ドイツという国に親しみを覚える人は少なくない。歴史、芸術や文化、あらゆる意味で、この国は日本にゆかりが深い。

 メルケル首相が7年ぶりに来日した。朝日新聞本社での講演は、両国の結びつきの深さと、協力の大切さを再認識させた。

 権力分立、人権、市場経済の浸透……。共通点を講演で列挙した首相は、いまの繁栄と平和を両国が得た理由として「輸出国として、グローバル経済に支えられている」点を挙げた。

 確かに、日本とドイツ(旧西独)は、冷戦下の西側秩序の安定のなかで戦後の復興から世界有数の経済大国へ駆け上った。近年のグローバル化時代がもたらした世界市場の拡大の中でも大きな存在感を示している。

 同時にこの70年間に日独は平和国家としての信頼を獲得し、豊かな市民社会を築き上げた。

 だが、安定を支えてきた国際秩序が失われれば、繁栄も平和も即座に足場を失う。首相が共通の責務として、国際法を守る環境づくりの役割を挙げたことを重く受けとめたい。

 ドイツはウクライナ問題の収拾に力を注いでいる。それが国際秩序の行方を握ると考えるからだ。日本にとっては、中国の海洋進出とどう向き合い、日中韓を含む東アジアの安定化をどう図るかが、喫緊の問題だ。

 前世紀に無謀な戦争を起こし、敗戦国として再出発した両国が21世紀のいま、国際秩序を守る重い責任を担っている。その呼びかけは、これからの平和国家のあり方を考えさせる問いかけでもある。

 もちろん、国際政治は正義と理念だけで動くわけではない。メルケル氏が長く訪日をしないまま中国との往来を重ねた背景には、中国という巨大市場の魅力があったことも確かだろう。

 日独間で進路が逆にみえる問題もある。エネルギー問題で、ドイツは安全を最優先して原発全廃に踏み切った。経済では、ドイツは財政規律を重んじ、日本は景気浮揚に力点を置く。

 この違いは何に由来するのか。互いに学びつつ国際秩序の強化に手を携えていきたい。

 ロシアと中国という大国問題だけでなく、欧州にはイラン、アジアには北朝鮮の核問題が横たわっている。紛争防止や核不拡散といった地道な外交努力を要する分野にこそ、両国の平和貢献のかぎがあるはずだ。

 「息の長さが重要です。イランに対しても、何年も何回も試みた。諦めてはいけません」。世界と真剣に向き合うメルケル氏の強靱(きょうじん)な姿は、日本の若者に強い印象を残したことだろう。