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【コラム】

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 なぜラッキョウなのか。戦争中、赤飯にラッキョウを食べれば、焼夷弾(しょういだん)の被害から逃れられるという迷信が庶民の間に広まっていた。米軍の無差別攻撃によって約十万人が命を落とした一九四五(昭和二十)年の東京大空襲から十日で七十年である▼物のない当時は赤飯のためのアズキも入手困難だったのだろう。簡略化して「朝飯をラッキョウだけにする」というわびしい食べ方もあったというが、そこまで「ラッキョウ」にこだわっている▼あの独特の臭いと関係あるのか。東京大空襲の二年前に公開された、映画「無法松の一生」(稲垣浩監督)。阪東妻三郎が演じる無法松がラッキョウを好んでいたが、焼夷弾にも負けぬ「壮健さ」につながったか▼ラッキョウが焼夷弾の形を思わせ、こっちから食べてしまうという説もあるそうだが、この言葉と関係があるという。「脱去(だっきょ)」▼七十年後のワープロソフトではなかなか変換できない言葉だが、戦火の人たちはラジオの伝えるその言葉に胸をなで下ろしたに違いない。「敵艦上機は攻撃せる後、脱去せり」。脱去とラッキョウ。「似ちょって、ラッキョウを食べたらよかっち」。映画「紙屋悦子の青春」の一場面に教わった▼地口(じぐち)、駄じゃれなのか。それでも信じたのは、そう信じるしかなかったのだろう。そう信じなければ、耐えられぬ時代。これほど悲しい駄じゃれはない。

 

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