとウマル＝ハイヤームが両方イラン系であるので，「テュルク語」には携わらないだろうと推測すると，消去法的に残ったaのカシュガリーに辿り着く。これが正解であるが，「イラン系だから『テュルク語辞典』の編纂はしないだろう」という推測をさせるのは妙な勘違いを植え付けないか。前近代史でも異民族の言語を研究した例はいくらでもあるだろう。こういう推測のもとに正解を導き出させる意図で作題されたなら，教育上の配慮を欠くものであるし，作題者自身が「自民族の言語は自民族だけが研究する」という勘違いをしていないかどうか不安だ。
が，根本的な話をすると，本問は出題ミスと言ったほうがいいかもしれない。カシュガリーはカラ＝ハン朝の出身であるが，『テュルク語辞典』を編纂したのはセルジューク朝治下のバグダードである。その名の通りカシュガルの出身で，東カラ＝ハン朝の王族を出自とするが，政争に巻き込まれて亡命し，イラン，さらにバグダードに流れている。カラ＝ハン朝はイラン・イラクを支配したこと自体ない。ゆえに「カラ＝ハン朝治下」ということはありえない。さらに言えばこの政争の存在もあったように，11世紀半ばのカラ＝ハン朝は衰退期に入っていて，パミール高原を境に東西分裂していた（東カラ＝ハン朝の首都がカシュガル）。このうち西カラ＝ハン朝はセルジューク朝とガズナ朝の攻撃を受けて崩壊，東カラ＝ハン朝も西遼の攻撃を受け，ともに12世紀半ばには事実上滅亡している（一応，形式上の王統だけは13世紀初頭まで残った）。せめて“東”カラ＝ハン朝“出身”とすべきだっただろう。あわせて，作題者の妙な勘違いが強く疑われる。だからクロスチェックをしろと，私は口を酸っぱくして言っているわけで。こんなのイスラーム史の研究者なら一発で気づくミスでは。
ところで，ガザーリー，ウマル＝ハイヤーム，カシュガリーの３人とも11世紀後半にイランまたはイラクにいた，しかも当時から有名な大学者だったという点で共通しているのだけれど，互いに接触したり交流したりした記録って残ってないのだろうか。ざっと調べた感じでは残念ながらないようだが，あったらロマンだなぁ。
２３．早稲田大 人間科学部（２つめ）
＜種別＞コピペ
＜問題＞４ 設問Y � （〃�省や広東省から台湾への移住者のなかには「客家」と呼ばれる人々もいた。それについての説明として誤りを含むものはどれか。
a ４〜12世紀に華北から広東・広西・福建等の山間部に移り住んだと伝えられる人々である。
b 元時代には「漢人」とされ，支配民族としてモンゴル人と連携して，「南人」支配の一翼を担った。
c 明・清時代には，差別・圧迫を受け，海外への出稼ぎや移住するものも多かった。
d 19世紀なかごろに太平天国を建設した洪秀全は客家出身である。
＜解答解説＞
問題自体はどう見てもbが誤りなので易しい問題だが，この問題はaとcの選択肢が山川用語集（旧課程）「客家」の項目の完全コピペ。びっくりするほど綺麗なコピペで，手抜きというには度を超している。お持ちの方はご確認ください。p.250です（2013年版）。理系のこととはいえ，去年あれだけ騒がれたのにね，懲りないね。
教育学部は収録無し。フランスのライシテの制定年が1905年であることを書かせた問題が難問ではあったが，範囲内である。それ以外に至っては基本問題か，やや難問の範囲で，大きな改善が見られた。
２４．早稲田大 政経学部
＜種別＞難問・悪問
＜問題＞２ 神聖ローマ帝国（ドイツ）では，財政難を手当てするひとつの手段として，皇帝は戦争が帝国を脅かす共通の危機だと訴えて，諸侯や貴族，教会や都市などの［ h ］の代表者たちに臨時の支援金を求めた。皇帝はその対価として，帝国の［ h ］の代表者たちに，様々な譲歩を行った。同様のことは，領邦でも起こっている。領邦の［ h ］の代表者たちは，領邦君主に一時的な援助金を提供する代わりに，領邦君主からさまざまな譲歩を獲得した。やがて三十年戦争を境に，一部の領邦では［ h ］の代表者たちと領邦君主との間で，毎年一定の金額を恒常的に納めるという内容の協定が結ばれた。