0地球ドラマチック「帰ってきた 珍鳥ヤツガシラ〜アルプスを越えて〜」 2015.03.09


青く澄んだ海地中海。
長い歴史の中で交易路として栄え文明の盛衰を見つめてきました。
今小さな鳥が地中海を渡っていきます。
太古の記憶を受け継ぐように先祖が進んだ道をたどっているのです。
この鳥は毎年春になると繁殖のためアフリカからヨーロッパまで8,000kmを旅します。
長くつらい旅です。
ジブラルタル海峡を越えてスペインに渡りそこから北に向かう鳥もいます。
しかしこの鳥はより困難なルートを選びました。
最も高いハードルヨーロッパ最大の山脈アルプスを越えるのです。
鳥の名はヤツガシラ。
高度3,000mの空を飛びアルプスの山頂を越えて中央ヨーロッパを目指します。
アルプスを越えると更に北に向かいます。
目的地はオーストリア北東部。
ドナウ川流域に広がる田園地帯です。
ここはヤツガシラの繁殖地。
毎年生まれた場所に戻ってくるのです。
かつてオーストリアでは多くのヤツガシラが生息していました。
しかし今環境の変化によって絶滅が危惧されています。
オーストリア最後の生息地と言われる地域でのオーストリア北東部のバーグラム地方です。
ワイン造りが盛んです。
深い森に覆われていたこの土地を人々は長い年月をかけて切り開きブドウ畑や農園を作ってきました。
更に農業技術の発達によってこの50年余りの間に風景は大きく変わりました。
バーグラム地方の土地は大規模な農地に生まれ変わったのです。
整然と手入れされた畑ではブドウなどの作物が育てられています。
1950年代までヤツガシラはヨーロッパ各地に生息するごく普通の鳥でした。
しかし農業の近代化が進む中でヤツガシラの繁殖地は激減。
オーストリアでは今最も絶滅が危ぶまれています。
ヤツガシラは昔から農家の納屋に巣を作っていました。
しかし今こうした納屋は姿を消しつつあります。
巣作りに使われるブドウの木を支える支柱や枯れて朽ちかけた木の穴なども同じです。
木は枯れたらすぐに切り倒され支柱は木製から金属製に変わったからです。
更に農薬が虫などのヤツガシラの食料を奪っています。
ヤツガシラが巣を作る場所も食料も大幅に減っているのです。
ヤツガシラはこのまま姿を消してしまうのでしょうか。
あれは…メスのヤツガシラ。
さっきから求愛されるのを待っている。
だがいくら待ってもオスの鳴き声は聞こえない。
私が求愛するふりをすれば恐らくライバルが現れるだろう。
人間と同じだ。
ヤツガシラは求愛する時3回続けて鳴く。
(ヤツガシラの鳴きまね)ほら。
オスがやって来た。
強いオスは4回続けて鳴く事もある。
でもここは相手を立てないと。
(鳴きまね)メスは心を決めたらしい。
どうやらうまくいったようだ。
交尾を終えるとメスは巣箱の中に入ります。
この地域にはヤツガシラの巣箱がたくさんあります。
大工のマンフレート・エッケンフェルナーは幼い頃にヤツガシラに魅せられました。
マンフレートはヤツガシラを呼び戻すには巣箱を置くのが一番だと考えています。
しかしどんなものでもいいわけではありません。
入り口の穴が大きすぎると天敵が入ってしまう。
小さすぎるとスズメの巣だ。
位置が高すぎてもうまくいかない。
マンフレートはこの10年で400個以上の巣箱を取り付けました。
おかげでこの地域に生息するヤツガシラの数は回復しつつあります。
ヤツガシラの行動を詳しく知るためマンフレートはいくつかの巣箱にカメラを設置しています。
数千時間分の映像を見た。
だから私には何が起きるかは大体分かる。
このメスは木をバラバラにして柔らかい寝床を用意している。
6日以内に最初の卵が生まれるだろう。
今バーグラム地方はヤツガシラの貴重な生息地です。
ヤツガシラの生息密度と繁殖率が他のどこよりも高いのです。
人が手を加えなければこの一帯には全く違った風景が広がっていたでしょう。
深い森が大地を覆っていたはずです。
