情報共有と冷静な目で原発問題を乗り越える~福島第一原発の中から見た現実~

伊藤伸 | 構想日本ディレクター/元内閣府参事官

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今日で丸4年となった東日本大震災は、「見た目」の被害のほかに、目に見えない被害、「福島第一原発事故」をもたらした。

3月9日、私はヤフーオーサーの一人として、福島第一原発の中を視察する機会を得た。そこで見た現実とその現実から感じた課題を、できる限り冷静な目で整理してみた。

まず、重要なのは論点の切り分け

原発に関しての主要な論点は「エネルギー政策のあり方」や「反原発か原発推進か」だろう。常に大きな論争となるし、そのことを議論することも必要だと思う。

ただ、今回私が見てきたのは、福島第一原発の廃炉へ向けた作業であり、壮大な前者の論点と一緒くたにして考えると、問題の本質が見えにくくなる恐れがある。まずは、これらを切り分けて考えることが必要だろう。

Jビレッジから防護服を着るまで

簡単に、原発視察の流れを振り返る。

左胸と背中に貼るシールによって人を判別
左胸と背中に貼るシールによって人を判別

原発事故収束のための中継基地である「Jビレッジ」内のホールボディカウンターで線量の受検後、福島第一原発へ(バスで約40分)。途中、居住制限区域のある富岡町と帰還困難区域のある大熊町を走行(車内での最高線量は6.8マイクロシーベルト)。

バス乗車も2人がかりとなる
バス乗車も2人がかりとなる

第一原発に到着後、入退域管理棟で金属探知機と暗証番号による2つの入室チェックを経て更衣室にて防護服への着替え。ヘルメットや半面マスク、ゴーグル(メガネを着用していない人用)以外の大部分は使い捨てのため、意外に簡易な素材でできている。

警報機付ポケット線量計(APD)を付けて原発内へ。移動はバス。泥が車内に入り込まないよう、乗車する時には靴にカバーをつけ降車してから外す。

汚染水処理の壁

視察をして、最も難しい課題と感じたのは汚染水の処理。

高濃度の原子炉建屋から出る汚染水は、まず「セシウム吸着装置」でセシウムを取る。次に「淡水化装置」で真水と塩水に分類し、真水は建屋冷却のための注水用に、塩水は他の核種を取り除くため「多核種除去設備」(ALPS)へ。このサイクルを経て汚染水が「浄化」されたことになる。この汚染水移送配管全体は4.3kmにも及ぶ。屋上から全景を見た際の実感としても非常に長いと感じた。移送距離が長ければ汚染水が漏れるリスクも高くなる。この点の問題意識は東京電力も持っており、2015年度上半期中には2.1kmにまで短くする予定とのこと。

高性能多核種除去設備。1日500tの処理。タンクは7種類あり計20個。
高性能多核種除去設備。1日500tの処理。タンクは7種類あり計20個。

汚染水全体(今年2月末で約60万トン)の処理の終了は、当初の予定では今年度末だったが、2月26日時点でまだ約32万トンに過ぎない(東京電力資料より)。処理の完了は1年程度遅れることが判明している。

これまでからその原因は、ALPSのたび重なるトラブルによる稼働率の悪さだと伝えられてきた。前例のない装置を使うのであるから、すべてが予定通りいく方が難しい。よって、稼働率が悪いことだけを切り取ってことさら声高に指摘するものではないと考える。

ただし、現在稼働している3基7系統のALPSが、それぞれ稼働開始日から毎日、運転停止することなく最大処理量で処理が行われたと仮定すると、今年2月末時点での処理量は約64万トンの計算になる(表)。2月末時点での汚染水総量が約60万トン。ALPSはすべて試運転を経てフル稼働となるため、稼働初日から最大処理量を出ることは想定されていない(例えば「増設多核種除去設備」3系統の試運転時3か月間は、不具合による停止がない状態で最大250トン/日のところ155~177トン/日の処理量)。

画像

つまり、不具合などのトラブルが起きなかったとしても、今年度末に処理を完了するという目標を達成することは不可能に近かったのではないか。目標達成のための手段が甘かったと言わざるを得ない。

東電側も、骨に蓄積され人体への危険度が高いとされるストロンチウムをまず処理するための設備を作るなど、何もしてこなかったわけではないが、汚染水処理は漁業など被災地に住む人たちにとって非常に影響の大きいことである。ここまでの「失敗」経験を活かし、2015年度中という改訂計画については絶対に守ることが必要だと考える。

廃炉へ向けた課題解決のキーワードは「情報共有」と「冷静な目」

被曝は人命に大きい影響が出るため、放射線などに関わる情報には誰もが敏感になる。だからこそ、国民に疑念を生じさせないよう、タイムリーかつわかりやすい情報を政府も東京電力も出していく必要がある。

この記事を書くにあたって、東電の方に事実関係の確認を何度も行った。大抵の情報は東電のホームページに出ているのだが、とても探し当てられるところにはない。情報を「公開」するだけではなく国民と「共有」することが重要だろう。情報を出すことが遅れると不信感を招く。不信感は「怒り」を湧き立たせ感情的対立を生む要因にもなる。

感情的に訴えることが必要な場面も当然あるし、情報の出し方以外の問題が起きれば感情的にならざるを得ないことも出てくるだろう。ただし、計画期間(30~40年後)までに安全に廃炉にすること、周辺住民が安心して暮らせるようになることは国民が合意するところ。そのためには、問題の本質やその解決策を探ろうとできる冷静な目を持つことが重要ではないか。

誰でもが入れるわけではない原発の中を見てきた当事者としても、この2つのキーワードを常に考えていきたい。

(参考)2時間の被曝量は「歯のレントゲン2回分」

原発内には約2時間の滞在だった。線量計を携帯しており、戻ってくると測定を行う。線量は0.02ミリシーベルト。歯医者で行う歯のレントゲン撮影2回分相当とのこと。思ったよりも少ないという印象。ちなみに、視察中、最も線量の高かった地点は4号機周辺にいた時で0.1ミリシーベルト(100マイクロシーベルト)だった。

<主な視察ポイント>

貯水タンクの増設。1日に300tの地下水が流入、1000tタンクが3日で満杯。
貯水タンクの増設。1日に300tの地下水が流入、1000tタンクが3日で満杯。
向かって左が3号機、右が4号機。3号機は水素爆発により上部が吹き飛んだため低い。
向かって左が3号機、右が4号機。3号機は水素爆発により上部が吹き飛んだため低い。
津波によってへしゃげた外部電源専用の鉄塔。
津波によってへしゃげた外部電源専用の鉄塔。
この看板を見るとマスクをしていてもどきっとする。
この看板を見るとマスクをしていてもどきっとする。
伊藤伸

構想日本ディレクター/元内閣府参事官

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。衆議院議員秘書、参議院議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。13年9月より法政大学法学部非常勤講師兼務。

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