去年12月STAP細胞論文に関する調査結果が公表された同じ日。
東京大学でも、生命科学の分野で重要な会見が行われていました。
国から多額の研究費を受けていたある研究室が10年以上にわたって不正な論文を発表していたと公表したのです。
近年、生命科学の分野で相次ぐ論文の不正。
中でも科学界に大きな衝撃を与えたのが東京大学旧加藤研究室から出された論文です。
東京大学が行った調査結果にはこの研究室が実験データを不適切に扱いその結果、33の不正な論文が作られたと指摘しています。
申し訳ございませんでした。
科学界では、この10年倫理綱領やガイドラインを定めて不正防止に取り組んできましたがその後も問題は後を絶ちません。
どうすれば不正をなくし科学への信頼を取り戻せるのか。
問われる科学。
研究現場からの報告です。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
生命科学の分野で論文の不正が相次いでいます。
実験のデータを自分が立てた仮説に合わせて都合よく改ざんする。
あるいは実験を行っていないにもかかわらずあたかも実験をしたかのように結果をねつ造する。
こうした不正な手段で書かれた科学論文は真実を追究する科学をゆがめ科学立国を目指す日本のサイエンスに対する信用を失墜させかねません。
記憶に新しいのがSTAP細胞を巡る研究不正に揺れた理化学研究所です。
こちらはこの5年の間に生命科学の分野で論文の不正があったと認めた大学や研究機関。
ねつ造や改ざんしたデータをもとに書かれた研究成果に研究費が与えられていたり研究者が評価されるといったあってはならないことが実際に起きていました。
論文の不正はなぜ起きるのか。
番組でもたびたびこの問題を取り上げ一定の期間内に成果を上げられなかったら研究費やポストが得られなくなるといった研究現場を取り巻く状況が大きな要因ではないかと伝えてきました。
研究不正に関するガイドラインが作られたのが、2006年。
研究者の倫理観を向上させる必要性をうたい不正に関わった場合研究資金の返還を求めることも定めています。
にもかかわらずガイドライン作成後も後を絶たない不正論文。
去年12月、東京大学は旧加藤研究室から出た多くの論文に不正があったと認定しています。
女性ホルモンが骨粗しょう症にどのように関わるのか詳しいメカニズムを解明するなど優れた業績をいくつも残してきた研究室で、不正な論文がどのように作られていたのか実情をご覧ください。
去年12月東京大学が発表した論文不正に関する調査報告書です。
この報告書を読み解いていくと不正がどのように起きたのかその要因が浮かび上がってきました。
舞台となったのは東京大学の分子細胞生物学研究所です。
かつてこの研究所にあった加藤茂明元教授が主宰した加藤研究室。
およそ40人の研究者を抱えホルモンや遺伝子の分野などで新たな薬の開発につながるような先駆的な研究を行ってきました。
加藤元教授たちの論文は国際的な学術雑誌に数多く掲載されその研究は国の大型事業にも採択されるなどおよそ15年間で30億円の研究費が費やされていました。
ところが2011年疑惑の発端となるある出来事が起こります。
加藤元教授たちがかつて発表した論文の中のデータを訂正。
実験結果の画像データを5つ差し替えたのです。
研究者の中にはその訂正の多さからこの論文自体の信ぴょう性に疑いを持ち訂正されていないほかの画像データを調べる人も出てきました。
すると、ほかにも加工されている可能性のある箇所が複数見つかりました。
こうしたことから、研究者たちは加藤研究室から出された論文に不正の疑いを深めていったのです。
よくとし、東京大学は本格的な調査に乗り出します。
1996年から2012年にかけて発表された165の論文を調査。
論文に関わった研究者にも聞き取りを行い疑惑を解明していきました。
そして去年12月最終報告書を公表し33の論文を不正と認定。
加藤元教授を含む11人が関与したと発表したのです。
東京大学が不正と認定した論文はどのように作られていったのか。
報告書では、発生要因としてデータ確認が杜撰
(ずさん)だったことを指摘。
中でも目を引くのが「仮置き」と呼ばれる具体的な研究手法を挙げ不正の一因になったと断じている点です。
研究者は研究を進めるときまず仮説を設定しそれに従って実験を行って結果を得ます。
ところが実験を行う前に過去の実験結果をつなぎ合わせるなどして仮の実験結果を作成する場合があります。
これが仮置きです。
実験のゴールを分かりやすく示すために作られるものでその手法自体は不正とは言えません。
しかしこの仮置きは実験結果が出たあと速やかに置き換える必要があります。
ところが今回の不正論文の中には仮置きのデータがそのまま掲載されているものもありました。
論文に関わった研究者はケアレスミスだと主張するのに対し大学は不正と認定しました。
調査報告書の作成に関わった関係者は大学が不正と断じた根拠を次のように話しています。
調査報告書では加藤研究室が著名な学術雑誌への論文掲載を重視しそのためにストーリーに合った実験結果を求める姿勢に甚だしい行き過ぎが生じたと指摘しています。
当時、加藤研究室に在籍していた研究者に、メールを条件に研究室の雰囲気について話を聞くことができました。
実験結果をもとに報告した場合実験結果を認めず求めるデータを出すように迫られた。
実験データのグラフの誤差の値が大きいと小さくするよう意図的にデータを省くように指示をされた。
番組では今回、加藤元教授に取材を申し込んだところ調査報告書が出た直後に公表した声明文をもって返答に代えたいと返事が来ました。
その文面には、論文作成や受理の過程で、強制的な態度や過度の要求をしたことはなく一部の証言のみに基づいた最終報告に承服できないとしています。
お伝えしていますように、東京大学は不正論文だと認定しましたのは、旧加藤研究室が出した、論文165のうち、33です。
そして、不正に関わったと見られている研究者は11人。
現在、関わったとされる研究者の処分などが大学で検討されているということです。
今夜は、日本学術振興会理事で、研究倫理問題にお詳しく、ご自身も生物学者でいらっしゃいます、浅島誠さんにお迎えしています。
今、出てまいりました東京大学というのは、その一例で、日本を代表するような大学、そして研究機関で不正論文が相次いで、日本のこのサイエンスの研究に対して、不審の目が投げかけられてもおかしくない状況といっても過言ではないと思うんですけれども、現状、どのように感じ取ってらっしゃいますか?
