ベビーカーの社会的受容を、実感を持って可視化
「妊産婦さんがベビーカーを使って駅を利用するときに、どういう体験をしているか。 ここでは、実際のママさんたちの声と一般の人の意見の両方を見ることができます」と、Webサイト「Babeem(ベイビーム)」の説明をするのは、博士課程2年の原田真喜子さんだ。自身が2人の子供を抱える主婦研究者。今は学内に設けられた保育所に預けているが、昨年11月までは子供をおんぶしながらゼミに参加していた。
▲首都大学東京 ネットワークデザインスタジオ 博士課程2年 原田真喜子さん
「ベビーカー利用ではいつも大変な思いをするんですが、もしかしたらそれは私の自己中心的な考えにすぎないかもしれない。他の女性はどう思っているんだろう。ベビーカーを使ったことのない人はどうなんだろう。体験を共有し、異なる立場の人同士、相互理解を深めることができればいいなと思って、このサイトを構築しました」
妊産婦の声は、Twitterで「駅」「ベビーカー」「感謝」などで検索した結果を表示。収集された声は、EXING社の言語解析APIを用いてポジティブ・ネガティブのタグが付けられる。「エレベーター」「エスカレーター」などベビーカー使用で問題がありそうな場所をクラスタリングして表示することもできる。
▲Babeem(ベイビーム)の画面 ※Webサイトはこちら
駅など公共施設のバリアフリー化は進んでいるが、それが活かすも活かさぬも、利用者の意識の持ち方次第。Twitterを実世界センサーとして活用し、情報をラテラル(水平)に拾うことで、論理的思考だけでは見落としがちなつぶやきを視覚化した。
「Babeem」はその優れたWebデザインもあって、2014年のMashup Awards 10(MA10)に出品すると、「Geek Girls部門賞」を獲得。それをきっかけに「駅すぱあと」のヴァル研究所から共同研究の打診があるなど、反響の広がりに自身が驚いている。
原田さんの大学院での研究テーマはWeb集合知。Mashup Awardsとも縁が深く、Webをサーチし言葉の使用環境の推移をみることができる「コトバノモリ」は、2012年のMA8で優秀賞を獲得した。指導する渡邉准教授は冗談っぽく彼女を「賞荒らし」と呼ぶ。むろんMAなど外部のコンテストへの出品は彼がプッシュしたこと。
「研究室や特定の学会だけにこもらず、作品を広く社会に公開し、技術やデザインのあり方を一般の人と一緒に議論することが大切」。──これが渡邉研究室の一つのスタイルでもあるようだ。
研究者のフィールドワークをデジタル地図上にアーカイブ
ネットワークデザインスタジオには、ほかにもギーク女子がたくさんいる。
博士課程2年の高田百合奈さんが開発した「フィールドノート・アーカイブ」は、東南アジア地域研究の泰斗、高谷好一・京大名誉教授の永年の調査記録を、データマイニングを施したうえで、GoogleEarth上にアーカイブしたプロジェクト。2014年2月の卒業・修了制作展で初めて公開された。
▲首都大学東京 ネットワークデザインスタジオ 博士課程2年 高田百合奈さん
「フィールドノートの中身は、景観写真やスケッチ、気づきのコメントなど多様で、それらが地名情報や距離情報と共に、時系列上にドキュメントとしてまとめられています。これらの情報をGoogleEarth上にビジュアライズすることで、調査の実際を俯瞰したり、その後の地誌の変化などを知ることができます」
数百ページにわたる手書きのノートの内容を地図に落としていく作業は膨大。地図では表記されていない地名が出てきたり、現地の開発が進み、今では使われていない道があったり。
マッピング作業を通して、高田さんは、70年代にマングローブや椰子の森に分け入り、徒歩や舟やジープでスマトラ島を踏破した高谷教授の苦労に思いを馳せることができた。
「かつては果樹園だったところが、今はすっかり町になっているなど、この数十年の地域の変容も知ることができました。今後は調査記録の写真をアーカイブしたり、CSVファイルで記録されたフィールドノートをドロップするだけで、マッピングできるようなインターフェイスを整備していきます。フィールドワークが必須の文化人類学や民俗学などの研究者が、自身の研究成果を可視化するために活用できるんじゃないかと思います」
限界集落に泊まり込み、住民参加のWebワークショップを開催
今年度で修士課程を修了する菊本有紀さんからは、まず越谷市商工会との共同事業で取り組んだ「越谷デジタルマップ」を紹介してもらった。
▲首都大学東京 ネットワークデザインスタジオ 修士課程2年 菊本有紀さん
郊外に大型店舗ができたことで、活力が失われつつある越谷駅周辺の商店街の再活性化を支援しようというもの。
GoogleEarth上のデジタルマップに写真や記事で商店主らを紹介。地場産業、文化財、子育て応援施設、観光農園、お散歩コースなども検索できるようにした。
▲越谷デジタルマップ ※Webサイトはこちら
「自治体や商店街のホームページは無数にあるが、必ずしもうまく機能していない。それは地域住民がその制作に参画していないからではないか。住民参加型のWebコンテンツ制作を通して地域活性化に取り組みたい」