これは新しいタイプの租税の始まりであり，これを徴収・管理していく機関として，新しいタイプの国家が誕生した。17世紀後半以降のヨーロッパ各地では，このような新しいタイプの租税と君主直属の常備軍および官僚制の創設や整備が進んだ。ところがほぼ同時期のイングランドは，国王チャールズ１世が処刑されたことで，その後ヨーロッパ大陸諸国とは異なる国家形成の道を歩むことになった。これに対して大陸諸国では，君主と［ h ］との戦いで，おおむね君主が優越的な立場を確保している。
B ３ 空欄hにあてはまる最も適切な語句を漢字で記せ。
＜解答解説＞
予備校間の解答がバラバラシリーズ。駿台は「身分制議会」で，珍しいことに分析でノータッチ。河合塾は「身分制議会」を主の正解としつつ「社団」と「等族」を併記し，分析で「複数の解答が可能」と言及。代ゼミは「身分制議会」として，分析では「文脈からも書くべき語が読み取りにくい」と辛口。東進の解答は「市民」で，分析では触れていない。最多票は身分制議会ということになるが，私自身の解答としても「身分制議会」が正解で，次点で「社団」。「等族」も場合によってはあり。「市民」はおそらくありえない。検討してみよう。
最初の空欄，「皇帝は戦争が帝国を脅かす共通の危機だと訴えて，諸侯や貴族，教会や都市などの［ h ］の代表者たちに臨時の支援金を求めた」で想定されるのはたとえばトルコ税の説明で，皇帝がこうしたことを訴えたのは神聖ローマ帝国の帝国議会である。よって，ここだけ考えれば帝国議会が最もふさわしい。しかし，たとえば３つめの「領邦の［ h ］の代表者たちは，領邦君主に一時的な援助金を提供する代わりに，領邦君主からさまざまな譲歩を獲得した。」を見ると，当たり前だが領邦一つ一つに帝国議会があったわけではないから，不適とわかる。よって，空欄hにはより広い意味の語が入ると推測される。君主が諸身分の代表者たちとやりとりをする場を一般に指す用語というと，これは「身分制議会」になる。残り３つの空欄も，身分制議会なら違和感なく入る。
なお，河合塾の別解に挙がっている「等族」議会とは，身分制議会の同義語として使われる広義の使用法と，ドイツ圏の領邦ごとに成立した身分制議会を指す狭義の使用法がある。河合塾が挙げた「等族」は広義の意味合いで挙げたものだろう。ただし，受験世界史としては範囲外の用語であり，身分制議会ではなくわざわざ等族と表記する意味はほとんどない。危ういだけである。
「社団」は「政府と国民の間に立つ中間諸団体」を意味する。貴族，教会，自治都市，特権商人集団，ギルドなどが該当する。身分制議会は中世後半に成立したものであり，まさに封建的な分権国家が社団国家（絶対王政）に成長していく過程で登場したものであった。ゆえに「身分制議会の代表者」という語は「社団の代表者」とほぼ同義であり，ゆえに空欄hの全ての箇所で「社団」を入れても意味が通ってしまう。というよりも「身分制議会の代表者」だと「代表」のニュアンスがだぶるので，「社団の代表者」の方がしっくり来るかもしれない。また，文章中段にあるように，社団に特権を認める代わりに，税や特許料を納めさせたのが社団国家（絶対王政）の特徴であるから，文章全体の説明としてもしっくり来る。一方，最後の空欄の「君主と“社団”の戦いで，おおむね君主が優越的な立場を確保している」は，少し違和感が残る。絶対王政の説明で使用される社団は，どちらかというと君主との協力関係にあったニュアンスで挙げられることが多い。絶対王政の成立過程において，明確に君主と対立したのは旧時代の権力者たる貴族である。貴族勢力の基盤は身分制議会であったことを想定するに，この点で身分制議会に軍配が上がる。
