第五十四話 包囲殲滅戦
「指揮官はどこですか!」
「北東からフォレストドック50匹が来ます!」
「北からもおよそ100!」
「上位種と思われる個体発見!」
「っち!囲まれる前に北を撃破!指揮官を探すのは後回しだ。上位種はあたしたち『紅玉の輝き』が担当する!」
予備隊に時間を取られた遊撃隊が後方に回り込んだ北方騎士団500を発見したのは司令部のある高台からおよそ1.5キロ北の地点だった。しかし、見つけたのは騎士団だけではなかった。すでに後方からの襲撃を受けていたのだ。騎士団500が戦っているのはフォレストドックとフォレストウルフの混成部隊およそ200。そこに新たに150程が加わろうとしているところに出くわしたのだった。
騎士団にとって不幸だったのは、高台付近で戦っているロックボアとロックアイベックスを警戒して重装歩兵を先頭に行軍していたことだ。Dランク魔獣の突進すら受け止められる身体強化スキルを有し、大盾を掲げた重装歩兵は強力だが機動力に乏しい。そんな彼らの陣形をあざ笑うかのように後方から機動力に優れるフォレストドックとフォレストウルフが奇襲を掛けたのだ。シハスの送った伝令が部隊長に後方注意を促したにもかかわらず陣形を変更しなかったことも被害を拡大させた一因だったが、結果として後方に配置した魔法士や弓兵が次々と魔獣の牙の餌食となっていった。
しかし、奇襲を受けてから5分程で遊撃隊が到着したことと、低ランク魔獣による奇襲だったことで騎士団は次第に態勢を立て直す。『紅玉の輝き』がブラックウルフを仕留め、遊撃隊が北から奇襲第二弾を仕掛けて来た100頭を屠り、重装歩兵が北へ転進したことで一気に殲滅戦に移行した。
「所詮低ランク魔獣だ!鎧袖一触、一刀の元に切り伏せろ!」
「「「 おぅ! 」」」
当初の混乱が嘘のように討ち取られていく魔獣たちを見てルビーたち遊撃隊は指揮官と思われる男へと向かう。彼らが指揮官の元に辿り着いた時には奇襲を行った魔獣は殆どが討ち取られていた。
「シハス指揮官の指示で来ました遊撃隊です。伝令に聞いているかもしれませんが、後方に高ランク魔獣と統率者がいる可能性があります。」
交渉や報告は大輝に任せた方がよいと判断したルビーの指示によって大輝が指揮官に話し掛ける。
「援護感謝する。伝令に話は聞いている。とはいえ、対応が遅れたせいで大きな被害を出してしまったがな。」
部隊長を務めるカーンは自らの失態を恥じていた。伝令から情報を受け取ったカーン部隊長は後方に偵察隊を3隊30名派遣していたのだが、陣形は変更しなかったのだ。偵察隊からの報告を受け取ってからで間に合うと判断したためだ。しかし、機動力が売りのフォレストドックとフォレストウルフに偵察隊の帰還より先に奇襲を掛けられ、貴重な遠距離攻撃の担い手を多く失ってしまったのだ。
「反省はこの戦いが終わってからいくらでもできます。今はこの後の方針を確認しましょう。」
落ち込むカーン部隊長を鼓舞し、シハスからの作戦変更を伝える大輝。
「了解した。偵察隊を増やして後方警戒レベルを上げよう。その上で今回のような低ランク魔獣の襲撃なら迎撃、Dランク以上が出張って来た場合は副官と私で部隊を2分割して一旦東西に退却し、再度後方から襲撃を掛けよう。」
カーン部隊長は即座に了解の意を示した。しかし、ここでまたしても横槍が入る。気づいてはいたが無視していた存在が現れたのだ。グラート王子率いる予備隊だ。
「カーン部隊長、後方の警戒は我々が引き受けます。」
またしても騎兵200騎で先行してきた者たちの中からアーガスとアリスがやって来て言った。そこに少し遅れてグラート王子が護衛の騎士に守られて到着する。
「後方からの奇襲に間に合わなくてすまない。カーン部隊長。これより後方は我々に任せて予定通り挟撃に向かってくれ。」
あくまでも後方を担当する騎士500の援軍に駆けつけたことを印象付けるグラート王子に対してカーン部隊長は跪いて恐縮する。カーン部隊長とてノルト砦に常駐する北方騎士団4,000のうち1,000名を預かる4人の部隊長の1人であり、グーゼル団長とマインツ副団長の次に当たる地位にいる。しかし、グラート王子を前にしては平伏する以外の選択肢はないのだ。例え王子に指揮権限がないとしても。
(カーン部隊長は板挟みの中間管理職か・・・)
今回の「山崩し」の指揮官であるシハスの作戦変更指示を承認した直後に指揮系統から外れた強力な圧力が加えられ、それを俯いて苦渋の表情を隠しながら受け入れざるを得ないカーン部隊長を見て思った。案の定カーン部隊長の周囲にいる騎士たちは困惑している。騎士にとって命令系統に反する行為は禁忌に相当するからだ。
しかし、権力というモノの力を知っているカーン部隊長と身分差に躊躇して異論を唱えられない騎士たちを尻目に物申す者もいる。ルビーとリルだ。
「あたしたちはシハス指揮官の命令で作戦変更を伝えに来たんだけど、それを無視するってこと?」
「重大な協定違反だと思いますが、それでも強硬するのですか?」
大輝に任せると言っておきながらすぐに口を出してしまう彼女たちを見て肩を竦める大輝。だが、言ってしまったものは仕方ないと諦め、成り行きを見守ることにする。
「冒険者風情が直接話し掛けて良い相手ではないぞ!」
