第五十話 ブラックウルフ
第四十九話・右翼へ派遣した遊撃隊の人数を修正しました。13人→16人
シハスの命を受けた遊撃隊4チームはすぐに高台を下り、まっすぐと第一塹壕へと向かった。
「どいとくれ!」
「遊撃隊が通ります!」
中央を守る警備隊の中を掻き分けるように進むのは先頭のルビーとリル、そしてそのパーティーメンバーである6人。その後をアルドたち5人と大輝が続いていた。
すでに警備隊は自分たちの部隊の西端、東端が狙われていることから注意は両端に向かっており、遊撃隊の面々は比較的スムーズに中央を通り抜けることが出来た。そしてあっという間に幅2メートルの第一塹壕を飛び越える。これで最前線に出たわけだが、フォレストウルフは塹壕を越えることに集中しているのか、遊撃隊の4チーム14人が現れても襲って来る気配がなかった。
「それじゃ、ここからはどのチームが早くブラックウルフを倒せるか競争だね。」
ルビーが全員の顔を見渡し、楽しそうな笑顔を浮かべる。純粋に楽しんでいるようだった。
「ルビーはすぐにそうやってゲームをしようとするな。まあ、乗るけど。」
アルドが真っ先に賛成する。
「あとでシハスさんたちに怒られても知りませんからね。とりあえず3位のチームが1位に夕飯を奢るということで受けましょう。」
最初に否定的な言葉を発しながらも賭けの内容を決めたのはリル。そして言い終わるなり担当の右翼へと走り出す。
「あっ!倒して司令部に戻った順だからね!」
リルの背中にゴール地点を定めたことを告げて自分も左翼に向かって走り出すルビー。
「大輝!オレたちも行くぞ!諦めろ。ルビーは言い出したら聞かないんだよ。それにあいつらめっちゃ飲むから負けたら金貨が飛ぶから本気で行くぞ!」
1人だけノリについて行けなかった大輝にアルドが声を掛ける。アルドの顔を見れば苦笑いだった。おそらく、実力で勝るルビーには反論出来ないのだろう。そしてすでに駆け出しているルビーに対して大輝は反論する機会を失っていた。
「早く倒せばフォレストウルフの統率も切れて味方の有利になる。悪いことではあるまい。」
ユーゼンがそう言って大輝の肩を叩き、視線を前方のブラックウルフと取り巻きのフォレストウルフ10頭へ向ける。
「ですね。行きましょう!」
ユーゼンの言葉に一理あると納得すると同時に、ブラックウルフを倒すのに時間がかかりフォレストウルフに囲まれるとまずいだろうことに気付く。遊撃隊のメンバーがフォレストウルフに後れを取るとは考えにくいが、まだ序盤戦である第二波で精鋭が魔力や体力を消耗するのは作戦上よろしくないのだ。
(ルビーさんたちはそれがわかってて全員にスピード勝負を印象付けたんだな。)
判断力の高さに気付いた大輝は完全に切り替えた。ブラックウルフを仕留める事だけに集中したのだ。
「っち!雑魚ウルフかと思ったが一回り大きいじゃねえか!」
アルドの舌打ちが聞こえて来る。中央のブラックウルフの前に並ぶフォレストウルフはアルドの言う通り一回り大きかった。上位種ではないがおそらく通常の群れのボス級と思われるものたちだったのだ。
「所詮はEランクだ!さっさと片付けるぞ。」
「「「 おう! 」」」
アルドの声に応えたユーゼン、ミラー、ビスト、ゾルがさっと陣形を整える。アルドを頂点とし左右にミラーとビスト、中央にゾル、最後尾にユーゼンと菱形の陣形を取る『破砕の剣』。
「大輝!オレたちがこのまま雑魚ウルフに突っ込んで注意を引くからお前はさっさとボスウルフを斬ってこい!」
大輝の返事を聞かずに菱形の陣形を保ったまま突撃を開始する5人。そして陣形を見て彼らの意図を察した大輝はタイミングを見計らう。
もしブラックウルフの前方に並ぶのが普通のフォレストウルフだったら6人全員で一斉に攻撃すれば1分以内に撃破してそのままブラックウルフに挑んだことだろう。しかし、群れのボス級となればそう簡単にはいかない。魔獣の群れのボスとは純粋に群れで一番強い者を指すからだ。たとえEランクでも一刀で切り伏せられるような相手ではないのだ。それを知っているアルドたちは陣形を組んで突撃した。狙いはボス級10頭の中央まで切り込み、そこに留まって10頭全ての注意を引きつける事だ。そのために近接戦闘の出来る4人が四方を守り、中央のゾルが大輝やブラックウルフに注意が向かないように牽制の魔法を放つ予定なのだろう。そしてその間に大輝がブラックウルフを仕留めるというのがアルドの作戦だった。
(随分と信用してくれたようだな。それに応えなきゃ男じゃないってか!)
