いつか来る日のために「証言記録スペシャル 命を守る避難とは」 2015.03.07


はい!行ってらっしゃい!エマ!行ってらっしゃい!
(実況音声)港の水門を越えて今水が流れ込んできています!東日本を襲った未曽有の大震災。
震災前東北地方では宮城県沖を震源とする地震が30年以内に99%の確率で発生すると予想されていました。
各自治体では詳細な避難計画を作り備えました。
しかしあの日想定していなかった事が次々と起こりました。
あの日予想もしなかった事態に巻き込まれた人々。
何を考えどのように生き延びたのでしょうか。
被災者の証言をもとに命を守る避難について考えます。
東日本大震災から4年。
NHKでは大震災に遭遇した人々の証言を取材し「あの日わたしは」と題して放送しています。
これまで番組で伝えた生の声は500人以上になりました。
その証言を改めて紹介し今後の大規模災害にどう備えればいいか考えます。
今日は災害心理が専門で津波避難に詳しい…そしてイラン出身で女優タレントのサヘル・ローズさんにお越し頂きました。
お二人よろしくお願いいたします。
まず矢守さん20年前の阪神・淡路大震災の教訓をもとに長年防災研究に携わってこられました。
4年前の3月11日東日本大震災の状況を見た時というのはどんな事を感じましたか?あの特に津波の映像を見てですね本当にこんな事が起こるんだろうかっていうまあちょっと信じられないという気持ちでした。
2004年にスマトラ沖地震で大変大きな津波が発生して私たちはその津波の映像を目にしていたわけなんですよね。
しかしながらその東日本大震災の映像を見てあのように大きなショックを受けたという事はですね本当にスマトラ沖地震による津波の映像を我が事として見る事ができていたのかなっていう反省の気持ちもですねその時感じましたね。
そしてサヘルさんは震災後被災地に何度も足を運んで支援活動を続けてらっしゃいますよね。
はい。
どんな事を感じながら支援してらっしゃいますか?震災発生して2週間後にイラン大使館の方々と岩手の山田町の方へ炊き出しに行かせてもらったんですけれどがれきの中から使える物を必死に取り出そうとしているいろんな方々のその姿を目の当たりにした時に初めて言葉を失うってこういう事なんだとかける言葉が出てこなくて。
小さい子供たちと公園で会ったんですね。
そしたら海が怖くて今は海は大っ嫌いだって言うんですね。
またもう1人の子はタイムマシンを作ってタイムマシンに乗って当時のあの瞬間に戻ってみんなに「大きな津波が来るから逃げて」って言いたいって。
何となく笑顔はあるんですけれども中に受けている傷っていうのは子供ならではあってこの子たちの傷をどう心の傷を癒やすのか。
触れ合う事で少しずつでいいので時間をかけていいので癒やしていく事が大切なのかなと思いましたけど…ね。
津波のあの瞬間に戻ってみんなに「逃げて」っていう言葉は今でも忘れられません。
今日はそうした大災害が起きた時にどうしたら「命を守る避難」ができるのかという事を考えていきたいと思いますがまずはこちらをご覧下さい。
これは市町村が津波避難計画を作るに当たっての指針その抜粋です。
避難する時にポイントとなるのがこの3つです。
1つめの「情報の伝達」は避難のきっかけとなる大切な項目です。
その手段として地方自治体が整備しているのが防災行政無線です。
あの日津波の情報は正しく伝わったのでしょうか。
宮城県名取市閖上地区。
閖上地区の指定避難所の1つ…あの日およそ300人が避難していました。
丹野祐子さんも娘と息子と一緒に公民館にいました。
この時津波の事は心配していませんでした。
公民館の館長だった恵美雅信さんも危機感はありませんでした。
公民館の前に防災無線がありましたが地震で放送機器が故障し鳴らなかったのです。
そして地震発生から1時間後津波が公民館を襲います。
津波は住宅や車を巻き込みながら襲ってきます。
水は公民館の2階の床まで来て止まり丹野さんと娘は助かりました。
閖上地区全体で750人以上が犠牲になり丹野さんの息子も亡くなりました。
