ある卵巣がん患者配偶者の記録

2015年1月に診断・手術

卵巣ガンについて総括

さて今回の件を通じて、いろいろなことを学んできたわけですが、ひとまず卵巣ガンという病気について整理しておきます。

10数冊の本とネット上の情報、論文、ブログなどを読み漁った範囲では、卵巣ガンと診断をうけた患者がまず最初に読むべきものはこちら。

心配しないでいいですよ再発・転移卵巣がん

心配しないでいいですよ再発・転移卵巣がん

再発・転移と表題にはあるものの、初期と診断を受けた人や、良性の病変があって経過観察になっている人こそ知っておくべき内容のほうが多いです。

この本は、有名ながん研有明病院の副院長兼婦人科部長である瀧澤医師の口述筆記によるもので、臨床的な視点から卵巣ガンにまつわるあらゆることがわかりやすく書かれているので、まずは絶対に読むべき一冊として太鼓判を押せます。医師の説明をきいてもよくわからなかった疑問が、ほとんど全てこの本で解消しました。

私の場合、手術が終わってから入手したのですが、それまでに頑張って自力で調べたり推論したりしていたことの答えのほとんどがここに書いてあり、もっと早く手に入れていれば。。。と思いました。

次に絶対におさえておきたいのが、日本婦人科腫瘍学会の治療ガイドライン。婦人科腫瘍の専門医は、原則としてこのガイドラインに従った治療を行うので、どのような場合にどうなるのか、という医師の視点を知っておくのは重要です。卵巣がんだけでなく、子宮頸がんや子宮体がんについても扱っています。

本来は医者向けにかかれたものなので、最初は難しそうに思えますが、慣れてくるとむしろ情報量の少なさと治療方針が決まるアルゴリズムの単純さのほうが気になってきて、参考文献の原典をあたるようになるでしょう。それら文献の信用度もレベル表記されており、リンク集としても役立ちます。

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たとえば、妻のケースで気になったのは、リンパ節を郭清する意義についてです。

闘病ブログなどを見ていると、医師のすすめるままに実行している人の話しかでてこず、「すすめられたが断った」というような事例はほぼ皆無でした。AskDoctorsという医療Q&Aサイトに加入して調べてみても、やはり出てきません。そこで、標準ガイドラインにあたってみたところ、そこに書かれていたのは

後腹膜リンパ節(骨盤・傍大動脈)郭清(生検)の範囲は骨盤リンパ節と左腎静脈の高さまでの傍大動脈リンパ節である

1) 正確な進行期を知るうえで、その診断的意義は確立されている。

2) 治療的な意義は必ずしも確立されていない。

ということでした。ここで、「治療的な意義は必ずしも確立されていない」と書かれていることには、正直驚きました。事実、アメリカではほとんどリンパ節の郭清は行わないのが標準となってきているようです。つまり、同じデータを見ていても、立場が異なる医師と患者では違う結論を導き出しうる、ということです。進行期を正確に知ることを主目的としてリンパ節を全部とる、というのは、率直にいって患者視点ではなく医療データ収集視点だと感じたし、やりたくないと感じました。

私たちの場合、がんという病気について調べれば調べるほど、必要以上に怖がる必要はないものだ、と考えるに至りました。

あらゆる病気には、原因と結果があります。とくにガンのような生活習慣病の場合にはなおさらです。

妻の場合には、10年以上前から子宮内膜症による卵巣嚢腫がありました。当時は子宮筋腫だと診断されていたのですが、今回のことから振り返るに、これはおそらく誤診だったのでしょう。卵巣嚢腫にせよ子宮筋腫にせよ、大きさが3cm程度にとどまっているうちは良性と考えられているので、いずれにしても経過観察となっていたはずです。