もちろんアルドも大輝を信用したからという理由だけでこの作戦を実行したわけではない。ボス級10頭とブラックウルフを同時に相手をする危険性と天秤に掛けた上で選んだのだ。選択理由に大輝の戦闘力を信じているということがあってこそだったが。
「今だ!行け!」
大剣を大振りして注意を引いていたアルドから声が掛かる。すでにボス級10頭の中に深く入り込んでいたアルドたちが徐々に左へと移動し、それに釣られた10頭が引き寄せられるように左へと向かって行く。それを確認した大輝はボス級10頭に気付かれないようにアルドに頷いて行動を開始する。気配を殺し、やや右周りに回り込んでブラックウルフへと近づく。上手くいけばアルドたちに気を取られているブラックウルフへ不意打ちが出来るかもしれないと思いながら。
「っ!!」
10頭を迂回してブラックウルフまで10メートルまで迫ったところで突然拳大の石が大輝へ向かって飛んできた。咄嗟に左手に持つ小剣で弾き飛ばしたが、石を放った相手を見て驚く大輝。石を放ったというより前足で蹴飛ばしたのはブラックウルフなのだが、一瞬前まではアルドたちと10頭の戦いへと身体を向けていたはずなのだ。そちらから目を離さずに正確に大輝へ向けて石を放ってきたブラックウルフに驚きを隠せない。
「多少気配を殺したくらいじゃ魔獣の感覚には通用しないか・・・」
大輝の呟きに反応するかのようにゆっくりと大輝の方へと向き直るブラックウルフとそれを観察する大輝。以前帝都郊外で見た上位種に比べても一回り大きいと思われるその体躯は体高150センチ程ある。そして漆黒の体色は強者の証とでもいうべきか威風堂々とした雰囲気を漂わせていた。
「ふぅ。」
1つ小さく息を吐いた大輝は身体強化を引き上げる。一般的に上位種とは魔獣ランクが1つ上がる程度と言われているが、目の前のブラックウルフはそれ以上の敵だと感じたからだ。Eランクのフォレストウルフの上位種だからといってDランク程度と侮れば痛い目を見ると気を引き締める大輝。
「Cランクだと思って斬る!」
自らに言い聞かせつつ戦闘を開始する大輝はまず右の小剣に切れ味を追加するための風魔法を薄く纏わせて接近戦を挑む。魔法攻撃では俊敏性の高いブラックウルフに避けられる可能性が高いことと、アルドたちが引きつけている10頭の注意を引く可能性が高いため接近戦を選択したのだ。
「っは!」
いつもの脚力強化で間合いを詰め、一気に首を狙って右の小剣を振るうもあっさりと後方に飛び去って躱すブラックウルフ。予備動作もほとんどなしで後方に飛ぶブラックウルフに苦い顔をする大輝。
「普通、膝を曲げないとそんな動きできないぞ・・・」
大輝が斬りかかる直前まで悠然と立っているだけだったはずのブラックウルフに忌々しげな視線をぶつける大輝だが、ここで時間を取られるわけにはいかないと思い出して一刀で仕留めにかかるのではなく連続攻撃を仕掛ける。
再び接近した大輝は小刻みに左右へステップを繰り返し、両手に持つ小剣をスピード重視で振るう。
「っは!っっは!っは!」
リズムが単調にならないように気を付けながら、そして手傷を負わすことを目的として胴体へ浅く斬り付けることを繰り返す。対するブラックウルフは持ち前の俊敏性と柔軟性で回避に徹しており、体表にこそ浅い傷を負うも大きな出血は見られない。
(そろそろ胴体へと注意が集中したかな?)