ヤツガシラは深い森にはめったに近づきません。
開けた土地を好むからです。
ヤツガシラは人が切り開いた耕作地で繁殖します。
野生の草花や昆虫でいっぱいの草原は人の営みによって生み出されました。
かつてウシやヒツジが放牧されていた土地は現在農地になっています。
農地にいる昆虫はヤツガシラにとって大切な食料です。
ヤツガシラが生息するには人の力が必要なのです。
この地域では最近有機農法を行うワイン生産者が増えています。
ヤツガシラはいわゆる害虫を食べてくれるため歓迎されています。
カール・フリッチはブドウ畑のオーナーだ。
ヤツガシラが戻ってきてカールも喜んでいる。
害虫を食べ自然のバランスを保ってくれるからだ。
ヤツガシラが増えれば彼のブドウ畑はより自然な状態に近づくだろう。
カールはブドウ畑と地域の自然の両方を守っていくには有機農法を続ける事が大切だと考えています。
大きな鍋でイラクサを煮出します。
ブドウの木に与えると木の抵抗力が増し農薬を使わずにすむといいます。
カールは自然を理解するには全体を見る必要があると言う。
昔はバッタは農家にとって脅威だった。
でも今は違う。
バッタも自然の中で役割を果たしているからだ。
アブラムシを食べる事でブドウの木を守り自然のバランスを保ってくれている。
マンフレートはカールのブドウ畑にある古い納屋に巣箱を置く事にしました。
しかしここを気に入ったのはヤツガシラだけではありませんでした。
ヤツガシラは頭の上の羽根を広げ自分を大きく見せて敵に対抗します。
巣箱のあるじはヤツガシラに決まりました。
マンフレートがカメラでヤツガシラを観察しています。
この年は60以上のつがいが誕生しました。
巣箱に入ってから2週間。
メスが7つの卵を産みました。
メスは16日間ほとんど巣を出ないで卵を温め続けます。
卵は長く放置されるとかえりません。
子供たちの命は母親にかかっています。
ヤツガシラは一年のほとんどを単独で過ごします。
しかし繁殖の時だけはオスとメスが協力し合い新たな命を育みます。
オスが食料を持ってやって来ました。
卵を温めるメスに食料を運ぶのはオスの役割です。
すぐに次の食料を探しに行きます。
200mほど離れた巣箱には母親の姿がありません。
卵だけが残されています。
ブドウ畑の下草はヘビにとって格好の住みかです。
クスシヘビはヨーロッパに生息する最も大きなヘビの一つです。
大きいものは2mにもなります。
オーストリアでは絶滅の危機に瀕しています。
クスシヘビは巣箱にも簡単に侵入します。
クスシヘビはネズミやトカゲ鳥を獲物にしています。
卵ももちろん大好物です。
ヘビは口を大きく開けてヤツガシラの卵を丸飲みします。
かつてバーグラム地方は海に覆われていました。
やがて海は後退し砂地が残されました。
この地域には厚さ20mの砂の地層があります。
砂の崖はヨーロッパハチクイの住みかです。
ヨーロッパハチクイもヤツガシラと同様にアフリカから渡ってきて繁殖のためここで夏を過ごします。
ハチクイは足で崖を削り奥行きが2mもある穴を掘ります。
ここで子育てをするのです。
すぐ近くでオスのヤツガシラがメスに与える食料を探していました。
ここにいる理由はもう一つあります。
それは砂を浴びる事で羽についた寄生虫を取り除く事です。
5月の終わり。
ヤツガシラの巣箱に変化がありました。
最初のヒナが誕生します。
卵は次々とかえります。
ヒナは12時間後には柔らかい産毛に覆われます。
ヤツガシラのヒナは成長が早く1か月もしないうちに羽が生えそろい巣立つ準備が整います。
母親はエサが公平に行き渡るよう気を配ります。
ヒナは母親の関心を引こうと競い合いより大きくて強いヒナが兄弟を押しのけます。
父親は大忙し。
ヒナを育てるため懸命に食料を運びます。
マンフレートは巣箱を確認して回ります。
この時期は大変だ。
全てを定期的にチェックしてヤツガシラの数を調べる。
今のところ毎年増えている。
ここには3羽のヒナだけか。