というのは、菊本さんの一貫したモチーフ。新潟県魚沼市の限界集落に何度も通い、おじいちゃん、おばあちゃんたちを巻き込んで、Web制作ワークショップを開いたこともある。
▲新潟県魚沼市横根集落で行ったワークショップ ※写真提供:渡邉英徳准教授
「なかには光回線を引いて、タブレット端末を操るITおじいちゃんもいましたが、一人だけでは限界があります。その方をキーパーソンに、私たち学生が支援することで、地域の人たちのやる気を広げていきました」
支援のツボは、まず地域に溶け込むこと。祭りの飾り付けを手伝い、一緒に酒を飲んだ。 「そのたびに、うちの村に嫁に来ないかって言われるんです(笑)。地域の活性化のためには人を増やすことが欠かせない、そのためには嫁を、という発想なんですが、その前に地域の人たちが自分たちの力で情報を外に発信することが大切」
▲新潟県魚沼市横根集落で行ったワークショップ ※写真提供:渡邉英徳准教授
誰もが取り組めるように、マッピングシステムのUIを簡略化したことも奏功した。孫たちの撮った写真をおじいちゃんたちがWebに仕立てる。「おじいちゃん、こんなの作れるんだ」という声に励まされ、3世代間の連携も深まったという。
菊本さんは卒業後、リクルートへの就職が決まっている。「企業の力を活かして、もっと大きな規模で地域活性化事業に取り組めたらいいなと思います」。
Google Earthアプリ開発力を武器に、地域課題の解決へ
「Google Earthに異なる視点の情報を加えることで、数多くの情報を可視化する」というのは、渡邉准教授が永年取り組んで来た研究テーマ。それはいま、研究室の基盤ツールとなり、学生たちの創意工夫でさまざまな発展を見せている。
高田さん、菊本さんと同様、学部4年生の早川聖奈さんも、GoogleEarthを使いこなして、新たな発見を得ようとする一人。早川さんは横浜市の生まれ育ち。ただ、住民でも以外と地元のことを知らなかったり、市外の人の横浜のイメージも有名観光地などに限られている。
▲首都大学東京 ネットワークデザインスタジオ 学部4年 早川聖奈さん
そのことに気づいたのは、「LOCAL GOOD YOKOHAMA」のプロジェクトに参画してからだ。地域NPOが主体になり、横浜市政策局や企業が支援する、横浜の地域課題プラットフォーム。MA10では、オープンデータ部門の試作部門賞を受賞した。
早川さんは、このサイト構築にあたって、GoogleEarthを使い、子育て、高齢化、社会インフラなど地域のさまざまな課題を「見える化」する「Earth View」の開発を担った。インタビューを通して得られた街の人の声が顔写真付きでマッピングされている。あるいは、位置情報・ハッシュタグ付きのジオツィートをマッピングすることで、地域に密接に関連する課題を可視化する。
▲LOCAL GOOD YOKOHAMA ※Webサイトはこちら
「横浜といっても“みなとみらい”のキラキラしたところだけではない。子育て、高齢化、社会インフラなどいろんな生活課題を抱えているということがわかります。これからは、ガイドブックには載っていない地域の名店やスポットを地図上で誰もが発信できるように、システムを拡張していきます」
次々生まれるギーク女子たち。発想が世界を変えていく
最後に、ギーク女子を目指す予備群たちの作品も紹介しよう。学部3年の渡邉杏奈さん、山口瑠衣さん、東山琳々子さんのグループが開発した2つのダイエットアプリは、MA10で「Geek Girls部門賞 プログラミング未経験女子部門」を獲得した。
▲首都大学東京 ネットワークデザインスタジオ 学部3年 渡邉杏奈さん(右)、山口瑠衣さん(左)
「ほかのグループはハッカー系の男子などが参加して、それなりに作り込んでいるんですが、私たちはほぼ初めてのプログラミング経験。それでも、APIを使ってなんとかアプリが書けました。できることは少ないけれど、ダイエットしたい女の子の気持ちに等身大で寄り添ったことがよかったと思います」と、渡邉さんは振り返る。
痩せたいけど、無理はしたくない。痩せたいけど、少しずつで良い──そんな女の子にぴったりなのが「ゆるエット」。本気で痩せたい、少しの我慢も努力もするから絶対痩せたい子には「ガチエット」と、周到な二段構え。カメラをかざすことで近くの痩せるスポットをすぐに知ることができるAR機能もつけて、初心者とは思えない完成度だ。
「渡邉さんは、開発ができないわりに妥協せず、ギリギリまで詰めてくるタイプ」と渡邉准教授は彼女の仕事ぶりを評する。
もともとイラストやデザインが好きだった渡邉さんは、MA受賞を機にネットワークやプログラミングの勉強にも精を出すようになった。デザインとテクノロジーの両方のスキルが備われば、鬼に金棒だ。
▲渡邉杏奈さんポートフォリオより ※Webサイトはこちら
恐るべし首都大学東京のギーク女子たち。彼女たちが自らの生活実感をベースに、Webやアプリで世の中の課題を解決する姿を早く見たいものだ。
──次回は、彼女たちの師・渡邉英徳准教授インタビュー記事を紹介します。
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