(・『雨に唄えば』)
(DJ)今日の何時ごろ?
(男性)8時ぐらいだったかな〜。
(DJ)人通りの多いとこ?
(男性)そうでもないですよ住宅街の中の道なんで。
(DJ)へ〜。
どんな感じの女性だったの?
(男性)半袖の真っ白いワンピースで顔はよく分かんないんですけど髪が長くて結構美人だったんじゃないかな〜。
(御手洗)それだけでどうして美人だと言える?
(石岡)雨にぬれた白いワンピースの裾がぴったり太ももに張り付いていたらしい。
石岡君質問に答えてくれないか?長い髪の女で白いワンピースの裾が太ももに張り付いていたというだけでどうして美人だと言える?美人じゃないと困る。
(御手洗)困る?何で?僕の意見だよ。
それは意見ではない。
願望だ。
ラジオってのはねそれを聞くリスナーの想像力によって成り立っているものなんだ。
せっかく想像するんだったら美人に越したことはない。
だから…。
美人でないと困る。
そういうこと。
客観的事実なんて誰も分からない。
そんなことはない。
今聞いた話の中からだけでもすでに客観的事実が幾つか導きだされている。
ほう。
まずそのリスナーはマンションの2階以上の場所でそれを見ていた。
どうしてそれが?彼はその女性の顔をはっきりと見ていない。
つまりマンションのベランダかあるいは別の外が見える所に立ちおそらくほぼ真上から見下ろしていたんだろう。
なるほど。
ちなみにどうして土砂降りの雨の夜にそんな所に出ていたのか。
たばこを吸うためだろうね。
蛍族か。
部屋の中には嫌煙権を主張してやまない気の強い妻とその妻をコピーしたかのような小学校高学年の娘がいる。
そしておそらく彼はその家庭での精神的居場所がない。
そこまで言う?家庭持ちの男が深夜放送のラジオ番組に電話をかける。
それだけで物語るものがある。
そのリスナーの男がベランダかあるいは別の外の見える所に立ちほぼ真上から見下ろしていたというところから続けてくれるか?ほぼ真上から見下ろしていた。
だからまず傘が目に入り気になったんだ。
おそらく印象的な色か柄だったんだろう。
オレンジと赤のツートンだったそうだ。
とんでもない悪趣味だ。
君の主観だ。
意見だ。
まあいい。
そしてその傘を閉じたから初めてその女性が長い髪であり白いワンピース姿だというのが見えた。
ほぼ真上からだから顔の判別はしづらい。
でもワンピースの裾が太ももに張り付いているのは見えた。
太ももの裏側だ。
それも客観的事実なのか?ぬれたスカートの裾が張り付いて見えていたのは太ももの前か裏側だ。
リスナーは彼女の顔を見ていないのだから裾が張り付いて見えていたのは太ももの裏側だ。
そうか。
僕は太ももの前側で想像してたよ。
脳内補正しておくことを勧める。
した。
いいね裏側ってのも。
その女性傘を閉じたのか。
そう。
彼女は土砂降りの雨の中傘を閉じた。
ようやく両耳で話を聞いてくれる気になったのか?続けてくれ。
僕だってね暇つぶしのための無駄話をしてるわけじゃない。
これは君好みの面白い謎だと思ったから。
そこからの彼女の行動が実に不可解だ。
彼女は手に小さなビニール袋を提げていて交差点に立っていたんだが歩行者信号が青になっても横断歩道を渡る様子がない。
すると彼女は畳んだ傘を車道に置いて近くの塀の陰に隠れた。
走ってきた車は傘に気付けば避けていく。
傘を車にひかせようとしていたということか。
そう。
一応確認しておくがその女性は大人だね?確かに子供がいたずらでやりそうなことではあるな。
でも30すぎの女性だ。
30すぎに見えた。
それで何度かそういう行動を繰り返しついに…。
彼女はそこから立ち去った。
それで?何だか変な話ですね〜。
OK。
それではここで1曲聴いてくれ。
ジーン・ケリーの『雨に唄えば』何だと思う?謎だろう?謎なんてどこにもないね石岡君。
んっ?謎を欲しがっている人間が謎だ謎だと騒いでいるにすぎない。
言うね。
傘がいらないのなら捨てればいい。
そうだね。
ところがわざわざ車にひかせることで折った傘を持ち歩くということはつまり傘が壊れて差せなくなってしまったので仕方なく雨にぬれて歩くしかない。
そう周囲に思わせるためだ。
なるほど。
つまり彼女が傘を車にひかせたのは目的ではなく手段だ。
じゃあ彼女は雨の中をぬれながら歩きたかったってことか。
そう。
どうして?答えは簡単だ。
その白いワンピースは最初からぬれていた。
えっ?ではなぜぬれていたのか。
おそらく洗濯をしたからだ。
洗濯?洗濯をしてぬれたままの服を着て表を歩く人間がこの世にいるのかと君は反論したい。
いかにも。
それを着るしかなかったんだ。
いや30すぎ…30すぎに見えた美人のはずの女性が着る服がそれしかないなんて。
なかったんだその場所には。
自分の家ではなかったんだろう。
例えば僕らのような男だけが住んでいる家。
もしくは女がいても体形服のサイズがまったく違うような女性の家。
とにかく他に服があったとしても服のサイズが合わなかった。
つまりその女は自宅ではない場所で自分が着ていた白いワンピースを洗濯しなければならない状況に追い込まれた。
洗濯しなければならない状況に追い込まれた?ではそのどうしても洗濯しなければならない事情とは何だったのか。
何だろう?一部に付いた汚れなら丸洗いまでする必要はない。
部分洗いで済む。
部分洗いではどうにもならないくらいその汚れは広範囲に及んでいた。
広範囲。
普通の日常生活の中ではあり得ない。
だがそれは起きてしまった。
どういうこと?その女の白いワンピースは赤く染まっていた。
赤く?血だよ。
血?血液?おいおい…。
おそらくその折れた傘を持った女が歩いていた場所付近で大量の血が流れた殺人事件が起きている。
そしてその白いワンピースの女が犯人だ。
リスナーの住まいは?あっ確か湘南の鵠沼とか。
・
(みさと)はい捜査課。
高橋ですか?高橋は…。
(高橋)じゃ。
俺ならもう帰ったよ。
雨か。
(みさと)あの失礼ですが…。
仮説を立てたからにはその証左が必要である。
はいはい。
はい?あの何かありましたか?お名前お聞かせください。
御手洗です。
常識とは何か
非常識とは何か
あり得ることとあり得ないことの違いは何か
両者を隔てているのは客観的論理で説明できるかどうかその差にすぎない
脳科学者にして希代の頭脳を持つ名探偵…
その親友であり作家の…
これはこの2人が常人の手には負えない難事件に挑みそして鮮やかに解決してゆく物語である
うわ〜あっちいな。
変だとは思わないんですか?何が?だってその御手洗さんって人が電話をかけてきたのが夜中の2時すぎで…。
・《湘南の鵠沼辺りで殺人事件が起きたはずです》で遺体の第一発見者からの通報がけさの6時!その御手洗って人は何なんですか?