多くの貴族子弟の中からグラート王子に選ばれたという自負と侯爵家直系に生まれた選民意識の強いアリスが一喝するが、多くの修羅場を潜り抜けて来たBランク冒険者の2人は怯まない。
「あたしたちは今回の作戦の最高指揮官の命令で来ている。」
「誰が相手であろうと言わなければならないことは言わせていただきます。」
冒険者にとっても依頼中であれば上下関係は絶対に守られなければならないルールだ。今回の強制召集も『ノルトの街防衛および迎撃依頼』として報酬が支払われる以上は指揮官であるシハスの命令は絶対に守らねばならない。しかし、他者への強制力を与えられているわけではないためあくまで口頭で作戦に従うように述べることしかできない。だから予備隊に勝手な行動を許してしまうことになる。
「遊撃隊の任務については承知した。だが、我々は友軍が魔獣に襲われるのを黙って砦から見ていることは出来ない。」
感情的になりやすいアリスに代わってアーガスが前に出て来て続ける。
「グラート王子は状況を見て判断されたのだ。エレベ山腹に高ランク魔獣が残っているならば後方を警戒しなければならないことは明白。しかし、カーン部隊長率いる騎士団500は遠距離攻撃の手段を失っているし、襲撃を受けた場合被害が拡大するだけだ。だからこそ我々予備隊1,000が彼らに代わって務める。カーン部隊長の隊と冒険者諸君は最初の予定通り挟撃に入ってくれ。そして高台付近の魔獣を殲滅してから我々に合流すればよかろう。」
アーガスの行為は完全な越権行為であるがルビーたちにそれを止める権限は付与されていない。出来るのは忠告することとアーガスの指示に従わない事だけだ。そのことは大輝だけではなくルビーとリルも理解しており、最後に嫌味でも言って切り上げようとしたときにグラート王子が発言した。
「指揮官であるシハスには伝令を送ってある。あとは我々に任せてもらいたい。」
王子直々の言葉にルビーとリルも大きな嫌味を言うことを控えたところで大輝が締めにかかる。
「わかりました。ですが遊撃隊はカーン部隊長と共には行動しません。我々の役目ではありませんので。」
それだけ言い、一礼して踵を返す大輝とそれに倣うルビーとリル。遊撃隊の本来の役目は高ランク魔獣を倒すことである。伝令はあくまで表向きの役目であることを思い出したのだ。それと共に大輝はグラート王子や双子の側近たちの意図を察していた。
(きっと開戦前の騎士団の失態を挽回したいのだろうな。ルード王子との王位継承争いでも点数を稼ぎたいってこともあるだろうけど・・・それに、アーガスの言っていた通りに進めた方が魔獣殲滅にはいいかもしれない。)
脳内で考えを纏めた大輝はカーン部隊長の隊から離れながらルビーたち遊撃隊と今後の行動を相談し始めた。
「なに!?予備隊が後方に現れた?」
遊撃隊の中から機動力が売りのCランクパーティー『疾風迅雷』が高台にある司令部に戻ってきて報告を行っていた。グラート王子率いる予備隊の勝手な行動にアッシュ公を始めとした司令部の面々は怒りの表情を浮かべていたが『疾風迅雷』の話が進むにつれてその矛を収める。
「わかった。こちらもそろそろ限界だったからちょどいい。」
そう言ってアッシュ公は防護柵を挟んで戦闘中の状況を確認する。第四波との戦闘が始まってからすでに30分以上が経過している。当初、大輝発案の魔石爆弾で半数を屠った勢いで優勢に進めていた戦いだったが、連戦による疲労や魔力枯渇によって次第に押されていた。すでにいくつかの防護柵が破壊され、乱戦になっている場所もあったのだ。
「では、カーン部隊長が後方から攻撃を開始したらこちらも打って出ましょう。」
シハスの一声で方針が決まる。開戦前の打ち合わせ通り、挟撃による殲滅戦が行われることになった。
「皆よく耐えてくれた!まもなく後方からの攻撃が始まる!一気に殲滅するぞ!!」
剣戟や叫び声で騒がしい戦場に風魔法で増幅されたシハスの声が響き渡る。人の心理としては守勢に回るより攻勢に回った方が明るくなる。シハスの攻勢予告によってその効果は如実に表れた。
「「「 っしゃぁ! 」」」
「さっさと柵内に入り込んだ魔獣共を駆逐しろ!」
「隊列組み直せ!出遅れることは許さん!」
各隊から気合の声が返って来る。そして岩石の如く硬い表皮を持つロックボアとロックアイベックスへと次々と剣や槍、魔法が叩きつけられ一体ずつ確実に仕留めはじめる。中でも右翼の冒険者たちの動きが一気に活性化されていた。彼らは騎士団や警備隊と違って守る事に慣れていない。護衛依頼もあるにはあるが、基本的には魔獣を狩る立場の者たちだ。防護柵を盾にして耐えるという状況に猛烈なストレスを感じており、それを発散させているようだった。そしてそこに大盾を持つ重装歩兵を先頭にしたカーン部隊長の隊が姿を現す。
「後方挟撃部隊が第一塹壕手前にて突撃態勢に移行中!」
「右翼、左翼ともに防護柵を回り込む部隊の配置完了!」
「防護柵の開閉口に先鋒部隊集結完了です!」
「高台からの一斉射準備OKです!」
次々と司令部に報告が上がって来る。そして包囲殲滅戦が始まった。
「これより殲滅戦に移行する!一斉射準備・・・放て!」
殲滅戦開始の合図となる高台から弓、魔法の一斉射が始まる。斉射の目標は防護柵に群がる魔獣の後方だ。
ッシュシュッ!ドドーン!
