フィクションを読む・書く実践のエスノメソドロジーと秋草俊一郎①

いわゆる「フィクション」作品を書いたり読んだりする実践について、エスノメソドロジーの立場から研究することができるだろう。このような研究のいき方について、考えてみたい。正確にいえば、私には手に負えないので、どなたかに考えてもらいたい。なおここでは、様々なフィクションの形式のなかでも、特に「小説」に絞る*1

 

小説を読むとき、私たちはそこで何が起こっているのかおおむね分かる。例えば、誰がいつどこで何をしたのかがわかる。この水準の「理解」に関してであれば『ユリシーズ』でさえ「難解」とは異なる印象を与えるだろう。さらに、場合によっては、語り手が「信頼できない語り手」であることや「パラノイア」であることがわかったりするし*2、「伏線が回収された(驚くべきことに、ときには回収されなかったことさえも)」こともわかったりする。

 

いかにしてそれらのことがわかるのかを明らかにするのは、極めてエスノメソドロジー的な課題であると思うし、その探究は読書実践だけではなく創作実践の解明にもなりうるだろう(いかにして作者はフィクション内の事態を読者に理解可能な形で提示しているのか)。読む実践と書く実践は「違う」けれど、そこで用いられている装置や資源が「同じ」場合があるだろうから。

 

また、なぜ読者が登場人物に対して何らかの感情・情動を抱くことができるのか(なぜ私はアンナを哀れむことができるのか)、翻って作者や語り手はいかなる仕掛けを用いて読者に特定の情動を引き起こさせようとしているのか、といったことも面白い課題であるだろう。

 

しかし、実際に小説テクストを資料として*3分析を行おうとすると、何をしたらいいのか途方に暮れることが予想される。そこで既存の研究を参考にしてみることになる。いくつか読んでおいた方が良さそうな研究群が思いつく。

  1. マッコールのTelling How Texts talkやリビングストンのAnthoropology of Readingなどのエスノメソドロジー研究多分フィクションを扱ったEM研究はもっといろいろあるんだろうけど、例によって私は知らない。
  2. 分析美学におけるフィクション論*「フィクションにおける真」や「フィクションと情動」などのテーマは、特に興味深いものであると思う。
  3. 受容美学や読者反応批評(申し訳ないが一まとめにさせていただきたい)*ちなみに「経験主義的受容理論」というのがかつてドイツなどで存在しており、アンケートとかやっていたらしい。ホルブ『「空白」を読む』を参照のこと。
  4. シャルチエとかダーントンとかの読者・読書(の歴史)研究*ちなみにダーントンは「読むことの歴史」inピーター・バーク編『ニュー・ヒストリーの現在』で受容美学とか読者反応批評の蓄積を生かして頑張ろうみたいなことを言っている。Fishとかが寄稿しているReader-Response CriticismやOngの"The writer's audience is always a fiction"が参照されていたはずだ。その方向性で実際に頑張っている人がいるのかは知らない。

これらの研究を読むことは相当重要であると思うし、役立つと思う。なお、4は社会学研究者がしばしば引用するのでとっつきやすいかもしれない。2も、幸いにも親切な紹介エントリがある。

『分析美学入門』解説エントリ、その4、日本語で読める分析美学2 - 昆虫亀

[fiction] フィクション論の古典なり基礎文献的なもの - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ

 

しかし、これらの研究を読みこむことは、いずれにせよ社会学を専門的に勉強している人にとって、端的にハードルが高いように思われる(もちろんスーパーな人であれば問題ないけれど)。

そのような状況のなかで、私が「フィクションのエスノメソドロジー」に関心がある方々に読んでいただきたい(というか感想を聞かせてほしい)のは、秋草俊一郎氏の『ナボコフ 訳すのは〈私〉 自己翻訳がひらくテクスト』という研究書だ。私には、ここで行われているナボコフのテクストの分析が、非常に素晴らしいだけでなく、しばしばEM的なそれに見える。

書籍一覧・検索 » ナボコフ 訳すのは「私」 - 東京大学出版会

秋草俊一郎 - 研究者 - researchmap

おそらく次回に続くかもしれない。

 

 

 

*1:フィクションとは何か、小説とは何か、はさし当たってぼんやりしたままでよい。

*2:「酒場にいる語り手が実は犬」とかになるともはや何が何やらわからないわけだが

*3:私は完成したテクストに関して、人々はそれをいかにして読んでいるのか、そこには作者のいかなる仕掛けが施されているのかに関心があるが、書き手の仕事場に関する文字どおりワークプレイス研究とかもできるかもしれない。