「市民」は非常に苦しい。最初の空欄は「諸侯や貴族，教会や都市などの［ h ］の代表者たち」を，「諸侯」と「貴族」と「教会」と「都市など“市民”の代表者たち」という並列だと考えれば当てはまるが，これは「諸侯や貴族，教会や都市などの」「代表者たち」と解釈するのが自然ではないかと思う。最後の空欄を見ても，「大陸諸国では，君主と“市民”との戦いで，おおむね君主が優越的な立場を確保している。」というのも当てはまらないと思われる。絶対王政の確立において君主が最も戦った社団は貴族というのは前述の通り。
２５．早稲田大 政経学部（２つめ）
＜種別＞悪問
＜問題＞２ A ３ 下線部fの代表例として（編註：皇帝は戦争が帝国を脅かす共通の危機だと訴えて），オスマン帝国との長期にわたる戦争がある。これに関する以下の記述のうち，誤りを含むものはどれか。
イ ハンガリー王ジギスムントを中心とするキリスト教諸君主連合軍は，ブルガリア北境のニコポリスの戦いでオスマン朝の軍に敗れた。
ロ オスマン朝のスレイマン１世は，モハーチの戦いでハンガリー王ラヨシュ２世を敗死させ，その後ヴィーンを一ヵ月あまりにわたり包囲した。
ハ 17世紀末にオスマン朝の軍は，大軍をもってヴィーンを包囲したが，ハプスブルク家がポーランド王の軍などの援軍を得てこれを撃退した。
ニ オスマン帝国はオーストリア・ポーランド・ハンガリーとの間でカルロヴィッツ条約を結んだ。
＜解答解説＞
イ・ロ・ハはそれぞれやや細かい内容だが，問題なく正文。ニは「ハンガリー」ではなく「ヴェネツィア」だから誤文。……というのが教科書的な説明だろうが，いや待てと。カルロヴィッツ条約当時はハプスブルク家の当主がハンガリー王を世襲していたのだし，カルロヴィッツ条約の内容は「オスマン帝国領ハンガリーの，ハンガリー王国への割譲」である。戦争前，ハンガリーの北１／４ほどがハプスブルク家の支配地，南３／４ほどがオスマン帝国領であったが，オスマン帝国領の全土がハプスブルク家に割譲され，ハンガリー王国は中世末の姿を取り戻した。確かに条約の調印は神聖ローマ皇帝の名義であってハンガリー王の名義は用いられていないから，問題としては成立している。が，この誤文の作りはあまりにも頭が悪くないか。「ハンガリーがかかわっているけどハンガリーが調印していない」ことに意味があれば，こういう問いも意味があろう（たとえばミュンヘン会談にチェコスロヴァキアが参加していないこと等）。が，今回はそういう事情が一切ない。
どうでもいいが，問題文と正解の選択肢だと「オスマン帝国」なのに，誤答の選択肢だと「オスマン朝」である。実害はないが，いかにも校正されていないのが丸わかりなので，統一してほしいところ。
２６．早稲田大 政経学部（３つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞３ A ６ 下線部jの人物（編註：ヘルツェル（ヘルツル））はドイツ語で著述したユダヤ人である。以下のドイツ語で著述した人物のうち，ユダヤ人でなかったのはだれか。
イ フロイト ロ トーマス＝マン ハ カフカ ニ ハイネ
＜解答解説＞
これも範囲外の難問定番シリーズと言っていいかもしれない。2009年上智大でも選択肢４つ中３つが同じ問題が出ている（アインシュタインがハイネになっただけ，拙著2009上智３番）。正解はロのトーマス＝マン。ただし，妻のカタリーナはユダヤ人である。なお，下線部のヘルツルは第１回シオニスト会議の提唱者ヘルツルのこと。出生地はハンガリーだがドイツ系ユダヤ人で，ジャーナリストとして活動したのはフランス，と極めてややこしい。
２７．早稲田大 政経学部（４つめ）
＜種別＞悪問・出題ミス（複数正解）
＜問題＞４ A １ 下線部aに関する以下の文章のうち（編註：ヤルタ会談），誤りを含むものはどれか。
イ 会議に出席した各国首脳は，アメリカのローズヴェルト，イギリスのチャーチル，ソ連のスターリンだった。
ロ 敗戦後のドイツの米ソによる共同管理やドイツの非武装化などが取り決められた。
ハ ブルガリアとユーゴスラヴィアにおいて，共産党を含む連立政権を樹立することが合意された。
ニ ドイツ敗戦後３ヶ月以内のソ連の対日参戦と，南樺太・千島のソ連による領有が決められた。