しかし最近になって、子宮内膜症から発生した卵巣チョコレート嚢腫を長年放置しておくと、血液に含まれる鉄分が蓄積してフリーラジカルが周辺の細胞の遺伝子に継続的なストレスを与え続けるため、5-10%の確率でガン化することがわかってきました。妻の場合は、まさにこのケースでしょう。そして10年間、大きくなることもなかった嚢腫が、1年前にアメリカの居酒屋で仕事をはじめてからの不規則な生活(14時から22時まで)と偏った食事(夜遅くに帰ってきてからあまり食べたくないのでヨーグルトと炭酸飲料ばかりだった)で免疫力が低下し、ガンが進行してしまったのでしょう。さらに、冷え性体質なのに暑い夏だからといって冷房の効いた部屋に薄着でいたのも良くなかったと思います。アイスクリームもよく食べていたようです。

こうして改めてみると、ガンのリスクを高めるといわれているあらゆる悪い生活習慣がこの期間、集中していました。

逆に言えば、これからはこうした点に気をつけていけば、再発は防げる可能性が高いと思っています。幸い今回のケースは1期でもあり、術後に視認可能な残存腫瘍は残っていないので、あるとすれば微小ガン細胞が体内のどこかにある程度でしょう。しかし、ガン細胞というのはいわゆる健常者でも一日あたり数千個ぐらいは生まれていて、それをp53遺伝子などの働きで抑制しているわけですから、もはや健常者との違いはないともいえます。

今の検査技術で画像的にみつけられるガンといえば5mm程度が検出限界ですが、このサイズになるまでにはすでに(細胞種にもよりますが)5-10年ぐらいの時間がかかっています。つまり、現在の医療技術ではみつけられていないだけの「ガン予備軍」状態の人は、実際問題として相当いるはずです。日本で全人口の1/2がガンになり1/3がガンで亡くなると言われている現在、40歳ぐらいになれば本気で全身検査すればどこかに何らかのガンやガンの前駆症状が見つかる可能性は誰にでもあるわけです。

もちろん、ガン細胞がこんなに大きく(腫瘍径1cmで細胞10億個、アポトーシスなしと仮定するとダブリング30回分相当)なるまで免疫をくぐり抜けたということは、免疫系に非自己(つまり敵)として認識されない状況が長く続いたということでもあるのでしょうし、発病したという実績がある以上、再発のリスクは明らかに健常者よりも高いでしょう。しかし、人生において狼狽しているときや恐怖を感じているときに行った意思決定はたいてい後悔することになるというのも経験則として学んできているので、必要以上におそれることなく、冷静な見極めをしていくことが大切だと考えます。

そんなわけで、今後はガンを「正しく恐れる」ことを主軸に、将来の人生設計を考えていこうと思っています。

まず、診断を受けた1月5日以降、うちの両親含めて家族全員で、食生活を大きく見直しました。主に参考にしたのは済陽式食事療法で、毎朝スロージューサーで絞った人参やリンゴを中心とした新鮮な野菜ジュースを飲む、白米をやめて玄米や雑穀米に切り替える(実をいうと私たち夫婦はすでに以前から玄米食でしたが)、牛や豚などの四足の肉を食べないで魚と鶏のみ少量たべる、塩分を控えめにする、お菓子や清涼飲料水などは一切断つ、有機野菜を中心として農薬や添加物などの化学物質の摂取を避ける、もちろん加工食品も避ける、ごま油・オリーブオイル・ココナッツオイル以外の油を使わない、乳製品は少量のヨーグルトのみ、サプリメントエビオス錠。。。など、実行しやすく続けられるものを試行錯誤しています。

そして何よりも、全体的に食べる絶対量を減らす。夕食のあと寝るまで何も口にしない。これらは、ガン対策というだけでなく、誰にとっても健康によいことなので、一緒に続けられます。事実、この食生活になってから、父親が長年悩まされ慢性化していた逆流性食道炎が完治したり、体重が絞れたり、明らかに良い結果がでてきています。

また、時間をみつけては軽い体操をしたり、近所の山を1時間ぐらいかけて登ったり、まだ術後の傷があるので可能な範囲で運動をするようにしています。

そして、冷え性対策には鍼灸院に通いはじめたり、メディキュットの弾性ストッキングを履くようにして血行の改善に努めています。

これらの努力の総合で、便秘もなおったり、体温も高まったりと、明らかに妻がこれまでになく健康体になってきているのがわかります。また、予想外の良い副作用というべきか、患側卵巣をとったことで子宮内膜症もなおってしまったらしく、20年来悩まされていた生理痛がほとんどなくなったようです。あんなに大きな手術をした後なのに、ほとんど予定通りに生理がきて、一個になってしまった卵巣が二個分がんばってるんだと思うと、不思議な感じがします。