弓矢の風切音と炎の爆発音が防護柵と第二塹壕の中間地点に轟く。そしてそれを合図にカーン部隊長が号令を下した。
「突撃っ!」
「「「 うぉぉ! 」」」
一気に身体強化を施した大盾持ちの大男たちが第一塹壕を越えて魔獣たちの後方へと襲い掛かる。その後方を抜剣した騎士たちが遅れまいと続く。重装歩兵たちは剣すら持たずに大盾を掲げて一斉射に動揺しているロックアイベックスへと体当たりを敢行した。そして目論み通りにロックアイベックスの態勢を崩したところで後方の騎士たちが斬りかかる。しかし、3撃したところですぐに重装歩兵の後ろへと後退し再度重装歩兵の突撃を待つ。徹底された訓練の賜物によってその行動に乱れはない。重装歩兵はシールドバッシュと防御を専門に鍛えられ、その間隙を突くのが後方の騎士の役目だったのだ。
しかし、2回目のシールドバッシュを行う前に次の手が打たれていた。東西500メートルに渡って設置されていた防護柵の外側を回り込んだ右翼の冒険者、左翼の騎士団の一部が魔獣の左右から切り込んだのだ。
「横っ面を叩いてやれ!」
「一気に駆け抜けるぞ!」
右翼、左翼から飛び出した各50名程の部隊は攪乱要員だった。後方のカーン隊が接敵したタイミングで横撃を加え、元々連携の拙い魔獣たちを混乱の底に陥れるのが目的だ。だから戦闘力の高い人間を先頭に立て、一気に偃月の陣形で戦場を駆け抜ける。この陣形は集団の中央が前に出て両翼を下げ「Λ」の形を作る。機動力に長け、敵を分断させる際に使われる陣形の1つであり、彼らは剣や魔法で攻撃するのは行軍の前を遮る魔獣を蹴散らす時だけに限定し、500メートルを2分で駆け抜ける。
次に動いたのは防護柵内にいた者たちだ。横撃を加えている部隊が戦場の中央に差し掛かったタイミングで中央、右翼、左翼それぞれの部隊の中から選抜された者たちが防護柵から打って出るために作られた開閉口を開いて突撃を開始したのだ。選抜されたのはいずれも身体強化に優れた前衛向きの者たちだ。彼らの役目は一斉射と挟撃部隊や横撃部隊によって混乱している魔獣たちを防護柵の開閉口から排除することだ。まるで楔のように撃ち込まれた彼らはその役目を忠実に果たす。
「今だ!全員突撃ぃ!」
防護柵の突撃口が大きく開かれ、雪崩のように打って出る左翼の騎士団、中央の警備隊、右翼の冒険者。魔石爆弾とこれまでの防護柵越しの交戦で300程度まで数を減らしていたロックボアとロックアイベックスへと2,000近い戦闘者たちが殺到する。高台から見ると完全な乱戦状態だったがそれはシハスたち司令部の望むところだった。突進力が大きな武器であるロックボアとロックアイベックスを殲滅するには助走できない状況を作る方が結果的に被害が少なくなるのだ。
「ロックアイベックスの角は脅威だが、多少の被害は仕方あるまい。」
自らに言い聞かせているのはアッシュ公だった。幾人もの戦闘者たちが角によって宙を舞っているが首を大きく振り上げたロックアイベックスは隙だらけとなりその瞬間を見逃さずに周囲の者たちが打ち倒しているのが見えていた。
「これで第四波は片付く。あとは統率者たちだな。」
アッシュ公の言葉通り、防護柵に群がっていたDランク魔獣たちは挟撃からの包囲殲滅作戦によって全滅した。800ものDランク魔獣に襲われたにしては信じられない程少ない死傷者数だった。
しかし、殲滅戦の行われた高台付近の戦場から北1.5キロの地点では魔獣が人間を蹂躙している戦場があった。統率者率いる群れとグラート王子率いる予備隊の戦いだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。