＜解答解説＞
これは誤りの箇所が明白な，出題ミスに限りなく近い問題。イとニは正文。ロ，敗戦後のドイツは「米英仏ソの４カ国」による「分割管理」なので誤り。ハは，ブルガリアはヤルタ会談の前にすでにソ連が占領しており，傀儡政権の樹立が始まっていたため，議題には挙がったものの「共産党を含む連立政権を樹立することが合意」などされていない。その取り決めがあったのはポーランドである。これをスターリンが無視して共産党の単独政権を樹立させたため，トルーマンが不信感を強め，冷戦が悪化していく。
予備校の解答はバラバラだが，意外にも出題ミスという指摘は少ない。河合塾はロで，上記の解説通りの分析をしているが，ハについてはコメントがない。駿台はハで，「ヤルタ会談でポーランドとバルカン半島の扱いを巡って，スターリンとチャーチルが対立，ヤルタ会談は冷戦の起点となった。」とコメントしているが，だったらなぜハが誤文なのか判然としない説明である。代ゼミはハを正解としつつ，分析で「複数正解」とコメント。東進はロで，分析で「ブルガリアに関する合意が行われたことに関する判断は難しい。」としているが，それは分析にも解説にもなっていないのでは……早稲田予備校はハ・ロを併記し，はっきり複数正解の出題ミスと指摘。
２８．早稲田大 商学部
＜種別＞奇問
＜問題＞３ 問K 下線部Kに関連して（編註：金融資本），現在でも金融資本の世界的な一大集積地の一つであるロンドン中心部のシティに位置していないものはどれか。
１．イングランド銀行本店 ２．グリニッジ天文台 ３．ギルドホール ４．セントポール大聖堂
＜解答解説＞
下線部と実際の問題が全く一致していない問題。下線部の存在意義とは一体。観光好きな大人なら全部知っているだろうが，一般の受験生なら１と２しか知らないし，場所なんて全部知らないだろう。１はいかにもシティにありそうだが，残りは見当もつくまい。ただ，難問かというとそうでもない気がする。天文台が大都会のど真ん中にあるわけがないだろと素直に考えれば，２が正解と推測できる。これで正しい。グリニッジはロンドン郊外。３のギルドホールは現在ロンドンの市庁舎となっており，シティ内部。むしろシティのど真ん中である。セントポール大聖堂もロンドン大主教座の大聖堂であり，シティ内部。いずれも有名な観光地である。
２９．早稲田大 社会科学部
＜種別＞悪問
＜問題＞１ 問２ 下線部（B）に関する（編註：近隣の地域・国家は，時にこれら中華帝国による遠征や支配を経験した）次の記述のうち適切なものを２つ選べ。
a．秦の始皇帝は南越に遠征して華南・ベトナム北部にまで領土を広げ，南海・象・桂林の３郡を置いた。
b．前漢の高祖は南越を征服し，ベトナム北部を支配下に入れ，南海など９郡を置いた。
c．前漢の武帝は衛氏朝鮮を滅ぼして，朝鮮北部に楽浪・真番・臨屯・玄菟の４郡をおき直轄地とした。
d．三国時代に魏・蜀・呉のうち最も有力で，華北の大半を支配した魏は，百済を討ち，朝鮮の楽浪・帯方の２郡を領域に加えた。
e．オゴタイ＝ハンは東南アジアへの遠征を企て，ベトナム・カンボジア・ミャンマー・ジャワに侵攻した。
＜解答解説＞
今年の社学は全体として解きやすい部類の入試であった。しかし，数えてみると３つもあったので，やや驚いている。「適切なものを２つ選べ」だが，明確な正文はcの一つしかない。bは高祖ではなく武帝，dは完全なデタラメでそもそも三国時代に百済が成立していない。eはオゴタイではなくフビライ。「地域名としてはミャンマーではなくビルマではないか」というのも気になるところだが，大学側の意図した誤りではあるまい。
疑惑の判定はa。厳密に言えば，秦の始皇帝が討伐した当時の華南・北ベトナムに住んでいた諸民族は，ひっくるめて百越と呼称されていた。秦の始皇帝の死後，この地域に派遣されていた趙佗という漢人が自立し，「南越」を建国した。よって，aは百越を南越との取り違えとすれば誤文となる。ただし，現在の北ベトナムを指す地域名として「南越」を用いる場合もマイナーだがあり，それで考えるとaの文は「秦の始皇帝は南越（の方面）に遠征して〜〜」となり，ギリギリセーフで正文と見なせなくはない。意外なことに，これを指摘しているのは東進のみ。