アメリカに戻ってからも同じように健康的な生活を継続することで、二度とガンが戻ってこないような体質を作り上げていきたいと思います。

以下、参考までに、個人的に読んでよかった本をリストしておきます。

がんに効く生活―克服した医師の自分でできる「統合医療」

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がんが自然に消えていくセルフケア ―毎日の生活で簡単にできる20の実践法

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がん 生と死の謎に挑む

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病気にならない生き方 -ミラクル・エンザイムが寿命を決める-

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がん研有明病院で今起きている漢方によるがん治療の奇蹟

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名医に聞く あきらめないがん治療

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  • 作者: 田口淳一,あきらめないがん治療ネットワーク
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  • 発売日: 2014/07/25
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ガンがゆっくり消えていく  再発・転移を防ぐ17の戦略

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私のがんを治した毎日の献立

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最後の診察

いよいよ最終日。

朝から採血をし、結果が出る頃までしばらくカフェテリアで仕事をしたのち外来受付へ。

今年に入ってから入院と外来で長い時間をすごしたこの病院とも、いよいよ今日でいったんお別れ。

腫瘍マーカーの数字、綺麗に下がってきてます。CA19-9だけ39で基準値の37を少しだけ超えてますが、もうこれは正常化したといってよいでしょう。他の数値はすべて陰性化しました」

たしかに計測するたびに順調に下がってきていて、CA125は15、AFPは4、LDHは133と、すべて正常値になっている。

「紹介状、バタバタしてる中で急いで書いたのですが、一応最後にスペルチェックぐらいしておきますか。。。」

目の前でポチポチとWordのスペルチェックをかけていくH医師。どうも診察室のパソコンに医療辞書が入ってないらしく、teratomaやimmunohistostainやendometrioid adenocarcinomaなどといった単語でいちいち赤い波線が出てくるのを無視していく。まさか英文で紹介状を書いてもらえるとは思っていなかったので、ほんとうにありがたかった。

「この病院にはレターヘッドすらないんですよ。欧米のスタンダードからすればちょっと恥ずかしいですよね。このままプリントアウトするのでもいいですか?」

「もちろん問題ありません!アメリカ人はそういうところにはこだわるかも知れませんが、逆に紙質は日本のほうがいいですから(キリッ)」

「それでは、一緒に検査の映像データもDVDで出しておきましょう」

「フォーマットはDICOMで出してもらうことはできますか?」

画像はJPEGとDICOMが選べるようなのだが、DICOMのほうが情報量が多くDICOM→JPEGの抽出はできるが逆はできないことぐらいは知っていたので、そちらを希望した。

「それと、今さらながら気になってきたのですが、パップスメアやマンモグラフィーをしばらくやってないので、それも先生にやっていただくことは可能でしょうか?」

「気になるなら今やってもいいのですが、生理中だとできませんね。でも今回いろいろ見てきてますけど、すくなくとも明らかな子宮頸がんの兆候はないと思います。マンモはねぇ。。日本だと保険適用じゃないんですが、やりますか?検査室の予約が必要になりますが。そもそも、アメリカでも検査の間隔はあけていく流れですし、あまり気になさらなくていいと思いますよ」

そこまできいて、半年後に検査をするときに考えればいいかも。。。という気がしてきたのだった。

本日で、最初にガン告知を受けてからちょうど2ヶ月。

当初は絶望感に打ちのめされて一体どうなることかと思ったが、ガンという病気に対する理解を深めるにつれて恐怖感はなくなっていき、今では生活を改めよという体からのメッセージだったのだと、むしろポジティブにとらえることすらできるようになっている。

実質的な治療行為が行われたのは一度の手術だけで、その後は抗がん剤も追加手術もなく経過観察でいくという選択をしたのだが、それが臨床的にも許容される程度の悪性度であった(しかも2種類のガン細胞の合併であったのに)ということも、不幸中の幸いだったとしかいいようがない。

