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【震災から4年、一歩一歩】(2)ラグビーW杯に釜石から代表選手を

2015年3月10日6時0分  スポーツ報知
  • 2日、ラグビーW杯の試合開催地に決定し、お祭り騒ぎとなった釜石市のPV会場

    2日、ラグビーW杯の試合開催地に決定し、お祭り騒ぎとなった釜石市のPV会場

 津波で大きな被害を受けた岩手・釜石市。かつてラグビー日本選手権7連覇を達成した新日鉄釜石の本拠地でもある同市は、震災から4年の今、19年ラグビーW杯日本大会の開催地に選ばれ、新たなスタートを切ろうとしている。同クラブの後身でトップイーストリーグ(2部)に所属する釜石シーウェイブスの三浦健博ヘッドコーチ(38)は、現役時代から釜石で過ごしてきた。被災地でのW杯開催へ新たな選手を育てようと今、意気込んでいる。

 三浦コーチが「3・11」を振り返った。「職場(新日鉄住金)にいたのですがドーンという衝撃が来て、すぐに電気が消えました。どうやって外に出ようか、と思ったのが最初でした」。釜石市は震災で、888人の死者と152人の行方不明者を出し、3000戸近くの家屋が全壊する被害を受けた。停電と断水は数日続き、その間は海から離れていたシーウェイブスのクラブハウスで、部員やその家族ら約30人で共同生活した。寒さはたき火でしのいだ。

 岩手・大槌町出身の三浦コーチは、釜石工高(現釜石商工高)を経て、95年に新日鉄釜石ラグビー部に入部。震災では地元の親戚1人、友人1人を亡くした。チームの指揮を執るのは昨年からで、当時はまだ現役選手。津波の被害に「もうラグビーはできないんだろうな」と絶望感を味わった。

 被災後には全国から支援物資が届いた。フランスから届けられたものもあったという。「自分たちだけでは使えないので」と食料、寝具、衣類などを大型バスに積み込み、避難所を回った。帰りは子供たちを乗せクラブハウスへ戻る。「体を動かせなくてストレスもたまっていたと思うし、大きなお風呂に入れてあげたかった」とラグビー教室後に湯船を開放し炊き出しのカレーライスを振る舞った。

 練習グラウンドは支援物資を運ぶヘリコプターの発着場となった。5月に練習を再開してからもヘリが到着する度に、トレーニングをストップした。あれから4年が経過した今季は、悲願の1部昇格へクラブ初となる入れ替え戦に臨み惜しくも敗れた。「ガレキはなくなったけど、復興の進みは遅いと感じる。岩手に元気を出してもらうため、少しでもいいニュースを届けたいですよね」。チームに関わって20年、常に考えるのは地元への感謝の気持ちだ。

 4年を迎える3月。4年後のW杯で釜石は開催地に選ばれた。新たなスタートとなる節目を迎えた。ただ、課題も残る。全国12会場の中で唯一、スタジアムが未完成なのだ。建設費は約27億円といわれ、市民の中には「そんなことにお金を使うより、被災者のために使ってほしい」という意見もある。

 三浦氏は「我々もW杯との相乗効果で盛り上がっていきたい。19年にはクラブから代表選手を送り込めたら」。ラガーマンとしてラグビー熱の高まりで復興を後押しする。

(鈴木 文人)

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