子どもたちを育てる家庭学校地域。
それらを根こそぎ奪っていった…4年たった今も落ち着いて学べる環境はまだまだ整っていない。
そんな被災地で今新しい形の教育が動きだしている。
放課後に利用できる…人生の先輩が夢を広げるキッカケをくれる。
一方原発事故の影響で避難を余儀なくされている子どもも多い。
厳しい現実。
それでも子どもたちは一歩ずつ前に進んできた。
困難の中でも学び成長する子どもたち。
子どもの可能性を引き出すために今何が必要なのか。
被災地での取り組みから考えていこう。
4年も経ってるんですね。
芸能界なんかでもそうですけどあんだけ震災直後はボランティアだ寄付だってみんなで動いてたのがここ最近聞かなくなりましたもんね。
実際にされてる方もいらっしゃるんでしょうけどそれも報道されなくなったんでなんかやっぱり…なかなか言える言葉じゃないと思うんですよ。
震災による親の失業などで今も…今も多くの子どもが援助を受け続けている。
またカウンセリングによる心のケアが必要な子どもの割合は震災直後一旦減少したがその後2年連続で上昇。
全体の14%に上る。
心のケアの問題なんかもむしろこの2年間微増しているという。
どう変わってるんですか?東日本大震災で壊滅的な被害を受けた…町の中心部はほとんど流されてしまった。
震災から4年経つが住宅の再建は進まず…7つあった小中学校は4校に減少。
子どもたちの多くがスクールバスで遠くから通っている。
校舎は今も仮設のままだ。
大槌町の子どもたちは今どんな暮らしをしているのか?
(笑い声)震災後半年間を避難所で過ごしその後は仮設住宅で暮らしている。
4畳半の部屋が2つに6畳の居間。
ここで母親と親戚の4人で暮らしている。
受験間近の杏奈さんだが勉強は居間でせざるをえない。
周囲の動きやテレビの音が気になりなかなか勉強に集中できない。
苦手な数学をやろうとするが…。
(テレビ音声)手が止まってしまう。
そして…。
自分のペースで勉強できないのがもどかしい。
食品工場で働くお母さんが家計を支えるが家を建て直す余裕はない。
町や県が建設する復興住宅に入居できるのは早くても2年後だという。
杏奈さんには夢がある。
それはイラストレーターになる事。
時間を見つけては毎日のように絵を描き続けている。
夢を持つキッカケになったのがこちら。
小学3年生の時全国の絵画展で入賞した海の絵だ。
小学校に保管されていて奇跡的に残っていた。
将来は絵を描く仕事をしたいと夢を膨らませてきた杏奈さん。
しかし5年生の時震災が起きた。
津波が自宅をのみ込み大切に描きためていた絵は全て流されてしまった。
紙もない鉛筆もない。
避難所の空き地で絵を描き続けた杏奈さん。
やがて絵に対する気持ちが変わっていったという。
夢をかなえるため今美術部が盛んな高校への進学を目指している。
入試まであと1か月。
寝てっからね。
ちゃんと電気消して寝てね。
うん。
じゃあね。
夜10時。
お母さんは朝早く出勤するため先に寝室へ向かう。
みんなが寝静まる頃ようやく勉強に集中できる。
この日は夜中の2時まで勉強を続けた。
震災から4年。
子どもたちの学びたい意欲を受け止める環境はいまだ整っていない。
夜中の2時まで勉強してるって…。
すごいわ。
意欲はあるんですよね。
でも杏奈さんのように…仮設を出たくて家で受験勉強させたかったっておっしゃってますけど…収入がちゃんと得られないっていうね。
そういう貧困の連鎖っていうんですかこれに陥ってしまう危険がものすごく高いと思いますよね。
もっとちゃんとしてあげたいけどそうできない状況下にいるっていう事ですもんね。
彼女のように…仮設住宅で勉強できないと悩んでいた倉澤杏奈さん。
去年の春からある場所へ通い始めた。
震災後に作られた…NPOが運営する学習支援教室だ。
ここには無料で…杏奈さんはここに通うようになり落ち着いて勉強できるようになった。
受験は目前。
毎日のように通う杏奈さんの利用時間は第3位。
また希望すれば週に2回3時間ずつ…先生は地元の塾講師と全国から集まったボランティア。
震災により公園などの遊び場も失われた被災地。
ここは友達と集まれる大切な場所でもある。
(笑い声)笑い合い励まし合える。
大槌臨学舎にはもう一つプログラムがある。
海外で働いていた人やファッション業界で活躍していた人などの体験を聞く事ができる。
視野を広げ…これまでに……などさまざまな夢を持つようになった子どもたちがいるという。
イラストレーターになりたいと思っている杏奈さん。
美術大学出身のスタッフに進路の相談をしてみる事に。
