(テーマ音楽)・「暮れなずむ町の光と影の中」草刈さんどうしたんですか?うん?いやあのね僕の姪が今年大学を卒業するんですよ。
それでね卒業式の服をプレゼントしようと思いましてね。
今日はスタイリスト草刈。
ウフフ…。
う〜ん卒業式にはちょっと地味すぎませんか?でも学業を修めたセレモニーでしょ?これくらい勤勉で誠実じゃないと恩師に礼を尽くせないでしょ。
もっと華やかでちゃんと礼を尽くした衣装があるじゃないですか。
3月。
旅立ちの季節。
卒業式といえば女性たちの袴姿ですよね。
思い思いのコーディネートで晴れの日を迎えます。
きりっとりりしい袴に上はかわいらしい着物。
手元には西洋風のビーズのバッグ。
胸高に着付けた袴の足元はそうブーツ。
若々しくてちょっとおてんばなイメージがありますね。
でも一方で女性の袴姿にはこんな優美な一面も。
巫女による神楽舞です。
女性らしいといいましょうか…舞も基本的にはそこにあるんだろうと思うんですね。
袴は女性に日常とは違う何かを感じさせるようです。
女子学生の袴姿が生まれたのは明治のはじめ。
女性が学校に通うようになり制服として用いられました。
現在の卒業式ファッションはここにルーツがあったんですね。
なぜ明治の女性たちの制服を卒業式に着るようになったのでしょうか。
若々しい華やかさと清らかさが同居する袴姿。
今日は「卒業式の着物」の美に迫ります。
袴の女性といえば大人気漫画「はいからさんが通る」。
時は大正。
主人公は花村紅緒です。
袴をはいて颯爽と自転車に乗り男勝りに竹刀を振り回します。
自由で快活な紅緒は西洋気どりの「はいからさん」。
そして当世はやりの「女学生」でした。
明治維新を機に女性にも進学の道が開かれます。
机・椅子の生活に着物では裾の乱れが気になります。
そこで採用されたのが袴。
女学生たちは袴を身につけ体育などの近代的教育も受けるようになります。
とはいえ明治30年を過ぎても女学生の数はおよそ1万人。
その稀少さゆえに袴姿は世の注目を集めました。
袴姿の女学生。
彼女たちは洗練されたファッションと一緒に新しいイメージをまとっていました。
それはこれからの時代の女性の生き方を象徴するものでした。
今日最初の「壺」は…卒業式ではく袴には特徴があります。
着物店で働く佐藤恭子さんに袴の着付けを見せていただきました。
袴の下には通常の着物を着ますがおはしょりを多く取り裾を短く着付けます。
こうすることで足がより動かしやすくなります。
いちばんの特徴はこの形。
足が左右に分かれておらずスカート状になっているんです。
前身頃を胸高に着付け若々しさを演出します。
後ろ身頃で帯を隠しぽっこりかわいらしいシルエットに。
最後に紐をリボンに結んで完成。
女学生ならではの袴スタイルです。
実はこの女袴の誕生には意外な秘話がありました。
明治初期女学生はなんと男性用の袴をはいていたんです。
その姿は「醜く荒々しい」と世間の批判を浴びました。
当時男性にとっても袴は改まった場で身に着けるものというイメージがありました。
いわば男性の権威を象徴するものでもあったのです。
そんな男性の正装を女性が着ることに反発があったのか明治16年文部省が男袴の着用を禁止してしまいます。
通学服は再び着物に戻ります。
しかし数年後袴復活にある人物が立ち上がります。
当時創設されたばかりの「華族女学校」に教授として迎えられた…やっと女性が社会に出ていける時代になったのにここで着物になっては逆戻りと女性のための袴を考えました。
歌子には宮中で皇后に仕えていた経験がありました。
そこでは女官たちは袴が正装。
それも丈が短く動きやすいようになっていてまさに女学校にぴったり。
宮中でも女性は袴。
その正当性を根拠に女学生の袴姿を世間に認めさせようとしました。
着流しの着物は上下ひと続きなんですけれども昔から…これが当時歌子が考案したものに最も近い袴です。
プリーツを入れてスカート状にしより動きやすくしました。
色は宮中の未婚女性が身につける色に近い…歌子の熱い思いと女性ならではの工夫が生み出したこの袴は多くの人々の支持を集めました。
袴を身に着け新しい時代へと飛び立っていった明治の女性たち。