(高橋)君はこっちに来てまだ3カ月だ。
知らなくても仕方ない。
何者なんですか?脳科学者らしいが俺も詳しいことは知らん。
絶対怪しいです。
任同かけて聴取すべきです。
来てるよもう。
ほら。
石岡さんも一緒だ。
お前の好みどっちだ?私イケメン興味ないんで。
イケメンだよな〜。
フフフフ…。
痛っ…痛っ。
どうもどうも。
御手洗さん石岡さん。
おはようございます。
おはようございます。
堅川警部補。
こっちに来てまだ日が浅くてね。
堅川です。
初めまして石岡と申します。
つらいでしょ?徹夜が続くと。
えっ?少なくとも3日は着替えていませんね。
パンツスーツをはき続けているせいで膝部分が出てしまっている。
いや〜そうなんだよ。
この3日間風呂にも入れずだ。
大丈夫汗のにおいはしません。
ただそのフレグランスはコンビニに売っている安物だ。
コンビニに行ったのは昨日の雨の夜ですね。
人目を気にするあなたはそれを買っているところを他の署員に見られないようにわざわざ署から離れたコンビニまで走った。
裾に水跳ねの跡が残っています。
普段のあなたはコンビニに売っているようなそんな安物のフレグランスなんて使う人じゃない。
仕事用の靴に特注のイタリア製ブランドの靴を選ぶくらいの人だから。
イタリアの高級靴に特注のソールか。
こだわってますね。
カッコイイな。
予想外の忙しさだったようですね。
お疲れさまです。
でどうします?見ます?現場。
ぜひ。
ではどうぞ。
はいご苦労さん。
いいんですか?民間人に殺害現場なんか見せて。
現状いじってないね?
(警察官)はっ。
保存しております。
はいよ。
確かにここで大量の血が流れた殺人事件が起きていた。
ご苦労さん。
ご苦労さん。
ご苦労さまです。
ここだね。
ご苦労さん。
ガイ者はこの部屋の住人祖父江宣子48歳独身。
天神町でスナックを経営。
第一発見者はその店の従業員。
で?
(舌打ち)チェッて…。
いつも店に来る時間になっても姿を見せなかったので何度か電話をかけてみたそうなんですがそれでも応答がなかったので心配になって来てみたら…。
鋭利な刃物で首を一突き。
失血死だな。
死亡推定時刻は?
(鑑識)死後硬直体温瞳の状態などから昨夜の午後6時から8時くらいかと。
ラジオのリスナーが言ってたことと符合するな。
でそれと確かに御手洗さんの言っていたとおり白いワンピースの女も関与していたよ。
そっちか?えっ?
(鑑識)こちらです。
よいしょ。
(鑑識)おい。
ご苦労さん。
嘘…。
御手洗。
あり得ない。
この女性の死因は何だろうね。
目立った外傷はなさそうだ。
汚れてる。
んっ?泥かな?高橋警部。
はいよ。
どうした?この洗濯機最近使った形跡は?この洗濯機最近使った形跡は?
(鑑識)湿気が残っています。
ごく最近使ってますね。
この洗濯機で?この人何で高橋警部に耳打ちしてるんですか?ああ。
いつだったかこういう事件現場で彼が勝手に色々直接聞いちゃって後で問題になったことが。
そりゃそうですよ。
だいたい民間人がここにいること自体問題なんです。
ですよね。
この洗濯槽からルミノール反応が出るかどうか…。
この洗濯槽からルミノール反応が出るかどうか調べてくれ。
(鑑識)はい。
洗濯槽の中の血液反応を調べるんですか?そうです。
そうです…あっ。
そうだよ。
それと白いワンピースの女の方のルミノール反応も。
それと白いワンピースの女の方のルミノール反応も。
了解です。
以上。
以上。
何なの?これ。
(ため息)御手洗もああ見えて空気読んでるから。
どこが。
あ〜もう。
発見当時この2点が玄関付近に置いてあったそうです。
これが車にひかせた傘か。
そうだな。
オレンジと赤のツートン。
間違いない。
これが手に提げていたビニール袋?ああ。
それ直角に血液が染みてないよね。
そこに何かが置いてあったんです。
一目瞭然です。
どうして?「どうして」って…。
だからガイ者が刺されて血が噴き出して…。
この週刊誌がここにあったんです。
週刊誌ならどける必要はない。
えっ?それにそれほど表紙に血が付いたものはない。
この直角の跡だけだとここにあったはずのものの全体の形や大きさは分かんないよな。
だから何なんですか?言ってみただけだ。
しましまの…何?ヒマワリの種だ。
ああ。
ヒマワリ…。
あ〜ここでヒマワリを育ててたのか。
分かってると思うけど物に触ったり動かしたりだけはしないでね。
ああ。
心得てます。
うん。
で何か気になるところは?ここの近くに喫茶店ありますか?えっ?喫茶店?何かこのヤマと関係が?ミルクティーが飲みたい。
あっ…。
あの白ワンピース女が祖父江宣子を殺した後なぜかその場で死んでいたってことだ。
で白いワンピースの女の方の身元は?身元が分かるようなものは一切見つかっていない。
死因は?目立った外傷はなかったみたいですが。
詳しいことは司法解剖の結果待ちだがおそらく突発的に心臓まひ等のショック状態に陥ったのではということらしい。
心臓発作…。
まあそういうことなんだろうね。
ねえ御手洗さん。
今ちょっと機嫌悪いから御手洗。
えっ?いつもとおんなじように見えるけど。
今もお話ししたとおり御手洗はラジオのやりとりを聞いただけで白いワンピースの女があの部屋で祖父江宣子さんを殺害しその返り血を浴びた服を洗濯機で丸洗いしてぬれたままのそれを着てそこにあった傘を持って外に出たと推理しました。
すごいよね〜相変わらず。
ラジオの話だけでそこまで。
で傘を車にひかせて使えなくしてぬれた服で歩いていても不自然ではないという偽装工作を。
しっかしまあとっぴなことを考えつくもんだよね。
いえ御手洗さんじゃなくてその白ワンピース女がさ。
異常な心理状態に陥ると普段では考えられないような行動をとるのが人間です。
まあそういうことなんだろうね。
御手洗…分かるよ。
納得いかないよな。
白いワンピースの女の目的は犯行後に痕跡を一切残さず現場から消えることだったんです。
ラジオのリスナーが目撃したとおり事実彼女は一度は現場から離れている。
ところが彼女は事件現場に舞い戻った。
