「全聾の天才作曲家」などと呼ばれた佐村河内守氏がNHKなど多くのテレビ番組で取り上げられていた問題で、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会(以下「検証委」と略称)は3月6日、検証結果をまとめ、放送時点では真実と信じるに足る相応の理由や根拠が存在していたとして「報道倫理違反とまでは言えない」と判断しつつ、問題発覚後の対応は十分でないとする見解を発表した。検証委は、NHKの番組でTIME誌が佐村河内氏を「現代のベートーベン」と讃えているかのようなナレーションが流れた点について、実際のTIME誌の原文はそのような趣旨ではなかったことなどを明らかにし、NHKの自己検証に不十分な点があったとして再検証を求めている。
「前例をみない大誤報」だが放送倫理違反に該当せず
検証委は、佐村河内氏を取り上げた番組について「前例をみない大誤報」と表現。NHK、TBS、テレビ朝日、日本テレビ、テレビ新広島の5局が放送した計7番組を対象にし、佐村河内氏本人や、作曲していたと名乗り出た新垣隆氏など関係者に聞き取り調査を行うなどして約1年間、審理した。その結果、番組が佐村河内氏の作曲と紹介したものの大半については、実際にメロディー、ハーモニー、リズムを作り、譜面にして完成させたのは新垣氏だったとし、佐村河内氏の半生のうち自伝に書かれていた幼少期の音楽修練や、音楽的素養、能力についても事実でないと結論づけた。1998年以降に佐村河内氏の聴力が回復していた時期があることを示す資料が見つかったことや専門医からの聞き取り調査により、ずっと佐村河内氏が全聾のまま作曲をしていたと放送していた点についても「虚偽の事実を伝えた放送」だったと判断した。
ただ、検証委は、放送倫理違反となるのは、放送時点で「真実であると信じるに足る相応の理由や根拠を欠いていた場合に限られる」と指摘。当時、虚偽と知りながら制作した番組制作者はいなかったこと、裏付け取材は不十分だったものの、当時、佐村河内氏の作曲や聴覚障害に疑問を抱かせる具体的な事実は浮上していなかったことから、放送倫理違反があるとまでは言えないとした。
NHKなどの自己検証の問題点を指摘
他方で、検証委は「問題発覚後の対応」についても詳細に検討し、各局ともすみやかにお詫び放送をしたり、新垣氏と佐村河内氏の会見の内容を詳報したことは評価したが、各局とも自己検証が不足しているとの見解を示した。
NHKは、問題発覚後1か月以内に調査報告書を公表し、検証番組も放送した。しかし、検証委は、番組の数でも放送時間でも他局を上回っていたことや、特に2013年3月31日放送の「NHKスペシャル 魂の旋律 音を失った作曲家」は佐村河内氏が被災地のために曲を書く姿を追うことで新たな伝説を加え、“全聾の天才作曲家”の総仕上げを担う番組だったとし、NHKの自己検証結果を詳細に検討した。
まず、NHKの検証報告が、佐村河内氏の書いた「全体構成図」と「レクイエム」の演奏を比較するとおおむね符号するとした点について、検証委は、実際の曲と異なるところが多いと指摘。「全体構成図」を信じた根拠自体が本当に正しかったのかどうか検討する必要があったのではないか、とNHKの検証結果に疑問を呈した。
また、NHKが2つの番組で、TIME誌において佐村河内氏が「現代のベートーベン」と讃えられているかのようなナレーションを流した点について、検証委はTIME誌が自らそのように評した事実はないことを明らかにした。検証委によると、原文では、「デジタル時代のベートーベン」という物語の訴求力によって、佐村河内氏の作る曲に率直な批評がなされなくなると佐村河内誌がおそれていた、という趣旨で、TIME誌が佐村河内氏を「現代のベートーベン」と讃えていたわけではなかった。NHKの検証報告でも、TIME誌が“現代のベートーベン”と評したという誤った事実認識に基づく記述があった。このほか、聴覚障害について関する自己検証にも不十分な点があったとしている。
NHKでTIME誌を取り上げた番組のシーン
・『情報LIVE ただイマ!』「奇跡の作曲家」(NHK総合・2012年11月9日放送)
スタジオの司会者が、きょう紹介するのは日本だけでなく世界から注目されている曲、しかも作曲したのが「奇跡の作曲家」と呼ばれる日本人だと伝える。
「交響曲第1番HIROSHIMA」の演奏にあわせて、作曲したのは14年前に両耳の聴力を失った佐村河内氏だと紹介される。「TIME」誌の記事が映し出され、下線が引かれたBeethovenの文字に「世界でも名高いアメリカのニュース誌では、現代のベートーベンと讃えられ、今、最も注目すべき作曲家として紹介されています」とナレーションが流れる。・・・(以下、略)・『NHKスペシャル』「魂の旋律 音を失った作曲家」(NHK総合・2013年3月31日放送)
拍手に沸くコンサート会場の舞台へ向かう佐村河内氏。途中から拍手の音が消え、その称賛の声は彼には届かないとナレーションが始まる。「TIME」誌の映像を背景に「佐村河内の音楽は世界の有力誌でも高く評価され、現代のベートーベンと讃えられている」などと佐村河内氏を紹介する。・・・(以下、略)BPO放送倫理検証委員会「“全聾の天才作曲家” 5局7番組に関する見解」より一部抜粋
TIME誌の原文
…today he is completely deaf in his left ear and can hear only slightly with the help of a hearing aid in his right. His condition has brought him a certain celebrity, which he fears may detract from an honest critique of his work. He understands the inspirational appeal of the strory of a digital-age Beethoven, a deaf composer who overcomes the loss of the sense most vital to his work.
BPO放送倫理検証委員会「“全聾の天才作曲家” 5局7番組に関する見解」より一部抜粋
さらに、検証委は、NHKスペシャルに出演した母親を亡くした被災者の少女への対応にも言及。問題発覚後に担当ディレクターらが少女一家にお詫び訪問したものの、納得が得られておらず、引き続き対応する必要があるとの認識を示した。
検証委は、NHKに対し検証が不十分だった点についての再検証とその結果の公表を望むと表明。しかし、NHKはBPOの見解を取り上げたニュースの中で「見解を真摯に受け止め、教訓を番組制作にいかすことで引き続き再発防止に取り組んでいきます」とのコメントにとどめた。
検証委は、民放の4局についても「自己検証が不足していると判断せざるを得ない」と指摘し、自己検証の結果を公表していないことも問題視。自己検証の結果の公表を検討するよう求めている。
- “全聾の天才作曲家” 5局7番組に関する見解 (放送倫理・番組向上機構:放送倫理検証委員会 2015/3/6)
- 佐村河内氏関連番組・調査報告書 (日本放送協会 2014/3/16)
- (初稿:2015年3月11日 05:45)