あくまで「個人の経験」として読んでほしい
―漫画というのは良くも悪くも伝わりやすいメディアですよね。表現上、気を付けていることはありますか。竜田:私は、一介の作業員に過ぎません。だから、原発自体の是非などについて語る立場ではないだろうと考えています。
また、誰かについて、その行動を評価したり、批判したりというようにとられる表現にならないように気を遣っています。そのつもりがなくても、言葉の使い方一つで誰かを切り捨てるような物の言い方になることがあるので。もちろん、放射能についての情報を出す際には、その放射能がどういう影響のある数値なのかを説明するようにして、必要以上に不安に思う人がいないように、といった気の遣い方をしますね。
―「みなさん仕事があるから原発に来ている」とはいえ、労働自体はきついものですし、宿舎の環境が悪かったりと、あまりに待遇がひどいんじゃないかとも思うのですが。
竜田:確かに、ああいう環境で働いていれば、頭に来ることもあります。ただ、それに関しても正直に描いているつもりです。例えば、原発で働く際に最初に入った会社は、作中では悪役みたいな形に見えてしまいますが、その会社を糾弾しようと思って描いているわけではないんです。
また、これはあくまで私の経験ですので、原発で働いている作業員がすべて同じ境遇かといったら違うでしょう。私は地元の人間ではないので宿舎に入って働かなければなりません。だから、同じ境遇の作業員と狭い宿舎で同居することになって息苦しかったという話で、それは私が経験した一面でしかありません。でも、地元に住んでいる人には、また違う事情があります。
特に「俺がこういう目にあったから、ここはこんなにひどいんだ」というつもりは全然ないんですよ。あくまで一個人の経験として読んでほしいんです。
私も人間なので、「さすがにトイレが汚いのだけは勘弁しろ」というような不満があったりもするのですが、それをメディアなどで「搾取されている」みたいに言われると、そこまでの話ではないと思ってしまいます。単におっさんがたくさんいて、トイレが汚かったというだけの話ですから、それを「日本の社会階層の歪み」みたいな話にされてしまうと、違うんじゃないかなと(笑)。
これもたまたま私が一時期いた宿舎のトイレが汚かっただけで福島第一原発の中のトイレは綺麗ですよ。
―「東京電力の社員が視察に来るから、朝のミーティングをしっかりやっているように芝居を打とう」というようなシーンもありますよね。会議や打ち合わせが形骸化することは、どんな会社の中でもあることだと思うのですが、それが福島第一原発の中でも同じというのは驚きました。
竜田:東電さんからしたら、とんでもない話かもしれません。しかし、現場レベルではそういう感じのところもあるということです。そうした部分も含めて、普通の外の社会と変わらないんですよ。
それにあのTBMKY(※)も、視察自体は芝居のミィーティングであったとしても、ああやって練習する過程で危険箇所の確認をしたりするので、意味があると言えばあるんですよ。
※ツール・ボックス・ミーティング=危険予知の略。朝礼や作業前の打ち合わせで作業の危険個所や工程を確認すること。
―こうした「個人の経験を伝えたい」と考える背景には、中の実態があまりにも伝わってないという現状があると思うのですが。
竜田:あまりにも伝わってないし、誤解が広がっているのではないでしょうか。一個人の体験に過ぎないですが、原発で働いていた人間の記録として、「こんな感じだったよ」というのが、何らかの形で残れば、それでいいんじゃないかと思っています。原発の内部や背景なども見てきた自分が描くのが一番いいので、アシスタントを使わずに一人で描いています。
原発に付随するイデオロギー的なものにうんざりしている人にこそ読んでほしい
―技術者が作業している間、無駄な被爆を避けるため線量の低い場所で待っていることがサポート役の仕事であったり、線量の関係で1日のうち働くことができる時間が短いといった描写も描き方によっては批判を招く可能性があります。竜田:こうした描写も別の方向に煽りたければ、「1日にこれぐらいしか進まないんだ!」「だから大変なんだ!」みたいな言い方もできるでしょう。でも、「交代制で1 日に、この人はこれだけやって、次の人もこれだけやって、ちょっとずつでも進んでいくんだよ」と見ることもできます。それは描きようですよね。中立であることを意識しているわけではないのですが、あまり極端な方向に偏らないようにという意識はあります。
―「東電から圧力掛からないの?」と聞かれることはありませんか?
竜田:両方いますよ。「東電から止められないの?」っていう人と、「東電から金もらって描いてんだろ?」という人。どっちでもないですからね(笑)。
相手にしませんけど、Twitterでいわゆる「クソリプ」みたいのもたくさん来ます(笑)。逆に面白いですよ。「おまえ、どう読んだら、こういう返事がくるんだ」みたいのばっかりですから。
篠原:編集部にも「2巻目がでないのは東電から圧力がかかっているからですか?」みたいなメールが来たりしますね。なかなか出なかったのは、竜田:さんが描くのが遅かっただけの話なんですけど。
竜田:圧力が掛かったら面白いので、それも漫画に描きますよ。圧力をかけてもらえるレベルのビッグネームになりたいぐらいです(笑)。
―最後に、読者に対してメッセージがあればお願いいたします。
竜田:もちろん万人に読んでいただきたいのですが、おそらく「絶対原発反対」や「原発推進」あるいは「そんなに危なくないよ」というような意見がある方たちは、もともと原発に興味があるでしょうから、読んでいただいている方も多いと思います。
なので、全然興味がなかったり、なんとなく漠然と不安に思っている方に「こういう感じなんだよ」ということを知って欲しいです。事故直後のイメージのままの人も多いんじゃないかと思うので。
あとは原発の問題にうっすら興味はあるんだけども、あえて触れないようにしてきた方なんかに読んで欲しいですね。
原発に付随するイデオロギー的なものにアレルギーがあって、原発関係の書籍全般を触れないようにしている方。そういう方にも手に取っていただきたいです。自分としては「ありのまま」を描いたつもりですし、偏った内容ではないと思うので。
広く色々な方に読んで頂けると嬉しいですね。
―本日はありがとうございました。
プロフィール
竜田一人(たつたかずと)職を転々とした後、福島第一原発で作業員として働き、その様子を描いた『いちえふ ~福島第一原子力発電所案内記~』で第34回MANGA OPENの大賞を受賞。
・Twitter:@TatsutaKazuto
・いちえふ ~福島第一原子力発電所労働記~ / 竜田一人 - モーニング公式サイト - モアイ
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