これが納得いかないんです。
あ〜。
しかもそこで死んでいたなんて。
僕は確かに「ミルクティーが飲みたい」とは言ったが「君たちと一緒に」とは一言も言ってない。
ホントだ。
機嫌悪いわ。
いや機嫌はもう直ってます。
えっ?今の時点ではもう楽しんでる。
楽しんでる?彼の大好物なんですよ。
こういうあり得ない謎からの挑戦状が。
どうした?何か気になるところでも?スリッパ。
スリッパ?この裏側は?奇麗なもんだった。
普通は髪の毛の2〜3本くらいはね残っていたりするもんなんだが。
スリッパの裏側まで奇麗に拭き取られていた。
ああ。
やっぱり白いワンピースの女は犯行後入念に証拠隠滅を図った。
鑑識の結果この部屋からは住人であり被害者の祖父江宣子以外の指紋や毛髪体毛は一切出ていない。
あ〜出たよこの洗濯槽からルミノール反応。
白いワンピースからも出た。
この洗濯機で血の付いたワンピースを洗ったっていうのは間違いないってことね。
これは足跡痕ですね?そう。
足跡。
足跡。
白ワンピース女が戻ってきたときの足跡が残っていた。
彼女が履いていた靴のものと一致してる。
犯行現場に舞い戻ってきてその後すぐ死んだわけだからその足跡はさすがに拭き取るのは無理だ。
何で?何をしに戻ってきたんだ?白ワンピース女は。
(トイレの水を流す音)何?何でここで捜査会議みたいなことしてるんですか?捜査会議だよ。
捜査本部は鵠沼南署にあります。
まあ分室みたいなもんかな。
分室?あっちがな。
はあ?あの口で言ってもらってもいいですか?イルカの調教じゃないんですから。
イルカね…確かに。
目が怖い。
(笑い声)
(舌打ち)チェッて…。
ラジオのリスナーが見たのはこの傘とこのビニール袋を持った…。
このビニール袋の中の包丁から殺された祖父江宣子の血液が検出された。
14枚戻って。
えっ?戻って14枚。
1234567…。
どうした?御手洗。
891011121314。
ここにあったものだけは証拠を拭き取ることも洗うこともできなかった。
だから持ち去るしかなかった。
でも御手洗ラジオのリスナーが見たときは白いワンピースの女は傘と小さなビニール袋以外のものは持ってなかったんだぞ。
形状によってはワンピースの中に隠すことだってできます。
週刊誌くらいならね。
堅川刑事のその考え方は間違ってはいない。
ただ論理的ではない。
週刊誌の表紙に付いた指紋なんか拭き取れる。
わざわざそれだけを犯行現場から持ち去るというのは極めて論理性に欠ける。
女は論理的じゃないとおっしゃりたいんですか?「女が」じゃない。
「堅川刑事が」です。
(笑い声)あっ堅川さんちょっと最初の画像に戻ってもらっていいですか?この泥汚れが何とも不可解ですよね。
ん〜…。
はい。
はい。
(ドアの開く音)洗濯機で丸洗いして血を洗い流しそれを着て出た。
この泥汚れはその後に付いたものだ。
ラジオのリスナーが見た後のことだろうね。
うん。
これだけ泥で汚れていればさすがにリスナーにもそれは目に付くだろうし話の中でもそれに触れただろう。
(男性)《半袖の真っ白いワンピースで…》
(ドアの閉まる音)はい分かりました。
白いワンピースの女の身元が分かりました。
おおそうか。
名前は町屋詩子。
40歳。
朝日町在住。
夫と小学生の娘がいます。
3日前の夕方買い物に出て翌朝になっても戻らなかったため夫が捜索願を出していました。
捜索願が受理されてんなら何で今まで分からなかった?さあ。
まっとにかく行くか。
ご主人に事情を聴いてみよう。
はい。
じゃあ。
うわ〜それは〜…。
いいんですか?行こうか。
でも…。
いいから。
じゃあ。
あっ残念だな。
ランチはみんなでパエリアのデリバリーでもと思ってたのに。
パエリアのデリバリー!?警察の捜査を軽く考えないでください。
すいません。
じゃあ…パエリアはまた今度。
了解。
お疲れさまです。
パエリアのデリバリーが…。
パエ…何?申し訳ないんですけど私もう二度とここには来たくありませんから。
何で?また来るなら他の捜査員とご一緒にどうぞ。
いやパエリアのデリバリーが…。
面白い女だ。
前のめり的な真っすぐさいいよね。
石岡君面白いのは白いワンピースの女の方だよ。
もしかして真相が分かったのか?85%。
へ〜。
僕にはさっぱりだ。
あっパエリアでいいよね?急がないと。
午後から出版社で打ち合わせなんだ。
君の次回作のタイトルは『傘を折る女』か。
いいね。
パエリアは夜にしよう。
じゃあどうする?ランチは。
君の作る和食がいい。
そう言ってくれるのはうれしいんだけどもう作ってる時間はないな。
ならいらない。
そう。
じゃあ僕は適当に外で済ませるか。
いよいよ本気モード突入か?御手洗。
(男性)半袖の真っ白いワンピースで…。
彼女は畳んだ傘を車道に置いて…。
車にひかせようとしていた…。
そう。
今聞いた話の中からだけでもすでに客観的事実が幾つか導きだされている。
洗濯しなければならない状況に追い込まれた?血だよ。
その折れた傘を持った女が歩いていた場所付近で大量の血が流れた殺人事件が起きている。
その白いワンピースの女が犯人だ。
確かにここで大量の血が流れた殺人事件が起きていた。
鋭利な刃物で首を一突き。
御手洗さんの言っていたとおり白いワンピースの女も関与していたよ。
ところが彼女は事件現場に舞い戻った。
あり得ない。
警察の捜査を軽く考えないでください。
面白い女だ。
もしかして真相が分かったのか?85%。
えっ?あの刑事さんたち2人ここに呼んでよ。
えっ?今から?話の続きがしたい。
高橋警部は来るかもしれないけど堅川さんの方はどうかな。
もう二度と来ないんじゃないかな?来るさ。
ハッ。
どうかな。
賭けるかい?いいね。
じゃあ賭けに負けた方はどうする?そうだな…。
おいしいねこのパエリア。
で何か分かったんですか?ホントにおいしいなこれ。
そうですか?結構食べてんじゃないか。
どうぞ。
どうしたの?去年ここで仲間内でやったクリスマスパーティーのときに使ったもので…。
僕は欠席させてもらった。