母親が父親の代わりにエサを探しに出たのかもしれない。
様子を見よう。
日増しに暖かくなっています。
夜には激しい雨や雷になる事もあります。
(雷鳴)ヒナだけの巣箱です。
雨にはぬれていませんが母親がいない状況は危険です。
マンフレートはモニターでヒナを見守ります。
しかし嵐で映像が途切れてしまいました。
翌朝マンフレートはもう一度巣箱を見に行く事にしました。
つらい時もある。
時々なぜヤツガシラのためにそこまでするのかと聞かれる。
少なくとも感謝されるためではない。
嵐で巣箱が落ち3羽のヒナのうち1羽だけが奇跡的に助かりました。
人はいつも自然にあらがって余計な介入をする。
でも見殺しにはできない。
この10年多くのヤツガシラを育ててきた。
エサはコオロギやイモムシなど母親と同じものを与える。
エサのやり方も母親と同じだ。
ヒナの気を引く。
からかっているように見えるかもしれないがエサの食べ方を学ばせるにはこの方法しかない。
マンフレートがヒナの世話をしている間に一匹の子ギツネがブドウ畑を歩き回っていました。
好奇心旺盛な子ギツネは獲物を捕まえる気満々です。
巣箱の入り口は低い位置にありヤツガシラにとって理想的な反面敵に侵入されやすくなっています。
(ヒナの鳴き声)ヒナの鳴き声が子ギツネの注意を引きます。
危険を感じたヒナたちは入り口の反対側で小さくなっています。
巨大な敵を前になすすべはないのでしょうか。
いいえ実は秘密兵器があるのです。
ヒナが尾を上げ狙いを定めます。
ひどい臭いのする液体を放ちました。
効果てきめん。
子ギツネは退散しました。
それも当然。
ヤツガシラはドイツ語で「臭い鳥」とも呼ばれているのです。
7月の初め。
子供たちが卵からかえってから3週間余りがたちました。
巣箱はもう狭すぎるようです。
巣立ちの時がやって来ました。
最初に飛び立つのは一番年上の子供でしょうか。
それとも年下でしょうか。
生まれて初めて羽を大きく広げます。
1羽目が巣立つと兄弟たちも競うように後に続きます。
新しい世界に飛び立った子供たちは来年まで巣箱に戻る事はありません。
ヤツガシラには一目で分かる特徴的な羽根があります。
飛び方も独特です。
羽を大きく羽ばたかせて高度を保ち滑空するように飛びます。
大きなチョウが飛んでいるようにも見えます。
速さは時速40kmにもなります。
しかも低空を障害物をすり抜けながら速度を落とす事なくジェットコースターのように飛びます。
バーグラム地方では子供のほとんどが巣立ちました。
しかしマンフレートが育てた子供はまだのようです。
まだ準備ができていないようだ。
ヤツガシラの子も人間の子と同じ。
いろいろなタイプがいる。
勇敢な子もいるし慎重な子神経質な子遅咲きの子に恥ずかしがり屋もいる。
この子はちょっと臆病かも。
(鳴きまね)この子といるのは楽しいがそろそろ飛ぶ事を覚えないとずっと自分で食料を見つけられず私に頼る事になる。
心配だね。
それは自然のあるべき姿ではないから。
他のヤツガシラはここを離れ南へ向かう準備ができているのに…。
バーグラム地方にあるグラーフェンエッグ城です。
夏クラシックの演奏会が開かれ多くの人が集まります。
おとぎ話のような城は演奏会にぴったりです。
ヤツガシラも音楽に魅せられたのでしょうか。
多くの鳥と同様にヤツガシラの聴覚は優れています。
(鳴き声)聴覚に加え視覚も優れ地上の僅かな動きも見逃しません。
空中の狩人は野ネズミやハツカネズミを獲物にしますが小さな鳥を捕まえる事もあります。
ヤツガシラは無事でした。
チョウゲンボウが獲物にするには大きすぎるからです。
マンフレートはオーストリアの生物学研究所から小さなGPS発信器を受け取りました。
育てたヤツガシラに付けてどこで冬を越すのかを調べるためです。
マンフレートが育てた子供もついに旅立つ時が来たようです。
他のヤツガシラはみんなここを離れてしまった。
この子が最後だ。
どこに向かうのか楽しみだ。