福島県相馬市で老舗旅館の女将を務めていた…あの日中川さんは自宅で大きな揺れに襲われました。
揺れが収まって防災無線で大津波が来る事を聞きます。
しかし中川さんは避難しませんでした。
地震のあと小学3年生と1年生の孫が帰宅。
両親は家にはいませんでした。
地震からおよそ40分後津波がやって来ます。
隣の港湾建設事務所の職員が逃げながら避難を呼びかけます。
2人の孫の手を引いて逃げ始めた直後津波を目撃します。
中川さんは高台を目指して走り続けました。
しかし神社を目の前にして胸の苦しさに耐えきれずその場にしゃがみ込みます。
中川さんと孫は間一髪津波から逃れる事ができました。
今の証言サヘルさんいかがでしたか?あの防災無線って必ずどこかで鳴る。
それがもう当たり前のようになってしまっている絶対鳴るものだというふうに思ってしまっていたんですけど絶対的なものというのはないんだなって。
絶対っていうものをどこか自分の中で1回外さないと危機感というのは生まれないんじゃないかなと思いましたし。
最後のおばあちゃんがお孫さんと逃げていた時あの3秒間。
多分日常で今私たちが1秒2秒と思ってもあっという間に過ぎてしまったりこの1秒の事をあまり考えないじゃないですか。
でもあの状況下で1秒でもどう自分の命をより多くつなげる事ができるかという。
1秒間でも自分の命をつなげるかそうでないかというのは決まってしまう。
すごく怖いなって思ってしまいましたね。
矢守さんいかがですか?今サヘルさんがおっしゃった事非常に大事な点だと思いました。
避難を促すあるいは避難のきっかけになる情報ですね。
絶対というのはないんだなと。
という事はやはり1つの情報きっかけだけに頼って避難をしようっていうふうに決めておく事は危険なんだなっていう事ですね。
したがって防災行政無線の情報だけではなくてテレビやラジオあるいはソーシャルメディアスマートフォン等を通して流れてくるような情報もキャッチできるように準備しておく必要があると思いますね。
更にそういったいわゆる情報だけではなくて周囲の人たちがお互いに「逃げよう」呼びかけ合う。
こういう人から人に直接その場で伝わるような働きかけが最後人を動かすんだなというふうに思いましたので二重三重の情報という事とその一番決め手になるその場での人同士のやりとりですかね。
これが大事だなと思いますね。
こうしたデータがあるんですよね。
こちら避難を開始した理由を聞いたアンケートです。
揺れが大きかったから逃げようと思ったという人が最も多かったんですが…防災行政無線などですね。
で……という方もやはり多かったんです。
周りの人の行動を見て自分もじゃあ逃げようという行動に移そうという人が多かった事が分かりますよね。
そうですね。
この茶色い字になっているところっていうのが人から人への関係っていうところですよね。
その前に大きな揺れがあったら常にやっぱり逃げるという準備をして頂くっていう第1のラインがあってその次にいわゆる情報ですね。
大津波警報テレビラジオ等防災行政無線等伝わってくる情報も大事だし。
でも第3にやっぱりこういった人から人への働きかけも非常に避難を最初にどう引き起こすかという点においては大事だという事が分かるデータじゃないでしょうかね。
(サヘル)ほとんど人の声というかそういう発せられる事で気づかされる事はたくさんありますね。
(矢守)そうですね。
逃げるという行動を起こしたあと重要になるのが…。
これは自治体で決める事になっています。
避難方法については震災前原則として徒歩歩いて避難する事とされていました。
しかし…ご覧下さい。
震災の時に避難するための移動手段。
このように車を使った人が避難した人の中で57%に上っていたんです。
車による避難で多くの問題が浮き彫りになりました。
宮城県多賀城市。
あの日隣町の自宅に向かっていた結城正さんは渋滞に巻き込まれ車に乗ったまま津波に流されました。
結城さんは急いで避難しようとします。
右折すれば高台に逃れる事ができますが渋滞で車列は動きません。