トナカイです。
あのそれが何かを質問しているんじゃありません。
どうして今それを着ているのかを聞いているんです。
賭けに負けたんです。
私たちは事件の捜査で来ているんです。
こういうふざけたことやめてもらっていいですか?堅川さんのせいですよ。
私の?どういう意味ですか?まあいいじゃないか堅川君。
よくないですよ。
殺された祖父江宣子さんと白いワンピース姿で死んでいた町屋詩子さんの接点はありましたか?それがねまったくと言っていいほどないんだわ。
やはりね。
職業からして祖父江宣子は独身で小さなスナックを経営。
店も遊び半分でやってるような。
一方町屋詩子の方は近所の人に聞いてもお堅いタイプでPTAの役員も務めるような教育熱心な人で。
うん…。
最近は不審者が多くて物騒だからと娘の登下校に付き添って学校に対しても不審者対策を強く訴えていたらしい。
通学路に10m間隔で警察官を配置しろだの。
ほとんどモンスターペアレントです。
不審者ね…。
・
(電子レンジのアラーム音)おそらく2人には面識もなかった。
ところが2人は同じ部屋で死んでいた。
高橋警部。
はいよ。
白いワンピースを着た町屋詩子さんが死体になってからあの部屋に運びこまれたという可能性は?それがねないんだわ。
というと?同じ階の住人が見ていたんだ。
白いワンピースが泥だらけだったから印象に残っていたらしい。
あれだけ念入りに証拠隠滅をしたくせにその犯行現場に自分から戻ったということは間違いないんです。
うん。
間違いない。
あり得ない絶対に。
だったらどう説明がつくんですか?これ。
それに答えるっておっしゃるから仕方なくまたここに来たんです私。
司法解剖は済んでいますね?白いワンピースの町屋詩子さんの。
ああ。
済んでる。
ところがね致命傷となった外傷がないんだよね。
争ったとみられる打撲痕はあったんだがどれも致命的ではなく毒物も検出されず。
心臓疾患は?すまん。
俺メモ取ってないから。
心臓疾患は見当たりませんでした。
(生唾をのむ音)《おえ…》心臓の色肥大。
肉厚弁の具合も健康そのもので心臓疾患歴はありませんでした。
脳出血は?頭蓋を開いて脳味噌を取り出して調べましたがまったくありませんでした。
気道はどうですか?気道?気道ですか。
喉それから気管支の周辺。
喉を切って開いて調べましたか?そのことについては…。
しかし遺体には首を絞められたような痕は…。
そうです。
外見的には致命傷になるような傷はありませんでした。
首を絞められた痕があれば分かります。
そうでしたね。
失礼。
その格好でこっち見ないでください。
ごめんなさい。
カワイイな〜。
やめてください。
どこに売ってるの?そういうの。
あっネットショッピングで簡単に買えますよ。
そうなんだ。
そうそう。
捜索願が出ていた町屋詩子がどうしてすぐに引っ掛からなかったのか。
あっどうしてだったんですか?ご主人の記憶違いがあってね。
記憶違い…。
買い物に行くと言って出掛けたときの服装が白いワンピースではなかったと。
服装の特徴があまりにも違っていたんで引っ掛からなかったんですわ。
まあありがちだよな。
奥さんの髪形が変わってもご主人が全然気付かないって話よく聞く。
俺も人のこと言えない。
記憶違いではないですよ。
えっ?町屋詩子さんは白いワンピースなんて着ていなかった。
まったく別の服装だった。
町屋詩子さんは家族も知らない服をどこかに隠していて…。
どうして?例えば不倫相手に会うために。
その辺のトナカイ作家が考えそうなことだな。
じゃあこの事件はどうして…。
簡単です。
もう1人いたんですよ女が。
(3人)はあ?亡くなった町屋詩子さんと背格好の似た祖父江宣子さんを殺す動機のある女。
その女が町屋詩子さんと自分の服を取り換えた。
意味分かんないんですけど。
どうしてそんなことするの?では言い方を変えましょう。
祖父江宣子さんを殺したのは間違いなく白いワンピースの女です。
ただしそれは町屋詩子さんではない。
はあ…。
第3の女か。
そうだ。
その白いワンピースの女が祖父江宣子さんを殺し返り血を浴び真っ赤になった白いワンピースを着たまま外に出るわけにはいかなかった。
そうなるとこのワンピースをここで丸洗いして血を落とすしかない。
そうして洗い終わったワンピースが乾くのを待っていた。
すると…。
雨が降ってきたんだ。
そのとおり。
そこで彼女はまだぬれているワンピースを着込みその家にあった傘をつかみ表に飛び出した。
早く現場から立ち去りたい一心でね。
服がぬれているのは雨のせいにできる。
ところが明るい場所をしばらく歩いていて気付いた。
その傘はあまりにも派手だった。
暗いし慌てていたから赤やオレンジがグレーに見えたんだ。
これでは激しく人目につく。
しかもワンピースは洗濯したばかりでびっしょりぬれている。
そこで第3の女はこう思った。
傘が壊れたせいで全身雨にぬれてしまってることにすればその方がむしろ自然だ。
それで傘を車にひかせて折るっていう…。
でもそんなことって…。
あのな堅川異常な心理状態に陥ると普段では考えられないような行動をとるのが人間ってやつなんだよ。
以上。
はあ?では次にその第3の女が洗濯までして着ていた白いワンピースがなぜ泥に汚れてしまうようなことになったのか。
そう。
それだよ。
彼女にとっては猛烈に不本意であったはずだ。
そうだろうな。
一度わざわざ洗ってたんだから。
ここに何かあったはずだ。
強烈な何か。
しかし推理の材料がない。
第3の女はその前に祖父江宣子さんを殺している。
しかし祖父江宣子殺害に至る動機について今考えたところでこれも時間の無駄です。
彼女に対する情報がまったくないんですから。
であるなら祖父江さんの方に殺される理由があったかどうか調べる方がよい。
そうだね。
そっちから調べたら何か出てくるかもしれない。
謎謎謎の連続だけれどありそうだよな。
やむにやまれぬ女と女の悲しい過去の因果か…。
その格好で語るな。
おお。
地元の皆さんに愛されてたんですね。
すみません。
この店のなじみの方ですか?