しかし、ガンは本来的には生活習慣病だから、本当の勝負はこれから。

食事、冷え、運動、ストレスなどを総合的に見直して、今後の一生を健康的な生活に切り替えていかなければ。

PET-CT

久々の外来は朝一番でPET-CTの撮影。

数日前、前回やってから2ヶ月しか経ってないので被曝量のことが気になってきたので、病院に電話してH医師に伝言を残し、この検査の目的と被曝量のことについて問い合わせていた。回答としては、手術前の映像はあるので手術後の状態を記録として残しておき、前後で比較できるようにしておくことが目的で、被曝量もとくに問題にならない、とのことだった。

検査に2時間ほどかかるので、私はその間、カフェテリアで仕事。Macさえあればどこでもできる仕事で本当に助かっている。

結果が出る頃に外来受付にもどり、診察室へ。

「検査の結果でました。全体的にみてとくに問題ないとは思うのですが、胃のところに集積してますね。胃炎かなにかありますか?」

「いえ、とくに何もないです」

たしかに、見てみると胃の部分がかなり広範囲に光っている。脳や腎臓に集積するのは普通だが、胃に集まるというのはあまりないようだ。H医師は苦笑いしながら

「まぁ、何もないとは思いますが。。。一応こういう場合には、胃カメラでも飲んでみたら、ということになってます。まぁ気にしなくていいと思いますけどね」

「最近、妻の食欲がすごくて、すぐにお腹がすくんですが、今朝も検査のために朝食を抜いてきたのが影響してますかねぇ」

「そういうこともあるかも知れませんね」

胃だけでなく唾液腺のあたりも光っているとのことなので、おそらく空腹が原因ではないかという気がする。。。とは思ったが、こういうところで食い下がってH医師の時間を浪費したくないので、あとで自分で調べようと考えて、映像を目に焼き付けておく。

ちなみに、後で調べてみてわかったことだが、やはり(個人差が大きいものの)胃は生理的なFDG集積が起こりやすいらしく、診断の妨げになるので胃酸を抑制する薬を飲ませたりする場合もあるらしい。やっぱり腹が減ってたからだね、というと妻は安心したような恥ずかしいような微妙な苦笑いをみせた。

そして画像はどんどん移動していき、骨盤部へ。

「子宮内膜にも集積しています。これは生理によるものでしょう。ちょっと気になっていた、卵巣と子宮の癒着を切り離した断端の部位にも何もうつっていません。きれいですね」

手術から2ヶ月という短い期間でPET-CTにうつるような病変があれば、それは手術で取りきれなかった部位ということになるので、何もうつってないということは、ひとまず5mm以上の大きさで分裂の活発な腫瘍の取り残しはないということで、ほっとした。

「では、明々後日の腫瘍マーカー検査で、ひとまず今回の経過観察についてはいったん終わりということでよろしいでしょう。これからアメリカへの帰国準備をされますか?あちらで病院にかかれるように紹介状を書いておきましょう。実は明日も明後日も手術があるのでバタバタしてますが、時間をみつけて書いておきますね。マーカーの検査オーダーぐらいなら、婦人科の専門医でなくても、ジェネラルプラクティショナー(総合医)でも大丈夫でしょう。専門医にかかるとなると日本と違ってコスト面もだいぶ違ってくるでしょうし。2-3ヶ月に1度でいいと思いますので、この4つのマーカーを継続してモニタリングしていきましょう」

「助かります!一応、半年に一度ぐらいは日本に帰ってきて、こちらで先生に継続して診ていただきたいと思っていますので、そのときにCTなどをとっていけばいいでしょうか」