３０．早稲田大 社会科学部
＜種別＞難問・奇問というかこれ日本史
＜問題＞１ 問３ 下線部（C）について（編註：（中国の近隣地域・国家は）中国との交流・交易を通じて政治的，経済的，文化的発展を遂げた。），中国と近隣諸国の交流に関する次の記述のうち適切なものを２つ選べ。
a．唐代に，新羅の商人は活発な海上交易活動を展開し，山東半島や華中の港市に新羅人の居留地が作られた。
b．日本から遣唐使として派遣された阿倍仲麻呂は，唐の朝廷に使え，安西都護を務めた。
c．鎌倉時代の日本では，宋磁の影響を受けて，肥前では有田焼の生産が発展した。
d．高麗では，中国を経て伝えられた仏教が国教として厚く保護され，高麗版大蔵経が２度にわたり刊行された。
e．禅宗の代表的宗派である臨済宗と曹洞宗は，いずれも室町時代に中国から日本に伝えられた。
＜解答解説＞
半分以上が日本史の内容である。無論のことながら，中学の歴史の範囲や，高校世界史の内側のことなら，「日本の歴史」を出すのは有効だろう。しかし，高校日本史の領域に入るのは話が違う。もっとも，今年はこの種の「日本史」問題は，私立でも国立でも，悪問でも良問でも散見された。センター試験からしてそうであったし，東大まで流されていた。完全に日本史との統合という世間の動きをうかがった入試の流行である。
さて，範囲内で解けるところから。dは基礎知識で正文であり，これが正解の一つ。なお，高麗版大蔵経は日本への主要な輸出品だった。bとeは日本史だが，bはこっそり用語集に書いてあるのでぎりぎり範囲内で，安西都護ではなく安南（鎮南）都護（節度使）。eは中学で習うところだろう。鎌倉時代である。ともに問題なく誤文。
aは正文でもう一つの正解だが，グレーゾーン。駿台が分析で指摘している通り，それっぽいことは実教出版の教科書には記載がある。日本史で言えば，円仁の『入唐求法巡礼行記』で，戦乱に巻き込まれた円仁が新羅商人に助けられて日本に帰国できた話が出てくる。新羅人が隋唐時代の代表的な商業民で，東シナ海を闊歩していたのは，重要度の割に強調されないのは確かだ。うちのブログでも取り上げたことがある。高麗以後の朝鮮半島は大陸情勢に悩まされ，また商業網の重心自体が南下したことで，その地位を日本人や中国人に取られていった。
cは誤文で，有田焼の生産が始まるのは文禄・慶長の役により朝鮮人陶工が九州に連行されてからなので，当然鎌倉時代ではない。私は中学の社会の教科書のコラムか何かで読んだ記憶があるので，ひょっとしたら中学の履修内容＝本書の判定では範囲内なのかもしれない。
実は商学部でも染付・伊万里焼についての問題が出ていたのだが，今年の早稲田大は何か陶磁器イヤーなのか……とか考えていたら，東大の問題にも染付が出ていて驚いた。早稲田大が，ではなく今年の入試が陶磁器イヤーだった。同様に授時暦も本当によく出ており，これも私大でよく出た上にセンター試験でも東大の二次でも出題があった。あわせて日本史関連問題イヤーだったというのが一番正確だろう。日本史の問題を世界史の範囲内に無理矢理収めようとすると，授時暦と伊万里焼が使いやすすぎた，ということなのではないかと思う。
３１．早稲田大 社会科学部（２つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞４ 問10 下線部（J）について（編註：（EUの）加盟国），ドイツ連邦共和国に統合したドイツ民主共和国（東ドイツ）を除いた旧社会主義圏諸国で，EUに加盟後，2010年以前に統一通貨ユーロを導入した国を以下に挙げたものから１つ選べ。
a．ポーランド b．ブルガリア c．スロヴェニア d．ハンガリー e．ルーマニア
＜解答解説＞