(男性)ええ。
(男性)3日に1回くらいは顔出してたかな。
(男性)つい最近までは閑古鳥だったんだけどね。
宣子ママとんでもない女だったからな〜。
とんでもない女っていうと?男関係や金のトラブルで何かいつもごたごたしてた。
それがほらたちまちあれだ。
時の人になったからな。
(男性)ああ。
時の人?祖父江宣子さんがですか?そうだよ。
えっ知らないの?バスジャック事件?祖父江宣子さんはそのバスジャック事件に巻き込まれた乗客の1人だったんです。
ごめんね。
裏取るのに時間かかっちゃって…。
これ頂いちゃう。
そういえば何週間か前にありましたねそんな事件。
うん。
それ。
ニュースとかあまり見ない感じですよねお二人とも。
そんなことはない。
ごちそうさま。
いただきます。
バスジャック事件が起きたのは?約1週間前の5月18日の午前11時ごろ。
するとそれが盛んに報道され始めたのは16時すぎあたりか。
そうだね。
何してるんですか?あのテレビには特注の30テラバイトのハードディスクが内蔵されている。
しかも各局に1つずつ独立したチューナーが付いている。
過去半年間に放送された地上波デジタルの番組が全ていつでも見られます。
ほ〜。
えっ…。
(男性)午後3時13分機動隊がバスの左右の窓から突入し…。
大阪から東京へ向かう高速バスが走行中少年にジャックされたんです。
車内で乗客の1人が犯人の少年にナイフで刺され死亡。
その後高速のパーキングエリアで停車中のバスに警察が突入。
少年は逮捕。
ただ犯人の少年が未成年だったため犯人の名は公表されず。
あっそうそう…そうだった。
この人一人だけが犯人に殺されちゃったんだよ。
お気の毒に。
事件解決のきっかけになったのが乗客の中の1人の女性が車内から勇敢にも脱出。
警察に通報したことだった。
その女性の勇気ある行動がなかったら犠牲者はもっと増えていたかもしれないと。
でその女性ってのが…。
・
(宣子)もうね地獄絵図よ地獄絵図。
あっ。
(宣子)みんな犯人に言われるがままに手を椅子に載せて頭下げたまま全然動こうとしないの。
おばちゃんが首からナイフ突き付けられて脅されてんのによ。
だから私だけでもこの状況何とかしなきゃいけないって思ったからあの…。
たちまち時の人になり店に客は押し寄せるわ週刊誌の取材もひっきりなしで。
週刊誌…。
(宣子)何されるか分かんないけど何もしないよりましだって思って…。
なるほど。
これ自分が取材を受けた記事が載ってる雑誌だったのか。
そう。
どれも祖父江宣子を持ち上げて美談美談だよ。
乗客を助けるために死を覚悟で脱出したとか。
他の乗客たちは乗員も含めてもう思い出したくないからと取材を拒否して口をかたくなに閉ざしている。
だもんだからただ一人祖父江宣子の独壇場になった。
でたまたまというかこの事件の犠牲者となった下川雪恵さんの遺体が司法解剖を終え遺族に返されたのがおとといで。
今日が告別式だ。
そうだったんだ。
もしかしたらその葬儀で今回の事件の謎を解くための重要な鍵の1つが見つかるかもしれません。
本当か?御手洗。
(雪子)母一人子一人。
母は女手一つでしらす漁の手伝いで生計を立て私を育ててくれました。
裕福とは言えない暮らしの中でも苦しい顔一つ見せない母の大きな愛情に包まれて幼いころを過ごしました。
(雪子)母の仕事が終わるのを母が働く加工工場が見える神社で待つのが日課でした。
日が暮れるころ「お待たせ」と言って小走りで階段を上がってくる母の笑顔が私は大好きでした。
(雪子)そんな母の役に立ちたい母に楽をさせてあげたいという思いを持つようになりいつしか法律家を目指すようになりました。
思いを打ち明けると母は法律の勉強をしたいという私のわがままを聞いてくれて大学にも進学させてくれました。
そして弁護士事務所で事務員をしながら勉強を続けてようやく司法試験に合格して司法修習生になったばかりだったんです。
(雪子)司法試験合格のそのお祝いのために上京してくれるという母が乗ったのが…。
あの高速バスでした。
新幹線で来ればいいと言ったんです。
でもバスの方が安いからって…。
母らしいんです。
そういうところが。
自分のことは二の次で…。
(舌打ち)御手洗に頼まれまして。
どうして御手洗さんは来ないんですか?この葬儀で重要な鍵が見つかるかもって自分で言ってたのに。
そういうやつだから。
もともとめったに外に出ない人だし。
(ため息)《町屋詩子の方は最近は不審者が多くて物騒だからと娘の登下校に付き添って学校に対しても不審者対策を強く訴えていたらしい》《不審者ね…》《白いワンピースの女の身元が…》《泥汚れが何とも不可解ですよね》《争ったとみられる打撲痕は…》《出たよ洗濯槽からルミノール反応》《心臓まひ等のショック状態に…》《バスジャック事件?》《犯人の少年にナイフで刺され死亡》《第3の女か》
(指を鳴らす音)あのそういうのマナー的に良くないと思うんですけど。
ですよねえ。
もう。
(バイブレーターの音)高橋警部。
俺か。
もう。
ホントに…。
あっあっ。
電話かかってきたよこれ。
痛い…痛い。
すいませんすいません。
すいませんすいません。
もう…。
はいはい。
傘?傘を使った事件?そうです。
町屋詩子さんの自宅付近で最近傘を使った事件が起きていないか調べてください。
傘絡みの?例えば通り魔事件のような。
分かった。
じゃ早速堅川に…。
それは駄目です。
彼女に頼むとおそらくいちいち「何で?どうして?」と聞いてきます。
理由が分からないと行動できない理由が分かっても自分が納得できなければ動けない典型ですから。
最近の若いのに多いんだそういうの。
うん。
それと…。
あと2つ頼みたいことが。
あと2つ?高橋警部は?捜査上の重大な案件があるそうで。
そう。
あっ。
少しお話いいですか?何ですか?先日天神町でスナックを経営されていた祖父江宣子さんという女性が殺害されました。
ああ。
その事件はニュースで見ましたけどそれが何か?その殺された祖父江宣子さんはあのバスジャック事件でただ一人バスから脱出し事件解決のきっかけをつくった方だったんです。
そうなんですか。
そのことで調べを進めています。
ご協力を。
お断りします。
あの…。
警察の方にお話しするようなことは何もないですから。
あっ僕は警察官じゃないです。
作家というか…ライターやってまして。
だったらなおさらです。
そこら辺の週刊誌にお好きなことをお好きなようにお書きになればいいです。
いやあのですね…。
とにかくあの事件のことはもう忘れたいんです。
ご理解ください。
もしできましたら…。
あのときのバスの乗務員や他の乗客の皆さんにお伝えしていただけるなら。
(みさと・石岡)何をでしょう?
(雪子)私は母があのバスの中で殺されたことについて皆さんを責める気持ちはこれっぽっちもありませんからと。
実は他にも何人かあのバスに乗っていた乗客に会って話を聞こうとしたんです。
でもみんな事件については話をしたがらなくて。
そうですか。
たぶん後ろめたかったんだと思います。
後ろめたい?乗客の中で一人だけが殺されてしまった。
誰も下川雪恵さんを助けることができなかったから。
(女性たちの悲鳴)
(和田)《くそっ…》
(少年)《お前らが殺したんだからな》でもそれは…。
そんなことしたら自分の身が。
しかたのないことですよ。
誰だってきっとその場にいたら体が固まってしまう。
でもそんな中あの祖父江宣子さんだけが決死の脱出に成功して事件解決のきっかけをつくった。
何と今回は何十年しゃべり続けてきた話の中から…
そして選出された話に関するまつわる話やその後の話を披露していく
番組を10年やってきたからこそできる…
娘の雪子さんが喪主だった。
そう。
ご本人に話を聞いたんですが警察やマスコミに相当な不信感があるみたいで。
ライターさんになんか拒絶反応半端なかったです。
「半端」って…。
石岡君君はどう思った?結構な美人だった。
そこ?即行見る。
(雪子)母一人子一人。
君がいてくれてたらもう少し彼女から話を引き出せたかもしれない。
どうして?僕がいたところで同じだ。
いや君は脳科学者ではあるが心理カウンセラーの資格も持ってたろ?