その時です。
結城さんの車に津波が迫ってきました。
津波を目撃してからおよそ20秒。
水深が25センチほどで車は浮き始めます。
結城さんはなすすべもなく流されていきます。
途中幸運にも大型車両の屋根に乗り移る事ができ結城さんはなんとか助かりました。
岩手県大町で介護士をする…渡辺さんは福祉事務所でお年寄りを介護していた時に大きな揺れに襲われました。
渡辺さんはお年寄りが避難したあとも事務所に残ります。
地震から30分後渡辺さんは周りの人から避難を呼びかけられます。
そして下した決断が生死の分かれ目になります。
道は車で渋滞していました。
渡辺さんは走って高台を目指します。
その間津波は町をのみ込んでいきます。
渡辺さんは途中高台の上り口でしゃがみ込んでいたお年寄りを背負いお墓の階段を上りました。
しかし津波に巻き込まれてしまいます。
渡辺さんたちは波が引いたあとようやく高台に上がる事ができました。
あの時車で逃げた2人の上司は後日遺体で発見されました。
車での避難に関する証言どう感じましたか?多分自分も車があったら車が速くて安全でっていうふうに思ってしまうので乗ってしまうと思います。
でも今の水が来たら浮いてしまいますしまた外に出る事もなかなかできなかったりとか信号機が止まってみんな渋滞をしてしまったりだとか不便な面もたくさんありますよね。
(矢守)ですよね。
そうやって車そのものが動かなくなってしまえば自分のコントロールできないものになるので避難にとっては大変な障害ですし津波の前に大きな地震が起きているわけですから電柱やビルなどが倒れたりあるいは液状化などによって道路が通れないそういう危険もやはり車避難には伴うっていう事ですね。
でも若い方々は歩けたりとか距離とかでは走れたりするかもしれないけれどもどうしてもお年寄りの方もいらっしゃるわけじゃないですか。
そういうなかなか歩けない環境にいらっしゃる方々が頼れるのって車しかないですよね。
ですから多分必要な方はいると思うんですよね。
どう考えたらいいんでしょうか?東日本大震災がね起こるまでは「原則徒歩で避難をして下さい」という事だったんですよね。
ところが先ほど示して頂いたように実際には半分以上の方が車で逃げてらっしゃると。
でこれを踏まえると今後はどういう使い方をすればあるいは誰が使えば全体として有効な避難が行えるのかそういう視点でもう一度考え直さないといけないですよね。
実際に国あるいは地方自治体も東日本大震災以後方針を変えまして原則徒歩というのではなくて場合によっては車での避難も考えるという方向に方針を転換してきました。
で今からの課題はどういうルール決まり事で車と徒歩を使い分けるかという事ですね。
そこが難しいところでもありますよね。
(矢守)はい。
3つほど考えるべきポイントがあると思いまして1つは誰が車を使うのかという人に関する取り決め。
2つめはどの地区では車を活用してもいいのかどの地区は原則やっぱりやめた方がいいのかっていう地区別の取り決め。
第3は例えば「この道路は山側に行く一方通行にしましょう」といったような道路の使い方に関する取り決め。
更に加えて言うと車が避難していく先の地域ってありますよね。
多くの車が集まってくる地域ですね。
主に高台になりますから先頭に近い所走っていた車が自分の車はもう安全だと思ってある所…例えば坂の途中辺りにしましょうか止めてしまってそこで避難をやめてしまうとその車を先頭に渋滞する事になりますよね。
車で避難される人の側の意識の問題として自分が安全圏だと思う所まで車で上ってきてもそこで止めないでもっと奥まで奥までどんどん高い所に道があるかぎり進んで下さいと。
例えばこんな意識をみんなで共有しておく必要がありますね。
そして指定避難場所にたどりついたあとでも今回の震災ではその指定避難場所が津波に襲われたケースがありました。
福島県南相馬市の…鈴木さんは指定避難場所の高台に避難しましたが津波はそこにも押し寄せてきました。
鈴木さんが暮らしていた南相馬市鹿島区の港地区です。