めちゃめちゃ楽しかったね。
落ち着いて学べる場所。
そして大人たちのサポート。
子どもたちは夢に向かって歩み始めている。
頑張ってほしいですね。
こういう子はね。
明るい将来を見せてあげたいなって気はしますね。
だけれども美大出のスタッフが美大はこんなに楽しかったよとか…目の前にいるわけですから。
今回ものすごく教えられましたよね。
心が生きていけるってなんか分かりますね。
多くの被災地にできた学習支援教室は全国から集まった学生や社会人によって支えられている。
イベントなどで…各地のボランティアセンターなどで調べてみよう。
例えば1か月1,000円といった少ない金額を継続的に寄付し続ける仕組みもある。
活動報告が届けば長期にわたって被災地の状況を知る事もできる。
できる範囲で被災地の子どもを支える事考えてみませんか?だから親御さんもあんまり自分だけを責めるんじゃなくて…被災地で忘れてはならないもう一つの現実。
多くの人が避難を余儀なくされ今もふるさとに帰れずにいる。
県内外に避難している子どもは……を繰り返す中で環境の変化に戸惑う子どもたちも多いという。
避難を続ける一人…原発事故の被害の大きかった福島県双葉町出身。
震災後引っ越しを5回繰り返し今はいわき市で暮らしている。
美羽さんが育ったのは原発から僅か3キロの双葉町の山村。
事故後深刻な放射能汚染により子どもたちの立ち入りは禁止されている。
美羽さんは家族親戚4世帯9人で仲良く暮らしていたが原発事故での避難によりバラバラになってしまった。
今は祖父母と母親4人で暮らしている。
にぎやかだった食卓に穴が開いたような寂しさを美羽さんは感じていた。
避難先の小学校になじむ事ができず落ち込む日々が続いていた。
去年春いわき市で双葉中学校が再開する事になり入学した美羽さん。
1年生4人は総合的な学習の時間に遠く離れたふるさと双葉町について学び始めた。
先生たちは原発事故やその影響について学ぶ事も避けるべきではないと考えた。
美羽さんたちは同じく避難をしている…大人の本音を聞く事にした。
多くの人が語ったのはなかなか進まない復興への不安やふるさとに戻れない悲しみだった。
状況の厳しさを改めて実感した美羽さんたち。
そんな時自分たちの考え方を変える言葉と出会った。
何よりも大切なのは町の人…その声に美羽さんたちは注目したのだ。
それをきっかけに美羽さんも「自分達にもできることがある」と考えるようになった。
美羽さんたちは今双葉町の人のためにカレンダーを作りたいと考えている。
町の伝統行事や豊かな自然ゆかりの昔話などを載せようと話し合った。
困難な中でも子どもたちは自ら学び考え成長をしているのだ。
入れないんだもん。
それを子どもたちが…あれおじいちゃんたちも…子どもたちっていうのは僕も長い間つきあってきて思うんですけど…実はこの「エデュカチオ!」…でもあれですねこれからまた僕らは学びの期間に入るんですね多分ね。
そういう力をどういうふうにつけていくかっていうのはこれよく我々「生きる力」って言うんですけどこれをしっかりとつけていくって事がすごい大事だと思いますよね。
そのためには…それこそ…出ましたね最後に。
そうそうなんですよ。
そのぐらいの気持ちでいた方が喜びが大きいのかなますます。
というのを学んだ気がしますね。
2015/03/07(土) 17:55〜18:25
NHKEテレ1大阪
エデュカチオ![終]「学び 夢をはぐくむ 被災地の子どもたち」[字]
震災から4年、最終回は被災地を取材。夢を育む学習支援の取り組み、困難と直面しながらも成長する福島の子らの姿を通して、子どものもつ力と教育のあり方について考える。
詳細情報
番組内容
子どもの力を引き出すエデュカチオ!最終回は、震災から4年を迎える被災地の子どもたちを見つめる。今も多くの人が仮設住宅で暮らす大槌町では、新しい取り組み「学習支援教室」が子どもたちの学びと夢を支えている。また福島では、原発事故で故郷に帰れなくなった双葉町の子どもたちが、厳しい現実と向き合い、学び、一歩ずつ成長している。子どもの力を引き出すために、どんな教育が大切か、大人ができることは何か、考える。
出演者
【出演】教育評論家、法政大学教授…尾木直樹,東山紀之,【司会】塚原愛
ジャンル :
趣味/教育 – 教育問題
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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