初撃の首狙い以外は全て左右へのステップから胴体へと剣を振るい続けた結果、目の前のブラックウルフは前足を軸にして器用に下半身だけを左右に振って攻撃を躱しはじめていた。そして反撃の機会を狙っている。
(次のタイミングで・・・)
より殺傷力の高い右手の小剣で斬るつけるタイミングを図って攻撃パターンを変える大輝。素早く左へステップして大輝が左の小剣をブラックウルフの胴体へ振るう構えを見せる。そしてそれを見たブラックウルフが先ほどまでと同様に前足を軸にして身体を捻るようにして胴体を大輝から遠ざける動きに入る。
「今だ!」
左手の小剣の動きを無理やり止め、右足を強引に半歩前に出す。その動きに合わせて右の小剣をブラックウルフの顔目掛けて横薙ぎに振るう大輝。身体の動きからすれば最大威力は発揮出来ないが、意表をついた攻撃は大きな傷を負わせられるはずだと確信する大輝。実際、ブラックウルフは大輝の動きに反応できず、右の横薙ぎを躱すことは出来なかった。
ガキンッ!
硬い物同士がぶつかったような音が大きく響く。
(ん!?)
大輝は疑問に思った。なぜ金属音が響くのかと。大輝の右の小剣による横薙ぎはブラックウルフの顔の中央にある鼻を狙ったものだ。無理な態勢で放った一撃であるため、いくら風魔法によって魔法剣と化しているとはいえ、上位種たるブラックウルフの顔を引き裂く程の威力はないがそれでも大きなダメージを与えるはずだった。少なくとも肉を斬った感触は右手に伝わるはずなのだが、金属音と共に伝わって来たのは硬い物を叩いた感触だった。
(まずいっ!)
状況を確かめることもせず、即座にその場を離脱することを選択した大輝は正しかった。
ブンッ!
大輝が後方に飛び去った直後に目の前をブラックウルフの前足が通過する。そして後方に着地しながら何が起こったのかを理解する大輝。
(わずかに顔を上げて口を開いて犬歯で受け止めたのか・・・そして剣を受け止めた勢いのままに前足を振り上げたか。)
後ろ足で半立ちになっているブラックウルフがゆっくりと前足を地につける。そして憎悪の視線を大輝に叩きつけてくる。鼻への一撃を犬歯で防いだ代償として左の犬歯が折れていたのだ。右の犬歯もすでにぶら下がっているだけの状態となっている。
(危なかったけど、これでブラックウルフの最大の攻撃手段は削いだ。ここからは攻撃一辺倒だ!)
大輝が初撃以外に胴体を狙い続けたのは攻撃への布石のためだけではない。犬歯での噛みつき攻撃を受けないために正面に立って攻撃することを控えていたのだ。そしてここからはその心配はない。だからこそ一気に攻めようと脚力強化をしたその時に帝都郊外で大勢の者を地に伏せさせた咆哮が聞こえて来た。
ウォォォオオン!
どうやらリルたち『瑠璃の彼方』が向かったブラックウルフの咆哮のようだった。そしてそれに呼応するように左翼のルビーたち『紅玉の輝き』担当のブラックウルフからも咆哮が上がる。
ウォォォオオン!
そして最後に大ボスである大輝の相手も咆哮を見舞おうと天を仰いて遠吠えを開始する。
ウォォ
ザシュッ!
前足と首を伸ばして天を仰いだその瞬間を大輝は見逃さなかった。すでに脚力強化を終えていた大輝は3歩でブラックウルフへと到達し、無防備に伸び切った首へと右の小剣を振るったのだ。そして遠吠えの途中で声は途切れ、ゆっくりと首が地に落ちて行った。
「「「 お前は鬼か!!! 」」」
ミラー、ビスト、ゾルの揃った声が大輝に届く。振り返った大輝が見れば、10頭のボス級ウルフはアルドたちによって全て討ち取られていた。
「そっちも終わったみたいだね。」
「いやいやそうじゃねぇだろ!?」
「必殺技の途中で斬りかかるとか男としてどうかと思うぞ?」
「相手が奥の手を出してる途中に攻撃とかお前は鬼か?悪魔か?」
どうやらミラーたちはブラックウルフの遠吠えの最中に斬りかかった事がお気に召さなかったようだが、大輝は平然と答える。
「オレたちは殺し合いをしてるんだぞ?隙を見せた方が悪いに決まってるだろうが。」
「大輝の言う通りだ。大技を出すならその隙を突かれないように組み立てを考えろっていつもオレが言ってるだろ!」
「魅せる闘いがしたいなら闘技場へ行け。」
アルドとユーゼンがミラーたち3人を窘める。
「「「 うっ 」」」
「それよりも急いで司令部へ戻ろう。どうやらルビーやリルたちも倒し終えたようだ。」
うな垂れる3人を急かして司令部へ走る大輝たちはなんとかトップで戻る事が出来たのだった。
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