海沿いに防潮林が続き36軒の家が並んでいました。
港地区には避難場所が3つ指定されていました。
内陸へ2キロほど入った所にある…海からおよそ700mの地点にある高台。
そして海のすぐ脇にある高台です。
このうち小学校を除く2つが津波にのまれました。
鈴木さんをはじめ最も多くの住民が向かったのが海のすぐ脇にある高台でした。
(鈴木)「ばあちゃん車さ乗ってろ」なんて…。
地震のあとすぐに鈴木さんと友達2人は知人の車に乗り合わせ高台にやって来ました。
海からおよそ10mほどの高さにある高台。
そこへ次々と40人ほどが避難してきました。
誰も津波がここまで来ると心配している様子はありませんでした。
避難してから20分以上たってからの事でした。
鈴木さんたちは車から降り海とは逆の方向へと急ぎました。
しかし津波はあっという間に高台にいた人たちをのみ込んでいったのです。
鈴木さんはがれきに挟まれた事が幸いし流されずに済みました。
一緒に逃げてきた2人の友達は津波にのまれこの高台で助かったのは10人だけでした。
岩手県陸前高田市で農業を営む…指定避難場所まで間に合わないと判断し自宅近くにある病院に逃げ込みました。
地震のあと菅野さんが外出から戻ると母と祖母は既に避難の準備を済ませていました。
菅野さんの地区では市民会館が指定の避難場所となっていました。
しかし菅野さんたちは自宅近くの県立高田病院に避難する事にしました。
80歳を超える足の不自由な祖母を連れて歩いて逃げるには近場の方がいい。
更に万が一の場合にはより高い所に逃げられるよう3階建ての市民会館ではなく4階建ての高田病院がいい。
そう考えたのです。
車は置いて自宅から歩いて3分ほどの高田病院へ向かいました。
菅野さんたちが病院に到着した直後津波が迫ってきました。
津波は屋上ギリギリのところで止まります。
菅野さんたちは助かりました。
指定避難場所だった市民会館では津波で多くの住民が亡くなりました。
菅野さんは日頃から家族と避難場所を話し合っていた事で津波から逃れる事ができたのです。
お二人の証言サヘルさんどうご覧になりましたか?指定避難場所って安心だと正直思っていたんですけれどもでも改めてこのような結果を見るとそれは過去のデータだったりとか過去の経験を得て定めた場所なんですよね。
だけどそれが必ずしもそうではないって事ですよね。
それが生かされるわけではない。
データばかりでは自分の命を守る事はできないんだなと痛感しました。
そうですね。
東日本大震災が起きる前はですね今まさにサヘルさんおっしゃったようにこれまで過去に実際に起きた最大の地震や津波を基に津波の大きさを予想してそれを基に指定避難場所というのも指定していたわけですよね。
それが今回悲劇を多数生んでしまったと。
その反省の上に立って東日本大震災以降は過去にそのような災害がなかったとしても現在科学の力で予想できる最大のものを前提にしてその津波や地震をベースにした避難場所の指定ですよね。
そういった方針に切り替わってきたんですね。
ただしサヘルさんもおっしゃったように過去のデータはデータ現在の科学の力は力で限界はやっぱりありますから次本当に何が起こるかっていうのは最後の最後は予想できないというふうに思ってですね避難する側も行政の指定避難所とは別にこっちの裏山に逃げた方が早いんじゃないかなとか行政の指定避難所はちょっと遠いから近くにあるビルも避難場所として使えないかなとかそういう2番目3番目の選択肢オプションを頭の中に思い描いておく事これも大事になりますね。
できればより安全な所へ安全な所へという意識を欠かさないで持ち続けるという事ですね。
これから来る巨大地震や大津波から避難するために大震災の経験や教訓を生かして矢守さんが津波対策を実践している地域があります。
南海トラフ巨大地震で最大34mの津波が襲うとされた高知県黒潮町。
中でも最も避難が難しいとされているのが人口600余りの万行地区。
住民の4人に1人は65歳以上のお年寄りです。
避難場所に指定されている高台までは850mもの距離があります。
