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エネルギーを選ぶ時代へ前進

3月9日 19時48分

甲木智和記者

日々の生活に不可欠な電気やガスを自由に選べる時代が近づいています。
3月3日、政府は、電力やガスの市場の自由化を進め事業者どうしの競争をより活発にするための法案を閣議決定しました。
法案が成立するとどのような変化が起きるのか。今後の課題はなにか。
経済部でエネルギー業界を担当する甲木智和記者が解説します。

電気やガスを選ぶ時代

「欲しかったデジタルカメラを『ABC電機』の店頭で見たら29800円だったけど、続いて隣の『あいうえおカメラ』に行ったら週末限定割引で29000円になっていた」。家電量販店の店頭でこのような経験をされた方、多いと思います。
こうした家電製品などのように、電気やガスはこれまで消費者が「選ぶ」ことはできませんでした。
安定的に供給するために、法律によって地域で契約できるのは1社だけと決められていたからです。
政府は電気・ガスの世界に競争原理を持ち込もうと改革に乗り出し、改正法案の閣議決定にたどり着きました。
戦後60年以上続いてきた仕組みが大きく変わることになります。

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閣議決定の日、宮沢経済産業大臣は記者会見で「エネルギーをどこから買うか、消費者が選ぶことのできる時代になる」と述べました。

“発送電分離”とは

電気の場合、改革は3段階に分けて行われることになります。
第1段階は電力会社の送電網を広域で運営する機関の設置。
第2段階は電力小売の全面自由化。
そして第3段階はいわゆる“発送電の分離”。これまで電力会社が一体で運営してきた発電・送電・小売り部門のうち、送電を担う部門を分離するという意味です。
今回閣議決定された改正法案には、この“発送電の分離”が盛り込まれていますが、分離するとどのような効果があるのでしょうか。
例えば、電力とは関係のなかったA社が、電力の小売り事業に参入する場合を考えます。
A社が、新たに発電所を建設しても、あるいは別の会社から電力を購入する場合でも、必ず利用することになるのが送配電網です。
しかし、送配電網は電力会社の持ち物です。
電力会社は発電も送電も小売りも手がけています。
電力会社の送配電部門が、身内の小売り部門と新規参入者を平等に扱ってくれるのか。現在の体制では、外部から検証することは難しいのが実情です。
そこで、思い切って別会社にしてしまおうというのが“発送電の分離”です。
発電や小売りに参入する事業者が送配電網を公平に利用できる競争環境を整えようというねらいです。

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今回の法案では、都市ガスについても、東京ガスなど大手3社のガスを送るパイプライン部門を分離するとしています。
法案が成立すれば、電力については5年後の平成32年4月から、ガスについては7年後の平成34年4月から実施されることになります。
例えば東京電力の場合は、発電会社と送電会社に法的に分離され、持ち株会社の傘下に置かれます。そして、送電会社が所有する送配電網は他の新規参入企業も公平に利用できるようになります。
政府も、送配電網を利用する料金が適正かどうか監視する機関を作ることにしています。

なぜ改革は必要か

一連の改革の実現は、経済産業省にとって悲願でした。
電気やガスの料金が高い国は企業のコスト負担につながり、やがて国際的な競争力を弱めることになるという危機感。そこで、法律によって手厚く守られた業界に競争原理を持ち込み、欧米に比べて高いとされる料金の引き下げにつなげたいと考えたのです。

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しかし、ことはそう簡単にはいきませんでした。
電気・ガスともに20年前から段階的に自由化を進めてきたものの、特に電力の分野では東京電力を中心に政治力が強かった業界が一丸となって立ちはだかり、政府の思うような改革はできませんでした。
ところが状況は福島第一原子力発電所の事故で一変します。
東京電力は取り返しのつかない大事故を引き起こし、計画停電を余儀なくされる事態にまで陥り、改革の流れは一気に加速したのです。
“発送電の分離”という、いわば会社を裂くような法案が決まることは、過去を知る人にとっては想像を絶する変革といえるでしょう。

懸案1 料金は下がる?

歴史的な変革。その肝となる料金の引き下げは実現するのでしょうか。
海外の先行事例に目を向けると、必ずしも料金が下がっているとは言えません。
その1つが、欧米でいち早く“発送電の分離”を進めたイギリスです。

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1990年に発電や送電の部門を独占してきた国営会社を分割。発電部門への参入が相次ぎ、小売りも全面的に自由化されました。
電気料金は自由化後の3年間で6%低下し、その後、使い方に応じた割引などさまざまなサービスも生まれました。
ところが、燃料価格が上昇したことや競争が激しくなりすぎたことで、新たに参入した企業が勢いを失い、逆に大手による寡占が進んでしまいました。
さまざまな要因が重なって電気料金は、小売り事業の自由化からおととしまでの14年間でおよそ50%も上がってしまいました。

懸念2 安定供給はできる?

また、将来、停電を招くおそれがあるという指摘も出ています。
電力会社はこれまで小売りをほぼ独占できたため、財務基盤が安定し、巨額の投資が必要になる発電所の建設も思い切って決断することができました。
さらに、法律で電力を安定供給する義務が課されているため、いざというときに備えて発電量に余力を持たせようと自発的に考えるようになります。
ところが、今回の改革によって、巨額の資金を投じて発電所を作っても発電した電気を確実に販売できる保証はなくなります。
安定供給の義務もなくなるため、緊急時に備え、発電量に余力を持たせようとは考えなくなるかもしれません。
経営が厳しくなれば、日頃の整備・点検に力を入れない事業者も出てくるのではないかとの邪推も脳裏をよぎります。

国民のための改革を

では、これまでのような法律によって守られた電力・ガス業界が望ましい姿でしょうか。
豊富な資金力をバックに政治的な力を行使し、利権を守り続ける。消費者は選択の余地がなく、結果として割高な料金を支払うことになる。
こういう世界はもうこりごりだと感じている方も多いのではないでしょうか。
大事なことは「透明性」と「選べること」だと思います。

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消費者の責任でエネルギーを選ぶ時代、そういう環境を実現するためには、今の法案が成立するだけでは不十分です。
政府は今後、詳細な制度設計を決めていくわけで、抜け穴はないのか、真に国民のための改革になっているのか、記者としてしっかり見据えていきたいと思います。


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