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mizchi 共感したフリができない、という話では
私もそういうことだと思います。
家族であろうが恋人や友達であろうが、別の人間なので、全く同じ経験をして同じ感情を抱くことはありません。
だから共感は錯覚です。似た感情が無いか、自分の経験データベースから検索してるだけです。
ただ、その「フリ」が出来るか出来ないかという話です。ここは人間関係の上で結構大きいんですよね。
特に家族や恋人や友達など、自分にとって大切な人が弱っているときには。
(どんな間柄であっても自分にとって大切でないなら、どんなに弱っていようが放置でいいと思いますが)
「フリ」が出来ない女性って、かなり浮きます。女性には「フリ」の上手い人が多いからです。
出来ない女性は、持ち上げるようなあだ名を付けられることがあります。「先輩」「先生」とかです。
呼ばれている本人は、付き合いづらいからそういう呼ばれ方をしていることに、おそらく気づいていません。
尊敬されているからそう呼ばれているんだろうと思っているんじゃないかな。
共感したフリが下手な人は、正論を言う人であることが多いです。
人の失敗談や愚痴に対して、その人の劣っていたところを正しく指摘します。
指摘している人が、日ごろから的確に問題解決している理知的で勤勉な人であれば尊敬もされるのですが、残念なことに口だけのことが多いです。
私の周囲の話になってしまいますが、問題解決している(手を動かしている)人ほど人の痛みに寄り添っていて、
あまり有能ではない(手を動かさない)人が、正論を言い、共感したフリも出来ない傾向にあります。
出来ないというより、共感したフリという行為を見下していて、それをしない自分を誇っているように見えます。
その姿勢が「先生」みたいなあだ名に繋がっているんだと思いますが。
男性には、女性に生まれていたら「先生」と呼ばれそうな人が多いです。
でも多いからこそ、「男性ってそういうものだからね~」となって、個人攻撃には晒されないのだと思います。
「フリ」が出来ない男性がとても多いので、そういう男性同士でつるんで、
「共感を求める女ってバカだよな~論理性のかけらもないな」と笑うこともできます。
もし女性だったら「あの人、女性なのに、なんなの?」と、性別への失望ではなく個人への反感になります。
「フリ」が出来ない男性は、数の力に守られていると思います。そこ自覚したほうがいいかなと思います。
いや、それは違う。 「共感しているフリができる」ということは、少なからず共感するポイント、共感においてしてはいけないことを押さえているということであり、それこそが「共感...