確かに不正論文がこうしてにぎわせているのは、非常に残念に思ってます。
ただ、本当は私としては、いい研究でにぎわってほしいんですけど、現状はそういうところがないことがあります。
初めには少し注意が必要だと思っているのは、でっちあげの研究というか、悪い研究ですね、している人は、増えていないと、そんなに増えてるわけじゃなくて、そのことは理解しておいてほしいということです。
そして、ただ手を抜いたり、雑な研究が少し増えているのかなというような印象を持ってます。
それで、そういうときに、なぜ、こういうことが起こるかというと、一番の原因は、やっぱり、短時間で成果を出さなきゃならないという、大きなプレッシャーがあると思うんです。
そのプレッシャーが、いろいろな意味で、そういう不正の原因になっているのかなと思ってます。
そもそも論でいいますと、研究っていうのは、ノルマに対してやるものではなくて、じっくりと思索してやるような、そういうものだと私は思ってます。
プレッシャーが、より研究者の人々に、短期で成果を出さなければいけないっていうのは、これは研究資金が、成果が出て、また次の資金が得られるというその構造的な問題があるともいわれてるんですけれども。
そのへんは確かに構造的な問題もあります。
例えばプレッシャーといった中には、次のポジションをどう得るかとか、研究費をどうして獲得するかとか、そういうようなものもプレッシャーの中には含まれています。
いろいろなプレッシャーあるわけですけれども、そういう中でも、やはり、研究不正というのは、してはいけないわけでして、そのへんを乗り越えていくことが、これからの科学者には必要だと思ってます。
2006年、もう10年近く前になりますけれども、国はガイドラインを作って、そして、倫理観の向上をやはり目指すべきだということをうたっているわけですね。
それにもかかわらず、こういうことが繰り返し起きている。
なぜだと思いますか?
ガイドラインを作ったあとも、それを守るように、それぞれの機関は努力は続けてきたと思うんです。
ただそれ以上に、研究者にとって、プレッシャーというのは、すごい大きかったと思ってます。
先ほどおっしゃった成果を短時間に?
そうですね。
成果を出すことでですね。
そういうプレッシャーがあったので、そういうことで、ねつ造とかが起きたんだというふうに思ってます。
具体的に倫理を教える、そうした倫理観を教える方策っていうのは打ち出されたんでしょうか?
