藤原学思、渡辺洋介
2015年3月11日02時03分
約10万人の命を奪った東京大空襲から70年の10日、犠牲者を悼み、惨禍の記憶を引き継ぐ催しが東京都内各地であった。肉親を奪われた遺族の声に耳を傾け、平穏な日常を守る。そのために何ができるかを、各世代で考える一日となった。
戦災で犠牲になった約10万5千人の遺骨が納められている東京都慰霊堂(墨田区)では早朝から、杖をついたり車イスに乗ったりした高齢の体験者が手を合わせた。砂田寿子(ひさこ)さん(82)は空襲で母と兄弟3人を失った。母は背中におぶった幼い弟もろとも焼け死に、別の弟は母に抱きかかえられた状態で、兄も近くで見つかった。「子どもの声がすると、今でも弟のように聞こえてしまう。戦争がなくなることを願わずにいられません」と涙ぐんだ。
祖母を亡くした中村啓子さん(75)は、孫の中島諒子(りょうこ)さん(19)に付き添われて焼香。中村さんは「70年たっても悲しみは変わらない」、中島さんは「孫の私が、おばあちゃんの体験を伝えたい」と話した。
浅草公会堂(台東区)では、空襲で家族6人を失った作家の海老名(えびな)香葉子(かよこ)さん(81)が講演。親兄弟の遺骨を拾えていないことを憤りながら、「でも今、本当に幸せです。朝、歯ブラシで歯磨きをするとき、『こんな幸せないな』って」と、戦争のない日常のすばらしさを訴えかけた。
講演を聞いた大学院生の成沢可奈子さん(24)は「この日本で、確かに戦争があった。生の声を聴き、その『リアリティー』を感じた」と指摘。「語る人がいなくなったら、日本を背負う世代は過ちを知らぬまま育ち、くり返しかねない。だから私たちは生の声を記録し、語り継いでいきます」と話す。
墨田区役所では平和への思いをつづったメッセージ展が始まった。映画監督の山田洋次さん(83)は「ヒロシマ・ナガサキを含めて、70年前のあの地獄のような戦争の記憶を、日本人は永遠に忘れてはならない。その記憶から未来のことを学ばねばならない、と思います」とつづった。(藤原学思、渡辺洋介)
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