マグニチュード9の地震が発生すると津波は23分後には万行地区に到達します。
そして30分後には地区のほとんどが水没すると想定されたのです。
地元に諦めムードが漂う中矢守教授が中心となって津波対策のための住民の意識調査を始めました。
調査結果を基に作ったシミュレーションです。
赤い点が人青い点は車を示しています。
徒歩で避難する人が6割車やバイクで避難する人が3割。
「逃げない」と答えた人が1割。
地震発生から23分後津波が到達します。
その時まだ多くの人や車が地区に残っています。
更に時間を進めると津波に追いつかれる人や車が出てきます。
その数は万行地区の人口の1/3にあたる180人に達しました。
アンケートではお年寄りが多い事もあり高台への避難にはどうしても車を使わざるをえないとの回答も多くありました。
車での避難を考えていると答えた1人が…
(澳本)父ちゃん母ちゃん。
別々に暮らす両親を避難させるために車を使いたいといいます。
しかし澳本さんが両親を車で迎えにいく途中で建物が倒壊。
通行ができなくなる可能性があります。
また渋滞が起きて町なかから車で高台に避難するのは難しいという結果が出たのです。
そこで矢守教授らが注目したのが地区の周りを走る外周道路です。
この道路だけは幅が広く車がスムーズに動いています。
外周道路にあらかじめ車を止めておき乗り合いタクシーとして使おうと考えました。
その仕組みです。
地震発生後お年寄りは近くの外周道路に出ていきます。
車で逃げる人は途中でお年寄りを乗せて高台に向かいます。
そして外周道路から遠い人には地区の出口に避難用のバスを止めておきそれに乗ってもらう事にしました。
そのバスまでお年寄りを連れてくるのは近所の人たちです。
歩行が難しいお年寄りはおぶったり台車に乗せて連れていきます。
そして津波が来る前にバスを出発させるのです。
澳本さんの両親は地震発生から11分30秒後には車に乗って避難する事が可能です。
外周道路から離れた所に住む住民も待機するバスに乗り込み地震発生から18分後には高台に向け出発する事ができます。
このシミュレーションでもう1つ問題が浮かび上がりました。
万行地区から離れた場所にある高台に徒歩で避難しようとした人たちについてでした。
その多くが避難の途中で津波に追いつかれてしまうという事でした。
林裕司さんは子供を連れて徒歩で高台への避難を考えています。
しかし地震発生から26分後津波に追いつかれてしまう結果が出ました。
そこで矢守教授らが考えたのが経過した時間に応じて避難場所を途中で高台から近くの避難タワーへと変える事でした。
そのために活用したのが町の防災無線でした。
地震発生からの経過時間を伝えます。
この放送を聞いた林さんは…。
自分たちの現在地と時間によって避難場所を判断するのです。
その結果林さん一家は地震発生からおよそ16分で避難タワーに行く事ができました。
この具体的なシミュレーションを通し一人一人の避難計画を見直す事で多くの人が助かる可能性が出てきました。
どうですか?一番やりたかった事っていうのは大きな津波想定が出て30mを超えるとか15分でやって来るとか大変厳しい想定たくさんあるものですからそれを見た途端に諦めてしまう方がたくさんいらっしゃるんですね。
どうすればその諦めの気持ちを打ち破って頑張って避難しよう命守っていこうというお気持ちになって頂けるかという事を一番大事にしたつもりなんです。
そのためにはご自身が逃げる事ができる具体的なイメージですね。
何分後に家を出てここまで自分の足でも10分ぐらいで歩けて全部で15分ぐらいでちゃんとタワーの上まで上がれたと。
少なくともシミュレーション上では命を守れましたよ。
そういう具体的なイメージを一人一人の方が持つ事ができればねそれがまたベースになって次のステップへと進んでいくんじゃないかなってそういう気持ちを大事にしてお手伝いをしているつもりです。
ここでご紹介したいものがあるんですがこちらです。