(雪子)私を育ててくれました。
(雪子)裕福とは言えない暮らしの中でも苦しい顔一つ見せない母の…。
彼女の傷ついた心を少しは解きほぐしてもあげられたんじゃないかなと思って。
いつもここに閉じこもってないでさ少しは外の人間との関わりを持つことで事件の解決に力を貸してみるっていうのも悪くないと思うがね御手洗。
今回は事件現場に行ったぜ。
それから言っておくが石岡君僕の心理カウンセラーの資格は人の脳を研究する過程で結果として付いてきたにすぎない。
それを事件解決に応用するつもりはない。
何で?どうして?カウンセリングで心を救うとかそういうの面白くない。
面白い面白くないの問題じゃないんじゃないですか?僕にとって興味があるのは町屋詩子さんがどうして自分のものではない白いワンピースを着ることになり面識もない祖父江宣子さんの部屋に行って死ぬことになったのか。
そして最大の謎は司法解剖しても分からない彼女の死因。
それから…。
ここに置かれていたものは何か。
そしてなぜ犯人はその何かを犯行現場から持ち去らざるを得なかったのか。
それだけだ。
それだけ?じゃあ言わせてもらうが御手洗。
君を理解している人間として。
今回の君はいつになくもったいぶって見える。
もったいぶって見える…。
今君が並べた君が興味を抱いてる疑問については実は君の中ではもうすでに99%解き明かしてるんじゃないか?99%…。
でも君はまだそれを僕たちに話してない。
いや違う。
100%だ。
何だよ。
だったら…。
立証する現物がまだない。
それに…。
それに?感情動物を前に仮説を披露するほど僕はチャレンジングにはなれない。
失礼ですけど感情動物って私のことですか?さて…他にどう表現しよう。
もうたくさん。
もう限界。
私もうここにいるとどうにかなっちゃいそう!人間不信になりそう!ほら。
感情動物上等!失礼します!実はヤンキー系。
お〜!どうした?堅川君。
どうもこうもないですよ!まあまあまあ…落ち着けって。
なっ?入って…。
いや〜遅くなってごめんね。
お待ちしてました。
でどうでした?高橋警部。
所轄に確認したところ確かに町屋詩子の自宅周辺で昨年から小さな子供が通りすがりの不審者に傘で殴打されるという通り魔被害が何件か起きていた。
はあ?ちょっと何の話してんですか?今。
残るピースを一つ一つ埋めているところさ。
その通り魔被害者の中に町屋詩子さんの娘は?いたよ。
母親の町屋詩子が被害届を出してる。
この通り魔犯が女だったという目撃証言は?ある。
えっ?じゃあその女がもしかして第3の女?すぐに緊急手配を。
その必要はない。
どうしてですか?もう勾留してる藤沢南署に。
そうなの?1週間前夫に付き添われ自ら出頭してきたそうだ。
1週間前って祖父江宣子さん殺害事件より前?数年前小学生だった一人娘が通学途中に事故死して…以来心神耗弱の状態にあったらしい。
死んだ娘と同じ年頃の子供に対し異様な憎しみを抱くようになってしまった。
そういうことか。
その通り魔犯が犯行に使っていた傘は例の折れ曲がった傘と同じか似たような色とデザインです。
どうしてそう言える?君のよく言うあれはこういうときにこそ使うんだよ。
そうでないと困る。
堅川警部補あの折れ曲がった傘の柄の辺りに祖父江宣子さんの名前と住所が書いてありましたね?書いてありました。
自分の持ち物には名前と住所を書いておく。
そういうたちの人だったんでしょう祖父江宣子さんは。
いるねえそういう人。
2つ目は?2つ目?ああ…。
もう一度監察医に確認したところ確かに御手洗さんの言うとおり町屋詩子の左手の薬指にきりで突いたような小さな傷があるそうだ。
どういうこと?3つ目にお願いしたものは?ああ。
町屋詩子のご主人に借りてきた。
ここ数年の町屋家の家族写真だ。
とはいってもご主人はカメラが趣味だ。
膨大な枚数があるよ?情報は多い方がいいんです。
しかし…。
これが答えですよ。
情報は多い方がいいんです。
あった。
これが答えですよ。
これネズミ?いやハムスターじゃないですか?町屋詩子さんの死因はハムスターによるアナフィラキシーショック。
つまり急激なアレルギー反応です。
ハムスターに対する強いアレルギーを持っている人は二度目にかまれたときに激しい発作を起こし場合によっては死に至る。
それじゃあこいつが町屋詩子を殺した犯人?そう。
ただこの個体によるものではない。
てことは御手洗…。
そう。
祖父江さんのだ。
あの事件現場となった部屋で殺された祖父江宣子さんはハムスターを飼っていたはず。
いやでも現場検証ではそんなものは…。
見つかりませんでした。
いや確かにいたんです。
あの事件現場となった部屋に。
その証拠に…。
しましまの…何?ヒマワリの種です。
知らないの?へ〜そうなんだ。
ハムスターの餌です。
しかもまだ新しい。
ハムスターはあの事件現場に確かにいたんです。
殺人の瞬間にも。
放し飼いで?いや。
ハムスターを飼うにはケージが必要です。
しかしそんなようなものは…。
(石岡・高橋)あっ。
え〜?ここにケージがあったんですよ。
そうか。
しかしそんなようなものは見つかってない。
ハムスターの入れ物なんて。
祖父江宣子さん殺しの真犯人第3の女が持ち去ったからです。
どうして?さあどうしてだ?石岡君。
拭き取ることも洗い流すこともできない決定的な物的証拠がそのケージに?そのとおり。
これで僕の仮説に必要なピースは全て揃った。
御手洗まだ寝ないのか?あした天気はいいかな?さあな。
(雪子)《しらす漁の手伝いで生計を立て…》《加工工場が見える神社で待つのが日課でした》《ようやく司法試験に合格して司法修習生になったばかりだったんです》《母が乗ったのがあの高速バスでした》《2時間足らずで会えるはずだったんです》
(指を鳴らす音)
(男性)おうお疲れ。
(和田)あ〜お疲れさまでした。
(和田)何か?昨日の葬儀に列席なさっていましたね?御手洗といいます。
初めまして。
警察の者ではありません。
マスコミとも無関係です。
誰の葬儀の話をしているかお分かりですね?昨日の葬儀にはあのバスに乗っていた方は一人も列席されていませんでしたね。
あなた以外は。
あなたの顔は当時の報道番組から確認しています。
(和田)どういうご用件ですか?あのバスジャック事件のときの話を。
それは言いたくありません。
祖父江宣子さんが殺されたのはご存じですよね?どうして殺されたのかも。
私が知るわけ…。
あなたには祖父江宣子殺しの犯人の気持ちが分かるはずだ。
そして今もそのときの乗務員だった自分自身と心の中で向き合い続けている。
逃げずにね。
だからこそ葬儀にも参列した。
いや…してくれた。
話してください。
あの事件のさなかバスの中で何があったのか。
ごく最近同じ質問をあなたは僕以外の人物からもされましたね?あなたはその人には話した。
その人の心を救うべきだと思ったから。