「そうですね、それがいいと思います」

次回は明々後日、最後の診察。

子宮内膜症

今回のことで学んだことのひとつ、子宮内膜症

妻は、20代の頃から生理痛が強かった。場合によっては、下腹部だけでなく、腰痛や頭痛もあった。

とはいえ、生理痛というのは多かれ少なかれ誰にでもあるものだと思っていたし、この程度は個人差にすぎないと思っていた。

しかし、結果的にいうと、この生理痛は子宮内膜症によるものだった。

なぜそれが断言できるかというと、卵巣を摘出したあと予定通りきた最初の生理で、痛みがまったくと言ってよいほどなかったからだ。

生理痛というのは、基本的には子宮で増殖して分厚くなった内膜がはがれおちるときに内膜細胞から分泌されるプロスタグランジンによる痛みだといわれている。このプロスタグランジンが子宮の筋肉に働きかけ子宮を収縮させるが、これは月経時の血液の排泄に必要な作用である。ところがこのプロスタグランジンの産生が過剰になると、子宮が過剰収縮して流れ込む血液が減り、子宮の筋肉が酸欠状態となり、その筋肉からの悲鳴として疼痛という症状が引き起こされる。 これを虚血性疼痛という。

一方、子宮内膜症というのは、本来ならば子宮の内部にだけ存在する内膜が、何らかの理由で子宮以外の場所にできてしまう病気だ。この子宮以外の場所にできた子宮内膜も、エストロゲンの影響を受けて本来の子宮と同じ周期で増殖・剥離を繰り返す。また過剰に産生されたプロスタグランジンは体循環にも流れ込み、消化器症状や頭痛などの症状も引き起こす。したがって、痛みを引き起こす因子の総量も増えていくというわけだ。

子宮内膜症が発生するメカニズムとしては、月経時に剥がれ落ちた子宮内膜のうち体外に出ることができなかった一部が、卵管を逆流して卵巣や腹部臓器に達して定着してしまい、増殖するという説が有力視されている。

また、意外と知られていない事実として、卵管の先っぽのラッパのように広がった卵管采、これは普段は卵巣と接触しておらず、排卵が近づくと卵巣のほうへどんどん伸びていって、卵胞とドッキングして内部の卵子をキャッチする。

このため、卵管を逆流してきた血液と子宮内膜の細胞は、卵巣の中に入り込めばチョコレート嚢腫を形成するし、卵管采からこぼれて腹腔内に落ちれば子宮の外側であるダグラス窩や直腸などにはりついてしまい、癒着を起こしたりする。このいずれも、妻の体内で起きていたことだった。

つまり、卵管を逆流した細胞が大腸まで到達できるということは、実は閉じた体内だと思っていた腹腔という空間は、解剖学的にいえば卵管・子宮・膣を経由して外界に対して開かれているということになる。この「外界との交通性」を逆手にとって検査につかうことも実際に行われている。

たかが生理痛、されど生理痛。

こうした背景がわかってくればくるほど、あらためて人体の神秘のようなものに嘆息せざるをえない。

確定診断

二度の空振りを経験したあと、この日にいよいよ病理確定。

この日は、保険適用にならないが病院持ちでマーカーの検査も追加。数値は順調に低下していた。

詳細に追加で検査をしてもらったが、結局その後も悪い成分が出てくることもなく、最終的な診断は「ステージ1aの類内膜腺癌グレード1+未熟奇形腫グレード1」となった。

つまり、手術からほぼ一ヶ月たった今になるまで、確定診断がつかなかったということだ。

それだけ卵巣ガンというのは診断をつけるのが難しい病気ということになる。

「未熟奇形腫のほうは境界悪性ということで、抗がん剤の適用にはなりません。しかし、類内膜腺癌のほう、こちらは悪性腫瘍ということになりますから、やはり再手術を行って、リンパ節と大網をきっちりとっていくというのが標準術式ですし、そうするのがいいと思います」

最終診断がついたことで、これまで切り出せなかった話をいよいよ切り出した。

「先生、その件についてなんですが。。。私達は、この期間ずっと卵巣ガンについて勉強してきて、いろいろと考えてきていたのですが、今回は追加治療なしの経過観察ということでお願いできないでしょうか。もちろん、再発のリスクなどが高くなることは承知の上です」