今卒業を迎える現代の女性たちも当時の女学生たちの思いを袴に感じ取っているのかもしれませんね。
(息を吹きかける音)ハイ出てきました。
これ母が着てた袴のセットなんです。
これを姪っ子風にアレンジしちゃいましょう。
ああこれかわいいなぁ。
バッチリじゃない?ああ袴もバッチリじゃん!これだけあれば活動的に動ける。
でも最近は花柄とか多いし…。
花柄ねぇ。
これちょっと地味かな。
いいえちっとも地味じゃないですよ。
その着物の柄とっても女性らしいものなんです。
へえ。
そうなの?袴に合わせる着物もおしゃれの重要なポイント。
シックな黒淡い花柄。
でも卒業式の定番中の定番といえばやっぱりこの…明治から大正にかけて女学生の間でも大流行した柄なんです。
着物スタイリストの…矢絣は矢羽根をモチーフにしたものだといいます。
羽魔矢とか弓矢の矢ですね。
男の子の端午の節句なんかによく出てくるものなんです。
古くから矢羽根の文様は男性の衣服に好んで用いられました。
これは豊臣秀吉が作らせた武士の胴服です。
矢羽根は武勇を重んじる尚武の象徴として武士に愛されたのです。
江戸時代になると大奥の女中が矢絣を身につけるようになります。
大奥に仕えることは江戸女性の憧れ。
矢絣はその象徴と考えられていました。
明治には女学生のアイテムとして定着します。
「矢はまっすぐ一直線に突き進む」そんな旅立ちの日にふさわしい吉祥の意味も込められています。
女性の中に文様として出てくるのがこういう矢絣。
皆さん喜ばれて着用されているものではないかと思いますね。
矢絣のやわらかさが女学生の心を射止めたのです。
今日二つ目の「壺」は…矢絣の優しさそこには織りの手法が大きく関わっています。
江戸時代から続く絣の名産地です。
古い工房のひとつを訪ねました。
ここに久留米絣の伝統を守る夫婦がいます。
妻の…夫の松枝哲哉さんは松枝家5代目の染織家。
30にもわたる工程をすべて手作業で行っています。
こちらは哲哉さんの祖父人間国宝松枝玉記さんの作品です。
麻の葉や朝顔を背景に大柄の矢が勢いよく織り出されています。
濃淡の色調を生かした斬新でやわらかなデザイン。
このやわらかさはどのようにして生まれるのでしょう。
まず糸を染める前に「括り」という作業をします。
矢絣の図案を元に麻の皮で括っていきます。
しっかりと縛ることで括った部分には染料が入りません。
こうして括った糸を染めます。
一本一本の糸がしっかりと染まるように繰り返し藍に浸します。
括りを外すと…。
その部分だけが染まらずくっきりと白く残ります。
糸を束にして染めるので一本一本の染まり具合が微妙に異なります。
この濃淡が独特のやわらかさにつながるのです。
1反の布に必要な糸の長さはおよそ14メートル。
隣合う糸の束を微妙にずらしながら矢の模様を形づくります。
いよいよ織りです。
縦糸の数はおよそ1,000本。
そこに横糸を一本一本通していきます。
織っていくうちに独特のカスレが表れてきました。
じんわりと染みるような色のグラデーション。
矢の模様がなんとも優雅に生まれ変わりました。
ですからプリントのような矢羽根ではなく絣としての矢羽根。
矢の形。
矢絣というのは絣の乱れが鋭く見せないですね。
やわらかいものに見せてくれる。
絣によって矢の形が男性的な鋭いものではなくなって…そこには日本人の美意識が流れているんではないでしょうか。
もともとは戦いの道具であった矢の模様。
男性的な勇ましさと女性的な優しさが同居します。
矢絣はこれから社会に旅立つ女性がまとうのに最もふさわしい文様だったのです。
あれないなぁ。
おかしいなぁ。
どうしました?何か探してるんですか?いやあの足袋とね草履がないんですよ。
足元はおしゃれの命なのに。
これしか入ってないんだけど。
ああ!お母様ブーツを合わせていたなんてハイカラさんだったんですね!へえ。
卒業式を前に着こなしのヒントをひとつ。
大正から昭和にかけて作られた「アンティーク着物」のファッションショーです。
注目を集めたのが卒業式ファッション。
茶色の袴に合わせるのは八重桜や小鳥が描かれた着物。