きっと他の乗客の皆さんも同じ気持ちのはずだとあなたは思った。
だからこそ真実を伝えるべきだと。
あの女は決して勇気のある行動をとったのではないということを。
しかしそれを言うと返す刀で世間はあなたをたたく。
ではそういうあなたはなぜ何も行動をしなかったのかとね。
あなたにその人を責める資格があるのか?下川雪恵さんを見殺しにしておいて。
やめてくれ。
あなたが真実を伝えた人は間もなく捕まります。
祖父江宣子さん殺害容疑で。
何とか見逃してあげてはもらえないんですか?あの女は…祖父江宣子は殺されても仕方ないんだ。
見逃してあげてもらえませんか?僕は警察官ではありません。
ましてや司法に携わる者でもない。
ただまだ間に合う。
真実を僕に。
どこ行ってたんだ?けさは。
部屋にこもってちゃいけないんだろ?犯人は祖父江宣子さん殺害後ここにあったケージを持ち出した。
それなんだけどラジオのリスナーは白いワンピースの女がそんなものを持って…。
当然だ。
そんなものを持ち歩いていたら決定的に不自然だし目立つ。
だね。
ワンピースの下にも入らない。
じゃあどこに?凶器の包丁はできるだけ遠くに捨てたい。
しかしケージはそうはいかない。
警部。
はいよ。
ここから一番近くの…。
また喫茶店?ごみ集積所どこですか?だよな。
ここのごみは事件のあった翌日収集業者によって全て運びだされています。
遅かったか。
あのケージは唯一無二の決定的な物的証拠です。
ていっても御手洗…。
ホントにそう言い切れるんですか?そのケージにいったいどんな物的証拠が?捜し出せば分かります。
あっいや捜すっていっても…。
僕は他にすることがあるので。
(舌打ち)おい。
ハァ…嘘だろ。
僕も他にすることがあるので。
捜査員の動員とかかけられないんですか?民間人に協力してもらってることを上には伏せてるんだよね。
じゃ。
でも民間人にこんなことまで…。
・そうですよね。
借りてきました。
あっ…。
おっしゃるとおり民間人を警察の捜査に加えるわけにはまいりませんからど〜ぞ石岡さんはお引き取り願って結構です。
行きますよほら。
民間人上等!あなたは?あなたは?御手洗と申します。
私に何か…。
僕は結構賭けには強い方なんですよ。
何のことですか?あなたがお母さまと最後にいらっしゃるとしたらここしかないと…。
一種の賭けです。
あなたは高校を出るまでこの小さな漁村のこの小さな家でお母さまと2人で暮らしていた。
そうですね?どうしてそれを…。
あなたの出身地域でしらす漁が行われていた漁場は限られます。
《母一人子一人》《母は女手一つでしらす漁の手伝いで生計を立て私を育ててくれました》僕がここにたどりついたということであなたのこれまでのことをここに刻んできているのだということを分かってください。
その上で確かめたいことがあります。
聞いていただけますか?5月24日の夕方あなたは祖父江宣子さんの部屋を訪ねた。
白いワンピース姿で。
そこであなたは祖父江宣子さんを殺したのです。
思い出したくない。
しかし決して忘れることはできない瞬間でしょう。
(雷鳴)犯行後あなたは部屋の掃除を始めた。
弁護士事務所で事務員を務め自ら司法の世界に入るつもりだったあなたは警察の捜査の手順を熟知していた。
だから指紋などの証拠を残さずに…。
血の付いたワンピースも洗濯した。
けれどハムスターのケージは問題だった。
・
(洗濯機のアラーム音)毛髪がどれほどの物的証拠になるか知り抜いていたあなたは仕方なくそのケージごと持ち出すことにした。
明るい所で見てみると傘は派手なオレンジと赤のツートン。
暗い部屋の中ではグレーに見えていたのでしょう。
これではあまりに目立ち過ぎる。
しかしそれだと余計に目立つとあなたは思った。
こんな雨の中傘も差さずに歩くなんて。
でも洗濯をしてぬれたワンピースを着ていたあなたには好都合だった。
だったら傘が壊れたことにすればいい。
しかしそこで想定外の事態が起きた。
《何なんですか!?》
(詩子)《やっと見つけたわ!》
(雪子)《キャ〜!》町屋詩子はあなたのことを自分の娘を傘で襲った通り魔犯だと思い込み…。
(詩子)《あなたね?》《あなたね!?》
(雪子)《キャ〜!》
(詩子)《あっ…》あなたは町屋詩子さんを殺してしまったと思ったんですね?そこであなたは再び一計を案じる。
びしょぬれのワンピースでは寒かったし泥にまみれた今タクシーにも乗れない。
しかし町屋詩子さんは生きていた。
(詩子)《あの女…》町屋詩子さんは通り魔が自分の服を持っていったのだと思い込みその住所に向かった。
(チャイム)
(詩子)《出てきなさい!》《ここにいるのは分かってんのよ!》
(チャイム)《痛っ…》そのとき町屋詩子はハムスターに指先をかまれた。
(詩子)《もう何なのよ!》アナフィラキシーショックはかまれてから数分後に症状が起きます。
《うっ…》
(雪子)そう…。
あの部屋でそんなことがあったの。
あくまで僕の仮説ですが。
きっとそのとおりでしょう。
私に関する部分は全てあなたの言ったとおりだから。
・あった!お〜。
やった。
わ〜!残る問題はあなたが祖父江宣子さんを殺した動機です。
バスジャック事件のときバスの中で何が起きていたのか。
事件の報道は人質乗客32名のうち1名脱出1名死亡とありました。
(男性)《バスには乗客32名と運転手1名の合わせて33名が乗車》《うち1名を除いて全員の無事が確認されました》バスが高速道路を走行中一度だけ停車していることが確認されています。
そしてその後は警察が突入したパーキングエリアまで一度も停車していません。
とするならば脱出した1人はそのたった一度の停車時に脱出したと考えられる。
そのとき何が起きていたのかあなたはどうしても知る必要があった。
(女性たち)《キャ〜!》
(少年)《静かにしろ!》少年にナイフを突き付けられていたのがあなたのお母さん下川雪恵さんだった。
ここから先はまだ世間に知られていない真実です。
《座っとけ》
(宣子)《ねえトイレ行きたいんだけど》《あっ?》
(宣子)《必ず戻ってくるから。
ねっ?一度降ろして》《おっお願い》《ふざけるな!》《あの…絶対に帰ってくるから》《ねえお願い》《駄目だ》
(雪恵)《行かせてあげなさい》《大丈夫だから》
(雪恵)《あなたが何に怒ってこんなことをしてるのか分からないけど人は信じてあげなさい》《トイレくらい行かせてあげて》《ねっ?》
(雪子)お母さんらしいの。
そういうところが。
《お願い》《分かった》《じゃあ5分で帰ってこい》《帰ってこなければこの中の誰かを殺す!》
(宣子)《ありがとう…》《ありがとね》
(雪恵)《よかった。
よかったわねあなた》
(少年)《5分だからな》《ありがとね》
(雪子)運転手さんが言ってました。
そのとき祖父江宣子は…。
犯人の少年にだけお礼を言って…。
母のことは一瞥もせずにバスから降りていったって。