H医師は、私の話を黙って聞いていた。そしておもむろに、

「わかりました。ご本人がそのように希望されるのであれば、厳重フォローアップということにいたしましょう」

医師のすすめる治療方針に異を唱えるというのは、勇気がいる。内心、どのようなリアクションがかえってくるのか、心配でならなかった。しかし、H医師は私たちの考えに理解を示してくれた。

妻が口を開いた。

「先生、私は、悪くなった部分を手術でとるのは仕方ないと思っていますが、悪いと確定してない部分まで予防的にとるというのはやりたくないんです」

「わかりました。では、次回にPET-CTだけやっておきましょう。それで何もなければ今後は経過観察ということでいいでしょう」

さらに続けて、

「今のままでも、かなりの確率で再発なしでやっていける可能性はあると思います。だから、あまり心配はなさらなくてもいいですよ。しかし、婦人科悪性腫瘍の専門医としては、ほんの少しでも確率が違ってくるのなら、その方法をご案内するというのが私達の考え方なのです」

経過観察という方針が決まれば決まったで、不安をあおるようなことを言わずに安心させてくれるH医師を信頼してやってきて、本当に良かったと思った。

次回は3月2日。

腫瘍マーカーとPET-CTの予約を入れようとしたが、採血をそれよりも前の時間に入れることができなかったため、この日はPET-CTだけをとることに。

二度目の外来

今度こそ病理検査の結果が出ているだろう、とドキドキしながらの外来。

しかし、まさかの、またしても空振り。。。

「すいませーん、まだ結果出てないです。今のところ悪い成分は出てきてないのですが、もし小さなものでも見逃しがあると大変なので、切片を追加して病理の先生にじっくり見ていってもらっています」

この時点までに出てきた組織型は、2つ。

  • 未熟奇形腫グレード1(境界悪性)
  • 類内膜腺癌グレード1

つまり、胚細胞腫瘍と上皮性卵巣癌の合併という、極めて稀なケースだった。今のところ、いずれも悪性度は低い。

しかし、未熟奇形腫でここまでAFPが高値になることはあまりないらしく、悪性度の高い卵黄嚢腫瘍や肉腫のような悪性度の高い成分の見逃しがないように、免疫染色を追加してより詳細にみていってくれているとのこと。

卵巣ガンは増加傾向にあるといわれてはいるが、それでも例数は多くないうえに、上皮細胞と間質細胞、卵細胞の周囲をとりまく間質細胞、卵細胞自身、卵細胞を結合する細胞などの多様な細胞腫があり、これらから生まれる20種類以上もの腫瘍分類があるために、熟練の婦人科医でもこの全てが頭に入っていることはまずないという。

だからこそ、研究者としての側面もある病理医には卵巣ガンというのはやりがいがある対象で、とくに複数組織型の合併というのは詳しく見ていく価値があると思われたのかもしれないと想像した。いずれにせよ、ありがたい話ではある。

今度こそ空振りにならないようにということで、次回は余裕をもって一週間後となった。

退院後最初の外来

卵巣ガンは、病理検査の結果がすべてといっても過言ではない。

それ次第で、今後の治療方針が大きく変わってくる。

2月に入ったので、月に一度の保険適用で腫瘍マーカー検査ができる日となり、採血あり。

ドキドキしながら診察室に入るなりH医師は話し始めた。

半減期が長いのでまだ正常値ではありませんが、マーカーの数値はどれも順調に下がってきてますね。ただ、残念ながらまだ病理の結果が出ていません」

腫瘍マーカーの値が下がってきているときいて、ほっとした。手術のあとで大きく数値が下がっているということは、少なくとも数値が上がっていたのは擬陽性ではなく、病巣部がもたらしていた可能性が高い。つまり、手術がきっちり奏功しているし、今後も腫瘍マーカーを追跡していけば再発なども予測がしやすくなる、ということを示唆している。

その後、術後はじめての内診。

「きれいになってますね。腹水もないし、何も問題ありません」

それから触診。診察台に横になって、傷口をみてもらう。これも問題なし。

しかし、病理検査の結果が出なかったということで、メインの目的については空振りに終わってしまった。

次は3日後の木曜日に予約を入れた。ちょうど手術から3週間後となるので、さすがに結果が出ているだろうという見込みだ。