黒潮町の82歳の秋澤香代子さんという方が詠んだ短歌です。
まず左側の短歌は避難訓練に取り組む前です。
息子さんが大津波が来たらば一緒に逃げないで死んでやると言うそうなんです。
そして右側そのあとに詠まれた短歌なのですが…。
(サヘル)変わってる。
避難訓練に行ってどうにか生き延びてやるという強い気持ちが表れています。
多くの方高齢の方もね参加して下さってそういう様子を拝見していますとちょっとずつかもしれませんがお気持ち変わってきてるんじゃないかな手応えも感じています。
諦める事がなくなると人ってほんとに一歩強くなれるしまた自分が生きるっていう事は多分自分一人のためではなくて家族だったり他の人も生かせる事ができるわけじゃないですか。
すごくなんか力ある感じがいたしました。
今日はここまで命を守る避難について伺ってきたんですがこれから来る巨大地震や巨大津波から身を守るための心構え改めてどういった事になるでしょうか?最後にご紹介を頂いた2つの短歌の違いに典型的に表れていたように私たちのやはり受け止め側の気持ちこれが一番大事だという事ですね。
大きな地震や津波想定予測をされています。
しかしそれらの予測や想定というのはそれを見て私たちが対策を始めるためのきっかけとして出されているわけですね。
決してそれを見ておびえてしまったり諦めてしまうために出されているわけではないんですよね。
したがってまずああいった想定や予想をしっかり生かして自分たちがアクションを起こす事。
今日これまで見てきたように避難のきっかけになる情報にせよ避難の方法手段にせよそしてどこに逃げるかっていう場所にせよ1つだけに決めないという事ですね。
必ず2つ以上場合によっては3つ4つの選択肢を持って常に自分でその場でどっちがいいのかなと考えられるような力を養っておく事。
それが最後の土壇場のところで1人でも多くの方の命を救う事につながるんじゃないかなというふうに思います。
そしてサヘルさんはどんな事を感じましたか?今日のお話を聞いていて避難っていう部分訓練っていう部分でもそうですけれども特別な道具が必要なわけではなくて自分自身の体とあとは自分自身のアンテナを張る事で自分の判断能力がつくわけですよね。
ですからその地域だったりだとか政府行政任せではなく自分自身たちでも一人一人ができる事ってあるわけです。
それをそういう場に置かれた時に持っていればその引き出しがあれば皆さん使えますよね。
そこからのまず準備っていうのを自分たちでする事がすごく大切なのかなと思いましたしできるものなんですね。
3.11で起きてしまった大津波によって「海が怖い海が嫌い」って言ってしまったあのような子供たちがそうではなくて海が好きで生きてる事がこんなにもいい事なんだってそういう思いをしてもらいたいですしまた一人一人が…いつ来るか分からないあしたかもしれないじゃないですか。
Dialogue:2015/03/07(土) 17:00〜17:45
NHK総合1・神戸
いつか来る日のために「証言記録スペシャル 命を守る避難とは」[字]

東日本大震災の日、被災地では避難の最中、防災無線の故障や道路の渋滞など予想もしない事態が次々と起こった。被災者の証言をもとに命を守るための避難について考える。

詳細情報
番組内容
東日本大震災の被災者の体験談から防災・減災の知恵を読み解く「いつか来る日のために」。あの日、被災地では避難の最中、防災無線が鳴らなかったり、渋滞に巻き込まれたりと予想もしない事態が次々と起こった。そのとき、人々は何を考え、どう行動し生き延びたのか。数々の貴重な証言をもとに、次に来る大震災に備え、命を守るための避難について考える。出演は、防災研究者の矢守克也さんとタレントのサヘル・ローズさん。
出演者
【出演】京都大学教授…矢守克也,サヘル・ローズ,【司会】松村正代

ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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