足元にはなんと現代のロリータ靴!アンティーク着物は現代のアイテムとも相性ぴったり!この着物が作られた大正時代それまで家庭を守っていた女性たちが外で働くようになります。
「職業婦人」の誕生です。
当時の女性たちも大胆な組み合わせで個性的なおしゃれを楽しんでいたんですよ。
こちらはあふれんばかりの椿模様の着物。
半衿には大胆なバラ。
頭には西洋風の髪飾り。
ショーを企画した…大正時代の少女たちの気持ちがよく分かるといいます。
女の子たちにとって思春期青春はあまりなかったと思うんですね。
15で働きに行ってしまう人もいて結婚してしまう人もいて…そこで本を読んだりみんなでおしゃべりしたりお出かけする時間が増えていって…少女雑誌もたくさん出ていてその中から私はこれが着たいっていう。
今の洋服とホントに同じだと思いますね。
女学生のハイカラファッションには彼女たちの夢が詰め込まれています。
今日最後の「壺」。
袴姿のルーツである女学生。
女学生が増えればもちろんおしゃれの関心も高まります。
彼女たちにはおしゃれのバイブルがありました。
高畠華宵や蕗谷虹児などの人気画家が表紙を飾る…甘くはかなげな女性の美を表現し圧倒的な人気を集めました。
こちらは華宵が描いた女性。
物思いにふける女学生は西洋のバラ模様を身に着けています。
一方パリに留学経験のある虹児はシックでモダンな女性を多く描きました。
着物も帯も羽織もすべて直線的な幾何学模様。
モダンでハイカラ。
彼らが描く華やかなファッションに当時の少女たちはおしゃれ心をくすぐられたのです。
着物の組み合わせってなかなか大変なもので半衿があり着物がありものすごくアイテムが多いわけなんですよね。
それらをどう組み合わせて着るかということはなかなか難問なんですけれども見る方としてもこういうとこにはこういう帯留め使うといいのねみたいな…こちらスズランの着物にバラの羽織の少女。
華宵は特に柄と柄色と色をあえてぶつけ合うのを得意としました。
華宵の世界を卒業式風にアレンジしてみましょう。
鮮やかなピンクの着物に清楚な茶色の袴。
胸元には大きなバラ。
袖には日本の伝統的な梅や撫子が咲き乱れます。
半衿にはポピーの花。
夢いっぱいの未来に向けて思いっきりロマンチックにしてみました。
手元には当時大流行したビーズのバッグ。
巾着に代わって女性の装いを彩りました。
着物だけでなく小物にも夢が広がります。
洋風の髪型に合わせて華やかな髪飾りが登場したのもこの頃。
女学生たちが自分自身の目で選び取った「カワイイ」ファッション。
そこには自由な空気があふれています。
卒業式の袴姿には大正時代の女性たちのロマンチックな遊び心が息づいていたのです。
・「卒業写真のあの人は」ああ我ながらいい出来ですね〜。
自立する意気込みとおしゃれ心のマッチング。
なんとレトロでおしゃれなんでしょう。
ねぇ。
・きっとね・姪っ子からの催促です。
はいもしもし。
卒業式の服コーディネートしたから見においで。
・「おじさまごめんなさい!」・「卒業式やめて卒業旅行にする!」そうなの?
(通話切れる音)…あはい。
はぁ。
2015/03/08(日) 23:00〜23:30
NHKEテレ1大阪
美の壺・選「卒業式の着物」[字]
身近なテーマを中心に、美術鑑賞を3つのツボでわかりやすく指南する新感覚美術番組。今回は「卒業式の着物」。案内役:草刈正雄
詳細情報
番組内容
卒業式といえば女子大生の袴(はかま)姿!華やかな着物に清楚な袴を合わせた、モダン香り立つ独特の美だ。袴と着物の組合せは明治が起源「女学生」の制服に始まる。江戸時代に男が履いていた袴が女学生の制服になるまでには歴史秘話があった。また男の着物柄だった矢絣(がすり)に込められた意味とは?そして大正ロマン着物が、現代の卒業式ファッションでも活躍!女性たちの旅立ちの日にふさわしい「卒業式の着物」の美に迫る。
出演者
【出演】草刈正雄,【語り】礒野佑子
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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