現代史のシンプルな難問。中欧圏はほとんどユーロが採用されておらず，ポーランドは特に意外な印象を受ける。正解はcのスロヴェニア。2004年加盟ながら，2007年に導入している。
Posted by dg_law at 22:30│Comments(4)│TrackBack(0)
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この記事へのコメント
受験前日まで「絶対に解けない〜」を読み込んでたおかげで、MARCHの世界史難問はかなり解けました（笑）
アパッチ族やマクシミヌス、モスクワ宣言など、「『絶対に解けない』でやった問題だ！」状態でしたね。
結果的にICUに進学しますが、やたらレベル高い立教異文化合格できたのもあの本のおかげだと思います。
ありがとうございました！
アパッチ族やマクシミヌス、モスクワ宣言など、「『絶対に解けない』でやった問題だ！」状態でしたね。
結果的にICUに進学しますが、やたらレベル高い立教異文化合格できたのもあの本のおかげだと思います。
ありがとうございました！
Posted by Morgan at 2015年03月13日 23:15
20番の石灰についての説明ですが、生石灰は酸化カルシウム、消石灰が水酸化カルシウムであるので、説明が逆になっています。解答解説に直接関係のないものではありますが、指摘させていただきました。
理系地理選択なので、世界史のこのような問題にめぐり合うことはありませんが（嬉しいような悲しいような…）、教養として(?)毎年楽しく読ませて頂いております。来年も楽しみにしています！
理系地理選択なので、世界史のこのような問題にめぐり合うことはありませんが（嬉しいような悲しいような…）、教養として(?)毎年楽しく読ませて頂いております。来年も楽しみにしています！
Posted by Piani at 2015年03月13日 23:54
今年受験し、慶應の法商早稲田の政経法に合格しました。
色々受けた中で悩まされた問題は慶應法学部の都市名と政経の24番でしたね。
慶應の方は自分はコンヤの方はすぐわかったのですが 植民地の方はマッサリア
がどこを探してもなくて消去法になりまして、まず消す候補に入ったのが
ニケーア（イズニク）でした。二つともコンヤとのひっかけで入れられて
いた選択肢だと思っていたので。試験後、「慶應法はいつも教科書外から出すけど
今度は選択肢外からも出してきたのかワロス」とか思ってたんですけど
まさか真っ先に消したのが答えだったとはｗｗ
早大政経の方は自分は社団にしましたが、自分が聞いた限りでは帝国都市
と答えた人が多かったですね。結果的に受かったのはいいのですが、こういう
一つに答えが確定しそうにない問題って解答が永遠に闇（問題作成者）の中
ですからなんか後気味が悪いです。
色々受けた中で悩まされた問題は慶應法学部の都市名と政経の24番でしたね。
慶應の方は自分はコンヤの方はすぐわかったのですが 植民地の方はマッサリア
がどこを探してもなくて消去法になりまして、まず消す候補に入ったのが
ニケーア（イズニク）でした。二つともコンヤとのひっかけで入れられて
いた選択肢だと思っていたので。試験後、「慶應法はいつも教科書外から出すけど
今度は選択肢外からも出してきたのかワロス」とか思ってたんですけど
まさか真っ先に消したのが答えだったとはｗｗ
早大政経の方は自分は社団にしましたが、自分が聞いた限りでは帝国都市
と答えた人が多かったですね。結果的に受かったのはいいのですが、こういう
一つに答えが確定しそうにない問題って解答が永遠に闇（問題作成者）の中
ですからなんか後気味が悪いです。
Posted by ぽぽぽぽ at 2015年03月14日 00:06
政経学部の問題に「？的？関係」を埋めるものがあり、その解答が封建的主従関係と双務的契約関係で仲間内で割れていたのですが、この問題についての稲田義智さんの見解はどうなんでしょう？
Posted by shashasha at 2015年03月14日 00:18