倫理観もありますし、それからやっぱり、そういうときに、なぜプレッシャーがあったとしても、研究室の皆さんが、お互いにディスカッションして、研究成果を議論する場、そういうことが必要だったと思うんですね。
ただ、前と少し違ってたのは、今、いろんな意味で、いわゆる外部資金というのを取ってこなきゃならないわけで、民間の企業とも、研究しますから、そういうときには、知財というものが発生したり、特許が。
知的財産ですね。
その知的財産がありますので、そうすると、いわゆる、その中でしか話せないような、秘密保持契約というのがあります。
そうすると、今までみたいにオープンでもって、ふりーにでぃすかっしょんするというのはなかなかできなくなったという現状もあります。
こうした事態を受けて、国も2006年のガイドラインを来月、改訂し、そして、来月からその運用が開始されます。
やはり、始まった不正対策の動きを続いてご覧いただきましょう。
次々に起こる論文不正問題に対し国は去年8月それまで運用されていたガイドラインを改訂。
強化に乗り出しました。
特に重視しているのは倫理観の向上とデータ管理の徹底です。
倫理観の向上では個人の努力に任せるだけでなく大学や研究機関が主体的に教育を行うことが義務づけられました。
来月から運用が始まるこの新たなガイドラインを受けて、大学などはどう倫理教育の環境を整えるか模索を始めています。
先週の金曜日全国255の大学や研究機関が集まり倫理教育の進め方について情報交換を行いました。
講演の中でたびたび話題に上がったのがパソコンなどを使い倫理教育を行うeラーニングです。
このeラーニングでは研究を行ううえで必要な知識やルール、考え方などを学びます。
例えば研究姿勢に関する項目では自分自身が正しくありたいという誠実な心を持つことを説いています。
さらに、自分の判断が社会に大きな影響を及ぼすことを常に認識する責任感も求められています。
教材を作った一人市川家國さんは研究者が共通の倫理観を確実に持つことが不正防止への第一歩だと考えています。
一方改訂されたガイドラインのもう一つの柱となっているのがデータ管理の徹底です。
来月の運用開始に先駆けて環境を整えている大学があります。
東京大学分子細胞生物学研究所では論文不正の疑惑が起きた直後から実験データをすべて保管するという厳格なルールを定めました。
論文には実験から得られた生データの一部を切り取るなど適切な画像処理を行って掲載します。
新たに定められたルールでは生データをすべて研究所のサーバーに保存することを義務づけました。
こうすることで論文に掲載されたデータが不正に処理されていないか確認できるようにしたのです。
さらに民間企業でも画像データの不正を防止するための取り組みが始まっています。
実験データの画像解析ソフトを製作している島原佑基さんです。
島原さんは去年論文の画像に手が加えられていないかを簡単に調べることができるソフトを開発し会社のホームページに無料で公開しました。
これは4匹のネズミの遺伝子を調べた実験画像です。
この画像をソフトで解析すると…色味がついただけで画像に変化は見られません。
これは加工されていない証しです。
一方、こちらは同じように見えますがこれを解析すると…不自然な四角形が現れました。
これはあとから黒く塗った跡。
このように、このソフトを使うと画像に手を加えたことがすぐ分かるようになっています。
このホームページには論文に掲載された画像に不自然なところがないかを調べた結果が、数多く載せられ公開されています。
かつて大学で生命科学の研究をしていた島原さん。
このソフトを公開したのはこれ以上、研究者たちが不正に走ってほしくないからだといいます。
先ほど、旧加藤研究室から出された論文165本とお伝えしましたけれども、正しくは加藤氏を責任著者とする、あるいは旧加藤研究室構成員を筆頭著者とするすべての発表論文165本でした。
失礼いたしました。
今のどうやって、これから不正を防止していくかということで、倫理観向上のために、eラーニングを導入するということですけれども。
この効果っていうのを、どう見てらっしゃいますか?
eラーニングはやはり、改めて、このeラーニングを含めて、倫理教育を行なうということの理由は2つあると思うんですね。
1つは科学のもたらす影響が、非常に大きくなりまして、そして科学の進歩というのは、もう本当にものすごい勢いなんですね。
そうしたときに、新しい情報をきちっと手に入れて、そして倫理を守るということが重要なんです。
例えば、遺伝子の操作であるとか、生殖医療とか、あるいは最近では、いこう連携というようなこともいわれるわけですね。
そうしたときに、人の細胞を使った、命を扱ったりする医学部と、工学部では、やっぱり違うわけです。
語学の人も、細胞を扱うときには、やはりその人の倫理っていうものを学ばなきゃいけない。
つまり科学の進展に伴って、そういう意味では、ちゃんと皆さんがいわゆる、…とか学生から教授まで、やはりそういうものをきちっと学んでおくことが、今の状況では必要になってきたということです。
共通の倫理観を持たないといけないということですか?それからデータの保存をきっちりすると、これも抑止にはなると思うんですけれども、本当にそれ、できますか?
それは、データの保存とか、資料の保存ですけれども、整理をすることは、これは当然、しなきゃならないことですけども、ただし、どのような方法で、どういうふうにするかというような方法にとっては、それぞれの機関が、明確に示しておくことが、必要になってくると思います。
ですので、一律にするんではなくて、それぞれの機関が、それぞれの分野において、あるいは機関においてちゃんとしていくことが、これから必要になってくるんではないかという思ってます。
革新的研究も望まれますし、不正も防止しなければいけない。
これ、ジレンマですね。
そうですね。
2015/03/10(火) 19:30〜19:56
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「論文不正は止められるのか〜始まった防止への取り組み〜」[字]
東京大学の元教授らが執筆した33報の論文に不正があると去年12月大学が公表した。調査報告が指摘した不正の背景と新たな防止策を講じる国・科学者などの動きを見つめる
詳細情報
番組内容
【ゲスト】日本学術振興会理事…浅島誠,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】日本学術振興会理事…浅島誠,【キャスター】国谷裕子
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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