【2002年12月10日配信】[No.089]
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【今回の歌】
かささぎの 渡せる橋に おく霜の
白きを見れば 夜ぞ更けにける
中納言家持(6番) 『新古今集』冬・620
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寒い毎日が続きます。
12月も中旬に入り、いよいよ年も押しつまってきました。
12月も今頃になると神社仏閣をはじめ商店街でも行事がいっぱ
い。針供養や大根だき、赤穂浪士の義士祭りなどが京都では開か
れますし、全国的には羽子板市、酉の市なども行われます。
ビルが立ち並び、日本らしさが失われた昨今ですが、師走の風
情は、日本情緒を思い出させてくれますね。まだまだ長く続いて
ほしいものです。
さて今日は、大雪を迎えた京都の冬にふさわしい一首をお届け
します。
■□■ 現代語訳 ■□■
七夕の日、牽牛と織姫を逢わせるために、かささぎが翼を連ね
て渡したという橋ーー天の川にちらばる霜のようにさえざえとし
た星の群れの白さを見ていると、夜もふけたのだなあと感じてし
まうよ。
■□■ ことば ■□■
【かささぎの渡せる橋】
天の川のこと。中国の七夕伝説では、織姫と彦星を七夕の日に逢
わせるため、たくさんのかささぎが翼を連ねて橋を作ったとされ
ます。
【おく霜の 白きを見れば】
「霜」はここでは「天上に散らばる星」のたとえとなっています。
「月落ち烏鳴いて霜天に満つ」という唐詩(張継の作)が元になっ
ていると言われます。
【夜ぞふけにける】
「ぞ〜ける」で係結びになり、詠嘆の助動詞「けり」は連体形の
「ける」になります。
■□■ 作者 ■□■
中納言家持(ちゅうなごんやかもち。718?〜785)
奈良時代後期の人、大伴家持(おおとものやかもち)です。三十
六歌仙の一人で、大伴旅人(おおとものたびと)の息子です。
早く父親に死に別れ、叔母の坂上郎女(さかのうえのいらつめ)
に育てられました。
万葉集に一番多い473首の歌が収録されており、折口信夫らの
研究で、万葉集の主撰者(らしい)として後の王朝時代の詩歌に
巨大な足跡を残しています。
■□■ 鑑賞 ■□■
この歌には、2つの読み方があります。
ひとつは冒頭に紹介した唐詩選の張継(ちょうけい)「楓橋夜
泊(ふうきょうやはく)」の一節「月落ち烏(からす)啼いて、
霜天に満つ」を元にしたもので、冬の冴えわたる夜空の星を、白
い霜に見立てたもの。
冬の夜空を見上げて、天の川に輝く夜空の星が美しい。冬の夜
がふけていくなあ、と感じ入っている歌です。
「かささぎの橋」というのは、七夕の織り姫と彦星の話のこと
です。中国では七夕の一日だけ、たくさんのかささぎが天の川に
翼を広げて織り姫の元へ彦星が渡って行けるようにしたわけです。
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もうひとつは、「かささぎの橋」を奈良は平城京の御殿の階段
になぞらえたもの。宮中はよく「天上界」になぞらえられ、「橋」
と「階(はし)」の音が同じことからきたものです。
宮中の夜の見張り番「宿直(とのい)」をしている深夜に、紫
宸殿の階段に霜が降り積もっているのを見て、「天上をつなぐ階
段に霜が積もり、白々と輝いている。冬の夜も更けたものだ」と
感じているというストーリーです。
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どちらも美しいたとえですが、ストレートに天の川を歌った前
者の方がロマンチックのような気がします。
作者・大伴家持は繊細で優美で情感あふれる歌を得意とした人
で、後の平安時代の詩歌に非常に大きな影響を与えた人です。
1300年の時を超えて、今なお美しい歌を残せるなんて、そのこと
がとてもロマンチックですね。
家持の過ごした平城京の御殿は、近鉄奈良線西大寺駅を下車し
て東です。いにしえの都で見上げる天の川もいいでしょうし、史
跡に親しんで、階段に積もる霜の様子を想像してみるのもロマン
チックではないでしょうか。
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