きっと私よりずっと多くの世界を見るのだろう。
もし自分が一緒に空を飛べたらどんな感じだろうと思う事がある。
一度だけ空を飛んでギリシャに行った事がある。
いい思い出だが私の居場所はここだ。
毎年夏が終わると友人に聞かれる。
来年もこれを続けるのかと。
私は「もちろん」と答える。
すると「なぜ?」と聞かれる。
私は幼い頃から鳥に夢中だった。
初めての小遣いでハトを買いその後オウムも飼った。
全ての始まりは4歳の時。
初めてヤツガシラを見てからだ。
私は学者ではないがヤツガシラの事なら大体分かる。
ヤツガシラはちょっと風変わりな鳥だ。
酔っ払いのように飛ぶし気持ちが悪いと言う人もいる。
ヤツガシラの鳴き声を死の前触れだという言い伝えもあるくらいだ。
だがギリシャでは喜劇にも出てくる。
「鳥」というタイトルの劇ではヤツガシラはかつて人間だった。
しかし周りの人たちにひどくいじめられヤツガシラに姿を変えようと決意する。
そして鳥の王様になるんだ。
ヤツガシラが南へ旅立つとブドウ畑は繁忙期を迎えます。
9月中旬。
収穫の季節がやって来ました。
自然は多くの事を教えてくれる。
収穫のタイミングもだ。
ブドウの実は育っていればいいというわけではない。
完全に熟してから摘み取らなくては。
それには実の糖度が最高になるように少し長めに木に残しておく。
私が育てたヤツガシラと似ている。
理想を貫いて生きる事は簡単ではない。
有機農法でワインを造るのはお金も手間もかかる。
でもブドウ畑のオーナーのカールは周りの環境を大切にしてこそ人生を豊かなものにする事ができると言う。
秋の訪れとともに気温が下がり始めました。
バーグラム地方は太陽の光が降り注ぎ日中はまだ暖かく過ごせます。
しかし朝の霜とシベリアからの風が冬の到来を告げています。
ブドウの生産とワイン造りを行うこの土地では大地が凍ると全ての作業が止まります。
ここでは冬でもできる仕事を見つけておく必要がある。
私の場合は巣箱作りだ。
冬の間に準備しておく。
ヤツガシラは冬の間は食料のあるアフリカで過ごします。
しかしアフリカには子育てができるほどの食料はありません。
そこで3月の初めに生まれ故郷のヨーロッパに向けて長い旅に出るのです。
マンフレートが最後にヤツガシラを見てから6か月。
往復1万5,000kmを超える旅を終えヤツガシラが再びバーグラム地方に戻ってきました。
マンフレートはヤツガシラの将来を守ろうと心に決めています。
ヤツガシラにこれからもずっとこの地に戻ってきてほしい。
それがマンフレートの願いです。
(鳴きまね)一体何のためにこんな事をしているのかとよく聞かれる。
私は答える。
「ヤツガシラは決してそんな質問をしない」と。
それこそが答えだ。
2015/03/09(月) 00:00〜00:45
NHKEテレ1大阪
地球ドラマチック「帰ってきた 珍鳥ヤツガシラ〜アルプスを越えて〜」[二][字][再]

春、ヨーロッパの人里に飛来する珍鳥ヤツガシラ。今、数が激減しているが、オーストリアにはヤツガシラが戻り始めている村がある。人と自然の調和が戻った村の四季を描く。

詳細情報
番組内容
鮮やかなオレンジ色で、頭に飾り羽のある鳥、ヤツガシラ。春になると、アフリカからヨーロッパに飛来する渡り鳥だ。農村の開発が進む中、数が激減しているが、オーストリアにはヤツガシラが戻り始めた村がある。人々が努力をして、ヤツガシラがすみやすい、人と自然の調和がとれた環境がよみがえったのだ。美しい田園地帯の四季の移ろいの中で、人と自然が織り成すハーモニーを描く。(2012年オーストリア)*アンコール放送
出演者
【語り】渡辺徹

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
英語
サンプリングレート : 48kHz

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