マッカーサー遺産の労組、賃上げ好循環へ道半ば-デフレの影
2015/03/10 11:27 JST
(ブルームバーグ):現在の日本の労働組合は、第2次世界大戦後にマッカーサー連合国軍最高司令官が民主化運動の一環として奨励し、組織化された。戦後70年を経た今、政府がアベノミクス好循環の鍵と重視する春闘は、労働争議に打って出たかつての激しさが影を潜め、労組の在り方が問われ始めている。
「実質賃金をいかに確保できるかが問われているのに、労組は何をやっているのかと思う」-。法政大学経営大学院の藤村博之教授は、今の労組は「遠慮し過ぎ」であり、本来は「どれだけ利益をぶん取れるか」という気持ちでぶつかっていくべきだと語った。
日本労働組合総連合会(連合)の3日発表によると、2月27日までに要求提出した約4500組合のうち、金額集計可能な約2000組合の要求水準は定期昇給相当分を含め月1万887円(賃上げ率3.74%)。昨年妥結した賃上げ率2.07%より高い要求だが、今後加わる中小企業を合わせた妥結額ではアベノミクスに寄与する規模にならないという見方がある。
UBS証券の青木大樹シニアエコノミストは、今年の賃上げ率を約2.3%、うちベースアップ(ベア)分が0.5%程度と予想。また野村証券の須田吉貴エコノミストは同2.2%で、うちベア分を0.5%と見込む。青木氏は「アベノミクスが目標とする名目成長3%を達成するには春闘で3-3.5%の賃上げが必要」と述べ、現状は経済成長率と整合する水準でないとして「まだ道半ば」とコメントした。
企業別組合約674万人の労働者が加盟する連合の古賀伸明会長は、1975年に松下電器産業に入社後まもなく労組に加入、96年に労組の中央執行委員長、02年には電機連合の中央執行委員長を歴任してきたが、これまでストライキの経験はないという。
古賀氏はその理由として、海外では産業別労組が基本なのに対し、日本では企業別労組であることを挙げ、「企業別のいいところは労使で情報が共有化できて、企業を良くするために場合によっては一致団結してやれる」と述べた。
国内で労働争議は高度成長期にあたる60年代から徐々に増加し、70年代のオイルショックで急増した。千葉大学法政経学部の皆川宏之准教授によると、終身雇用制度が整いつつあった中の不況で企業が人員整理を始めたのが要因。70年に2256件だったストは74年に5197件に急増し、参加人数は362万人を超えた。
スト件数は74年をピークに急減し、2013年は31件となった。皆川氏は、80年代以後はバブル景気で労働条件が良くなったことに加え、企業内で労使の情報共有が進むようになったのが背景にあると述べた。企業別労組がストを断行した場合、自社が競合他社に一人負け状態になることもあり、労使関係は安定の方向へシフトしてきたという。
デフレの影円安などで業績好調のトヨタ自動車 をはじめとする主要自動車メーカー労組は2月、一斉に月6000円のベア相当の賃金改善を求めた。全日本自動車産業労働組合総連合会(自動車総連)は、今春闘では目指すべき経済の実現、物価動向などを踏まえ、6000円以上の賃金改善分を設定する要求案を提示していた。
好業績企業の労組も一律に最低水準の賃金改善要求にとどまっていることについて、法政大の藤村氏は「過去のデフレが影を落とし、労組は経営側との長い信頼関係を壊すことができないでいる」と指摘。20年続いたデフレ期間、労組は経営側が回答可能な金額を探ってから要求することで賃金水準を維持してきた。こうした協調路線を続けてきた今、あらためて激しい交渉に踏みきるのが難しいのだという。
一方、96年からの金融ビッグバン(金融規制制度改革)などを経て経営側は米国型の経営方針に移行しつつあり、上場企業はいかに利益を上げて株主に配当するが問われるようになってきていると藤村氏は指摘。旧来型の労組とずれが生じてきているとも述べた。
トヨタの上田達郎常務は2月25日、組合側との1回目の労使協議会で、満額回答は「到底無理」と伝えたことを明らかにした。労組側は賃金制度維持分を含め月1万3300円の賃上げと、賞与6.8カ月分を求めており、満額回答するとコスト負担は約200億円になるという。
政労使会議で賃上げ実現春闘をめぐっては、一昨年から安倍晋三政権が経済好循環に向けて政労使会議を開き賃上げへの働きかけを強めている。中央大学経済学部の阿部正浩教授は、春闘は本来、労使間のものと指摘しながらも、「政労使会議がなければ賃上げが実現していたか疑問」と述べた。
経済再生担当の西村康稔内閣副大臣は5日のインタビューに、「今年10月からの予定だった消費増税を1年半ずらした背景には、実質賃金がマイナスだったことを含め消費の回復が遅れた」事情があると述べた。その上で、「政労使の枠組みで賃上げにつながった動きを15年度、16年度につなげ中小企業にも広げる」ことに期待感を示した。
個人消費の拡大には、非正規労働者や中小企業を含めた総雇用所得の増加が必要となる。第一生命経済研究所の新家義貴主席エコノミストは「大企業の輸出産業は賃上げをしやすいが、企業間でばらつきの大きい春闘になる」という見方を示した。
消費増税に再び延期論もUBS証券の青木氏は、次の消費増税まで春闘はあと3回あり、「今年は製造業、来年は非製造業でがんばってもらい、17年の春が集大成となる」と語り、それまでに十分な賃金上昇が見えてないと、再び消費増税に延期論が出てくる可能性を指摘した。
総務省によると、1月の全国総合の消費者物価指数は前年同月比で2.4%の上昇となった。14年平均は前年比で2.7%の上昇だった。
創出された付加価値に対して人件費の割合を示す労働分配率について、日本総研・調査部チーフエコノミストの山田久氏は3日付リポートで、過去の平均レベルからみて低い水準にあり、総じて企業には賃上げ余力があると判断されるとしている。法人企業統計ベースで資本金10億円以上の大企業について算出した労働分配率は13年度で56.0%と、前年度に比べ4.5ポイント低下している。
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更新日時: 2015/03/10 11:27 JST