同じことを僕にも言っていました。
母に対しては…。
一言のお礼も…。
そして10分たっても20分たっても祖父江宣子は帰ってこなかった。
(少年)《ふざけるな!》《どいつもこいつも俺をなめやがって!》《お前ら全員のせいだ!》《俺は約束を守る》《さあ誰が死ぬ?》《誰か名乗り出ろよ!》
(少年)《あんたら思ってるだろ?》《このおばちゃんのせいだって》《覚えとけ》《このおばちゃん殺したのは…》《あんたらだ》だから殺そうと思った…。
違うでしょ?あなたは殺すつもりで祖父江宣子に会いに行ったのではない。
あなたほどの頭脳を持つ人間が殺人を犯すならもう少し計画的であっていい。
謝ってほしかった。
そして…。
母の真意をちゃんと知ってほしかった。
(雪子)《母の墓前で謝ってさえくれればそれでいいんです》《嘘は言わないで》
(宣子)《もうさあみんなビビっちゃってさ…》《このままじゃどうしようもないって思ったから私殺されるのを覚悟で隙を見て脱出したのよ》
(男性たち)《お〜》
(宣子)《いやだってねみんなを助けるにはそれしかないって思ったからさ》《ちょっとやめてよ。
やっ…》《ちょっと見て見て見て見て…これねこれね私。
ほら》《ほらちょっ…こっちにも載ってんのよ》《ちょっと見て見て見て見て。
付箋のとこにあるからね》《汚さないでよ?》《ママ美人に写ってるよ》《こんなに大きく載せないでって言ったのよ》《やだもう!》《何だ…》《あんた来てたの?私の店に》《事件の真相を話してほしいんです》《フッ。
そんなこといまさら言われてもね〜》《はいおいで〜》《ね〜ハムハム困った人ねえこの人》《祖父江さん》《じゃあ私が週刊誌にしゃべったこと全部嘘でしたってことになるじゃん》《それは…》《そしたら私何か悪人みたいじゃんねえ》《私はただ本当のことを…》
(宣子)《あのさああんた私ばっかり悪く言うけど考えてもみてよ》《ああいう状況になったら誰だって私みたいにやるよ》《どうやったら逃げられるかどうやったら自分だけでも助かるかって》《だいたいあれ私が思い付いたアイデアじゃん》《アイデア…》
(宣子)《思い付いたら誰だってやってたわよ!》《その証拠にほら!他の乗客も運転手もだ〜れもマスコミに対してだんまり決め込んでんじゃん》《みんな後ろめたくて何にも言えないのよ》《後ろめたい…》《そういう気持ちがおありなんだったらせめて母に対して…》《喉渇いたね》《お茶入れるわ》
(宣子)《あっそっか》《フッ…お金か》《あんたお金ゆすりに来たのか》《そんな…違います》《違います!やめてください!》《あっ!》
(宣子)《あんたそうやって一生私の弱みにつけ込んで脅すつもりだろ》《そうはさせないからね》
(雪子)《あっ!あっ…》《お前ごときが何ほざく!》《あの地獄のような場所知りもしないで!》
(雪子)《あっ!》
(雪子)《うっ…》《殺してやる》
(雪子)御手洗さん。
はい。
あなたの仮説…。
1つだけ違います。
何でしょう?確かに私は彼女を殺すつもりでそこに行ったわけではない。
でもあの瞬間は…。
(宣子)《あっ!うっ…》《あっ!》《うっ…うっ!》《やれるもんならやってみなさいよ》《苦労知らずのお嬢さま》《ハハハハ…》
(雪子)少しの迷いもなかった。
(宣子)《うっ!》
(雷鳴)私には殺意があった。
こんな私が目指していたのが法律家だなんて。
やっと司法試験に合格したとき…。
母はとても喜んでくれたんです。
ここへは死ぬつもりで来ましたね?法律家を目指していたあなたの考える人生に自殺という選択肢があり得るのですか?法律家としてそれは軽蔑に値しませんかね?まあ僕のただの意見ですが。
でもここまで推理できちゃう御手洗さんっていったい…。
ほれたか?何言ってんですか。
俺はほれてる。
堅川さんなあのケージ見つけるのにあの特注のイタリアブランドの靴あれ駄目にしちゃったらしい。
そう。
「そう」って…。
あのね…。
まあでもバスジャック事件の真実が明らかになって下川雪恵さんの死の真相が世間に知られたのはよかったよね。
雪子さんも自首したわけだし情状酌量の余地は十分だろう。
済んだことに興味はない。
御手洗。
まさか君はそこまで考えてたのか?雪子さんのために。
聞こえたろ?済んだことに興味はない。
堅川さん。
事件かあるいはデートのお誘いか。
もしくは靴の弁償請求だ。
賭けるか?事件です。
それが訳分かんなくて。
高橋警部はもう現場向かってます。
御手洗男の死体が空中に浮かんでるそうだ。
いくら何でもそりゃ謎過ぎる。
石岡君。
謎なんてどこにもないよ。
2015/03/07(土) 21:00〜23:10
関西テレビ1
土曜プレミアム・天才探偵ミタライ〜難解事件ファイル「傘を折る女」〜[字][多]
数多くの作家に多大な影響を与えたミステリー界の巨匠・島田荘司の最高傑作シリーズがついに初のドラマ化!玉木宏、堂本光一、クールな二人が難事件に挑む!
詳細情報
番組内容
御手洗潔(玉木宏)は、天才的な頭脳を持つ、脳科学者にして名探偵。石岡和己(堂本光一)は御手洗の親友であり作家。
物語は、石岡がラジオで聞いた謎めいた話を御手洗に聞かせるところから始まる。それは、あるリスナーが目撃した話で、白いワンピースを着た髪の長い大人の女性が、土砂降りの雨の中、傘を閉じたという。女性は、畳んだ傘を車道に置いて塀の影に隠れた。車が傘をよけていくと、
番組内容2
女性は傘を車道の中央に置き直し、ようやく車が傘をひくと、その女性は折れ曲がった傘を拾い、雨の中、立ち去ったという。
御手洗が好きそうな謎めいた話を披露できて満足な石岡だったが、御手洗は、瞬時に女性の謎の行動の原因を解明し、その女性が歩いていた場所の近くで大量の血が流れた殺人事件が起こったはずだと断言する。御手洗は自身の仮説を証明するために、深夜にも関わらず、警察に殺人事件が起こったはずと
番組内容3
連絡をする。すると、翌朝、御手洗の仮説通りに、遺体の第一発見者から警察に通報が入る…。
警察と共に現場検証を行う御手洗と石岡。事件現場となったマンションの室内には、御手洗の仮説通り、部屋の住人の刺殺死体が横たわっていた。しかしながら、室内には御手洗の仮説を上回る状況が発生していた。マンション室内の別の部屋に、御手洗が犯人と目していた白いワンピースの女性の死体もあったのだ…。
出演者
玉木宏
堂本光一
勝村政信
坂井真紀
小西真奈美
山野海
宮澤美保
鷲尾昇
佐藤直子
秋元龍太朗
他
スタッフ
【原作】
島田荘司
「傘を折る女」(講談社文庫「UFO大通り」所収)
【脚本】
寺田敏雄
【演出】
小林義則
【プロデュース】
小椋久雄
柳川由起子
【制作】
フジテレビ
【制作著作】
共同テレビ
ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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